037 ダンジョンの裏側
通路を歩き続ける。
1時間経った頃、岩壁の通路は行き止まりに突き当たった。
所々光る水晶がうっすらと映し出す光景。
そこは一面ゴミ捨て場だった。
割れた食器、穴の開いた鍋、バラバラに砕けたかつて家具だっただろうもの。
折れた槍や曲がった剣まである。
なんかよくわからない悪臭まで漂っている。
天井には穴が空いている。
レンガが組まれた正方形の穴。
長さは数10mくらいだろうか。
かすかに光が漏れている。
ここを登るしかないか。
[無限収納]からとりあえずナイフを6本出す。
6本のナイフそれぞれをNo.1~No.6に番号を割り振り認識する。
柄の先に丸穴が付いたナイフ。
[無限収納]から巻いたロープを出す。
ロープの両端を1.5mくらい残して、それ以外を腰と肩に襷掛けに巻き付けた。
さあ、準備はできた。
壊れた家具を寄せ集めて足場を組んでその上に乗ると、天上の穴に1.5mくらい体を潜り込ませることができた。
光る水晶を手に周囲を眺める。
レンガのあちこちに手を滑り込ませることのできそうな隙間があった。
ナイフNo.1とNo.2を膝の高さにあるレンガの隙間に等間隔に力一杯差し込む。
No.3とNo.4を腰の高さにあるレンガの隙間に等間隔に力一杯差し込む。
No.5とNo.6を首の高さにあるレンガの隙間に等間隔に力一杯差し込む。
最後にNo.5とNo.6の柄のリングにロープの端を結び付けた。
思い切りロープを引っ張ってもナイフは抜けなかった。
身体能力は勇者相当。なんとか上ることができそうだ。
ロープを掴んで体を引上げ、膝上のNo.1とNo.2に両足を掛ける。
更に上のNo.3とNo.4に足を移動させる。
「回収」
No.1とNo.2を[無限収納]の中に一旦回収すると、再度No.1を[無限収納]から取り出してNo.5の上の頭の位置に突き刺す。
No.5の柄からロープを外して、今突き刺したNo.1の柄に結び付ける。
次に[無限収納]から取り出したNo.2をNo.6の上の頭の位置に突き刺す。
No.6の柄からロープを外して、No.2の柄に結び付ける。
そして、No.3とNo.4を[無限収納]に回収。
この繰り返しで、ロッククライミングの要領で少しずつ垂直な壁を登って行った。
ロッククライミングなんかやったことがないから、ぶっつけ本番。
落ちたら・・・・・・ただじゃ済まんだろうな。
下は一切見ず、ひたすら上を目指す。
どれだけ経ったんだろう。
時間を確認する余裕もないくらい汗みずくになって壁を登っていく。
ようやく、光が漏れていた場所まで登り詰めた。
そこは、壁に長方形の蓋が仕込まれており、蓋と壁の隙間から光が漏れていた。
蓋を押してみた。
蓋が向こう側、下の方にスイングするように開いた。
明るい光が差し込んだ。
開口部に体を捻じ込んで、向こう側に降り立った。
今出て来た場所を見る。
ダストシュート?
学校の旧校舎の廊下に仕込まれているゴミ投棄設備。
俺はこんなところから出て来たのか。
出た場所は両側に扉が並んだ現代的な廊下。
天井には無機質な(たぶん)LED蛍光照明が埋め込まれていた。
生き物の気配は無い。
俺は廊下に並んだ扉のひとつをそっと開けた。
中を覗くと、シングルベッドとカウチソファと机が置かれていた。
まるでビジネスホテルの一室のよう。
但し、窓は無い。
中に入る。
クローゼットを開くと、グレーのコートが掛かっている。
ベッドの上掛けが斜めに捲られており、触ると暖かい。
机の上のティーカップには紅茶が半分くらい残っており、仄かに湯気を立ち上らせている。
横の扉を開くとユニットバスだった。
遂先程まで人が居たような部屋。
他の部屋も調べてみる。
全室を一気に調べる為に、[マッピング]と[探索]を行使しようとしたが、魔法は発動しかった。このエリアにも魔法封じが為されているようだ。
結局、一室一室、扉を開けて中を確認することにした。
全ての部屋ではないが一部の部屋からは、さっきまで人が居た名残が感じられた。
でも、今は無人。
なんなんだ、ここは?
長く続く廊下を進む。
やがて廊下は終わり、突き当りに扉が見えた。
扉を開けたら、目の前に驚いた顔をした白亜が居た。
「「えっ?」」
何の前触れも無く横の壁が突然開いたことと、開いた先に俺が立っていたので、白亜は物凄くびっくりしたみたいだ。
カシャン。
手にしていたトマホークを床に落としてしまったことにも気付いていないようだ。
そういう俺も予想外の出来事に油断していた。
ドスッ!
ゴロゴロゴロ!
ガツッ!
走り寄って来た白亜に激突されて、白亜を抱えたまま床を10mくらい転がり、最後は床に後頭部を打ち付けるはめになった。
「つゥ~~~~~~!!!」
この階層は魔法封じされている。
勇者の加護[絶対防御]も封じられている状態だから、痛いのなんの。
俺は両手で後頭部を抱えながら、痛みが引くまで蹲っていた。
俺を下に敷いた状態の白亜が起き上がり、申し訳なさそうに、
「済まぬのじゃ。わざとじゃないのじゃ」
「今はHPだけが高い只の人だから、お手柔らかに頼むよ」
「?」
俺はこれまでの経緯を白亜に説明した。
深い穴に落ちたこと。
穴の先に地下道があったこと。
一帯に魔法封じがされていたこと。
ダストシュートの投入口から這い出してきたこと。
出た場所には居住施設があり、人が住んでいた形跡があったこと。
「なるほどのぉ。ダンジョンの裏側にこんな場所があったとはのぉ」
白亜は、壁に扉が並ぶビジネスホテルの廊下のような光景を眺めながら呟いた。
ダンジョンと壁一枚を隔てたこの場所。
おそらく、迷宮の管理者が住んでいた居住区なのだろう。
なぜ、突然、管理者が居なくなったのかはわからない。
「白亜こそ、どうだったんだ?」
「妾はひたすら歩き回ったよ。ここは迷路のようじゃの。同じところを何度も通らされた」
俺達は、さっきの扉のところまで戻り、そこからダンジョンを覗く。
白亜も大変だったらしい。
最初は[マッピング]しながら進んだが、必ず同じような場所に戻って来てしまう。
しかも、通る度に通路が組み変わるように変化するので、[マッピング]も役に立たない。
ダンジョンの床を見ると、1本の槍が刺さっていた。
戻って来たのか、それとも似たような場所なのか、特定する為に、[頂きの蔵]から出して床に刺した槍。
改めて進むと、槍が刺さったこの場所に出たことで、同じ場所をぐるぐると迷わされているのだと確信したそうだ。
俺は自分の来た経路と白亜からの報告を合わせて考える。
もしかしたら、白亜が辿って来たダンジョン側は出口の無い無限迷宮なのかもしれない。
一方の俺が歩いて来たダンジョンの裏側は安全な管理エリア。そして、ダンジョンの裏側の存在に気付かなければ、永遠に迷宮を彷徨い続けることになる。
で、あるなら・・・・この階層の終着点は隠されたダンジョンの裏側の管理エリアにあるはず。
そう言えば、ダストシュートのあった場所の向こう側はまだ確認していなかったな。
「白亜、たぶんこっちが正解だ」
俺は元来た方を指差す。
「その先かぇ?」
「そうだよ。たぶん、ここを戻った先に答えがある。」
白亜と管理エリアの廊下を戻る。
迷宮と管理エリアを繋ぐ扉は開けっ放しにしておいた。
俺は先頭に立って廊下を歩く。
やがてダストシュートの前も通り過ぎる。
ダストシュートから先の各部屋の確認も怠らない。
全ての扉を開けて、部屋の中を確認する。
何か手掛かりがあるかもしれない、と考えてのことだ。
だが、無駄だったようだ。
どの部屋もこれまで確認した部屋とレイアウトは同じく、ビジネスホテルの一室そのもの。
しかも人の住んでいた形跡が全く見当たらない。
やがて、廊下の反対側の突き当りに辿り着いた。
ホテルのエントランスのような場所。
その中央に宝箱が置かれていた。
ダンジョンの裏側に宝箱?
ミミックかもしれないが、ここでは[鑑定]が使えないから真偽の程はわからない。
[無限収納]から針金を取り出して鍵穴に差し込む。
「魔法を使えばすぐに開くのじゃろ?」
「地下通路だけじゃなく管理エリア側も魔力封じが施されているんだ」
「つまり?」
「地道に鍵開けするしかないってことだね」
針金の先が鍵穴の中のピンを弾くと、箱の蓋が開いた。
ミミックではなかった。
箱の中にはアーティファクトも金貨も無く、1枚のメモだけが落ちていた。
ラミネート加工された紙。
現代技術だ。
そこには、以下のメッセージが『日本語で』書かれていた。
『48階層攻略おめでとう。
ここのからくりを見抜いた君に賛美と祝福を!
この階層は他と趣が違うでしょ?
元々あった階層を僕が技術の粋を結集して作ったこの階層と
入れ替えたのさ。
魔物も魔獣もいない。剣も魔法も使わない。
頼れるのは、己の頭脳と運のみ。
宿泊施設完備。安全安心設計保証付きです。
追伸
このメモが読める君は、過去か未来の僕の同郷者です。
そんな君に素敵なプレゼントを渡そうと思ったのですが、
すぐにはできません。
今の僕と君は時空の位相がズレているので直接会うことが
できないのです。
でも何とかはするつもりなので、いずれお会いできると
思います。
楽しみに待っていて下さいね。
-このメモが読める過去か未来の同郷の君へ-
なお、この階層を攻略した者は強制的に次の階層に排出されます』
同郷者?
位相のズレ?
素敵なプレゼント?
いや、なんか物騒な文言も・・・
強制的に排出ぅ???
突然、宝箱の奥のエントランス入口の自動扉と覚しきガラス扉がスライドして、2mくらいの隙間が開いた。
扉の向こう側は真っ暗闇。
カチカチカチカチ。
ブブブブブブブブ。
なんかコンプレッサー音らしき作動音が聴こえた、と思ったら、
ブオゥ!!
という轟音と同時に、物凄い吸引力で俺達は部屋の外に吸い出された。
咄嗟に白亜を抱き寄せる。
一緒に吸い出された宝箱が俺の頭を直撃した。
「く~~~~~っ!!」
気こそ失わなかったが、無茶苦茶痛かった。
「ふざけんな~~っ!! なんだこりゃ~~っ!!」
『覚えてろ!』なんて言わない!
だって、負け犬の遠吠えみたいじゃないか。
白亜を守るように抱き抱えた俺は言いたい言葉を我慢して、錐揉み状態で吹き飛ばされていくのだった。




