026 爽やか系全開の男
今日から〖混沌の沼〗深層攻略クエストが始まる。
俺達がギルドに到着すると、既に十字星の面々がギルドの出入口前で待っていた。
アインズ支部長やアイシャさんも待っていた。
「やっと来たわね」
「遅いぞ、イツキ」
「もう、待ち草臥れちゃったわよ」
アイシャさんに続いて、トアとサリナさんにも文句を言われた。
街の中央にある時計塔を見上げる。
7時57分を指していた。
「8時集合でしたよね。3分前に着いたのに、なんで俺、怒られてるんです?」
「冒険者は5分前集合が鉄則だ。弛んでんじゃねえぞ」
時間前に来たのに、アインズ支部長に嚙みつかれた。
5分前集合なんて、サラリーマンの掟だよね。
冒険者って、サラリーマンだったの?
知らなかったよ。
「ハハハ、まあまあ」
デュークさんが俺とアインズ支部長の間に入ってとりなす。
デュークさんは苦労人かもしれない。
「そうですよ、皆さん。仲良く行きましょう」
後ろから聞こえた声に振り向く。
「誰、この人?」
思わずその男を指差して、皆を見る。
「忘れたのかい、イツキ君。ガゼルだよ。3日前に会ったばかりじゃないか」
男は爽やかに応えた。
マジですか? ほんとにこの人、ガゼル?
俺の訴えかける視線に、
「ガゼルだよ、イツキ君」
「ガゼルさんですね」
「ガゼル以外の誰だって言うんだよ、イツキ」
デュークさんとナナミさんとトアが次々頷く。
「確か、ガゼルは、肩に三角錐の棘が付き、至る所に金属の鋲をあしらった露出度の高い黒革のバトルスーツを着用し、ウェーブがかった錆色の髪をした筋肉質で、核戦争後の世界からやって来た男、でしたよね?」
「カクセンソウ? 何を言ってるんだい? 今の僕こそ、本当のガゼルだよ」
目の前のガゼルは、それはもう爽やか系全開の男だ。青い道着を着て、髪はストレートの七三分け。もう、まるで別人。容貌も凶悪さが抜けた好青年顔。浅黒い肌に輝くような白い歯を見せて。どっかのテニスボーイのようだ。
『浅黒い肌に輝くような白い歯を見せてデバッグする青年』という、何かの本に書かれていた、有り得ないことを例える一節を思い出した。
眩しい。この男、眩し過ぎる。
ただ、両肩の棘の生えた肩パッドは手放せなかったらしいが。
唖然とする俺に、サリナさんが、コソッと耳打ちしてきた。
「まあ、あんたの気持ちもわかるわよ。凄い変わりようでしょう?」
「何があったんですか?」
「だから、アイシャの『教育的指導』――――」
「サリナ? 何を言おうとしているのかしら?」
「ヒッ!」
いつの間にかサリナさんの背後に立っていたアイシャさんの声に、サリナさんは会話を止めて直立不動の姿勢。顔から血の気も引いている。一方のアイシャさんは終始笑顔だ。
「ねえ? もう一度訊くわ。何を言おうとしているのかしら?」
「なんでもございませんでありますですことなのだわ!」
サリナさんの会話が破綻している。
どうしたんだ?
「サリナ。イツキ君や白亜ちゃんに余計な事言ったら…………わかっているわよね?」
アイシャさんの顔から表情が無くなり、首を手で横に薙ぐジェスチャーをした。
「お~い、アイシャ。これから、深層攻略に向かうんだぞ。いい加減にしておかないと、サリナが使い物にならなくなるだろうが」
アインズ支部長がアイシャさんに声を掛けた。
「わかりました、支部長」
そう言ってアイシャさんがアインズ支部長の元に戻っていった。
一方のサリナさんは、しゃがみ込んで頭を抱えてブルブル震えていた。
大丈夫か、この人?
一方のガゼルは、白亜の前に跪くと、その手を取って言った。
「白亜様。これまでの数々のご無礼、お許し下さい。以後、白亜様の盾となって、粉骨砕身、白亜様をお守りする所存であります」
何だ、これ?
俺は何を見せられている?
一方の白亜は、如何にも貴族令嬢のように、
「うむ、ガゼルよ。頼りにしておる。よろしく頼むぞよ」
と応じたのだった。
この間の〖妖狼亭〗の時もそうだったが、白亜って実は大物なんじゃないか?
一通り挨拶も済んだので、アインズ支部長が説明を始める。
「これから、おまえらにはダンジョンの30階層のボス部屋から攻略を始めて貰う。30階層のボス部屋手前までは、既にこの街の《A》ランクと《B》ランクの冒険者総出で攻略済みだ」
「30階層のボス部屋は?」
ボス部屋だけ残すなんて中途半端だな。ちゃんと済ませておいてくれよ。
そうしたら、31階層から気持ちよくスタートできたのに。
そう思った俺の質問に支部長は、
「報告によれば、ボス部屋の中から溢れ出す魔力覇気で突入できなかったそうだ。《A》ランクでも荷が重いと思っての判断だろう。現在、ボス部屋の扉は封鎖中だ」
やれやれ、いきなりボス戦かよ。
「ちなみに、ダンジョンは何階層まであるんです?」
「ギルド研究員の予想では、50階層」
これはふつうにやってたら相当掛かりそうだな。
「じゃあ、行きましょうか、先輩方」
俺は十字星の面々に声を掛ける。
「待て。まだ、送迎の馬車が来てないんだぞ」
そう言うアインズ支部長に、
「馬車なんか必要無いですよ。時間も掛かるし、乗り心地も悪いし」
俺は、転移陣を展開する。
「まさか、これって――――」
驚く周囲を横目に、アインズ支部長とアイシャさんに声を掛ける。
「二人は下がってて下さい」
行先は、〖混沌の沼〗入口。
二人が転移陣の外に出たのを確認した俺は、
「転移!」
[転移]を発動した。




