020 全部台無し
十字星は5人のメンバーで構成される王都最強の《S》ランクパーティーである。
彼らは会議室の入り口向かって左側に腰かけていた。
一番上座に座っているのは、リーダーのデューク。
《S》ランクの剣聖であり、パーティーでは前衛でタンク役を務める。
24歳の金髪碧眼のイケメンで、王都で女性人気一番の冒険者だ。
二番目に座っているのは、サブリーダーのサリナ。
《S》ランクの特級魔導士であり、パーティーでは後衛の魔法攻撃役と防御役を兼ねる十字星創設メンバーだ。
自称18歳の膝裏まで届く碧髪に浅葱色の目をしたボディコン美女のエルフで、これまた王都で男性人気一番の冒険者だ。
但しエルフだから、ほんとの歳はわからない。
当初三番目に座っていたのは、イツキにお灸を据えられて瀕死状態で床に転がっているガゼル。
《S》ランクの拳法の達人。パーティーではアタッカー役を務める。
パーティー最年長の26歳。
ウェーブがかった短い錆色髪に錆色の瞳の世紀末筋肉男だ。
気性も荒い。
そのガゼルを治療しているのがナナミ。
《S》ランクの特級神官兼錬金術師で、パーティーでは回復役とアイテム作成を司る。
19歳の腰部分まで伸びた癖のある桃色髪に黄色い瞳の丸眼鏡を掛けた小柄な少女だ。
末席に座っているのは、トア。
先日《S》ランクになったばかりの、魔弾の遠距離射撃を得意とするスナイパー。
ライフルに似た射筒という武器から発射される魔弾は100発100中。
パーティー最年少17歳のツンツンの茶髪茶眼の少年だ。
今、彼らのいる会議室は、暗鬱に満ちていた。
「おいっ! これ、どうすんだ!?」
「あらあら、ガゼル君のおかげで計画が台無しだわ」
アインズは頭を抱えていた。
一方、頬に手を添えるアイジャの方からはそれほど困った様子は無い。
横では、ナナミが[レストレーション]でガゼルを治療中。
長机の上に寝かされたガゼルは全身の骨という骨が複雑骨折し、一部は粉砕骨折している。
筋肉繊維はズタズタ。神経も痛覚に集中してダメージを与えられている。
HPも残り1だから、身体の復元が終わったら[メガヒール]で生命力の回復も行わなければならない。ほぼ瀕死の状態と言っていい。
「黙ってないで何か言え、デューク!」
アインズがデュークにきつく問い掛ける。
「済みませんでした、先輩。俺がガゼルの手綱を上手く握れなかったために」
申し訳なさそうに謝罪するデューク。
デュークがアインズを『先輩』と呼ぶのは、アインズが十字星の創設者でありデュークが駆け出しの頃から世話になった初代リーダーだからだ。
「仕方無いわよ。アインズとアイジャがいなくなってからは、ガゼルのヤツ、先輩風吹かせて、年下のデュークの言う事聞かなくなっちゃったんだから。デュークは悪くない。うん、これはとっとと冒険者を辞めた二人が悪い」
サリナが反論する。
「そうだよな。ガゼルが暴走するのなんて最初から判ってたことじゃん。さっきだって、暴走したガゼルをすぐ止めなかったんだから、やっぱりおっさんとおばさんが悪いよな」
トアがサリナに同調する。
「ねぇ、トア君。今聞き捨てならない単語が聴こえたけど、わたしの聴き間違い?」
アイシャがアルカイックスマイルで確認するように尋ねる。
「ヤバッ!」
「私は関係ないのです。ガゼルさんの治療。ガゼルさんの治療なのです」
サリナが危険を察知し、ナナミは我関せずを決め込む。
当のトアは気付いていない。
「はあ? 耳も悪くなったのか? 歳食ったな、おばさん」
ヒュンという音より速く飛んだナイフがトアの顔を掠め、壁深く突き刺さった。
「も・う・一・度・言って貰えるかしら?」
トアは、自分が踏んではならない尾を踏むどころか爪先でグリグリ踏みにじっていたことに気付いてしまった。
でも、今ならまだ間に合う。
「アイシャ姐さん!」
「ニュアンスがおかしいわ」
表情は変わらないが、目は獲物を狙う猛禽のそれだ。
敵うわけない。
アイシャも十字星の初代サブリーダーをやっていた元《SS》ランク冒険者だ。
「いえっ! アイシャお姉様!! 済みませんでしたぁ――――っ!!」
トアは床に五体投地した。
「よろしい。これからもその心掛けを忘れないように」
相好を崩したアイシャだったが、トアを見つめるその目は、『次言ったらシバき倒すぞ、ゴルァ!』と語っていた。
「今回の攻略対象は《S》ランク以上のダンジョン〖混沌の沼〗の深層だ。深層のダンジョン主を倒さなければ、いずれ高ランクの魔物の群れが溢れ出し、やつらの襲撃でこのホバートは滅びるだろう。厳しい戦いが予想される。」
「はい、わかっています」
アインズの説明にデュークが神妙に答えるが、
「本当にわかってるのか!? 王都最強と言っても《S》ランクパーティー1組でだぞ!? できるのか、おまえらに!?」
机を叩いて怒るアインズに、デュークは下を向いて、
「…………できません。」
「そうだよな! 《S》ランクパーティー3組で対応すべき案件だ! おまえらだけでできるなんて思っちゃいねぇよ!」
それに対して、デュークも顔を上げて反論する。
「じゃあ、何で協力相手が《AAA》ランクなんですか!? 力不足でしょう!?」
それを受けたアインズは、
「《AAA》ランクは便宜上に過ぎん。お前らなんかよりよほど強い。《S》ランクパーティー3組合わせたよりな。王国最強、いや、そうだな、世界最強かもしれん。おまえもガゼルのあのザマを見ただろう? お前らが束になって掛かっても敵わねぇよ」
デュークは今迄アインズが嘘を言ったことなど無いことは知っていたが、俄かには信じられなかった。
「有り得ないですよ、そんなこと…………」
会話にナナミが割り込んできた。
「私の知る限り、《S》ランクの魔獣や魔貴族との戦闘でも達人のガゼルさんがここまでの深手を負ったことは無かったのです。しかも相手は、ガゼルさんを戦闘不能にした上で痛みだけを容赦なく与え続け、死ぬ一歩手前で寸止めなのです。王国内でこんなことができる人を私は知らないのです。《AAA》ランクどころか《S》ランクでもこんな真似は無理なのです」
ナナミの説明にデュークの頭にさっきの出来事が蘇る。
これだけのことをしていながら、余裕さえあった。
「彼は一体何者です?」
「名前はサイガイツキ。1ヶ月前に冒険者登録したばかりの新人冒険者だ」
「新人冒険者!?」
アインズは手元のティーカップのお茶で喉を潤すと、
「先日のスタンピードのことは王都にも伝わっているな」
デュークは、アインズが突然、話を変えたことに戸惑いながら答える。
「ええ、王都の緊急クエスト案件でしたが、俺達も含めて《S》ランクパーティーの全てが遠征中だったので、結局、王都支部からは応援派遣はできなかったと聞いていますが」
「オークエンペラー1体、オークロード50体、オークとハイオーク10000体以上の集団からなるスタンピード。なにせ、オークエンペラーだ。《S》ランクパーティーですら複数パーティーが連携しなければ倒せないような相手だ。まあ、王都支部も《A》ランク以下の派遣は見送らざるを得なかっただろうよ。無駄死になるからな」
「では、他の支部からの応援で対応できたんですね」
「スタンピードを殲滅したのは白銀の翼だ」
「はっ?」
「白銀の翼単独でな。しかも短時間でだ」
「まさか?」
「うちの観測員からの報告だ。間違いない。ちなみにオークエンペラーを倒したのはイツキだ」
「何を言ってるんですか、先輩? 彼は新人冒険者の上、賢者なのでしょう?」
「観測員の鑑定によれば、オークエンペラーを倒した時のイツキは賢者ではなく魔道剣聖だったそうだ」
「!」
「俺が知るイツキは賢者だ。魔道剣聖は、まあ、裏職種ってことになるんだろうな。詳細は不明だ。あいつも語りたがらないしな。これ以上はギルドの守秘義務に抵触するから言えん」
それ以上教えるつもりは無いらしい。
デュークは俄かには信じられなかった。
そもそも賢者は特級魔導士・特級神官・特級鍛冶師・召喚士・錬金術師の全てを極めた者でなければ就けない職種だ。
魔道剣聖だって特級魔導士と剣聖の両方を極めなければ就けない職種。
自分も剣聖だから、魔道剣聖に至るのが至難の業であることくらいわかる。
いずれも英雄クラス、《SS》ランク職種なのだ。
その両方の職種を兼ね備えるなんて、普通の人間にできることなのだろうか。
だが、思い出してみれば最初からおかしかった。
初めてここに現れたイツキは賢者だった。鑑定したから間違いはない。
冒険者登録こそ最近ではあるが、元々が相当の才能と実力の持ち主だったのだろう。
そもそも、《AAA》ランクの賢者など、有り得るはずがないではないか。
彼が俺達より上位ランクだったことに何で気付かなかったのか。
気付いていれば、ガゼルの暴走など決して許さなかった。
今更ながら悔やまれる。
「本来はダンジョン攻略を白銀の翼だけに任せてもよかったんだが、二人しかいないパーティーだ。白亜(もう一方の片割れのことだが)のやつも《AAA》ランクになったばかりだしな。ダンジョン内の魔物や魔獣の討伐の全てを任せるには二人だけでは荷が重すぎる。だから、《S》ランク以上の相手以外の雑魚どもの討伐をおまえらに任せるつもりだったんだがな。ガゼルのバカ野郎のおかげで全部台無しだ」
それを訊いてもデュークはもう驚かなかった。
自分達が雑魚担当のサポート要員扱いだったことに。
「白銀の翼はこのクエストを辞退する訳じゃない。ただ、動くのはおまえらがクエストに失敗した後になるだろう。イツキは白亜を害そうとした者を許さない。あいつはもうおまえらには協力しない。おまえらが犬死するまで何もしない」
会議室が暫し静寂に包まれる。
「それでいいのか?」
アインズの真剣な問いに、デュークは決心した。
「先輩! お願いがあります!」




