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035 繰り返す日々

気が付くと俺達は、巨木の根元のエレベーターの前に居た。


あれ?

昨晩、俺達は草原でビバークしたはず・・・


辺りを見渡す。

地平線の彼方に朝日が昇りつつあった。

朝なのは間違いない。

右腕の腕時計を見る。


腕時計は、24日の7時を指していた。

25日じゃないのか?

それに昨日の夕方見た時には、確かに24日の夕方6時だった。



「確かに俺は、昨日の晩、テントの中で寝た。だとすれば、テントの中で目を覚ますはずだ。なのに何で俺はここに突っ立っている?」

「何を言っておるのじゃ?」


白亜がキョトンとした表情で訊いてくる。


「だから、昨晩は、ここじゃない場所でビバークして―――― 」

「白昼夢でも見ておったのか? 今、えれべーたーでここに降りてきたところじゃろうが」


どういうことだろう。


「お腹がすいたのじゃ。兄者、飯を出してくれ」


そうだな。朝飯の時間だ。

[無限収納]から朝飯を取り出した・・・はずだった。

出て来たのは、昨日の午後食べた昼飯が入ったバスケット。

仕掛けがバグったか?


「ミリアさんのご飯じゃ~っ」

「おいっ、それは空だ」

「?」


白亜がいそいそと蓋を開けたバスケット。

中は空ではなく…………サンドイッチが詰まっていた。

しかもサンドイッチは、昨日と同じタマゴサンドとハムサラダサンド。


?????


俺はメシを食うのも忘れて、[無限収納]から巨大ロボの武器を取り出す。

使える大きさにしたはずなのに、出て来た武器はなぜか巨大ロボ用のまま。


俺は再度、トマホークとビームサーベルの大きさを[シュリンク]で加工し直す。


「白亜。フライは使えるか?」


トマホークを渡しながら訊いてみる。

白亜は暫し考えると、


「教わったことはないが、使えるようじゃ。フライ」


白亜が2mくらいに浮き上がると、その高さを維持しながら、空中を自在に飛び回る。


これは…………

俺はエレベーターの前に行くと、46階層に戻る為のボタンを探した。

昨日あったはずのボタンは消えていた。

もう戻れないということだ。


「白亜、こっちに来てくれ。これから転移で移動する」

「えっ? でも一度行った場所へじゃないと転移は使えぬのじゃろ?」

「いいから、いいから」


俺は白亜の手を取ると、昨晩ビバークした場所を思い出しながら[転移]を発動する。



次の瞬間、昨晩ビバークした場所に降り立つ。


そこには[結界]もテントも焚火跡も無かった。

一応、[ステータス画面]で[無限収納]の勇者基本キットの中にテントがあることを確認する。


時間の巻き戻りが発生した?


47階層に降り立ってから寝るまでの記憶も白亜からきれいさっぱり消えている。

加工したはずの武器も加工前に戻っている。

腕時計の表示も巻き戻っている。


だが、俺の記憶は保持されたままだ。

白亜に教えた魔法術式も忘れられることなく白亜の中に定着している。

[無限収納]の中に、昨日倒したワイバーンの魔石とフレイムライオンの魔物の魔石も消えずに残っている。

[索敵]は効力を失っておらず、変わらずエリアボスのいる方向を矢印で示している。


予想するに、この巻き戻りは47階層のからくりに違いない。

戻る手段を奪われている以上、エリアボスを倒して階層踏破を達しない限り永遠に巻き戻りが繰り返されるのだろう。

正に悪夢の無限ループ。

逆に言えば、エリアボスを倒せば巻き戻りは止まるということでもある。


そこまではわかる。

後は巻き戻りが起こる条件だ。


俺はメモを取ることにした。

今日は2日目だ。


とりあえず、先に進もう。




その日もワイバーンやフレイムライオンの魔物との戦闘で終わった。

初日のように徒歩での移動ではなく、[フライ]で移動したので、昨日の3倍の距離を進むことができた。


夕方になったので、ビバークの準備をして、晩飯を食べる。

メニューは昨日の晩飯と同じ。

先に白亜を寝かせて、焚火の前で深夜になるのを待つ。


腕時計を見る。

夜の11時59分。

俺の予想が正しければ・・・・


時計の針の長針と短針が真上で重なった瞬間、それは起きた。




俺達は、巨木の根元のエレベーターの前に居た。


辺りを見渡す。

地平線の彼方に朝日が昇りつつあった。


右腕の腕時計を見る。

腕時計は、24日の7時を指していた。


やはり。


一日の終わりと同時に巻き戻る仕組み。


理屈はわかった。


俺達は[転移]で昨日のビバーク場所まで転移。


そして、魔物退治の一日が始まる。




繰り返す日々を送り続けて、もう10日経つ。


さすがにミリアさんの用意してくれた料理も10日続けて1日目用ばかりじゃ飽きて来る。

白亜は記憶も巻き戻っているから、毎日喜んで食べているが。

2日目以降のメニューはいつ食べられるんだろう。


だが、確実に前進できている。

勇者の加護[状態異常無効化]のおかげで俺の記憶は巻き戻らないし転移魔法もある。

だから先に進むことができるのだ。


転移魔法も持たず、記憶も巻き戻る普通の冒険者なら、ボスに辿り着くことなく永遠にループし続けるのだろう。

そんなのは無限の牢獄だ。


その日は少し趣が違った。


半日以上移動した頃、進行方向の空に真っ黒な一団。

[鑑定]を行使。


「なになに? イナゴ? 体長2メートル~~つ!? 総数10万匹~~!?」


イナゴの大群に巻き込まれたワイバーンがアッと言う間に喰い尽くされるのが見えた。


剣技だけでは対処できない数だ。


まだ、距離はある。


「白亜! 賢者に職種変更する。3分だけ周辺警戒頼む!」

「わかったのじゃ」


職種変更スキル[スイッチ]を発動する。


「英雄・賢者にスイッチ!」


アンインストールに30秒、インストールに2分。


『英雄・魔道剣聖をアンインストールします』


30秒後、


『英雄・魔道剣聖のアンインストールに成功しました。引き続き、英雄・賢者のインストールを開始します』


2分後、


『英雄・賢者のインストールに成功しました』


黒い衣装に黒い軽装備のプロテクターを纏う魔道剣聖から、煌びやかな金の刺繍が施された賢者に相応しい衣装に切り替わった。色は俺の好みを反映した群青色。手にしているのは賢者の杖。スターリングシルバーに輝く柄とその先端に宝石(?)が散りばめられ文様が入った球が付いている。


イナゴの大群が迫ってきていた。

移動速度が予想より速いな。


全力の[エクスプロージョン(大)]なら一撃なのだが、その為には勇者・大賢者への職種変更が必要になる。女神対策を考慮すると、おいそれと勇者・大賢者への職種変更などできない。

だから、イナゴの大群目掛けて中規模の爆裂魔法を拡散連射する。


「『エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」


すり抜けて来たイナゴが俺に襲い掛かって来た。


俺は賢者であって魔道剣聖じゃないから、超速の回避行動が取れない。

ヤバイ!


「スラッシュ・フレイム!」


俺と巨大イナゴの間に飛び込んできた白亜が、炎を纏った刃で巨大イナゴを袈裟懸けに斬った。巨大イナゴは炎に焼かれ、やがて消し炭になった。


「すり抜けて来たヤツは妾が対処する。兄者は構わず続けられよ。」


チラッと俺を振り返り見た白亜がそう告げる。

普段は可愛らしいのに、こんな時は男前だねえ。

惚れてしまいそうだからヤメテ。


「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「スラッシュ・フレイム!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「スラッシュ・フレイム!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「スラッシュ・フレイム!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「スラッシュ・フレイム!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「スラッシュ・フレイム!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「スラッシュ・フレイム!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「スラッシュ・フレイム!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「エクスプロージョン(中)!」

「スラッシュ・フレイム!」

「スラッシュ・フレイム!」

「スラッシュ・フレイム!」


小一時間程で掃討完了した。

[エクスプロージョン(中)]を40発/分以上の速度で撃ち撒くった。

2000発以上は撃ったはずだ。

いくらMPが『99999999』の俺でもさすがに堪えた。

残りMPが『25000000』を切っている。


初日から500km以上進んだ。

そろそろ、エリアボスに遭遇するはずだ。

このまま、一気にエリアボス討伐といこうじゃないか。




3時間程移動するとようやく草原が終わり、大きな岩山が見えて来た。


岩山の麓にポッカリ口を開けた、たぶん洞窟だろう。


俺達は、俺のMPが全回復するまでの間、洞窟の前で晩飯休憩を取ることにした。

回復を早める為に、[無限収納]から大量のエリクサー(回復薬の最上級バージョン)も出した。

ここで白亜にも巻き戻りのからくりを説明した。


「妾にはわからなかったのじゃ」

「仕方無いさ。白亜には俺のような勇者の加護の状態異常無効化が無いんだから。でも、教えた魔法術式は覚えていただろ?」

「まあのう」


そこで俺はクスクスと思い出し笑いする。


「でも、毎日同じ飯を初めて食べたみたいに喜んでいた姿ときたら…………」

「言うな! 妾がバカみたいではないか!」

「そんなところもかわいいよ」


白亜の頭を撫でる。


「ム~~~~っ! 頭を撫でれば妾の機嫌が治る、そう思っておらぬか?」

「実際、そのとおりだし。でも、嫌なら撫でるのは止めるけど」

「そのままで撫で続けよ。でも、納得はできぬ。納得は。ム~~~~っ!」


言葉では怒っているが、表情が蕩けそうなのを必死に堪えているのが丸分かりだ。

ほんと、かわいいな。



夜遅くになって、ようやく俺のMPが全回復した。

いつもならもう寝る時間。

だが、今日中に終わらせるつもりの俺達は、洞窟の中に踏み入る。


ダンジョンみたいだな。

ダンジョンの中にまたダンジョン。

変な感じだね。



洞窟の最奥まで進むと広いホールに辿り着いた。

入口から中を覗くと、アースドラゴンが眠っていた。


俺達が中に入って来た気配を感じ取ったのか、アースドラゴンが目を覚ます。


「白亜! 準備はいいか!?」

「もちろんじゃ! 前衛は任されよ!」

「さあ、ボス討伐と行こうじゃないか」

「うむ」

「これで繰り返す日々が終わってくれればいいんだけどね」




目を覚ましたアースドラゴンが立ち上がる。

20mを超す巨体。

そして、アースドラゴンの突然の口からの電撃。


前方展開した結界に当たったイナズマが[結界]表面を拡散する。


「くっ!」


[結界]を廻り込んだ電気が体を痺れさせる。


「スラッシュ・フレイム!」


[結界]の内側から飛び上がった白亜が炎を纏わせた五月雨で上からの斬撃を喰らわせる。


キンッ!


が、アースドラゴンの堅い体に五月雨が撥ね返される。


「白亜! やつには炎耐性がある! スラッシュ・フレイムは効かない!」


やつの弱点は風属性魔法か水属性魔法だったはず。


「アイシクルキャノン!」


氷弾砲撃を仕掛けたが避けられてしまった。


こいつ、意外と動きが速いぞ。


「風属性魔法の術式を送るからそれを使え!」


魔力パスを通して白亜に風属性魔法術式を送る。


「かたじけない。ありがたく使わせて貰うのじゃ。ストームウインド!」


白亜が五月雨を振るうと、五月雨から強化された風の刃が顕現してアースドラゴンを襲った。風の刃は動きの速いアースドラゴンを掠めただけだが、それでもアースドラゴンの体表を削り取ることはできた。

だが、まだクリティカルを与えられたわけじゃない。

やつの動きを止めないと。


「エリアフリーズ!」


広域凍結。

ホールの足元全体が凍り付き、スケートリンクのようなミラーバーンになった。

足元が滑って、思うように動き回れなくなったアースドラゴンに、白亜が[フライ]で低空を飛翔し、


「スラッシュ・ウインド!」


五月雨から繰り出された風の刃がアースドラゴンの四肢の膝から下を切断した。

新技?

実戦の最中に新技を編み出したのか?

すげぇな。


と、感心している場合じゃない。

俺は四肢を切断されて動けなくなったアースドラゴンに[エリアデフィニッション]で照準を合わせる。

そして、


「アイシクルクラウドバースト!」


上空からの氷弾の連続飽和攻撃。

降り注ぐ氷弾がアースドラコンの体を次々と貫いていく。

10分に渡る連続飽和攻撃の前に遂にアースドラゴンは絶命した。


「回収」


ドラゴンの死体を放置するのも憚られたので、とりあえず無限収納に入れる。


腕時計を見る。

23時50分。

巻き戻りが起きるはずの時刻まであと10分。


俺達は固唾(かたず)を飲んで、日付が変わるのを待つ。

秒針が進むのが遅いように思えた。


そして、遂に日付変更線を超えた。

腕時計は、25日0時を指していた。

更に1分待つ。

やがて、0時1分になった。


巻き戻しは起きなかった。


「やったな」

「ようやく終わったのお」


さあ、あと3階層を残すのみ。



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