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023 教育的指導

ここは、冒険者ギルドホバート支部の地下3階にある訓練場だ。

高さ30mの天井と一辺100mの正方形の床に囲まれた一室。《SS》ランク同士が全力で対戦しても大丈夫なように天上・壁・床に耐魔力・耐物理障壁が張り巡らされている。

ナナミの治癒魔法により全快したガゼルはここに連れて来られていた。

他のパーティーメンバーは訓練場の入口まで同行してきたが、入ってこなかった。

入口で見送られた。


『ご愁傷様(しゅうしょうさま)。生きてまた会えたらいいわね』


去り(ぎわ)にサリナが残して言った不吉なセリフ。


中に入るとアイシャとその後ろの壁際に横一列に並ぶ10人の一級神官が待っていた。

アイシャはいつもの深緑のタイトスカートスーツ姿ではなく、黒革の半袖に黒革のショートパンツに黒革の編み上げのハイカットブーツ姿。髪も黒いリボンで(まと)められたポニーテール。

そして、生足(なま)の左右の(ふともも)それぞれに黒革のナイフホルダーが巻かれていた。

そして、右手に黒革の(ムチ)を持っていた。


訓練場に入って来たガゼルに開口一番、


「さあ、お待ちかね。『教育的指導』の時間よ。全力で掛かって来なさい。わたしはこれで対応するわ。わたしを倒せたら終了。早く終わるも遅く終わるもガゼル君次第」


アルカイックスマイルでそう言うと、左右のナイフホルダーから2本のトレント製ナイフを左手に(そろ)えて(かか)げ、それから右手の(ムチ)(かか)げて見せた。


「そうそう、死にそうになったら、この娘達(こたち)が全回復してくれるから。人数も(そろ)えたから当分大丈夫よ」


物覚えの悪いガゼルもさすがに思い出す。


これは、『教育的指導』の名を借りただけ。

駆け出しの頃から、ガゼルが悪さをする(たび)に、アイシャから下される『鉄拳制裁』だ。

ガゼルは脂汗(あぶらあせ)を流しながらも強がる。


「俺がいつまでも、やられるばかりの男だと思うなよ! 現役とOGの違いを思い知らせてやるぜ!」

(さえず)るわね。弱い犬ほどよく()えるってやつかしら?」

「うるせえ! (くそ)ババア! さっさと掛かって来いやあ!!」

「ふ~ん、そういうこと言うんだ。これはしっかりとした矯正(きょうせい)が必要ね」


無表情になったアイシャから発せられる低い声に訓練場の温度が下がったような気がした。

少なくとも、壁際に控える1級神官達はそう感じた。


ガゼルは臨戦態勢を取る。

準備運動を済ませ、ピョンピョンと軽く上下に跳ねて身体を(ほぐ)したアイシャが突然襲い掛かって来た。


ガゼルが右足蹴りをかます。

が、アイシャはそれを僅差(きんさ)()けると、ガゼルの左脇をナイフで突いた。


「グッ!」


トレント製のナイフは刃が無いので切ることも刺すこともできないが、鉄よりも固いので切られたり突かれたりすれば痛い。物凄く痛い。左脇を突かれたガゼルは強烈な(しび)れと激痛に左肩を上げられなくなった。確実に神経節(しんけいせつ)を狙った一撃だ。

しかし、ガゼルは踏み込んで左脇を突いたアイシャに左拳でボディブローをお見舞いする。


()らえっ、(くそ)ババアッ!」


だが、アイシャはこれを左横に()けると今度は左外肘(さゆうひじ)の柔らかい隙間(すきま)を突いて来た。


「ガァッ!」


続いて左手首の外関節(そとかんせつ)

強い痛みを感じる部位ばかり。


()ゥッ!」


ガゼルの左腕は(またた)()に使えなくなった。

いつの間にか、アイシャは元の場所で左手のナイフを(もてあそ)んでいた。


「くそっ! どうなってやがるんだ!?」


猛烈な痛みに耐えながら毒づくガゼルにアイシャは、


「ねえ、ガゼル君。あなた、どうしてこんな目に()っているのか、わかってるのかしら?」

「はあ? 何だ、いきなり?」

十字星(クロスター)メンバー規約第一条

   我々は人々の平和と安寧(あんねい)の為にのみ戦うもの(なり)

  十字星(クロスター)メンバー規約第二条

   我々は出自・種族・性別・その他、あらゆる差別を戒め、人々に等しく

   接するもの(なり)

「それがどうした!?」

「ガゼル君はこの二つのメンバー規約に抵触(ていしょく)する行為に及んだわ」


判決の序文を読み上げるように続ける。


(いさか)いを起こして他者に襲い掛かった。これはメンバー規約第一条違反よ」


アイシャは更に続ける。


「少女に対して凌辱(りょうじょく)を予告するような発言をした。これはメンバー規約第二条違反ね」


アイシャは(もれあそ)んでいたナイフをナイフホルダーに仕舞(しま)った。


「でも、それだけじゃないのよ」


ガゼルを刺すような目で見ながら、


「ねえ、わかる? わたし、怒ってるのよ。わたしの贔屓(ひいき)にしているかわいいかわいい白亜(はくあ)ちゃんに暴言を吐き、顔に傷までつけようとしたことを。ものすごく、ものすごく怒ってるのよ」


アイシャの抑揚(よくよう)のない声に、訓練場の温度が更に下がったような気がした。


「へっ! 規約もてめえの気持ちも知るか!」


吐き捨てるように毒づくガゼル。


(さいわ)い、イツキくんのおかげで白亜(はくあ)ちゃんは無傷で済んだからよかったものの、もし、白亜(はくあ)ちゃんの顔に傷でも負わせていたら…………ガゼル君、あなた、ここでこうしていられたかしら?」

「何を言っているっ!?」

「こうしていられるはずないわよね。だって、蘇生(そせい)させて殺し、また蘇生(そせい)させて殺すんだから。イツキくんとわたしの二人で。何度も何度も何度も何度も」


感情のこもらない口調に狂気が混じる。


「うるせえよっ! 冒険者ってのは強いのが正義なんだよ! 弱いヤツが悪いんだよっ!」


右手で動かなくなった左手を押さえながら、なおもガゼルは毒づいた。


「『強いのが正義』、か。じゃあ、その正義に従ってみるとしましょう。再開よ」


アイシャが右手に持っていた(ムチ)を高く放り上げる。

それが合図だった。

アイシャは一瞬で間合いを詰め、ガゼルを2本のナイフで連撃する。

目で(とら)えることもできない速さの連撃が、ガゼルの右手首、右肘(みぎひじ)、右脇、左右の(すね)、左右の(ひざ)、左右のこめかみ、顎下(あごした)鼻柱(はなばしら)鳩尾(みぞおち)を次々と襲う。悲鳴すらあげられない。

ガゼルは両膝(りょうひざ)を屈して抵抗しなくなった。


が、そこで終わらなかった。天から降って来た(ムチ)がアイシャの右手に収まる。

アイシャの振り上げた(ムチ)がガゼルを滅多打(めったう)ちにした。


「ひっ! がっ! やめっ! やめろぉっ!!」


ガゼルが悲鳴をあげるが、無表情のアイシャがその手を止めることはなかった。

皮膚が裂け、血が飛び散る。

やがて、ガゼルは今度こそ戦闘不能になった。


そんなガゼルに、アイシャは冷たく笑いかける。


「ねえ、ガゼル君。これで終わりだなんで思ってないでしょうね? わたしを失望させないで欲しいわ。わざわざ返り血に汚れても目立たない服に着替えて来たわたしを」


アイシャは控えていた1級神官の一人を呼び寄せてガゼルに治癒魔法を掛けさせた。

アイシャは回復しつつあるガゼルを見下ろしながら、冷たく告げる。


「第一時限目はさっき終わったけど、今から第二時限目が始まるわ。さあ、立ちなさい。わたしの『教育的指導』はまだまだこれからよ。あなたが、品行方正(ひんこうほうせい)な好青年になるようにしっかりと矯正(きょうせい)してあげる」




その後、アイシャの『教育的指導』は深夜遅くまで続き、やがて、


「ヒィッ、助けてっ! 死ぬっ! 殺されるっ!」


という断末魔(だんまつま)の悲鳴が、そして日を(また)ぐ頃には、


「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! もう金輪際(こんりんざい)白亜様(はくあさま)に手は出しません! 暴言も()きません! お願いだからっ! 許して下さいっ!! お願いしますっ!! お願いしますから、許して下さいっ、アイシャさまぁ~~~~っ!!!」


という命乞(いのちご)いが、訓練場に何度も何度も何度も響き渡るのだった。



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