005 日課を熟す
エーデルフェルトに来て2日目。
気持ちよく起きた俺がすることは朝食の準備だ。
2食続けて干し肉はちょっとね。
[鑑定]で食べられる草やキノコを探す。
香草があったから採取する。
近くに渓流を見つけた。覗いてみると魚がたくさん泳いでいる。
俺は釣り具を作り、次に[鑑定]を行使して餌を探す。
さあ、渓流釣りだ。
入れ食いだった。
拠点に戻った俺は、[ウインドカッター]で伐り出した木から板を作り、底に数ヶ所穴を空けた箱を作る。[強化]を付与した耐火箱だ。その中に釣った魚を吊るす。竈に枯れ枝と香草を敷き詰めて火をつけ、その上に箱を置いた。竈を[結界]で覆い、[結界]の中に[時間加速]を付与すると15分くらいで、魚の燻製が出来上がった。
朝食用の何匹かを除く残りを[無限収納]に放り込んだ。
さあ、朝飯は魚の燻製だ。
香味が効いているが、塩気が無い。
微妙。
どっかで塩が調達できないかな。
朝食を済ませた俺は、日課を決める。
俺の日課は概ね以下のとおりだ。
朝 : 朝食
午前 : 魔法や剣技の訓練
昼 : 昼食
午後 : 移動と食料調達
夕方 : 夕食
夜 : 読書(魔法大全を読む)
深夜 : 就寝
食料調達は今済ませてしまったので、午後は移動だけ。
さて、魔法の訓練を始めるか。
俺は、[ステータス画面]を魔法一覧に切り替えた。
魔法一覧に表示されているがグレーアウト表示の魔法。
ほとんどの超級魔法と禁呪。
これは大賢者職種にならないと使えないということだ。
これはダメだ。
大賢者になった瞬間に勇者称号が復活して女神に探知されてしまう。
そもそも試せないわな。
特に超級魔法なんか試した途端、あたり一帯被害甚大。
聖皇国の連中に、『ここに居ますよ』って宣伝するようなものだ。
止めておくが吉。
今の賢者で使える魔法から選ぼう。ちなみに、魔法一覧上で使いたい魔法名をタッチするだけでも発動できるという説明書きがあった。
ワンタッチで発動もいいが、ここは様式美だ。
まずは、[ファイヤボール]から。
「ファイヤボール!」
魔法名を発生して、[ファイヤボール]を発動すると、右手の上50cmくらいの空中に火球が浮かび上がった。どんどん魔力を流し込んでいくと、最終的に直径20mくらいの巨大な火球になった。
一旦、[ファイヤボール]を解除して火球を消し、再度[ファイヤボール]を発動する。
流し込む魔力量は直径30cmの火球ができる量。但し、魔力の充填速度は最速にする。
すると、青白い火球が出現した。火が青いということは燃焼温度が高い証拠。その火球を50m離れた低木に投げた。低木はブワッと燃え上がり、次の瞬間には消失していた。近くまで行って観察すると、木が生えていたであろう場所の根元に白い灰だけが残っていた。
魔法発動における魔力量と充填速度の関係は理解できた。
範囲攻撃魔法以外の魔法を一通り試し終わった頃には、陽は高く真上だ。
俺は[無限収納]から取り出した魚の燻製でそそくさと昼食を済ませると、拠点からの撤収作業を行い、街道に戻った。
移動開始だ。
その日の午後に30km程移動し、その晩は街道横の川岸で野営した。
■
エーデルフェルトに来て3日目。
朝起きると、[結界]の外にゴブリンの死体が折り重なっていた。
[結界]に重ね掛けした無属性の電撃魔法[ボルト]の効果だ。
[結界]に触れて感電死したのか。
[結界]を遠巻きに囲む30匹くらいのゴブリン。
引いていく行く気配は無い。
俺が[結界]から出て来るのを待っているようだ。
よかろう、実践訓練の時間だ。
俺は風属性の補助魔法[フライ]で飛び上がり、同じく風属性の補助魔法[ホバリング]でゴブリン達の上20mくらいで空中停止すると、氷属性の攻撃魔法[アイシクルガトリング]を発動した。
上空からマシンガンよろしく氷の弾丸がばら撒かれ、ゴブリンの群れを襲う。
10秒間の掃射でゴブリンは穴だらけになって全滅した。
そういえば、セレスティアが言っていたな。
『魔獣や魔物の体の中には魔石があります。魔獣や魔物を倒したら、魔石を回収して下さいね。回収した魔石は冒険者ギルドに持って行けば、換金して貰えますよ。魔獣や魔物のランクが高ければ高いほど、魔石の値段も高くなります。お渡しした資金だけに頼るのではなく、自分で収入を得る努力も必要ですよ。それに希少な魔石は錬金術の材料にもなります。回収しておいて損はありません。』
まあ、ゴブリンだし。低価格な魔石なんだろうが、数はあるから回収しておくか。
俺はお目当ての物を取り出す上級無属性補助魔法[エクストラクション]を発動して、倒したゴブリン達から手を汚すことなく魔石を回収し、片っ端から[無限収納]に放り込んでいった。
その日は川に沿って街道を40km移動。
その晩も街道横の川岸で野営した。
■
エーデルフェルトに来て4日目。
今日は朝から日課を熟すだけの平和な一日。
[スイッチ]は便利なスキルだが、俺は初日以来ほとんど職種変更していない。
賢者があまりにも優秀過ぎるからだ。
賢者さんは知っている。ほんとになんでも知っている。
なぜなら、賢いからだ。
剣を交えるような直接戦闘をすることがない限り、万能なんじゃないか?
[鑑定]も便利。食用かつおいしい野草が見つけられる。
水魔法のおかげで飲み水に困ることもない。
だが、そろそろ風呂が恋しい。川での水浴びだけでは物足りないんだよ。
いっそ、湯を溜められるバスタブでも作ってやろうかね。
今日も魔法の訓練だ。
周りは開けた土地で見渡す限り何もない。
ここなら、少々強力な攻撃魔法を行使しても被害は出ないだろう。
砲撃魔法でも試してみるか。
[ビームキャノン]を行使してみた。
[ビームキャノン]。
高密度ビームで砲撃する特級光属性攻撃魔法。
「ビームキャノン!」
前方に向かって手を翳して、[ビームキャノン]を行使した。
ターゲットは特に無い。
高密度ビームが遥か彼方まで飛んで行った。
「ありゃ~。滅茶苦茶遠くまで飛んでったぞ。」
まずいな。
ターゲットを定めずに行使したら、下手すると遠くの集落まで届いてしまうかもしれない。
人災の原因が勇者だったなんて洒落にもならない。
無節操に高威力な魔法の行使は控えるとしよう。
◆ ◆ ◆
イツキの前方20km先で、隊商がワイバーンの群れに襲われていた。
護衛の冒険者達が対処するが、滞空して急降下で襲って来るワイバーン相手には分が悪い。
それでも、火属性や氷属性の攻撃魔法でなんとか凌いでいた。
急降下攻撃が上手くいかなくなったワイバーンは上空で首を後ろに引いた。
「強力な炎が襲って来るぞ!」
「防御魔法では防ぎきれない!」
冒険者達や隊商の商人達が死を覚悟したその時。
突如、水平に飛んで来た高密度のビームが瞬時にワイバーンの群れを消滅させた。
「えっ?」
冒険者達や隊商の商人達は何が起きたのかわからなかった。
「奇跡だ! 神の奇跡が我らをお救い賜れた!」
隊商の老人が手を合わせて天を仰ぎ感謝の祈りを捧げたのをイツキは知らない。
◆ ◆ ◆
今日の移動で更に20km進んだ。
午後4時はちょっと早いが、街道沿いの草原の丘陵地帯を今日の野営地にすることにした。
夜の空は澄み渡り、新月ということもあって、星がきれいだった。
こんな場所にログハウスでも建てて、スローライフが遅れたらいいんだけどなあ。
でも、ここはまだ聖皇国領内だから、無理か~~。