019 決裂
1週間後、俺達、白銀の翼にギルドからの呼び出しが掛かった。
俺達がギルドに赴くと、いつもの支部長室ではなく、2階の会議室に通された。
会議室は長机がロの字型に配置された部屋だ。入口から遠い上座の長机中央にアインズ支部長、その左側にアイシャさん、右側に書記官が座っていた。
会議室に入った俺達は下座右側の長机の席に就いた。
向かいの長机の席には、5人の男女が座っていた。
「よく来てくれたな、白銀の翼。まず初めに紹介しよう。お前達の向かいに座っている5人が王都から派遣された王都最強の《S》ランクパーティー、十字星だ。これから彼らと協力してダンジョン攻略にあたって貰う」
向かいの5人の上座から三番目の席で机に足を載せ、肩に三角錐の棘が付き、至る所に金属の鋲をあしらった露出度の高い黒革のバトルスーツを着、ウェーブがかった錆色の髪をした筋肉質の男が不機嫌そうに言い放った。
「白銀の翼なんて大層な名前だから、どんなパーティーかと思ったら、なんだ、ガキ二人だけかよ。」
何、この人?
核戦争後の世界からでもやって来たの?
「ギルドもいったい何考えてやがるんだ!? こんなガギどもと共同作戦!? 足手纏いにしかならねぇじゃねぇか!」
まあ、17と14の青二才二人。普通は、そう考えるよね。
だが、あからさまに指摘されると面白くないのも事実。
「おい、そこの小僧。ここはこの都市の命運を掛けた大事な打合せの場だ。経験不足なガキの出る幕じゃねぇんだよ。場違いなんだよ」
別に来たくて来た訳じゃないよ。できれば断りたかった。
でも、拒否権の無い緊急の指名依頼。《S》ランクへの昇格推薦という約束もある。
だから、仕方なくここに来た。
それなのにこの言われよう。
『あんまりだと思わない?』という視線をアインズ支部長に向ける。
俺が視線を逸らしたことが気に触ったのか、男の沸点が上がる。
「なに余所見してやがる! 舐めてんのか!?」
「舐めるのは遠慮したいかなぁ。おいしくなさそうだし」
ヘラッと答えると、男の隣の女魔導士が、『プッ』と吹き出す。
男は込み上げる怒りを抑え込むように頬をピクピクさせながら俺を指差して言った。
「キサマ、覚悟しておけよ。このクエストが終わるまで、俺がそのキサマのふざけた態度を修正してやる」
はい、負けフラグ、頂きました。
俺は自分が君子だと思っているから、できれば危うきに近寄りたくはない。
でも、成り行きに任せて火傷するのは御免被りたいから、降り掛かって来た火の粉は迷わず掃うよ。
さて、修正されるのはどっちだろうね。
そんな余裕の俺に比べて、隣の白亜からは殺気が立ち上っている。
俺をバカにされて怒り心頭らしい。
相手にするなよ、白亜。勝手に言わせておけばいいさ。
だが、そんな白亜に気付いた男が嘲笑うように、
「おい、メスガキ。なに睨んでやがるんだ? そんなに俺のことが気になるか? いいぜ。これから毎晩、その身体にた~っぷり、俺自身を刻み込んでやるぜ。一生忘れられないようにな」
こいつ!
今、なんて言った!?
「止めなよ、ガゼル。それ、セクハラ――――」
「てめえは引っ込んでろ、サリナ! 格下に立場ってもんを教えてやってるんだよっ!」
女魔導士が止めに入ったが、男の暴言は止まらない。
そして白亜をニヤニヤと嫌らしい目で見ながら、
「身体は貧相だが顔は悪くないな、メスガキ。俺好みにじっくり仕上げてやるよ」
「最っ低!」
男は女魔導士の非難などどこ吹く風だ。
俺のことは勝手にほざけばいいさ。
だが、白亜に対する今の暴言は別だ。
元の世界で男に翻弄されないために苦労してきた白亜。
そんな白亜に向かって、
『毎晩、その身体にた~っぷり、俺自身を刻み込んでやる』?
『俺好みにじっくり仕上げてやる』?
おもしろいことを言うじゃないか。
ガゼルだったか?
いいだろう。
おまえはもう敵だ。
今、敵認定した。
俺の凍るような視線に気付いたのか、
「何だぁ? 文句があるなら、来なくてもいいんだぜぇ。お前らみたいな格下のパーティーなんかいなくても、俺達、十字星だけで充分なんだよ。ガキの出番はねぇんだよ。わかったか? わかったら、この場からとっとと失せろ」
ああ、もうこいつとは共闘できない。
それ以前に、このままここに居たら、こいつを殺してしまいそうだ。
俺はスッと席を立つと、
「そうですか。じゃあ、帰ります。俺達はお呼びじゃないようだ。白亜、行こう」
「おい、ちょっと…………」
アインズ支部長が慌てる。
白亜も黙って席を立った。
その怒りに満ちた眼差しをガゼルに向けたまま。
それに気付いたガゼルが忌々しそうに立ち上がり、
「おい、メスガキ! いつまで俺にメンチ切ってんだ? その目、潰されてぇのか!?」
あろうことか白亜の顔目掛けていきなりナイフを投げつけてきた。
だが、白亜は片手でナイフを白羽取りすると、そのままナイフを握り潰してしまった。
コナゴナに砕けたナイフの破片が床に散らばる。白亜の手は無傷。
ミスリル製だったよ、それ。
嘲笑うように『ふんっ』と零した白亜にガゼルが激高した。
「上等じゃねぇか、メスガキっ! 今ここで組み伏せて後悔させてやる!」
ガゼルが椅子を蹴り倒して、白亜に飛び掛かってきた。
白亜への数々の暴言。そして実力行使。
ギルティだ。
「グラビティ(5)」
次の瞬間、ガゼルは轢かれたカエルのように床に押し付けられた。
「グアアアアアア――――――ッ!!」
みっともない悲鳴をあげるガゼルを内心腸が煮えくり返るのを隠すようににこやかに見下ろしながら、
「どうかな? 身を以って知る格下の立場ってのは?」
「貴様ああああああああっ!」
「グラビティ(ステッピング10)(ペインニードル30)」
全体的に加重を増してやる。痛覚へのピンポイントの加重はその3倍だ。
「こんな…………ことをして…………タダで済むと…………グアアアアアア――――――ッ!!」
「やめろっ、イツキ!!」
アインズ支部長が立ち上がって叫ぶが、
「アラアラ」
アイシャさんは片頬杖を突いてそう言っただけで止めようともしない。
「安心して下さい。白亜に危害を加えようとした不届者ではありますが大事な戦力だ。殺しはしません。まあ、死んだ方がマシなくらいの目には遭って貰いますがね。止めますか?」
アインズ支部長は、俺とガゼルの双方を見て、やがて椅子に座り直すと、
「好きにしろ!」
やがて、ガゼルの体と床からミシミシという音がし始めた。
白亜はガゼルの前にしゃがみこんで、どこからか拾って来た棒でガゼルをツンツンとつつきながら、
「ねぇ、今、どんな気持ち? 惨めに床に這いつくばらされて、どんな気持ち? ねぇ、ねぇ、どんな気持ち? 教えて欲しいのじゃ。いったいどんな気持ちなのじゃ?」
そして、清々しい笑顔で、
「妾はのぉ、ぬしの惨めな有様が見られてー、とーってもいい気持ちじゃぞ。」
「きさまらっ…………殺すっ…………絶対殺すっ…………」
俺は溜息をつくと、ガゼルに問う。
「俺のことはともかく、あんたはかわいい妹を侮辱し危害まで加えようとした。本来なら万死に値するところだけど、反省して謝罪するなら特別に許してあげてもいい。どう?」
「…………するかあっ…………!」
「反省も謝罪もする気は無いと? じゃあ、仕方無いね」
死んだ方がマシなくらいの制裁決定。
「グラビティ(100)(ペインニードル300)」
更にこれまでの加重の10倍増しを加えてやった。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーッ!!!」
まずガゼルの周囲の床が陥没。
次に、ガゼルの身体から発する『バキバキッ、ボキボキッ』という擬音。
20秒後、遂にガゼルが息絶えた。
俺は[グラビティ]を解除する。
会議室が静寂に包まれた。
十字星のメンバーは起きた事にまだ理解が及ばないのか、茫然としていた。
とりあえず、俺はガゼルがいた席を挟んで女魔導士とは反対側にいる女神官に声を掛ける。
「全身複雑骨折してるはずです。折れた骨が肺に突き刺さっているかもしれません。死なないように手加減はしましたが、HPが枯渇する寸前まで痛めつけたので早めに治してあげて下さい」
そう言うと、白亜の頭に手を置いて、
「じゃあ、帰ろうか、白亜」
白亜は、俺の手を取ると満足そうな笑顔を向けて来た。
「うん、帰ろう、兄者。それと、妾のために怒ってくれてありがとうなのじゃ」
俺は白亜に引かれるようにしてギルドをあとにしたのだった。
途中、カフェに寄って、ギルドで不愉快な思いをさせたお詫びに、白亜に特大イチゴパフェを御馳走した。白亜は、特大イチゴパフェの前ではもうガゼルのことなど忘れてしまったらしく、イチゴジャムを載せたアイスをスプーンで掬って口に入れる度にしあわせそうに頬を緩めていた。
ほんと、癒されるね。
そういえば、十字星のガゼルとサリナさん以外のメンバー、名前も聞いてなかったな。
まあ、いいか。
もう、関係無いんだし。




