043 最後の部屋
いよいよ、このダンジョン最後の部屋だ。
ここのエリアボスを倒せば終わりだ。
最後の部屋の扉が開く。
中は真っ暗で見えない。
「ライト」
ナナミさんが光の玉を出して中を照らした。
これまでで一番広い部屋の中が露わになって来る。
そこには、9つの首を持つ怪物、ヒュドラが居た。
ヒュドラの首は9つあり、猛毒を吐くものと炎を吐くものがある。
9つのうちのどれか1つに魔核を持っており、その首を撥ねない限り、それ以外の首を撥ねても再生してしまう。
弱点は氷属性魔法だが、クリティカルにはならない。
魔核を持つ首を見つけ出し、それを斬り落とすしかない。
いずれにせよ、首の数が多過ぎる。
全員で攻略に当たらなければならないだろう。
ヒュドラはすぐに襲い掛かってくる様子はない。
こちらの出方を見極めようとしているのか?
「これは全員でいくしかないですね」
「ああ、それしかないようだね。で、イツキ君はどう考える?」
「そうですね。まず、ナナミさんの光属性魔法でヒュドラの視力を奪い、俺がヒュドラを闇属性魔法で拘束する。その隙に近づいたデュークさんと白亜とロダン、それと白夜の3人と1匹で首を刎ねに行く。サリナさんとトアは氷属性攻撃魔法で牽制する。万が一、ヒュドラが視力を回復した場合に備えてガゼルさんが囮としてヒュドラの気を引き付ける。戦闘が始まったら、ナナミさんはメンバーが傷ついた場合の回復役に徹する。その間、俺は鑑定+++スキルでヒュドラの魔核を持つ首の特定に集中する。そんなところでしょうか」
「じゃあ、それで行こう」
「いいんですか、デュークさん? 俺のこんな作戦で」
すると、デュークさんが俺の肩を叩いて、
「イツキ君の戦術眼は適格だと思う。この作戦のリーダーは君に任せる」
そして、
「訊いたか、みんな。今、イツキ君が話してくれた作戦でいく。異論のある者は居るか?」
周りの誰もが頷いてくれた。
「さあ、戦闘開始だ」
デュークさんの号令の下、皆が構える。
白夜も元のフェンリルに姿を戻している。
「みんな目を瞑って下さい! バーニングライト!」
旋光が広がり、収束し始めた時、ヒョドラが視力を失いのたうち回っていた。
すかさず、
「ダークバインド!」
床から湧き上がって来た無数の黒い手がヒュドラの体を拘束する。
更に、
「エリアデフィニッション!」
で攻撃範囲を定め、上空からの氷弾の連続飽和攻撃をお見舞いする。
「アイシクルクラウドバースト!」
サリナさんも、正面からの氷弾射撃。
「アイシクルブリッド!」
トアも射筒から氷属性の魔弾を正確にヒュドラの眼球に当てた。
攻撃が止んだ時には、すでに直接攻撃組が接近していた。
デュークさんの剣戟と白亜のトマホークによる斬撃により2つの首が斬り落とされ、、ロダンのモーニングスターによる打撃で1つの首が潰され、白夜により更に1つの首が嚙み千切られた。
「アイシクルキャノン!」
俺の氷弾砲撃で更にもう1つ首を吹き飛ばす。
5つの首が落とされたが、まだ首は4つ残っている。
しかも無くなった5つの首が再生を始めていた。
残っていた4つの首のどれかに魔核があるのか。
5つの首が再生を終えそうだ。
「残る4つも早く!」
俺の指示に、デュークさんと白亜とロダンと白夜が4つの首を刎ね、潰し、噛みちぎる。
が、その間に5つの首が再生してしまった。
更に、今刎ねた4つも再生を始めた。
4つの首を刎ねたから、魔核のある首も刎ねたはず。
なのに、何故、再生できる?
俺は[鑑定+++]でヒュドラを鑑定する。
先に再生した首の1つに魔核があった。
「白亜! 右から3番目の首を刎ねるんだ!」
白亜が俺の指示に従って、右から3番目の首を刎ねた。
そして、それは起きた。
驚愕するしかなかった。
白亜が首を刎ねる直前に魔核が他の首に転移したのだ。
つまり、『魔核のある首を刎ねなければ倒せない』のではなく、『無事な首へ転移する魔核の機能を奪わなければ倒せない』ということなのだ。
9つの首を同時に刎ねれば魔核は移動先を失うから首と運命を共にして滅びるだろう。
だが、9つの首を同時に刎ねることなんて、ほんとうにできるのか?
俺達は全員で8人と1匹だが、ナナミさんは神官だから攻撃をあてにできない。
攻撃職が1人足りない。
首を刎ねられる直前に別の首に移動を続ける魔核を[鑑定+++]で追いながら、俺は対応に悩んでいた。
何かいい方法はないのか?
視力を回復したヒュドラの注意をガゼルが引き、その隙に攻撃組が首を斬り落としている。
が、攻撃組の疲れが目立ち始めている。
いつまでも続けることは出来ないだろう。
ふ、と思い付く。
そうか。
再生速度を遅くしてやればいいんだ。もしくは、再生できなくしてやれば。
そして、再生するより速く、残った首を刎ねれば…………
まず、MPとHPを削ってやる。。
「エナジードレイン! マナドレイン!」
HP残量とMP残量が1になるのを待つ。
その間に、
「英雄・魔道剣聖にスイッチ!」
アンインストールに30秒、インストールに2分。
『英雄・賢者をアンインストールします』
30秒後、
『英雄・賢者のアンインストールに成功しました。引き続き、英雄・魔道剣聖のインストールを開始します』
2分後、
『英雄・魔道剣聖のインストールに成功しました』
黒い衣装に黒い軽装備のプロテクターを纏い、手には宝剣ナーゲルリング。
準備はできた。
丁度、ヒュドラのHP残量とMP残量が1になったようだ。
『ヒュドラのHP残量とMP残量がそれぞれ1になりました』
ガイド音声が教えてくれた。
デュークさんが直前に斬り落とした首の再生がゆっくりになった。
再生中の首は再生が終わるまでは攻撃してこないが、魔核の転移は可能。
攻撃力のある首が少ない今が、一気に首を斬り落とすチャンスだ。
「みんな、下がって下さい!」
俺の指示に従って、攻撃組が後退する。
代わって前に出た俺。
「白亜、五月雨を貸してくれ」
ナーゲルリングを[無限収納]に放り込み、白亜が[頂きの蔵]から出してくれた五月雨を鞘ごと受け取る。
俺はヒュドラに近づくと、抜刀姿勢を取る。
ヒュドラの無事な首7つが俺に毒と炎を浴びせるべく口を開いた瞬間、
「奥義! 絶影!」
俺は抜刀すると、超速でヒュドラに斬り込む。
目に見えない速さの剣戟が立て続けにヒュドラの首を捉える。
斬り込みの角度も可変。袈裟懸け、横薙ぎ、掬い上げ。
夢に見ただけの奥義[絶影]。
練習もせずにいきなり使えるとは、さすがは勇者スキル持ちってところかね。
しかも、これ音速超えてるぞ。
あらゆる方向からの超速の剣戟によりヒュドラの首が次々と刎ねられ、そして、最後の首も宙に飛ばした。
ヒュドラが崩れ落ちて動きを止めた。
この奥義を放った後、俺の体力は尽きてしまった。
こんなところまで、夢での設定と一緒。参ったね。
脱力して膝をついてしまったが、なんとか五月雨を杖代わりにして立ち上がる。
疲れた。もう動きたくない。
でも。
俺は気力を振り絞って、[エクストラクション]でヒュドラの魔核を分離し、その遺体と共に[無限収納]に入れた。
「兄者―――っ!」
白亜が心配して駆け寄って来た。
「大丈夫か、兄者?」
「ハハッ。久しぶりに本気出しちゃったなあ」
他のメンバーも遅れてやってきた。
「すっげえな、おまえ!」
「グェッ! 痛いよ、トア。加減してくれ。」
トアに背中を思いっきり叩かれた。
「先輩には訊いていたが、君は魔道剣聖でもあったのかい?」
「ええ、俺の固有スキル、スイッチで職種変更できます」
「イツキはたくさん引き出しを持ってるみたいね。お姉さんに全部見せて御覧なさい」
「やはりイツキ殿は興味が尽きぬな」
「白亜様はご存じだったんですか?」
「妾も全ては知らぬよ」
「わんっ!」
「イツキさん、どうしたら、そんなに強く、かつ多芸になれるんですか?」
「多芸って…………俺、芸人だったんですか?」
俺を囲んでみんなが各々好き勝手に言っている。
まあ、こんなのも悪くはないな。
その時だった。




