038 白亜様、御乱心
物凄い勢いで飛ばされた俺達は、投げ出された水面を滑るように滑走し、やがてポチャリと水に落ちた。
立ち上がると、水は膝丈くらい。
大きな水溜まりに投げ出されたようだ。
辺りを見渡すと、さっきとは打って変わって、岩壁に囲まれた洞窟の大空間。
光を宿した鍾乳石があたりを仄かに照らしている。
振り返ると、壁にこの場所には明らかに不釣り合い極まりないものが取り付けられていた。
横スリットのある大きな排気口。
俺達はここから吐き出されたようだ。
近寄ってよく見ると、排気口の枠にプレートがリベットで張り付けられている。
「ライト」
光の玉を顕現させる。
魔法が使えるようになっていた。
この階層には魔法封じは施されていないらしい。
プレートには『日本語』の文章が刻み付けられていた。
『ここまでが48階層。
この先が49階層。
健闘を祈っているよ』
イラリ。
こいつに会ったら挨拶代わりにお年玉、いや落とし玉をプレゼントしてあげよう。
物凄く痛いヤツをね。
今、そう決めた。
水溜まりを出て、先に進む。
「あぐ~~っ。あが~~っ」
何かが前方から近づいて来る。
ゆっくりと近づいて来るそれは、両腕を前にだらりと掲げたアレである。
それも通路を埋め尽くさんばかりの数。
「なんなのじゃ、あれは?」
「ゾンビだよ」
「ぞんび?」
「『生きてる死体』としか表現できないんだけどね」
「死体なのに生きておるのか?」
「普通、死体は動かないものだけど、あいつらは動いているから生きていると言える」
「????」
白亜はゾンビ映画を見たことがないから、イメージできないようだ。
「ちなみにあいつらに噛まれると噛まれたヤツもゾンビになる」
「妾、ぞんびにはなりたくないのぉ」
「そうか。なら倒すしかないな」
それを訊いた白亜が突っ込んで行こうとするのを、襟首を掴んで引き留める。
「グェッ! なにをするのじゃ!?」
「闇雲に斬っても復活するぞ。確実に頭を潰せ。そうすれば二度と復活しないから」
「わかったのじゃっ!」
再び、ゾンビ目掛けて突っ込んで行く白亜に、
「くれぐれも噛まれるなよー」
ゾンビの一団に走り寄った白亜がトマホークを持ち替える。
そして、峰を表にしたトマホークを振り回し始めた。
ああ、斬るんじゃなくて打撃ね。
頭を砕かれたゾンビが次々とくずおれていった。
やがて、通路を埋め尽くしていたゾンビ達は床に転がって動かなくなり、文字通り死体になった。
トマホークを斜めに地面に突いて、柄の先に顎を載せて待つ白亜の元に歩いていく。
「うぁ~~~。ぬぁ~~」
呻き声に振り返ると、俺が通り過ぎた横穴から、またゾンビが。
どんどん出て来る。
さっきより数が多い。
「キリがないな。振り切るぞ」
白亜と走って先へ進む。
「「「「「「「うがぁ~~~~~っ!」」」」」」」
振り返ると、振り切ったはずのゾンビが走って追いかけて来ていた。
ゾンビが走ってる。
ゾンビの第2形態?
それにしても走り方が気持ち悪いよ。
あっ、先頭のゾンビの片足が千切れて倒れた。
後続のゾンビが倒れたゾンビを踏みつぶしながら追って来る。
「ギャーっ! 気持ち悪いっ! 来るなーっ!」
白亜が悲鳴を上げて速度を上げた。
俺も遅れないように白亜に速度を合わせる。
1体のゾンビが速度を上げて一団から抜け出してきた。
「いやあ―――っ!」
そいつは悲鳴を上げる白亜の横に並ぶと、白亜の方を向いてニヤリと笑った。
「にゃぁ―――――っ!!!」
それを見た白亜がパニックを起こしている。
白亜は振り切ろうと更に速度を上げた。
ヤツは必死に走る白亜を追い越して、白亜の方を振り返ると中指を立てた。
ヲイヲイ。
そしてそのまま、狭くなった通路の出っ張りに突っ込んでバラバラになった。
あ~あ、余所見してるから。
バカなのかな?
地面に投げ出されたそいつの頭を、走る白亜が踏み潰す。
白亜の足にそいつの飛び散った脳漿が掛かった。
「もういや――――っ!!! びぇ――――っ!!」
走りながら白亜が号泣し始めた。
トラウマにならなければいいが・・・
通路のカーブした先の横穴に飛び込む。
走るゾンビ達はそのまま通路を走って行った。
うまく撒けたようだ。
「えぐっ! えぐっ! 怖かったのじゃ! 怖かったのじゃぁ!」
「よしよし」
俺は声を押し殺して泣く白亜の頭を撫でて宥める。
どんな強敵にも臆することの無い白亜が本気で怖がっている。
相当に衝撃的な出来事だったのだろう。
予備知識なしにパニック映画を実地で体験。
まあ、普通はこうなるよね。
それにしても、
「くくくくくっ」
「何が可笑しいのじゃ!?」
泣き止んだ白亜がムッと睨んできた。
「白亜も年相応の女の子だったんだね」
「ふんっ! いきなりじゃったからの! 驚いただけじゃ!」
強がりを言うなあ。
「さっき走っていたのがゾンビの第2形態だったんだけど、実はまだその先があってね」
「なんじゃ? ふん。妾はもう怖くなどないぞ」
「第3形態に進化すると…………」
そこで会話を切って、確認する。
「本当に訊きたい?」
俺はもったいを付ける。
「だからなんじゃ? もう怖くないと言うておろうが!」
「そうか、なら教えるけど…………やつら、進化するとね…………」
緊張する白亜に、ゾンビの真似をしながら、
「空を飛んで襲って来るんだよ。ブヴァァァ―ッ!」
「ひっ!」
それを訊いた白亜は凍り付いて涙目になった。
強がるから~。
つい、からかってしまいたくなるじゃないか。
■
ゾンビを捲いた俺達はゆっくりと先に進む。
ゆっくり、というのは、白亜が周りをキョロキョロと伺いながら進むからだ。
よっぽど、走るゾンビが怖かったらしい。
たまに上も警戒している。
空飛ぶゾンビも怖いんだね、白亜さん。
歩きながら白亜にゾンビ対策を説明する。
「遭遇戦の場合、さっきみたいにゾンビの頭を粉砕するのが手っ取り早いんだけど、予めゾンビが来るとわかっている時には爆裂魔法で焼いてしまえばいい」
「エクスプロージョンかぇ?」
「そうだね。でも、ここのような狭い通路で爆裂魔法を使うと、天井が崩落する危険があるから、別の方法を使う」
「別の方法?」
「ヘルファイアだね」
「火の海にする?」
「うん。でも、只の火では効果が薄い。魔法名が示すとおり、地獄の業火で焼き尽くすんだよ。魔法の基本原理はわかるかい?」
「『魔法の規模は魔力の充填量によって変わり、魔法の威力は魔力の充填速度によって変わる。』?」
「そのとおりだね。ヘルファイアの場合、魔力の充填速度を高めれば高める程、火力が上がる。炎の色が橙色なら燃焼温度は低いが、白、更に青白くなればそれだけ燃焼温度は高くなる」
「燃焼温度を高めて焼き尽くせばよいのじゃな?」
「まあ、そんなところだ。じゃあ、ヘルファイアの術式を流すから理解してね」
この階層で白亜との魔力パスは再接続されている。
「うむ。受け取ったのじゃ」
タイミングよく、ゾンビ軍団が走って戻って来た。
「飛んで火にいる夏の虫じゃ。ヘルファイア-っ!」
青白い炎が地面から顕現し、ゾンビ軍団を覆い尽くす。
ゴ―――ッ!
物凄い火力だ。
ゾンビ軍団が一瞬で灰になってしまった。
「ザマオミロじゃ! 妾の勝利じゃっ!」
白亜が右腕を高く挙げて、勝利宣言した。
俺の表情に気付いた白亜が不満そうに抗議してきた。
「兄者はなんで妾を生暖かい目で見ておるのじゃ?」
だって、ねえ。
■
更に進むと、壁から何かが湧き出てきた。
亡霊と…………レイスか。
「ひっ! 幽霊じゃっ!」
白亜が俺の後ろに隠れる。
その間にも、どんどん亡霊とレイスが湧いてくる。
白亜が俺の後ろからその光景をちらちら覗き見て、その度に、
「ひ――――っ!」
と怯えていた。
怖いなら見なければいいのに。
「あの光っている幽霊は何じゃ!?」
白亜がレイスを震える指で指しながら訊いてくる。
「あれはレイスだね」
「幽霊と何が違うのじゃ!?」
「ああ、レイスに触れられると生命力を吸われて死ぬ。だから、触れられるなよ」
「ヒィ!」
「ちなみに魔力の低いやつは亡霊になり、やつらの配下として使役される」
「…………魔力が高いとどうなるのじゃ!?」
「肉体だけは残って…………ゾンビになるね」
白亜が真っ青になって、
「…………ゾンビは嫌じゃ。ゾンビは嫌じゃぁ~~~!!」
しがみ付く手に力が籠る。
「そんなに怖がらなくても。ちなみに俺の場合…………」
レイスが数体、俺に触れた。
次の瞬間、
「ギャ――――――――――!」
俺に触れたレイスが悲鳴を上げて浄化される。
勇者の加護の絶対防御により触れたレイスが浄化される。でも、白亜は無事には済まないから…………」
俺は杖を地面に突くと、
「エリアハイヒール!」
広域治癒魔法を行使する。
[エリアハイヒール]により、亡霊もレイスも全て昇天した。
「本当は治癒魔法で1対1体消して行けばいいんだけど、数が多すぎる時は範囲治癒魔法で一気に浄化するのが効果的だね。今使った[エリアハイヒール]はレイスまで有効なんだよ」
その後も度々、亡霊やレイスが現れ、その度に白亜は俺の背中に隠れるのだった。
「ゾンビは嫌。ゾンビは嫌。ゾンビは嫌」
お経のようにそう唱える白亜はアンデッド系は苦手らしい。
この階層では白亜は戦力にならないかもしれない。
■
やがて、広い場所に出た。
スタジアム並みの広さだ。
中まで進むと、四方八方の壁や天井から次々と亡霊やレイスが湧き出て来た。
「ひ―――――――っ! もういやじゃ―――――っ!」
白亜がパニックを起こし掛けている。
奥の地面から、黒いマントを頭から被った骸骨が3体沸き上がってきた。
リッチーだ。エルダーリッチーもいるぞ。
亡霊には[ヒール]、レイスには[エクストラヒール]や[ハイヒール]、リッチーには[メガヒール]と、それぞれ治癒魔法による浄化が可能だが、エルダーリッチーには治癒魔法は効果がなく、浄化魔法一択だ。
リッチーが手にした杖を振るうと空中にレイスが次々に現れた。
一方のエルダーリッチーが手にした杖を振るうと、その足元に黒い水溜まりのようなものが顕現した。〖冥界の門〗だ。そして、そこから次々と死霊騎士が出て来た。
瞬く間に、亡霊やレイスや死霊騎士に取り囲まれる。
数は1000まで数えたが、そこから先は数えるのを放棄した。
「ヤバいなあ、この数。どうしようかなあ」
俺の後ろにしがみついて怯えていた白亜が静かになっていた。
ぶつぶつ何か言っている。
「…………妾を怯えさせてそんなに楽しいかぇ?」
問うような言葉だけは確かに聴こえた。
「よかろう…………受けて立とうじゃないか…………」
「えっ? なにが立つって?」
白亜が俺を掴む手に力を籠めると、
「浄化魔法を教えよ」
冷え切った声で言った。
俯いたその表情は見えない。
「浄化魔法を教えよと言うておる」
異論は認めない、と言外にそう言っているのがわかる。
恐怖を通り越して、怒りに変わったようだ。
うん。逆らうのは止めよう。
「今、プリフィケーションの術式を流したよ」
目を閉じて情報を精査していた白亜は、やがて眼を開き、
「確かに受け取ったのじゃ」
とだけ言った。
そして、俺の前に進み出ると、
「よくも妾を怯えさせてくれたのぉ、アンデッドどもよ」
あ、髪の毛が逆立ってる。
怒髪天を突く、ってこういうのを言うんだなあ。
初めて見たよ。
「聖なる業火に焼かれて逝け! 逝ってしまえ!」
そして、ハルバートの先を亡霊とレイスの一角に向け、
「プリフィケーション!」
いきなり浄化魔法を発動する。
適用範囲は狭いが眩い光の柱が顕現し、亡霊もレイスも一瞬で浄化。
浄化は俺でも数秒掛かる特級神聖魔法だ。
それなのに、瞬間浄化だと?
白亜…………恐ろしい子。
「プリフィケーション!」
「プリフィケーション!」
「プリフィケーション!」
白亜は周囲に片っ端から浄化魔法を連発する。
どんどん亡霊やレイスやリッチーや死霊騎士が浄化されて消えていく。
だが、滅茶苦茶だ。
魔力消費を全く顧みない超燃費の悪い魔法の行使。
魔力パスを通じて、俺の魔力がどんどん吸われていく。
「白亜、エルダーリッチーを狙え! やつらが冥界から死霊騎士を呼び寄せてるんだ! エルダーリッチーが残っている限り、死霊騎士を倒しても無駄なんだ! 倒した分、またはそれ以上の数の死霊騎士を呼び寄せられてしまう!」
訊いちゃいない。
周囲一帯、浄化魔法の滅多打ちだ。
次々に亡霊もレイスも死霊騎士もリッチーも浄化されていく。
亡霊とレイスとリッチーは確実に数を減らしている。だが、死霊騎士は減っていない。むしろ増えた。
「おい、白亜、訊け!」
白亜に言い聞かせようと、白亜の顔を覗き込んだ俺は説得を諦めた。
凍り付くような笑顔の口の片端が吊り上がり、目が渦巻きになっていた。
「プリフィケーション!」
「プリフィケーション!」
「プリフィケーション!」
「プリフィケーション!」
俺はリッチーの方に向き直る。
[プリフィケーション]は死霊騎士達に遮られて届かない。
ならば…………
俺は、杖を掲げて神々しい光輝く矢を3本空中に顕現させる。
「セイントアロー!」
杖を振るうと、矢が死霊騎士を避けるように変則起動を描いて、奥の壁際に居るエルダーリッチーの方に飛んでいった。
聖なる浄化の矢が3体のエルダーリッチーを貫く。
エルダーリッチーが硬直したまま姿を薄くしていき、遂には空間に溶け込むように消失した。
〖冥界の門〗が消失し、死霊騎士の供給も止まった。
とりあえず、これでよし。
白亜を見る。
「プリフィケーション!」
「プリフィケーション!」
「プリフィケーション!」
「プリフィケーション!」
「プリフィケーション!」
「ハーッハッハッハッハッ! 死ね死ね死ね死ね死ね―――っ!」
いや、アンデッドだから最初から死んでるよ。
「プリフィケーション!」
「プリフィケーション!」
「プリフィケーション!」
「プリフィケーション!」
「プリフィケーション!」
「プリフィケーション!」
「プリフィケーション!」
「プリフィケーション!」
「プリフィケーション!」
「消えろ消えろ消えろ消えてしまえ―――っ! キャ-ハッハッハッハッ!!」
白亜様、御乱心。
やがて、無数に居た亡霊もレイスも死霊騎士もリッチーもその全てが浄化された。
「プリフィケーション!」
「プリフィケーション!」
「プリフィケーション!」
「ちょっと待てっ! もう居ないからっ! もう全部浄化し尽くしたからっ!」
にも拘らず、浄化魔法を撃ち続ける白亜を慌てて止める。
超強力な浄化魔法を撃ち続けられたせいで俺のMPは一気に失われた。
俺の残りMPは『62579999』。
『30000000』も浄化魔法に消費するって、どういうこと?
放っておいたら、俺のMPがゼロになるまで、撃ち続けたかもしれない。
だから止めた。
「大丈夫か?」
声を掛けると、ぱっ、と俺を見上げた白亜が、
「見たか、兄者!? 妾が幽霊を全て浄化させてやったのじゃっ!」
興奮冷めやらぬ様子で言う、目をキラキラさせて。
「これからも妾が幽霊どもを浄化させてやるのじゃっ!」
「止めて! ほんと、勘弁して!」
あんな使い方をされたら、マジ、俺の魔力が尽きます。
もう、白亜に浄化魔法を使わせるのは止めようと心に誓った、その時だった。
奥から馬に乗った騎士が現れた。
その騎士には頭が付いておらず、その頭は左手に抱えられていた。
デュラハンだった。




