002 念には念を入れて・・・
ここは〖誓いの丘〗。
1000年前の勇者が力尽きた身体を支える為に岩に突いた聖剣がそのまま刺さって抜けなくなった場所。そして、勇者が最期を迎えた場所。
勇者の墓もなく慰霊碑もない寂れた丘の上、今、俺は聖剣カルドボルグの刺さった岩の前に立っていた。
俺の名は、斎賀五月。どこにでもいる、普通の高校生だ。俺は放課後の中庭のベンチで横になっているところを突如、セレスティアなる女神に勇者召喚されてしまった。勇者の務めを果たすまで元の世界には戻してくれそうもない。
そんな俺は言われるままに勇者になる・・・わけもなく、うまく女神を出し抜いてここに逃げて来たのだった。
俺が目指すのは勇者の冒険ではなく、エーデルフェルトでの気ままな異世界生活だ。
すぐ目の前の岩に聖剣カルドボルグが刺さっていた。これを引き抜けってことか?
俺は聖剣の柄に手を掛けた。聖剣は勇者以外には引き抜けないそうだが、俺が上に引っ張るとあっさり抜けた。
俺は今、聖剣カルドボルグを手に入れた。
ロープレなら、ファンファーレが流れる場面だ。
俺は異世界冒険譚の主人公みたいに聖剣を空に向かって翳した。
すると、突然、足元に魔法陣が出現し、合成音声のような声が発せられた。
『ピロリロリ~ン。
対象への聖剣カルドボルグの実装を確認。対象を勇者として認識。これより対象への勇者スキルのインストールを行います。』
直後、俺の頭や体にものすごい量の何かが流れ込んでくるのが感じられた。
『言語情報をインストールしました。
地図情報をインストールしました。
歴史情報をインストールしました。
政治情報をインストールしました。
経済情報をインストールしました。
生物情報をインストールしました。
武器情報をインストールしました。
全属性魔法をインストールしました。
インストールが完了しました。
引き続き対象のセットアップを行います。
レベルを限定解除しました。
HPを限定解除しました。
MPを限定解除しました。
スキルポイントを限定解除しました。
身体強化を限定解除しました。
身体操作を限定解除しました。
毒耐性を限定解除しました。
魔法耐性を限定解除しました。
免疫機能を限定解除しました。
回復機能を限定解除しました。
視覚機能を限定解除しました。
聴覚機能を限定解除しました。
索敵機能を限定解除しました。
セットアップが完了しました。
インストール情報とセットアップ情報をステータス画面に表示します。』
足元の魔法陣が消え、代わりに俺の目の前に[ステータス画面]が明示された。
早速、[ステータス画面]の1ページ目を見る。
限定解除された俺の能力は
レベル ∞
HP 99999999
MP 99999999
スキルポイント 99999999
魔法属性 全属性
称号 勇者
職種 未選択
ギフトスキル 称号・職種変更[スイッチ]
これ、もう、チートじゃん。ロープレを例にすると、ゲーム開始時点でレベルMAXで装備品全獲得状態ってこと。ゲーマーならやりがいが無く萎えるシチュエーションだ。まあ、俺はゲーマーじゃないから、楽ができるならそれでOKだ。
でも、聖都からこの地まで勇者パーティの連中と経験値を上げる旅をする意味って何?
様式美?
結局、そんな手間を掛けなくても全部手に入ったのだから、最初に転移先を変更して貰ったのは正解だった訳だ。
称号が勇者とは?
それに職種の部分が未選択の点滅表示になっている。いわゆる無職。
音声案内に聞いてみた。
「称号と職種について説明してくれ。」
『称号は、神及び鑑定士による大分類です。職種は神及び鑑定士による小分類です。称号には、勇者、英雄、マスター、エキスパート、ジュニア・エキスパート、コモンの6種類があります。その中で勇者だけは女神の監視対象に指定されています。
一方、職種は称号に紐付けられています。斎賀五月様は現在、勇者ですので、大魔道剣聖又は大賢者のいずれかから選択して下さい。他の職種を選択した場合はそれに対応して称号も自動変更されます。職種変更はギフトスキル、スイッチで実行可能です。』
「職種が未選択のままだとどうなる?」
『職種を選択頂けるまで移動が規制されます。』
試しに歩き出そうとしたが、足が動かなかった。
這いつくばって、腕を使った匍匐前進での移動を試みたら、その姿勢のままフリーズした。
「わかった! 職種選択するから規制を解いてくれ!」
『移動の規制を一時解除します。』
一時ね。
まあいい。
とにかく称号が勇者のままだと、女神に居所を掴まれるってことか。なら、大魔道剣聖と大賢者は選べない。それ以外を選べば、勇者の称号は消える。
「称号と職種を一覧表示できるか?
『了解しました。』
称号とそれに紐付けられた職種が一覧表示された。
称号:勇者
大魔道剣聖,大賢者
称号:英雄
魔道剣聖,賢者
称号:マスター
剣聖,特級魔導士,特級神官,阿羅漢,特級鍛冶師,達人,
死霊術師,召喚士,錬金術師
称号:エキスパート
剣豪,1級魔道士,1級神官,修道士,1級鍛冶師,名人,
呪術師,アサシン,スナイパー
称号:ジュニア・エキスパート
剣士,2級魔導士,2級神官,僧侶,2級鍛冶師,拳法家,
鑑定士
称号:コモン
旅行者,商人,農民,猟師,漁師,吟遊詩人
称号が勇者の職種はその職種に係わるスキルの全てを使用可能だが、称号が勇者以外の職種の場合は使えるスキルを制限される、ってことくらいは想像がつく。
「称号に制限事項はあるのか?」
『称号に応じてレベルが制限されます。称号別の制限値は次のとおりです。』
称号の制限事項が表示された。
勇者 :レベル∞
英雄 :レベルを5000に制限
マスター :レベルを1000に制限
エキスパート :レベルを500に制限
ジュニア・エキスパート:レベルを100に制限
コモン :レベルを50に制限
女神の追跡から逃れるなら、女神の監視対象の称号はマズイ。
但し、魔獣や盗賊まで出るエーデルフェルトでの移動中に一般称号の職種は選べないよな。最低限、マスター称号の職種を選ばなければ。
そうだな~。潰しの効く職種と言ったら・・・
俺は創造神から貰ったギフトスキル[スイッチ]を発動する。
[スイッチ]の素晴らしいところは、変更後の職種に最適化したスキル、魔法属性、付属アイテムを再設定してくれることだ。但し、選んだ職種以外のスキル、魔法属性、付属アイテムは使えない。それにこのスキルは発動から完了には時間を要する。レベルの低い職種への変換なら瞬時に再設定可能だが、レベルの高い職種への変換には相応の再設定時間を要する。再設定する要素が多くなるからだ。一番レベルの高い勇者称号に対応する職種への変換には5分掛かる。しかも、再設定中は全てのスキル・魔法が使えなくなる為、実質無防備になる。戦闘中の発動は控えなければならない。これは唯一の弱点だ。
「賢者にスイッチ!」
『勇者・無職をアンインストールします。』
5分後、
『勇者・無職のアンインストールに成功しました。引き続き、英雄・賢者のインストールを開始します。』
30秒後、
『英雄・賢者のインストールに成功しました。』
身に着けているものが、紺ブレに赤と黄のストライプのネクタイという高校生でございます的な制服から、煌びやかな金の刺繍が施された賢者に相応しい衣装に切り替わった。色は俺の好みを反映した群青色。手にしているのは賢者の杖。スターリングシルバーに輝く柄とその先端に宝石(?)が散りばめられ文様が入った球が付いている。
容姿も変えておこう。俺は賢者の魔法一覧を見る。使えない魔法はグレーアウトしている。超級魔法はほとんど無理だが・・・・
あった、あった。
まずは[隠蔽]を俺自身と聖剣に行使。これで女神から俺も聖剣も認知されなくなった。聖剣は[無限収納]に仕舞った。
ついでに念には念を入れて・・・
[魔法合成]を発動。
[隠蔽]と[幻影]と[錯覚]を合成して、新たな魔法、[容姿変換]を作った。
早速、[容姿変換]を行使。
この世界では黒髪・黒い瞳は珍しい。女神からリザニア聖皇国の聖女とやらに俺の容姿・服装が告げられ、追手が掛かったり、手配書が回ったりしたら、元の容姿・服装ではすぐに捕まってしまうだろう。捕まった後は、・・・
まあ、酷い制裁の果てに消されるだろうな、たぶん。
でも、この姿なら。
俺は[投影]で鏡を出現させ、その正面に立つ。
そこに映るのは、銀髪碧眼の俺。
髪色と目の色と服装が変わっただけだが、だいぶ印象が変わるもんだ。
政治情報からして、エーデルフェルトはヨーロッパの中世レベルのようだ。当然、写真もないから首実検もできまい。もっとも、女神と相対したらこんな職種変更や容姿変換などたちまちバレてしまうだろうが、まあ、ヤツとは二度と会うこともないだろうから、これは杞憂というものだろう。
セレスティアが俺の名前『五月』を勘違いして『サツキ』と呼んでいたな。
名前を変える必要は無さそうだから、これからもサイガイツキでいいだろう。
但し、気を付けなければならないのは、勇者称号の職種に変更すると容姿変換が解けてしまうことだ。勇者称号では、本来の俺に戻ってしまうのだ。
俺はステータス画面を表示する。
レベル 5000
HP 99999999
MP 99999999
スキルポイント 99999999
魔法属性 光属性を除く全属性
称号 英雄
職種 賢者
ギフトスキル 称号・職種変更[スイッチ]
賢者。
攻撃系と防御系と回復系が高度にバランスされた魔法職。ただ、これだけでは物理攻撃しか通用しない相手には心許無いので、無限収納に勇者基本キットのひとつとして入っていた剣を取り出して背中に斜めに背負った。
剣の名はナーゲルリングだそうだ。
賢者っていうくらいなんだから、剣聖ほどではないが剣も使えるだろうよ、たぶん。
ちょっと賢者らしくなくなってしまったが、まあいいや。
次に、魔王をどうするか、だ。
はっきり言って、魔王と関わり合いになるのはごめん被りたいところだが、放っておくと人間は滅びて俺も人生終了。
俺の気ままな異世界生活を乱すであろう魔王には早めに退場頂きたいものだ。
魔王は倒すか?
それとも魔王に言うことを聞かせるか?
いずれにせよ、勇者スキルをインストール済の俺が魔王より圧倒的な強者であるかはわからない。
だが、今は移動が先だ。
いくら隠蔽して容姿を変えてもこのまま〖誓いの丘〗に留まっていれば女神にバレてしまうかもしれない。聖女からの追手が来るかもしれない。
俺は早々に〖誓いの丘〗を立ち去ることにした。