170 結界を足場に…………
イツキが地を蹴り飛び上る。
飛び上った先に現れたのは、1m四方のシート状の薄紫の結界。
イツキはその結界を足場に更に上を目指す。
イツキが蹴った結界が消え、更にその先に新たな結界が顕現する。
現れては消え、消えてはまた現れる結界を飛び移りながら、瞬く間にイツキは滞空するルフェリアとの間合いを詰めた。
(来る! 正面から!?)
構えるルフェリアの前に現れた結界を踏んだイツキが正面から打ち込んで――――は来なかった。
イツキが結界を踏んで飛んだ先はルフェリアの左上。
そこに現れたのは縦に顕現した結界。
その結界を蹴って向きを変えたイツキが、ルフェリアの左上から迫る。
「ぐっ!」
ルフェリアの左肩を捉えた聖剣が、純白の鎧の肩当てを打ち砕き、防殻に守られていた透き通る白い肌に創傷を負わせた。
(さすがの聖壁の鎧でも聖剣カルドボルグには――――)
素早く身を引いたルフェリアがイツキから離れるべく、高速で飛翔した。
イツキも[フライ]を発動。
ルフェリアの後を追う。
後方から、放たれるイツキの[ビームガトリング]。
それを飛翔速度を上げつつジグザグ軌道を取ることで躱すルフェリア。
やがて、ルフェリアに追いついたイツキが聖剣で斬りかかる。
それを剣で受け止めるルフェリア。
高速で飛翔しながら剣を交える二人。
イツキとルフェリアとの空中戦が激しく展開される。
イツキが振るうのは、連撃の速度をギアのシフトアップのように段階的に速めていく斎賀流の剣技[連撃進段]。
最初は対応できていたルフェリアだったが、次第にイツキの剣戟の速さに圧され始める。
鎧があちこち砕かれ、受ける傷が増していく。
(ダメ! 躱しけれない!)
ルフェリアは高速飛翔から、速度、コース共に不規則な動きに切り替えた。
それに対して、イツキは顕現させたシート状の結界をルフェリアの周囲にいくつも同時展開し、それを足場に対応して見せた。
あらゆる方向から浴びせるイツキの剣戟がルフェリアを襲う。
その攻撃は、イツキが分身を増やして一斉に攻撃してきたようにルフェリアには見えた。
だが、ルフェリアが見せられているのは分身ではない。
イツキの残像だ。
そして、イツキの渾身の一撃が、ルフェリアの背後から迫る。
剣で受け損ねたイツキの一刀がルフェリアの右の翼を捉えた。
翼を切り落とされることだけは免れたが、聖剣により翼に深い傷を負わされ、飛翔も滞空もできなくなり、真っ逆さまに墜落するルフェリア。
満身創痍のルフェリアが剣を支えに立ち上がる。
上空からその様子を見下ろしていたイツキがルフェリアの前に舞い降りた。
◆ ◆ ◆
翼を傷付けられたルフェリアが立ち上がった。
その様子は満身創痍だったが、まだ戦意を失ってはいないようだ。
俺は[ホバリング]を解き、[アンチグラビティ]で落下速度を調整しながら、ルフェリアの前に舞い降りる。
ルフェリアが俺を睨みながら口を開く。
「邪神・斎賀五月。あなたはいったい何なのですか?」
それは俺の方が知りたいくらいだ。
「神界の矛たるワルキュリアと対等以上に渡り合える者など上級神くらいしかいないはずです。にも拘らず、亜神であるあなた如きが何故抗えるのですか?」
そりゃあ、俺も討伐されるのは御免被りたいからね。
降り掛かる火の粉を掃ったりもするさ。
だいたい神の方が勝手過ぎるんだよ。
「あのさあ。いきなり俺を召喚した挙句『魔王の【暴虐】を阻止しろ』だの、魔王の【暴虐】を阻止できるくらい強くなったら今度は『断りも無く人から神になることを許さない』とか『邪神指定』だとか、俺の扱い、酷過ぎないか?」
この際だから文句を言っておこう。
「そもそも、俺は別になりたくて亜神になった訳じゃないんだよ。あんたらのシステムが勝手に俺を人から亜神に進化させたんだよ。こんなの、システムの設計ミスじゃないか。てめえらの設計ミスを棚に上げて、例外が出たら都度個別対応で潰すとか、意味がわからない。怠慢にも程がある。もし、人から神に進化させたくないのなら、俺をどうこうする前にシステムを改修するのが先だろう? その上で俺を人に戻す救済措置を講ずるべきなんじゃないのか?」
そうしないところに神の驕りが垣間見えるんだよね。
まあ、神にとって人など取るに足らない羽虫みたいなものなのかもしれないが。
だが、『一寸の虫にも五分の魂』
只々、潰されるのを甘んじて待つなんてことをするつもりはないんでね。
「ご意見は創造神様に伝えておきます」
事務口調で答えるルフェリア。
これ『ただ伝えるだけ』ってことだよね。
絶対に改善されないやつだよ、これ。
「いずれにせよ、あなたは危険です。《SSS》ランクの討滅対象です」
冒険者ランクじゃなくて、討滅ランクが《SSS》ランクに上がってしまった。
「じゃあ、続けるかい?」
背中に斜めに担いだ鞘に聖剣を収めて抜刀姿勢を取る。
次に繰り出そうとしているのは奥義[絶影]
これで決める。
「いえ。今回は退きます」
満身創痍のルフェリアが剣を鞘に収める。
このまま戦うのは不利だと判断したらしい。
実力差も鑑みずに襲い掛かって来た挙句、毎度殲滅される能天使どもとは違うな。
引き際を弁えていやがる。
「ですが、斎賀五月。次こそはあなたを倒してみせます。それまで首を洗って待っているがいいです」
それ、掛け犬の遠吠えだよね?
それとも、小悪党が逃げ際に吐く捨て台詞?
「黙りなさい!!」
顔を真っ赤にして頬を膨らませたルフェリアに怒鳴りつけられてしまった。
おや?
俺、声に出しちゃってたかあ。
「むううううううううう!」
目に涙を浮かべて俺を睨むルフェリア。
「斎賀五月! これは命令です! 私に討たれるまで誰にも殺られないこと! わかりましたね?」
それだけ告げたルフェリアが姿を消した。
神界に戻ったらしい。
それにしても、最後の最後に、ボロが出たな、ルフェリアさんよ?
次に会った時には、徹底的に追い込んだ上でフェルミナさんの時みたいに、
『くっ! 殺せ!』
とでも言わせてみようかね。




