032 サメは宇宙にだって行けるんだったよ
わたし達が44階層のエリアボスを倒すと、少し離れた場所に青色と紫色の2本の光の柱が現れた。近くまで行くと、それは転送陣だった。
2つの転送陣の中空に矢印が浮いている。
青色の転送陣には上向きの矢印、紫色の転送陣には下向きの矢印。
つまり、青色の転送陣は43階層行きで、紫色の転送陣は45階層行きということだ。
わたし達は迷わず紫色の転送陣の上に乗る。
転送が実行され、わたし達は45階層に送られた。
■
45階層に転送されたわたし達は、リザードマンに取り囲まれていた。
転送陣が作動したから、集まって来ていたのか。
階段と違って、転送先の予測ができないから困る。
いきなりのピンチ。
「スラッシュ・フレイム!」
白亜が技名を叫び、炎を纏った刃で横薙ぎにした。
すると、周囲のリザードマン達が斬られたところから火を噴き、やがて消し炭になった。
残ったリザードマン達は散り散りになって逃げて行った。
どうやら、リザードマンには犬や狼程度の知能は有るらしい。
自他の戦力差を悟って逃げ出したのがその証拠だ。
現状認識。
床は浅い水に満たされている。
「マッピング。ディスティネーション。索敵」
44階層のようなジャミングはないようだ。自分達の位置を確認すると青い丸が45階層のほぼ中央に表示されている。敵はリザードマンばかりのようだが、多少大きい赤い丸が気になる。転送陣からさほど遠くない場所に池にしては大きく湖にしては小さい水辺がある。俗にいうところの地底湖。どうやらエリアボスはここらしいわね。一際大きい赤い丸がその証拠。
リザードマンを全部倒してからボス戦に挑むのも有りだけど、近くにエリアボスが居るならわざわざ遠くにいるリザードマン狩りをする必要も無いわね。
放置よ。放置。
わたし達は地底湖に向かうことにした。
前方には数体、わたし達から逃げようとするリザードマンがいる。
横に逸れてくれれば追わないのに。
何でわたし達の行先方向に逃げる?
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やがて、地底湖に辿り着いた。
地底湖には対岸まで板の橋が渡されており、対岸の岩壁に小さな扉が見えた。おそらく、その扉の先が46階層への通路だろう。
ここで、板の橋を渡ったら、途中でエリアボスに襲われるんでしょうね。
見え見えの罠よね。
それにしても、橋の前で密集してこっちを伺っているリザードマン達はいったいなんなんでしょう。わたし達はその橋の向こうに行きたいのよ。さっさと退いてくれないかなあ。
静寂に満ちた地底湖を眺める。
エリアボスはたぶん水中。
魚系魔物か海獣系魔物かな?
そして行く手を遮るリザードマン達。
「どうするのじゃ?」
「そうだね…………」
これからどうするか考えていると、リザードマン3体が逃げ出した。
板の橋を渡って対岸に逃げるつもりらしい。
やつらが1/3くらい渡ったところで、突然それが起こった。
水中から無数の魚の大群が飛び出してきたのだ。
その魚の姿を見る。
ダルマザメ?
間違いない。ダルマザメの大群。
元の世界のそれと違うのは、トビウオのように空中を飛翔してきたこと。
ダルマザメの大群がリザードマン達に喰い付くと、体を回転させて獲物の肉を喰い千切った。リザードマン達の体のあちこちに、まるでアイスクリームディッシャーで掬い取ったようにきれいな半球形に窪んだ傷跡ができ、それが次々と増えていく。リザードマン達も持っている剣でダルマザメの大群を払おうとするが多勢に無勢。次々と動けなくなっていった。
橋の前にいた残りのリザードマン達が橋を渡って救援に向かった。
その時!
水中から巨大な魚が飛び出してきて、彼らの上半身を喰い千切った。一瞬だった。
リザードマン達を喰い千切った巨大魚の正体は・・・ホホジロザメみたいな魔物だった。
いや、ホホジロザメより太い体は、恐竜図鑑で見たことのある古代ザメ、メガロドンのようだ。体長は20mくらいあるわねえ。
但し、歯がサメのそれではない。鋭いシースナイフがいくつも並んだような歯。
あっという間にリザードマンは全滅。
さあ、困ったわね。
どうやって橋を渡りましょうか?
ダルマザメの大群とメガロドン。
戦うにしても、足場の不安定な板の橋では…………
試しに湖水を凍らせるべく[エリアフリーズ]を発動しようとしたら、途中で術式を阻害されるのを感じた。凍らせて渡るのは無理らしい。
よし、ここは、わたしが飛行魔法[フライ]で対岸に渡り、そこから[転移]で戻って、白亜を回収して再び[転移]で対岸に渡る。
これなら、やっかいな敵と戦わずに対岸に渡れるはずよ。
それにここの魔物は水中生物。スタンピードが起きたとしてもダンジョン外に溢れ出して来ることもないから、無理して倒す必要もないわよね。
「ここでちょっと待っててね」
わたしは[フライ]を発動して、湖面高く飛んだ。
ダルマザメの大群が水から飛び出して襲い掛かってこようとするが、わたしには届かない。
ホッホッホッ。
君らはどんなに高く飛び上がれてもせいぜい5mくらいでしょう?
わたしは20mの高さを飛んでいるから、どんなに頑張っても君らの襲撃は届かないのよ。
な~んて、安易に考えていたわたしは…………完全に油断していた。
背後から襲って来たメガロドンの体当たり。
わたしは湖水に叩き落された。
ちょっと待って! サメが20mも飛ぶ~~?
いや、飛ぶわね。
映画で見たよ、空飛ぶサメ。
忘れてたよ。
サメは宇宙にだって行けるんだったよ。
人間はじっとしていれば水に浮くはず。
人間の比重が水の比重より低いからだ。
だから、湖水に落ちたわたしは自然に浮上することを期待した。
だが、ダウンカレントも無いのにわたしは湖底目掛けてどんどん沈んでいく。
わたしは窒息しないように風属性魔法[バブル]を行使して顔を大きな空気の泡で包み込む。
沈むと言うことは、この湖水の比重が人間の比重より軽い?
獲物を見つけたダルマザメの大群が迫って来る。
これは…………
水中では火属性魔法も水属性魔法も風属性魔法も威力が削がれて効果が期待できない。
いっそ、みんな滅してあげるわ。
「マイクロブラックホール(10連)!」
水中に小さなブラックホールが10個現れ、そこに物凄い勢いでダルマザメの大群が湖水ごと吸い込まれていく。
あっ、メガロドンも圧縮されて吸い込まれたみたい。
結局、全ての湖水が生き物ごと吸い込まれてしまった。
最後の方、何かでかいものが圧縮されて吸い込まれたような・・・
大型水中肉食恐竜スピノサウルスみたいなやつだったわねえ。
あれがエリアボス?
ダルマザメ駆除のついでに予定外にエリアボスも駆除。
こんなんでいいの?
うん、結果オーライってことで、気にするのは止めよう。
結局、地底湖はカラカラの巨大な窪みと化してしまった。
最大深さは100mくらい?
板の橋も崩れ落ちて既に使い物にならない。
まあ、普通の冒険者パーティーだったら、詰みだったわね。
普通の冒険者には[マイクロブラックホール]も[ブラックホール]も使えないからね。
わたしは[フライ]で白亜に元に戻った。
もう飛んで渡るしかないよね。
白亜を回収して再び[フライ]で対岸に向かおうとした。
その時、ようやく薬の効果が切れた。
持続時間は3時間半くらいだった。長い3時間半だったよ。
[投影]で姿見を出して自分を映す。
そこには見慣れた男子高校生が映っていた。
やっぱり慣れた身体が一番だよ。ホッとするね。
白亜が複雑そうな表情で遠巻きにモジモジしていた。
白亜に背中を向けておぶさるように求めたが、お姫様抱っこを要求された。
仕方ねえなあ。
対岸に渡った後、岩壁の扉を開けると、梯子が掛けられていた。
これで下に降りろってか?
真っ暗じゃねえか。




