171 準備が整った
「申し訳ございません。斎賀五月の討滅に失敗しました」
首を垂れるルフェリア。
ルフェリアが傅くのはヘッドギア状の兜を被り、蔦模様のあしらわれたいぶし銀の鎧を纏った男。頬の脇まで伸びるもみあげだけが薄茶色の癖毛、それ以外は焦げ茶色の癖毛。精悍な顔つきと一直線の太い眉、鍛え上げられた身体がその意志の強さを強調していた。
男の名は帝釈天。
「大義であった。傷を癒されよ」
帝釈天はルフェリアの任務失敗を責めなかった。
「もう下がってよい」
「はっ」
彼はルフェリアを下がらせた。
これまで数多の追撃隊を派遣したが全て返り討ちに遭って撃ち滅ぼされている。
彼はルフェリアが討ち滅ぼされることなく帰還したことに安堵していた。
(まさか、斎賀五月の強さがこれ程とは…………
さすがは闘神アスラを打ち破った男。
アスラが盟友と呼ぶだけのことはある
だが、これからどうしたものか…………)
アスラとの全面戦争の戦局は一進一退。
彼には斎賀五月討滅にこれ以上割ける戦力の余裕はない。
そんな苦しい手の内であるにも関わらず、何故、帝釈天は斎賀五月の討滅に拘るのか?
実は、帝釈天が斎賀五月を邪神に指定したのには理由がある。
今、帝釈天と彼の愛する妻の舎脂との仲は円満だ。
舎脂にアスラの元に戻る意思は既に無い。
だが、万が一アスラに妻を奪い返されたら――――
アスラは彼女の身体と記憶を巻き戻してしまうだろう。
帝釈天に奪い去られる以前まで。
そして、そのようなことができるのが斎賀五月。
その斎賀五月を滅してしまえば、妻の記憶が巻き戻されることはない。
記憶さえ巻き戻されなければ、妻は自らの意思で帝釈天の元に戻って来るはずなのだ。
だから、斎賀五月の邪神指定とその討滅を急いだ。
だが、未だ斎賀五月の討滅は果たされていない。
(こうしているうちにあの方が戻って来られたら、
斎賀五月の邪神指定が撤回されてしまう。
どうも、あの方は斎賀五月が妙にお気に入りのようだしな。
いったい、どんな拘りがあるのかはわからないが…………
いずれにせよ、早くなんとかしなければ)
そうは言っても余力のない帝釈天は斎賀五月の討滅方法を考えあぐねていた。
そんな時だった。
「帝釈天殿。よろしいですかな?」
帝釈天の本陣に姿を現したのは、淵なしの丸眼鏡を掛け、白衣に身を包んだ背の高い痩身の男。浅黒い肌の容貌からは知性が感じられる。
そんな研究者肌のこの男も神の一人であった。
「ネイマーン殿か?」
ネイマーン。
己の探求心のためなら騒乱や陰謀をも厭わない知の中級神である。
「帝釈天殿は邪神討滅にお困りの様子。かといって討伐隊を差し向けるにも余力が無い状態。違いますかな?」
「そのとおりだが…………」
ネイマーンは、帝釈天がアスラと本格的な戦争を始めるに当たって、早い時期から与力していた。
「貴殿に勧められるまま、斎賀五月を邪神指定したのは良いが、討滅が思うようにいっておらんのが実情だ」
素直に実情を語る帝釈天の言葉にネイマーンが申し出る。
「では、わたくしめにお任せ頂けますかな?」
「ほう。貴殿には良い策があると見える」
「ようやく新規開発した戦闘用オートマタ1個小隊分の準備が整いました。これらを対アスラ戦への実戦投入前に斎賀五月相手に性能評価を行いたいと考えております」
「それは構わんが、斎賀五月は強いぞ」
「もちろん、それは存じております。当然、奥の手も」
ネイマーンの眼鏡の奥の瞳が妖しい光を帯びる。
「よかろう。斎賀五月の件は貴殿に任せる」
そこへ伝令が駆け込んできた。
「帝釈天様! アスラ軍のルドラ部隊が我が軍の右翼に猛攻を掛けてきております! 中央から抽出した部隊を右翼に回していますが対応しきれていません!」
「わかった。俺が直接出る」
帝釈天が慌ただしく出陣の準備を始めた。
「では、ネイマーン殿。朗報を期待している」
帝釈天が直衛の部隊を引き連れて本陣を去って行った。
ネイマーン以外に誰もいなくなった帝釈天本陣。
「テュポーン様。神界は乱れに乱れておりますぞ」
ネイマーンはそう呟くと帝釈天の本陣から姿を消したのだった。
◆ ◆ ◆
ルフェリアを退けた俺は、エルムリンデに向かう為の準備に取り掛かった。
なにせ、相手は一国の総統。
統率された軍や親衛隊を揃えているであろうことは想像がつく。
人族への弾圧や反体制派の摘発も行われていると訊くから、ゲシュタポみたいな秘密警察もあるかもしれない。
遂々、俺はナチスドイツのような体制を想像してしまった。
首都エルムリンデは荒野ではないから、騎士王とカラトバ軍みたいに[ヌークレア・エクスプロージョン]で一掃する訳にもいかない。
かといって、レーゲンスブルグを攻略した時のような大軍を擁している訳でもない。
総統を殺害するには、こっそり総統府に忍び込んでミネルヴァを暗殺するのが一番効率的だが、万が一にも守備兵に見つかれば交戦しなければならなくなる。
その間に応援部隊にでも駆け付けられたら、大規模な戦闘に発展するかもしれない。
それも踏まえて、俺は万全の準備をする。
最悪の事態を想定しながら。
まず、俺が土属性の錬金魔法[プロダクト]で魔道拳銃を作成する。
模したのは、『フリーダムアームズM83 904-31』モデル。
アメリカのフリーダムアームズ社が開発したシングルアクションリボルバー。
熊からの自衛も可能な .454カスール弾を5発装填できる打撃力重視の拳銃だ。
もちろん、俺が作ったのは魔道銃だから、鉛弾を発射する銃じゃない。
銃のボディはアダマンタイト製。グリップにはトレント木材。
銃身長は6.5インチにした。
.454カスール弾薬莢に似せた真鍮製の薬莢の先端に仕込むのはミスリル銀の弾。
弾と薬莢の間には火薬ではなく、魔力を封入する。
ハンマーで薬莢のケツを打撃すると魔力が解放されてミスリル銀の弾が発射される仕組みだ。
まあ、様式美なんだけどね。
とりあえず、200発の弾丸を作って、スピードローダーにセット。
スピードローダー4個をポケットに入れ、残りを[無限収納]に放り込んだ。
次に作ったのは、魔道ガトリング砲。
模したのは、GE社が開発した6銃身の20mmガトリング砲『M61A1バルカン』だ。
発射速度は毎分6000発。
初速は1050m/s。
艦載用として捕捉・追尾レーダーと組み合わせて近接防空システムCIWSとしたファランクスが有名だ。
俺が作ったのは魔道機関砲だから、銃と同様、ミスリル銀の砲弾を発射する。
弾の構造も発射方法も魔道銃と同様。
連射動力装置も電気やエアではなく魔力に依存する。
これを銃座に『よっこいしょ』と設置する。
本来の鋼製のM61A1は100kg前後あるが、これはアダマンタイト合金製なので重量は半分程度。
それでも50kgはあるから普通なら持ち上げるのに一苦労するもんだが、今の俺は亜神になったせいか軽々持ち上げられる。
作った給弾ベルトに、同じく作った弾薬20万発をセットし、そいつをM61A1に組み込んで、M61A1ごと[無限収納]に放り込んだ。
20万発も有れば通算30分は撃てるはずだ。
まあ、攻撃魔法を使えば同じような攻撃はできるんだけど、疲れるんだよね。
だから、ここは連射武器で楽させて貰おう。
それに相手は魔道兵が大半だろうから、攻撃魔法をブロックされる可能性も排除できない。
カラトバ軍がエルムリンデを攻略した時も、魔法攻撃よりも物理攻撃の方が効果があったと訊くし、俺が作った魔弾は相当強力な防御魔法でも撃ち抜くことができる。
なにせ、魔弾に込めた魔力が尋常ではないからね。
俺がなぜ、こんな武器を錬成できるのかって?
それは俺が親父に紛争地帯での遺跡発掘調査に連れて行かれたことに起因している。
『フリーダムアームズM83 904-31』は中東のベドウィンのキャンプ地で、『M61A1バルカン』は中央アジアの政府軍駐屯地で、それぞれ分解整備のお手伝いをさせて貰う機会があった。
そのおかげで、これらの構造は隅々まで熟知している。
何もかも、世界的に著名な考古学者である親父に感謝だ。
さて、と。
武器の準備はできた。
今回のクエストの準備が整った。
じゃあ、また、白亜ソックリに化けるとするか。
俺は前世と同じ容姿だから、ミネルヴァにバレると面倒だ。
どうも、俺はミネルヴァに恨まれてるか、憎まれてるかしてるみたいだ。
ミネルヴァと初めて会った時、物凄いヘイトを向けられていたからね。
「容姿変換」
…………
あれ?
姿が変わらないぞ。
んんんんんん?
そこで、俺は先般のことを思い出す。
『真実を露にする神の言葉、リベラーテ』
あの時、俺の[容姿変換]が解けてしまったが、もしかして、『真実を露に』されたまま?
「容姿変換」
試しに師匠の姿に化けようとした。
…………
やっぱりできなかった。
相も変わらず、俺は俺のまま。
これって、クレハさんが使った『ラテンス』でなければ、『リベラーテ』を解除できない、ってこと?
いやはや、どうしたもんかね?
そうだ。
俺は[無限収納]に収められている勇者基本キットの中からマスクを取り出す。
顔の上半分を隠すそれを改めてよく見ると、前世でフェルミナさんから借りたものだった。
[容姿変換]と[隠蔽]を兼ねた、絶対に素性のバレないマスク。
やれやれ、
フェルミナさんから借りっぱなしで返し忘れてたよ。
でも、何で勇者基本キットの中に?
う~ん。
余計なことを考えるのは後にして、今はこれをありがたく使わせて貰おう。
とりあえずマスクを着用する。
『隠蔽と容姿変換が付与されました』
マスクが『リベラーテ』の適用範囲外であることを自動音声が知らせてくれた。
今回はこのマスクに頼る以外にないが、時間のある時に『リベラーテ』に影響されない容姿変換魔法を改めて合成する必要がありそうだな。
そんなことを考えながら、俺はエルムリンデに向かうのだった。
もう、夜が明けて陽も高くなり始めていた。




