025 休日
俺達、白銀の翼は、現在、待機中の身。
十字星の準備ができ次第速やかにギルドに出頭し、彼らと共にダンジョン攻略に向かわなくてはならない。
しかし、今のところ、肝心の十字星の準備がまだできていないらしい。
折しも今日は日曜日。休日だ。
いくらなんでも、今日、ギルドに呼び出されることはあるまい。
「出掛けるぞ、白亜」
俺は白亜を城壁の外に連れ出した。
「ここなら、大丈夫か」
城壁から1kmくらい離れたところまで来ると白亜の手を取り、
「転移」
以前、野営した渓流の畔に転移する。
「兄者はこんな魔法まで使えるのか?」
「まあ、行ったことがある場所ならね」
あたりを見まわしながら、白亜が驚いている。
「こんなところまで来て、何をするのじゃ?」
「釣りだよ」
「釣り?」
「白亜は釣りをしたことがないのか?」
「ないのお」
「じゃあ、クエストや遠征の時はどうやって食料調達してたんだ?」
「近場はミリアさんが用意してくれた昼飯を持っていくが、遠くへ行く時は現地調達じゃ」
「現地調達?」
「行先の途中に町や村があればそこで買うし、無ければ獣や魚を狩る」
「魚を狩る?」
「そうじゃ。こうして――――」
白亜が[頂きの蔵]から五月雨を顕現させると、川に入って五月雨で水の中を突く。
水の中から抜いた五月雨に魚が刺さっていた。
さすが、元荒法師。やることが荒っぽい。
でも、なんか違う。
「う~ん、それでもいいんだけど…………いや、今日は狩るんじゃなく釣りをする」
「回りくどいのお。なんか意味があるのかぇ?」
心底、めんどくさい、って顔だ。
「ある! これは修行なのだよ」
「修行?」
修行と訊いて、白亜の顔色が変わる。
まあ、修行なんかじゃなく娯楽なんだが、修行と言えば白亜のやる気スイッチも入ろうというもの。
「そう、これは魚との駆け引きだ。相手の動きや気持ちを察して誘導する修行だ」
俺は[無限収納]から釣り道具を2セット取り出すと、一つを白亜に手渡す。
「これが釣り道具だ」
「これで、釣りができるのか?」
「まあ、このままではダメだけどね。まず、釣る為の準備が必要だ」
俺は[探知]で釣り餌を探す。川石の下に川虫を見つけて集める。
集めた川虫を片っ端から掌サイズの木箱に入れていく。
結構集まったじゃないか。
「うわっ! 気持ち悪いのじゃ」
木箱の中を覗いた白亜が顔を顰めて軽く退く。
白亜は虫が苦手らしい。
こんなところは女の子だよな。
「餌は集めたから、次は仕掛けだな」
俺は釣り糸を適当な長さに切り、片方を釣り竿の先に結び付ける。もう片方に釣り針を取り付ける。
「ほら、白亜もやってごらん」
白亜が俺の仕掛けを見ながら、同じように仕掛けを作る。結構素早い。
へえ、俺よりよっぽど手先が器用じゃないか。
「できたのじゃ」
「じゃあ、餌を針に付けようか」
「えっ!?」
白亜はじっと木箱の中を見詰めるだけで手を出さない。
「仕方ないなあ。じゃあ、これを使いなよ」
[無限収納]から出したのは、毛鉤の入ったケース。
蓋を開けると、白亜が覗き込んできた。
「これは虫なのかぇ?」
「鳥の羽や獣の毛を糸で針に巻いて本物に似せた『毛鉤』というものだよ。いわゆる疑似餌だね」
「よくできておるのぉ」
「これなら白亜でも触れるだろう?」
「うむ。これなら」
白亜が迷わずカゲロウに似せた毛鉤を選んで、仕掛けの針と付け替えた。
俺も木箱から川虫を摘んで自分の針に付ける。
先に毛鉤を仕掛けに付け終わった白亜が俺の仕草をじっと見ていた。
「うぇ~~」
白亜は、俺の仕掛けの針に付いた川虫がピクピク動く度に顔を背けるが、目は針に付いた川虫を追っている。
怖いなら見なきゃいいのに。
怖いもの見たさなんだね。
「じゃあ、始めようか」
俺が川上に向けて竿を前後に何度か振って、最後に仕掛けを川に投入する。
仕掛けが音もなく川に吸い込まれていく。
仕掛けが川に流れていく。
仕掛けが川下に行ったら、竿を振り上げて川上に再度投入。
フライフィッシィングだ。
「ほら、白亜もやってごらん。あの岩の下あたりが狙い目だ」
白亜が岩の方に向かうと、身を乗り出して仕掛けを投じようとしたので、
「ああ、だめだめ。そんなに身を乗り出したら、魚に気付かれてしまうよ」
「魚に妾が見えるのかえ?」
「ああ、あいつらは目がいいから、水面下からでも外の様子が見えるんだ。見つかれば警戒される。だから、やつらから見えない位置から仕掛けを投じないとね」
「なるほどのお」
白亜は位置を移動して、再度仕掛けを投入する。
初めてなのに一連の動作が堂に入っている。
2投目が岩の前を通過した時、白亜の竿が思いっきり撓った。
「おわっ!」
「当たりだ、白亜!」
「どうすればよいのじゃ!?」
「魚が強く引く時には竿を寝かせるんだ。引きが緩んだら竿を立てて引き寄せる。無理に引くと糸が切れる。ここからが、魚との駆け引きだ」
「これが…………修行…………という…………わけ…………じゃな!?」
白亜が暫く格闘した後に吊り上げた魚は大きかった。
「50cm近くあるじゃないか。すごいな、白亜」
ビギナーズラックにして、いきなり大物かよ。
2時間後、俺は3匹、白亜は10匹釣り上げ更に記録更新中。
「楽しいのお、兄者!」
また、竿先が川に引き込まれる。
「あっ、見てくれ、兄者! また、ヒットしたのじゃ!」
もう、修行のことなど忘れて、釣りを楽しんでいる白亜。
楽しそうに笑う白亜を見ながら思う。
(これからも楽しいことを一杯教えてやらないとな。)
だが、俺と白亜それぞれの網籠の中を眺める俺の気分は複雑だ。
なんなんだろう、この敗北感は。
最終的に白亜は更に3匹釣り上げ、2人の釣果は17匹になった。
お昼になったので、[無限収納]から折り畳みの長テーブルと折り畳みの長椅子を出し、河原に竈を作って火を起こす。
竈は3か所。
ひとつは鉄串に刺した魚を火で炙るオーソドックスな焼き魚用。
ひとつは湯沸かし用。
ひとつは、[無限収納]から取り出した燻製箱で作る魚の燻製用。
燻製箱は以前に燻製作りで使ったやつ。
その中に釣った魚13匹を吊るす。竈に枯れ枝と香草を敷き詰めて火をつけ、その上に箱を置く。竈を[結界]で覆い、[結界]の中に[時間加速]を付与すると15分くらいで、魚の燻製の出来上がり。
箱から取り出した魚を三枚におろし、次に身を斜め切りにしていく。
白亜は燻製は初めてらしい。
「ほら」
切り身の一枚を摘まむと、白亜の口元に持っていく。
パクッと切り身に食いついた白亜が、表情を緩める。
「~~~~っ!」
白亜は幸せそうに咀嚼すると、
「もっとじゃ、兄者。もっと食べるのじゃ」
また、切り身を摘まんで白亜に食べさせる。
食べ終わるとまたせがむので、更に食べさせる。
こりゃ、餌付けだな。
そうこうするうちに、8匹分を白亜に食べられてしまった。
その小さな体でどんだけ食うんだ?
俺の分が無くなってしまうぞ。
燻製に満足した白亜が、今度は焼き上がった魚を頬張っている。
塩を振ってあるから、只焼くよりは旨かろう。
俺が湧いたお湯でお茶の準備をしていると、2匹目を食い終わった白亜が3匹目の焼き魚に手を出していた。
「ちょっと待て! ひとり2匹ずつだ!」
「もたもたしている兄者が悪いのじゃ」
そう言って、3匹目をパクつく。
俺もお茶の準備を中断して、慌てて最後の1匹を食べる。
食べ終わったので、川面を見ながらお茶を飲む。
ほんと、いい天気だ。
風も気持ちいい。
「こんな毎日が続けばいいのお」
隣に座った白亜が俺の左肩にもたれ掛かってくる。
「俺の目指しているのは、こんなスローライフだよ」
「スローライフかあ、妾も楽しみじゃのぉ」
■
空を見上げる。
抜けるような秋空。
俺は道場の縁側に腰かけて、師匠とお茶を啜っている。
「これで見納めだなあ」
「そうですね、師匠」
縁側の前の庭のイチョウの木が黄色に染まっている。
庭にも落ちたイチョウの黄色い葉で覆い尽くされている。
「明日には京の桂さんのところに向かう。準備はできてるか?」
「俺はいつでもいいですよ。今からでも」
「そういう訳にもいかん。俺はこの後、出立の挨拶がある」
「どうせ、女でしょ。明日、ヘロヘロになって帰って来ないで下さいよ」
「おまえは一言多いんだよ!」
「ヘヘヘ、サーセン」
頭に拳骨を食らった俺はヘラッと笑って答える。
「師匠、これからの戦い、いつまで続くんでしょうね?」
「さあな、10年は続かんだろう。それにもたもたしていれば、欧米列強に付け込まれて清国のようになってしまうしな。その前に決着をつけねばならん」
「10年かあ~。10年後、俺は24。そのころには俺、どうなっているんでしょうね。土に還ってたりして」
「おまえは大丈夫だろう。その腕ならな。それに――――」
師匠が俺の頭に手を置いて、
「おまえは命根性が汚いから、殺しても死なんだろうよ」
「酷い言われようですね。師匠こそ、どうなんです?」
「俺か? 俺は女を一杯囲ってお大尽様さ」
「ああっ、師匠の邪な未来が目に見えるようだ」
「そういうおまえはどうなんだ?」
「俺ですか? そうですね…………」
俺はイチョウの木の向こうに見える周防灘を眺めながら、お茶を一口啜ると、
「俺はここに戻って来て、のんびり気ままな生活を送るつもりですよ」
「爺かよ」
「いいんですよ。かわいい奥さんに膝枕されながらの穏やかな時間。そんなのが俺の理想の未来ですよ」
「女もいないくせに。そんな妄想、10年早いんだよ」
「10年後の話をしてるんですよ、女癖の悪い師匠」
それを訊いた師匠がムッとして竹刀を取り、顎で道場の中を示すと、
「気が変わった。道場に入れ。グウの音も出ないくらいモンでやるよ」
「望むところです。返り討ちにしてやります」
そうして、俺も竹刀を持って道場の中に入るのだった。
■
ん?
また、夢。
また、幕末の夢だ。
本当に、何の本か、何の時代劇だったっけ?
でも、懐かしい光景だったんだよなあ。
目を開けると、白亜と目が合った。
俺は?
なんと! 俺は白亜に膝枕されていた。
白亜は優しそうにルビーのような赤い瞳で俺を眺めながら、左手で俺の頭を撫でていた。
風が俯いた白亜の真っ白な髪を揺らす。
「目が覚めたかの?」
「俺、いつの間に…………」
「いい夢が見れたかの?」
「ごめん。寝るつもりは無かったんだが」
「よいのじゃ。疲れておったのじゃろ? 転移なんて大魔法を使ったのじゃ。疲れておったのも仕方あるまい」
「今起きるよ」
起きようとしたら、白亜にグッと押し留められた。
華奢に見えて白亜は剛力だ。俺は起きることも叶わず、膝枕されたままになった。
「このままでよい。フフフッ。むしろ役得なのじゃ」
「頭重くない?」
「心地良い重さじゃ」
ああ、気持ちいいな。
『かわいい奥さんに膝枕されながらの穏やかな時間。そんなのが俺の理想の未来ですよ』
なんだろう。
夢の中の台詞が頭に浮かんだ。
俺は白亜の気の済むまでそのままの姿勢を続けたのだった。
夕方になる前に撤収し、[転移]でホバート近郊に戻って来る。
「ほんに便利じゃのう、転移魔法というものは」
「要望があれば、またどこかにお連れ差し上げますよ、お姫様」
俺が片膝を折り右手を腹の前に据えて大仰に姫に忠誠を誓う騎士ポーズを取ると、
「ほんとうかぇ!?」
白亜が両の手を顔の前で合わせて喜ぶ。
仕草は、やはり貴族のお姫様だ。
「どこがいいかな」
と楽しそうに悩む白亜を見て、
(この子の為に、これからも楽しい思い出を一杯用意してやろう)
そう思いながら、城門を潜って〖月の兎亭〗に帰るのだった。
皐月「ねえ、師匠? 俺、『10年後、俺は25。』って言いましたよね?」
泰三「そうだったか?」
皐月「言いましたよ! それが何で『10年後、俺は24』に変わってるんです?」
泰三「14が元服。大人と認められる歳だからだよ」
皐月「それと何の関係があるんです?」
泰三「元服したヤツを1年も遊ばせとく訳が無いだろう? 人材不足なんだよ!」
皐月「え~~~~」
泰三「これからボロ雑巾になるまでこき使ってやるから覚悟しとけよ」
皐月「師匠、ブラック~~~~。パワハラ~~~~」
泰三「いつも思うんだが、おまえ、どこでそんな言葉、憶えてくるんだ?」
皐月「てへへ」




