034 平安時代の住人でも『デリカシー』って言葉がわかるんだ?
充分に休憩を取った俺達は、47階層を目指した。
大ホールの見渡しても出口が見当たらない。
俺達が入って来た側の反対側に47階層に通じる扉があるんじゃないかと考え、そこまで歩いていった。
奥の壁に近づくと、壁の一角が自動ドアよろしくオープンした。
それはエレベーターだった。
俺達が乗るとエレベーターの扉が閉まり、下降が始まる。下降速度は結構速い。
白亜はエレベーターに乗るのは初めてらしく、そわそわしている。
「なんか変な感覚じゃのう」
エレベーターが高速で下降する時の浮遊感覚も初めてなのだろう。
やがてエレベーターが止まり扉が開く。
所要時間から考えると、高層ビルを40階くらい降りた感覚だ。
扉の外に出る。
エレベーターは巨木の根元に通じていたようだ。
ダンジョンの外に出たのか?
青空が広がる草原。
ところどころに、根っこが上を向いたような木が生えている。
アフリカ南東のマダガスカル島に生えているバオバブの木に似ている。
違うのは空高くワイバーンが飛んでいること。
やはりダンジョンの中なのか。
ダンジョン空間というのは本当によくわからない。
それにしても。
地平線の彼方に朝日が昇りつつあった。
ここは朝なのか?
思わず右腕の腕時計を見る。
24日の7時?
月の兎亭で朝飯を食っていた時間だぞ。
時計が止まっていた?
壊れたのか?
いや、秒針は動いているし…………今、7時1分に分針が進んだ。
どういうことだ?
俺の腕時計はスイス製の年代物だが、自動巻きだからエーデルフェルトに来てもクオーツのような電池の心配は不要だ。だが、自動巻きにも欠点はある。装着している腕を動かさないとゼンマイが巻かれず止まってしまうのだ。今回はダンジョン内での戦闘で腕を動かしっ放しだったからゼンマイは常に巻かれた状態。壊れでもしない限り動き続けるはずだ。
動いているところを見ると壊れてはいないようだ。
腕時計のガラス面を撫でる。これは祖父が長年愛用していた逸品。俺が中学に入学したお祝いに貰った。まあ、物心ついた頃から『くれくれ』言っていたのは俺なんだが。
右腕に巻いているのにも理由がある。俺は小学校の頃から祖父の道場で居合を習っていた。
最初は左腕に巻いていたのだが、初めて真剣を持たされた時にブルッて鞘から抜いた刃が腕時計に当たってガラス面を傷つけてしまった。腕時計のおかげで左手首を斬らずに済んだのだが、俺は大いに落ち込んでしまった。もっとも、腕時計を付けて居合をしたのがそもそもの間違いではあるんだが。その時以来、俺は腕時計を右腕に巻くようになった。まあ、5年も前の話なんだけどね。
「兄者? これは時計なのか? すごく小さいのお」
白亜が腕時計をまじまじと見ながら訊いて来た。
「ああ、腕時計だ。俺固有のアーティファクトだよ」
説明を省略してアーティファクトということにしてしまった。
エーデルフェルトにももちろん時計は存在する。だが、時計は時計台のような大きな物や置き型のタイプしか存在しない。簡単に持ち運べる物じゃなく、しかも高価。
ちなみにエーデルフェルトの時間単位は元の世界と同じだ。1年が12ケ月で構成されるところも同じ。但し、1年は365日ではないし、月日数のばらつきも無い。1ヶ月は30日で統一され、1年は360日だ。
「腹減ったな。遅くなったが昼飯にしよう」
[無限収納]から2人分の今日の昼飯を取り出す。
取り出したるはバスケットに入ったサンドイッチとボトル入りの紅茶。
サンドイッチは、タマゴサンドとハムサラダサンドだ。
今回、俺はミリアさんに頼んで7日分の食事20食分を用意して貰った。
7日後の夜には〖月の兎亭〗に戻るつもり。
[無限収納]の中は時間停止しているから、取り出せばいつでも作り立てだ。
[無限収納]に収める時に、取り出す時の順序を設定しておいた。
だから、何も考えずに、今日の昼、夜、明日の朝、昼、夜、の順に取り出せるのだ。
さて。
ここは飛翔する魔物も居るから、武器もそれなりのものを用意する必要がある。
俺は[無限収納]から46階層で手に入れた巨大ロボの武器を取り出す。
巨大ロボ用だから当然でかい。
このままじゃ、使えないな。
「白亜はどれがいい?」
「そうじゃの。トマホークかのう」
「じゃあ、俺は…………」
トマホークと俺が選んだビームサーベルに、
「シュリンク」
縮小の魔法を掛けて小さくした。
「そのトマホーク、柄が長いけどいいか?」
「長い方が振り回し甲斐があるのじゃ。これでよい」
俺はビームサーベルを手に取る。
魔力を強く込めると刃が伸び、魔力を絞ると短くなった。
こりゃあいい。
「白亜、魔力のパスは繋がっているか?」
白亜が目を閉じて集中する。
「うむ、繋がっておる。兄者からの魔力の流れが手に取るようにわかる」
「じゃあ、フライの術式を流すから受け取って理解してくれ」
飛行魔法の術式を魔力パスに載せる。
「フライを使ってみてくれ」
「了解じゃ。フライ!」
白亜の体が2mくらいの高さに浮く。だが、フラフラしている。
「飛んでみて」
最初はバランスが取れずに体の上下が逆様になったり、思った方向に飛べなかったり、曲がれずに木に激突したり、ノロノロとしか進めなかったりしていたが、やがて、自由自在にコントロールできるようになった。
相変わらず憶えるのが速い。
但し、高さ2mまで限定だが。
「もっと高く飛べるだろう?」
「無理じゃ! 高いところは怖いのじゃ!」
そういえば高所恐怖症だったな。
高速移動用と割り切るしかないか。
「マッピング。ディスティネーション。索敵」
ここでも[マッピング]と[ディスティネーション]は使えなかった。
だが、[索敵]には反応があった。
[索敵]を唱えると、俺の視界の端に赤い矢印が現れた。
何だ、これ?
音声案内に聞いてみた。
「視界の端に赤い矢印が出ているんだが、これは何?」
『赤い矢印は、周囲1000km四方で一番強い敵の居る方向を指しています』
47階層が1000km四方に広がっているとも思えないので、この矢印はエリアボスの居場所を指しているんだろう。
首を右横に向けると矢印が左を向いた。
つまり、矢印が真っ直ぐ示す方向に向かえばいい訳だ。
近いか遠いかは不明だが、1000km圏内にいることは間違い無さそうだ。
■
ところどころ木が生える草原を進む。
上空のワイバーンに気付かれる。
ワイバーンが4体、急降下してきた。
それだけじゃない。草原の先にライオンまで現れた。これも5体。
「俺はワイバーンを殺る。白亜にはあいつらを任せてもいいか?」
走り寄ってくるライオンの群れを指差す。
「獅子は任せるのじゃ」
俺はフライで飛び上がると、ワイバーンを迎え撃つ。
ビームサーベルに強い魔力を注ぎ込むと、ビームが20mくらいに延びた。
延びたビームサーベルを思い切り横薙ぎにする。
襲い掛かって来た4体のワイバーンは一薙ぎで真っ二つになって落ちて行った。
下を見る。
白亜がトライデントを振るうと、一遍にライオン3体の首が飛ぶ。
残る2体のうちの1体が白亜に向かって口から炎を吐いた。
ライオンを[鑑定]で見ると、このライオンはフレイムライオンなのだそうだ。
白亜が炎を躱そうと地面を転がる。
起き上がって体勢を立て直そうとした白亜の後ろからもう1体のフレイムライオンが襲い掛かった。
白亜がフレイムライオンの前足で俯せに抑え込まれる。
フレイムライオンがその牙で白亜の首を噛もうとした。
「させるかぁっ!」
急降下した俺がフレイムライオンの首を撥ねた。
首を撥ねられて抑え込む力を失ったフレイムライオンの下から素早く抜け出した白亜が、
「かたじけない、兄者!」
炎を吐いたフレイムライオンに突進して行き、掬い上げるようにトライデントを振るった。
最後の1体の首が空高く飛び、動体が頽れる。
「危ないところじゃったの」
「怪我は無いか?」
「ちょっと背中が痛い」
「ちょっと見せてみろ」
俺が後ろから白亜の服を捲ると、
「キャッ!」
白亜が変な声を上げた。
見ると、痣になっている。
「いくら他に人が居ないからと言っても、こんなところではダメなのじゃぁ!」
白亜が真っ赤になって身を竦める。
「お前は何を言ってるんだ? いいからじっとしてろ」
俺は白亜に[ヒール]を掛けた。
すぐに痣が消えて、元のきれいな肌になった。
「ほら、治ったぞ」
「う~~~~~~っ」
服を直した白亜が恨みがましそうに俺を睨んでいる。
「治して貰ってその態度はあんまりなんじゃない?」
「兄者にはデリカシーというものはないのかぇ!?」
「へえ、平安時代の住人でも『デリカシー』って言葉がわかるんだ?」
「バカにするでない! ここに来て2年も経つのじゃ! 知っていて当り前じゃろうが!」
それ以降もワイバーンやフレイムライオンの襲撃を受けたが、全て撃退した。
やがて、日が暮れた。
腕時計を見る。もう、夕方の6時だ。
ここでビバークするしかないな。
俺は[無限収納]から取り出した勇者基本キットのテントを張り、火を起こす。
暗くなると一気に気温が下がり、肌寒さすら感じるね。
[無限収納]から晩飯を取り出し、そのひとつを白亜に渡す。
白亜は黙ってそれを受け取ると、無言で食べ始めた。
ここに至るまで、白亜は一切口をきいてくれない。
声を掛けようとしても、プイッとそっぽを向かれてしまう。
昼間のは軽い冗談を言ったつもりだったが、白亜を完全に怒らせてしまったようだ。
やれやれ。
俺は周辺に[結界]を張り巡らせ、[結界]に[パラライズ]を付与する。
結界に触れた魔物が痺れて行動不能に陥る仕掛け。
これで夜も安心。
仕掛けを完成させて戻って来ると、白亜がテントの前に立っていた。
まだ、怒っている?
冷却期間が必要だな。
俺は白亜に背を向けて焚火の前に座ると、
「白亜がテントを使え。俺はここでいい」
「えっ?」
「俺のこと、まだ怒ってるんだろ?」
「…………」
「近くに居ない方がいいだろ?」
白亜がピトッと背中に張り付いてきた。
「ごめん、からかい過ぎた」
「もう、怒ってはおらぬ」
「そっか…………」
俺は白亜の手を引いてテントの中に入る。
[無限収納]から白亜の寝間着を出して渡す。
白亜が寝間着に着替え始めたので、白亜に背中を向けて横になった。
着替え終わって横になった白亜が身を寄せて来た。
機嫌は直ったようだ。
暫くすると、白亜の寝息がきこえてきた。
暗闇に目が慣れて来た。
振り向いて、片手で頬杖をついて、もう一方の手で白亜の髪を梳く。
くすぐったそうに、それでいて、嬉しそうな寝顔。
こうしているとかわいいんだよなあ。
あと数年もしたら、『大人の女性になる薬』を使った時みたいに物凄く綺麗な美人さんになるんだろうなあ。
そのうち、突然彼氏を連れて来て、『この人と結婚する。』なんて言うのかなあ。
寂しくなるよなあ。
そんなことを思いながら俺も眠りに落ちて行ったのだった。




