024 指輪型アーティファクト
十字星の面々と和解した翌日、俺は、〖月の兎亭〗の裏庭でアーティファクト製作に勤しんでいた。
[無限収納]から何種類かのインゴッドを取り出す。
プラチナと銅とオリハルコンとアダマンタイト。
プラチナ70%、銅とオリハルコンとアダマンタイトをそれぞれ10%になるように、インゴッドから切り出し、[強化++]を施した坩堝に入れる。
坩堝を中級火属性生活魔法[バーナー]で炙って中の金属を溶かす。
溶かした合金を型に流し込み、上級氷属性生活魔法[フリーズ]で一気に冷やす。
型から抽出したのは、鏡のように銀色に輝く2つの指輪だ。
ここまでの工程で出来上がったのは、ただのプラチナ合金の指輪。
もちろん、ここで終わりではない。
更に作業を進める。
ここから先は超級魔法を使うから、勇者称号の職種変更が欠かせない。
まず、[探知妨害]を行使する。女神からの探知を防げるのは15分。
サクサク進めよう。
「探知妨害。大賢者にスイッチ!」
いつもの電子音声。
『英雄・賢者をアンインストールします』
30秒後、
『英雄・賢者のアンインストールに成功しました。引き続き、勇者・大賢者のインストールを開始します』
5分後、
『勇者・大賢者のインストールに成功しました』
俺の姿は金糸で飾られた純白の大賢者外装を纏った黒髪・黒い瞳の斎賀五月に戻った。
身に着けているものは基本的に変わらないが、色が群青色から深緑色に変わった。手にしている賢者の杖も基本構成は変わらないが柄の色はスターリングシルバーからゴールドクロームに変わった。
指輪に、エリア内の術者間で魔法属性を共有する超級神聖協調魔法[プロパティズシェア]とエリア内の術者間で魔力を共有する特級神聖協調魔法[MPシェア]を組み合わせた合成魔法[ソーサリィシェア]を付与する。[ソーサリィシェア]は特定の術者同士間で魔法属性と魔力を共有する超級神聖協調魔法だ。
もちろん、その効果は指輪を嵌めた者にしか及ばない。
超級魔法関連はここまで。
[スイッチ]で、賢者に戻る。
「賢者にスイッチ!」
いつもの電子音声。
『勇者・大賢者をアンインストールします』
5分後、
『勇者・大賢者のアンインストールに成功しました。引き続き、英雄・賢者のインストールを開始します』
30秒後、
『英雄・賢者のインストールに成功しました』
「探知妨害解除」
作業を再開する。
初級無属性生活魔法[マッチング]と特級無属性補助魔法[強化+++]と契約者双方を契約に縛る特級無属性補助魔法[アブソリュートオース]を合成した新たな特級無属性協調魔法[エンゲージ]を追加で付与する。
[エンゲージ]の付与は、指輪を落としたり、奪い取られたりしないようにする為だ。
この魔法の付与により、指輪は、嵌めた指の太さに合わせて径を伸縮させるだけでなく、嵌めた術者二人の同意が無い限り外れないようになり、嵌めた指や腕も最高レベルの強化で守られる。
これで、万が一、片方の術者が敵に捕まって指輪を外すことを強要されても指輪は外せないし、嵌めている指や腕を切り落して指や腕ごと奪うことも叶わない。
ともかく、指輪型アーティファクトが出来上がった。
このアーティファクトを作ったのには訳がある。
白亜には魔法属性も魔力も無いから、今のままでは剣聖止まり。
その上の魔道剣聖に短期間で進化を果たすには魔法が欠かせない。
俺の持つ魔法属性と魔力を共有させれば、訓練次第で白亜にも魔法が使えるようになるはずだ。
終始、作業を眺めていた白亜に、作業の折に触れて説明をした。
出来上がった指輪型アーティファクトを掌に載せて白亜に見せる。
「これを嵌めれば、妾にも魔法が使えるようになるのじゃな?」
「ああ、訓練すれば、俺同様、全属性の魔法が使い放題だ。」
「じゃあ、早速――――」
白亜は指輪型アーティファクトのひとつを取って自分の左手の薬指に嵌めると、素早くもうひとつを俺の左手の薬指に嵌めてしまった。
指輪型アーティファクトが縮んで指にフィットする。
慌てた俺が抜こうとしたが、もはや手遅れ。
外したくても白亜の同意が無い限り外れない。
「これで兄者と妾は永遠の誓いを立てた仲になったのじゃ」
うれしそうに左手を空に翳して言う白亜。
「おいっ。おまえ、わざとやっただろ」
「さあのおー、何の事だかさっぱりじゃ」
目を逸らして口笛を吹く白亜。
「マジ、左手の薬指は冗談にならん。他の指にしてくれ」
「なぜじゃ? 左手の薬指はダメなのか? 平安の世に生まれ出でし妾にはどんな意味があるのかさっぱりわからぬのぉ」
おまえ、絶対知ってるだろ、意味。
「それとも、左手の薬指に指輪を嵌めていると何か不都合なことでもあるのかぇ?」
「そりゃあ――――」
「言い換えよう。左手の薬指から指輪を外して、兄者は何をしようというのじゃ?」
ジッと見つめてくる白亜。
「ほれ、言うてみよ」
後ろめたいことなんか無いはずだが、思わず目を逸らしてしまった。
大体だな。
元居た世界では、左手の薬指に嵌めるのは結婚指輪だ。
エーデルフェルトでもミリアさんとその旦那さんの左手の薬指に光るのは結婚指輪。
世界は異なれど意味は同じ。
だから、傍から見れば、俺と白亜は夫婦にしか見えない。
気恥ずかしいし、義理とはいえ兄妹で夫婦というのも背徳的。
だから、思わず目を逸らしてしまったんだ。
実のところ、左手の薬指の指輪を嵌めていようがいまいが、俺の行動に変化は無い。
別に他の女を口説こうとも思わないし、口説かれようとも思わない。
ただ、ひやかされたり揶揄われたりしたら、恥ずかしいんだよ。
「ひやかされるのが…………正直、耐えられない」
両手で顔を覆ってそう答えると、白亜はその手を剝がして俺を覗き込み、
「そうかの? 妾はそんなことはないぞ。むしろ…………うれしい」
花咲くように笑った。
「なあ、何で左手の薬指を選んだ?」
「そんなこと言うまでもない。虫除けに決まっておろう」
白亜のお眼鏡に適う相手以外は、俺に近づかせないつもりらしい。
ブラコンが過ぎる。
過ぎるんだが…………
白亜は剥がした俺の手を引いて、
「さあ、城壁の外に行こう。そこでミリアさんに用意して貰ったサンドイッチを食べよう。食べたら、魔法の練習じゃ」
■
城壁の外で白亜に魔法の指導を行う。
今の俺は魔道剣聖だ。
「まず、炎を剣に纏わせた斬り技、スラッシュ・フレイムから。実演するから、よく見ていろよ」
俺は、[無限収納]から取り出したナーゲルリングを鞘から抜く。
その刃が炎に包まれる様子をイメージする。
やがて、ナーゲルリングの刃が現実に炎に包まれた。
「スラッシュ・フレイム!」
技名を叫び、炎を纏った刃で目の前の大木を横薙ぎにすると、大木が切り倒され、切り株と共に炎に焼かれ、やがて消し炭になった。
「お~~~っ」
「感心してないで、やってみろ」
「わかったのじゃ」
白亜が、[頂きの蔵]から五月雨を顕現させると、鞘から抜いて構えを取る。
「イメージしろ亜は目を瞑ってイメージしようとしている。
やがて、刃が火に包まれるが、炎と言うより、天麩羅鍋鍋の油に廻った火のようだ。
「スラッシュ・フレイム!」
技名を叫び、大木を横薙ぎにしようとした。
が、刀は幹に弾かれて白亜の手から落ちる。刃の火も消えている。
白亜は刀を手放した状態で固まっていた。衝撃が手に伝わったのか。
「~~~っ。手が痺れた」
白亜は五月雨を取り落とした腕をダラリと垂らして呻いた。
「イメージが足りない。もう一度」
「兄者はスパルタか、スパルタなのか?」
「いいから、構えろ」
最初はこんなもんだったが、元々スジがいいのか、1時間後には、技をモノにした。
「スラッシュ・フレイム!」
白亜が技名を叫び、炎を纏った五月雨で大木を横薙ぎにする。
切り倒された大木が切り株と共に炎に焼かれ、やがて消し炭になった。
「次は炎の突き技、スラスト・フレイムだ。さっきの斬り技が突きになっただけ。実演はいらんな?」
「大丈夫じゃ」
「スラスト・フレイム!」
白亜が技名を叫び、炎を纏った五月雨で大木に突きを食らわせる。
五月雨に刺された大木が燃え上がり、やがて消し炭になった。
今度は、1回で覚えたぞ。
さすが元荒法師。凄い武者だよ。
今度は、応用編だ。
白亜の必殺技[斉刃]と火属性魔法の組み合わせ技。
「頂きの蔵から顕現させた無数の刃に炎を纏わせて、一斉に放つ技。名前は…………刃のブレードと一斉射撃のフューサラードで、そうだな、ブレイサラードにしよう」
「ブレイサラードか、かっこいい技名だな」
「できるか」
「やってみるのじゃ」
白亜が、
「集え!刃達よ!」
と告げると、[頂きの蔵]から、収蔵している刀剣が次々と顕現し始める。
うわっ、俺と手合わせした時より、多いぞ、これ。
2000本どころじゃないな。
ホバートの武器屋、総ざらいしたからなあ。
「ちょっと、待ってろ、白亜」
このまま、[ブレイサラード]を撃たせたら、山火事になってしまいそうなので、一定の範囲内に[結界]を張る。この中でだけなら、大事にはならんだろう。
「もういいぞ」
「了解じゃ、兄者」
顕現した無数の刀剣の刃が次々と炎を纏い始める。
全ての刃が炎を纏うと、それを見計らったように、
「ブレイサラード!」
白亜が技名を叫び、炎を纏った無数の刃が森を襲う。
結界の中の森は一斉に燃え上がり、やがて消失した。
あの時、これを食らっていたら、さすがの俺も無事では済まなかったよ。
それくらい凄かった。
もう、《SS》ランクくらいの実力なんじゃないか?
超音波や共振破壊の技は教えなかった。
そもそも、超音波や共振の原理を知らない白亜にはイメージができないのだ。
だが、原理が不要な技ならどうだろう。
面白がった俺は、白亜に[円舞二式]と[円舞一式]を伝授しようとした。
結果から言えば、白亜は[円舞二式]や[円舞一式]を習得できなかった。
三半規管が弱いのだろう。
白亜は、円舞を舞うとすぐに目を回してしまった。
これでは、舞いながら刀を振るうなんて無理だ。
確か、弁慶に勝った牛若丸も目まぐるしく舞うタイプだったか。
三半規管が弱いから、振り回されて目を回して負けたんだね。
舞いとは相性が悪かったんだね。
じゃあ、仕方が無いね。
だが、今日覚えた技だけでも、実戦では有効に使えるはずだ。
今日の練習を終えた白亜に声を掛ける。
「これから、〖混沌の沼〗の下見がしたいんだけど、白亜も付き合ってくれるか?」
「いいけど、どうやって行くのじゃ? 近いといっても20km以上はあるぞ。馬車でも借りに行くのか?」
「そんなことはしないよ。馬車は乗り心地悪いし。まあ、いいから俺に捕まれよ」
「こう、か?」
と、白亜がしがみ付いてきたので俺は[フライ]を発動する。
俺達は浮き上がり、水平に飛行を始める。
「落ちないようにしっかり掴まっていろ、白亜」
「にゃぁ~~~~っ!」
白亜は高所恐怖症でもあるらしい。
〖混沌の沼〗の入口の前まで5分も掛からなかったが、着いた時にはグッタリしていた。
そのダンジョンの入口は沼地の真ん中にある小島に口を開いていた。
岸から小島まで、板でできた広いだけが取り得の橋が架けられていた。
ギルドが急造で架けたらしい。
ダンジョンの入口の前は、数名のギルド職員と数組の冒険者パーティーにより厳重に警備されていた。特に状況が悪化した様子もない。
取り敢えずこれで、クエスト当日に[転移]が使える。
[転移]は、一度行った場所ならどこでも瞬間移動できる魔法だ。
だが、[転移]を発動する為には、一度はその場に行く必要がある。
今回、〖混沌の沼〗の入口まで来たのはその為だ。
街に帰ろうと、再度[フライ]を発動しようとしたら、必死な形相の白亜に制止された。
「もう高いところはコリゴリじゃ! お願いじゃ! 後生だから、乗合馬車にしてくれ! また空を飛ばれたら、今度こそ妾の心が折れてしまうのじゃ」
『転移は?』と言おうとする前に、乗合馬車以外受け付けない、と宣言された。
結局、俺達は乗合馬車で帰ることにした。
乗り合わせたのは、警備を交代して街に帰るパーティ-。
彼らは俺に話し掛けるでもなくジロジロ見ているだけ。
居心地が悪いったらありゃしない。
しかも、俺の左手の薬指と白亜の左手の薬指に光る指輪に気付いた女冒険者達がヒソヒソと内緒話を始めている。
何を話してるか、訊かなくとも解るよ。
この後、どんな噂が広まってしまうのか、と思うと頭が痛くなってくる。
俺がそんなことを考えながらする百面相を、白亜は不思議そうに見ていた。




