031 血塗れス〇フキン
44層に降りるとそこはジャングルだった。
まあ当然ながら、わたしも女賢者のまま。
「無茶苦茶蒸すわね。胸の谷間に汗が溜って――――」
「どうせ、妾には無縁なことじゃっ!」
白亜にプイッとそっぽを向かれる。
[マッピング]してみたが、44階層の地図は現れなかった。
[ディスティネーション]と[索敵]を使ってみたが、ジャミングが掛かっているらしく、俺達の現在位置も敵の居場所もわからなかった。
目の前にジャングルが広がっているが、どこまでの広さかすらわからない。
当然、ボス部屋がどこにあるかもわからない。
ともかく、このジャングルの中のどこかにボスがいるということなのでしょう。
振り返ると、今降りて来た43層からの階段が消えていた。
帰り道も閉ざされてしまった。
どこから敵が現れるかもわからない中、手探りで先へ進むしかないようですね。
ジャングル探検。
ダンジョン探索と共に冒険者として外せないシチュエーションだわ。
以前、DVDで見た昔のテレビスペシャル『川★浩探検隊』を思い出すわねえ。
全周警戒しながら進む。
ジャングル探検。
ワクワクするわね。
と、茂みの中から、虎? が現れた。
両の牙だけが異常に長い。
子供の頃、絶滅した動植物についての本で見たことがある。
元の世界では既に滅びてしまった猛獣、サーベルタイガー。
体長は5mはありそうだ。前足だけが発達していて異常に大きい。
そんなところは元の世界に居たとされるサーベルタイガーとは異なる。
遭遇するや否や、ヤツは迷いなくわたしに襲い掛かって来た。
戦闘系の魔道剣聖の白亜より魔法系の賢者のわたしの方が弱いと見て襲い掛かって来たのでしょうね。
躱したつもりでいた。
でも、躱しきれなかった。
キンッ!
と勇者の加護[絶対防御]の防殻に当たる音がした。
防殻を見るとヒビが入っている。
「気を付けよ、姉上っ! ヤツの前足の爪が伸びたのじゃ!」
爪が伸びた?
再び襲い掛かってきたサーベルタイガーが前足を振り上げるのを避けながら観察する。
防殻を引っ搔く時だけ、前足に隠れていた爪が伸び、再び隠れる。
そういえば、ネコ科の動物は爪を出したり引っ込めたりできるんだったわ。
それにしても爪。正にサーベル。
前足が異常に大きかったのは爪を隠すため!?
防殻が無ければ、一刀両断されていたのでしょうね。
それにしても、本当に賢者は直接戦闘に向かない。しかも今は非力な女性体。
わたしは白亜に任せることにした。
「白亜ちゃん、スラスト・フレイムよ。実戦は初めてになるけどできる?」
「任されよ、姉上」
白亜が五月雨に念を込めると、五月雨の刃が炎を纏う。
「スラスト・フレイム!」
白亜の渾身の突き。
わたしに襲い掛かろうとするヤツの左前足に白亜の五月雨が突き刺さる。
ボヒュッ!
という音と共にヤツの左前足の先端が吹き飛ぶ。
怯んだヤツは足を引きずりながら、右手方向の木の鬱蒼と茂る森に逃げ込もうとした。
その時、ヤツの上から、ドサッと何か降って来た。
「その時! 我々の目に何かが飛び込んできた!」
川口△探検隊の定番ナレーションを叫ぶと、
「緊張感も何もあったもんじゃないのお」
と白亜。
わたし達が目にしたのはヤマビル。
体長50cmもある大物。
木の上からものすごい量のヤマビルがサーベルタイガーの上に降って来た。
ヤマビルはサーベルタイガーに次々と吸い付く。
当初3cmくらいの太さだったヤマビルは、血を吸うと30cmくらいの太さまで肥え太ると吸い付くのを止めて地面に落ちる。サーベルタイガーはヤマビルに吸い付かれる度に動きが鈍くなり、やがて蹲って動かなくなった。数分後、そこには、白目を剥いてガリガリに痩せ細って息絶えたサーベルタイガーとコロコロ状態で地面に転がっている無数のヤマビルだけとなった。
それにしてもサーベルタイガーがロクな抵抗もせず、息絶えたのは気になるわね。
[鑑定]してみましょう。
通常、ヤマビルは捕食相手の血が固まらないように血液凝固阻害因子を注入するけど、このダンジョンのヤマビルは麻痺毒も注入するのね。
サーベルタイガーが吸い付かれる度に弱っていったのは、麻痺毒(それもどんどん増量されていく)のせいらしい。
サーベルタイガーの巨体ですらこの有様なのだから、人間なら1~2匹に襲われただけで終了なのでしょうね。
この先に進もうとすれば、上からダンジョンヤマビル(今、命名した)が降って来る可能性大ね。
白亜が、ヤマビルを処理すべくコロコロに超えた1匹を横薙ぎにする。
すると、
パンッ!!
という音と共にダンジョンヤマビルが弾け・・・
わたしは瞬時に[結界]を展開したので事無きを得たけど…………
白亜は飛び散ったサーベルタイガーの血(ダンジョンヤマビルの体液含む)塗れになった。
血塗れス〇フキンの一丁上がり。
白亜がまだ妙齢の女性状態だから、着ていたのはわたしの着替え。
良かったじゃないの。
白亜お気に入りの服を汚さなくて済んで。
「姉上~~~~。」
白亜が自分の酷い姿を確認すると悲しそうに訴えかけてきた。
「これによって我々は、更なる事態に巻き込まれるのであった!」
再び〇口浩探検隊の定番のセリフを吐く。
「ふざけて変なふらぐを立てるな。これを何とかせよ」
「この探検は失敗に終わってしまうのか!」
更に続ける。
「も~~っ! 姉上~っ!」
白亜が顔をプクッとさせる。
「別に血塗れは慣れっこでしょう?」
「ヤマビルの粘液が混じって、ヌタヌタドロドロで気持ち悪い。臭いし」
白亜は粘液塗れの服をクンクンしながら言う。
「で、どうして欲しいの?」
「きれいにして欲しいのじゃ」
「洗浄魔法のクロースウォッシュでキレイにできるのは服だけよ。クリーンは自分の体しかきれいにできないし」
「え~っ! そんな~っ!」
「まあ待ちなさい」
耳を澄ませると、水が流れ落ちる音がする。
滝があるらしい。
「近くに滝があるみたいだから、そこで体をきれいにしたらいいわ。でも、その前に…………」
今は満腹でコロコロになって転がっているダンジョンヤマビルだが、放っておけばまた吸血行動に出て来るはずだ。それにヒルってやつは思いの他、移動速度が速い。放っておけば、俺達を追って来るに違いない。
だから、今ここで処理する。見えないところに隠れているヤツも含めて。
「エリアフリーズ!」
わたしは範囲凍結魔法[エリアフリーズ]でヤマビルを凍らせた。
凍ったヤマビルを杖でつついたら粉々になった。飛び散り被害無しに。
凍らせてから斬るなり砕くなりすればよいのですよ。
そのままで斬ろうとするからそうなるのよ。
わたしは白亜の方を見ると、思わず
「フッ」
と漏らしてしまう。
「ム~~~~」
それに気付いた白亜がわたしを睨むと、唐突に飛び掛かって来た。
「姉上も粘液塗れになるのじゃ!」
「イヤですわ!」
「くらえっ!」
「もうっ! 手を振って粘液を掛けようとしないでっ!」
追って来る白亜と逃げ回るわたし。
途中、凍り付いて木から落ちたいくつものダンジョンヤマビルを白亜が粘液塗れにされた腹癒せに片っ端から殴ってコナゴナにしていた。
「このっ! このっ! このっ!!」
そんな白亜を指差して笑ってしまうわたし。
「クックックッ、アハハハハハハ。イヤダ、もう笑わせないで!」
「笑うなあああっ!」
更に白亜を怒らせてしまった。
こらっ! 砕いた破片を投げつけるのはやめてっ。痛いじゃないの。
そうこうするうちに、滝のある川辺に辿り着いた。
幸い滝も滝壺も凍り付いてはいない。
その頃には、白亜の体は元に戻っていた。
もう、40分経ったのね。
白亜が脱いだダボダボのわたしの着替えを回収し、白亜の着替えを川辺に置くと、
「わたしは向こうに行ってるから、ここでキレイにするといいわ」
言われるままに膝上まで川に入り込んだ白亜が唐突に振り向いて、
「一緒に入ってもよいのじゃぞ」
わたしは白亜を上から下まで眺めて…………
美少女だけど、凹凸がねえ。
う~ん、胸が残念だね。まあ、でも、平安時代の平均的女性は概ね・・・
うん。白亜ちゃんの前途には暗雲が立ち込めているわね。
「姉上、妾にはわかるぞ。姉上がと~ても失礼なことを考えているのが」
ジト目で睨まれたので退散。
■
水で身を清めた白亜が風邪をひかない様に乾燥魔法[ドライエア]で乾かしてあげる。
小休止の後、更にジャングルを進む。
暑いのとヤマビル対策の為に都度[エリアフリーズ]で一帯を凍らせてから進む。
どれくらい移動したのでしょう。
突然の殺気。
ノールックで後ろから飛んで来た矢を掴んで止める。
振り向くと、木の上に矢をつがえた大猿が居た。
周りにも矢をつがえた大猿がいっぱい。
どうやら囲まれたみたい。
大猿達が一斉に矢を放つ。
わたしも素早く、[ウインドシールド]で周囲にエアカーテンの防壁を展開する。
更に[ストームウインド]で周囲の木の上に展開する大猿どもに強化された風の刃攻撃をお見舞いする。
切り刻まれた大猿が木の上から次々に落ちて来る。
討ち漏らしも白亜の刀の錆となった。
[索敵]がジャミングされているから、どこから敵が現れるのかもわからない。
〇口浩探検隊みたいに事前に安全が確保されている訳でもない。
ジャングル探検はあまり面白くないわね。暑いし蒸すから体力をゴリゴリ削られるし。
はっきり言ってお腹一杯。
わたしは果てしなく続くジャングルを見ながら、
「いっそ燃やす?」
「うん、そうしよう。もう、ヤマビルは懲り懲りじゃ。ぜ~んぶ燃やしてしまえばよいのじゃ。」
白亜ちゃん、顔に影が差しているわ。
笑顔が怖いわ。
わたしは自分達の周囲に結界を展開すると、[エリアデフィニッション]でこの階層全域を照準に合わせ、
「ヘルファイア!」
地獄の業火で焼き尽くす。
この階層全域に爆炎が広がり、草木も森も余さず火の海。
「ハーハッハッハッハッ! 燃えろっ! 全部燃えてしまえばよいのじゃ~~!」
白亜ちゃんのセリフが狂気に満ちている。
それ、悪の首領のセリフよ。
すると、ズズーンという音と振動を伴って、わたし達の前に超巨大なダンジョンヤマビルが姿を現した。体長は50mを優に超えている。太さも10mはあるみたい。超巨大なヒルの顔は背筋に鳥肌が立つ程グロテスクだった。
これがここ44階層のフロアボスなのでしょうね。
ジャングルを燃やされてお怒りのようね。
白亜が一歩前に出る。
「こいつは妾の獲物じゃ」
「無理しなくてもわたしが凍らせれば済むんだけど――――」
「い~やっ、妾の獲物じゃ!」
「どうして拘るの?」
「粘液塗れにされた恨み晴らさでおくものかっ!! 集え! 剣達よ!」
[頂きの蔵]から召喚された夥しい数の刀剣が結界の外、超巨大なダンジョンヤマビルを取り囲むように展開する。
そしてそれらの刃の全てが炎を纏う。
「ブレイサラード!!!」
白亜が技名を叫び、炎を纏った無数の刃が超巨大なダンジョンヤマビルを四方八方から串刺しにする。あたかも背中の針を逆立てたヤマアラシのようだ。
次の瞬間、超巨大なダンジョンヤマビルは内側から炎を吹き出し、炎上し、消し炭になった。
辺りに香ばしい匂いが漂う。
「ふーっ。ふーっ。ふーっ」
白亜が肩で息している。
「殺ってやったのじゃ。妾を粘液塗れにした恨みを晴らしてやったのじゃっ! ザマヲミロなのじゃ~っ!!」
右手の拳を振り上げて叫ぶ。
うんうん、と首を縦に振りながら、微笑ましげに眺めていると、
「なんじゃ? 言いたいことがあるなら言うてみよ」
「ガキンチョが困難に打ち勝った時の喜びの表現…………みたいな?」
「なっ!!」
「いやあ、白亜ちゃん、気が晴れてよかったわねぇ」
「む~~~~~~っ!」
「お姉さんもそんな白亜ちゃんが見れてうれしいわ」
「う~~~~~~っ!」
「かわいいねぇ、かわいいねぇ」
「く~~~~~~っ!」
「ほら、子供は子供らしくもっと喜ばないと――――」
「喧しいのじゃぁっ! 妾は子供じゃないのじゃぁっ! 訂正するのじゃぁっ!」
近寄って来た白亜にポカポカと胸を叩かれる。
ハハハ、白亜はほんとにかわいいわねえ。
と、その時、
ピシッ!
パキッ!
わたしの勇者の加護[絶対防御]の防殻が壊れる音がした。
パシッ!
ピキッ!
間違いない。
白亜がポカポカ叩く度に体を覆う防殻にヒビが入り崩れ落ちていく。
ミシッ!
メキッ!
まずい。
白亜のポカポカで防殻が破られる。
このままでは、白亜のポカポカで叩き殺されてしまう。
「待って、白亜ちゃん。わかった。わかったから。」
白亜の両手を押さえる。
「なにがわかったのじゃ?」
「白亜ちゃんが見目麗しい淑女であるということが」
「ほんとうかぇ?」
「ほんとうよ。インディアン嘘つかないから」
「インディアンは嘘つかないが、姉上は嘘つくじゃろう?」
「白亜ちゃんに疑われるなんて…………おねえさん、悲しいわ」
落胆したフリをする。
白亜がちょっと申し訳なさそうにわたしからスッと離れ、
「わかればよいのじゃ」
決まり悪そうにボソッと言う。
責め過ぎて罪悪感を感じたのね。
うんうん、男の姿と違って泣き落としも効果的。
それにしても白亜のレベルは急速にアップしている。
会って間もない頃はポカポカされてもダメージを受けることはなかった。
勇者のわたしは少なくとも《S》ランク程度の相手ならノーダメージのはず。
いくら今のわたしが女性体で力が弱まっているとしても。
だとすれば、白亜のランクは《SS》に手が届くまでになったってこと?
これも天性の才なんでしょうね。
ちなみにこの階層にも宝箱はあった。
開けてみると中に木製の人型の人形が入っていた。
まるで呪いの藁人形の木製仕様だ。
早速[鑑定]を行使する。
『ナイトメア。
人形に呪いたい相手の名を書き入れることで、
その相手が発狂するまで悪夢を見せ続ける人形』
呪具よね。
セレスティアにでも使ってやろうかしら。
ふっ。悪夢に魘されるセレスティアを想像してみる。
使えるわね、これ。
気付くと、白亜がわたしをじっと見ていた。
「姉上。とっても悪い顔をしておるぞ」
「気にしないでいいのよ。生まれつきだから」
とりあえずこれも[無限収納]に入れておこう。




