169 ワルキュリアのルフェリア
「やはり、ここに潜伏していましたか」
背後からの女性の声。
だが、俺は振り向かない。
「リベラーテ」
次の瞬間、俺の[容姿変換]が解け、男バージョンの白亜の姿から元の姿に戻ってしまった。
『リベラーテ』は、以前クレハさんが俺に行使した魔法?
だが、女性の声はクレハさんのものではない。
つまり、クレハさん以外にもこの魔法が行使できるヤツがいたということだ。
「驚きましたか?」
ゆっくり俺の背後に歩いてくる女性。
気配でそれがわかる。
「ああ、驚いたよ。まさか、俺の容姿変換を解く魔法の使い手が他にも居たとはね」
「魔法ではありません。これは真実を露にする神の言葉」
俺はいつでも抜けるように白藤の鞘に手を添える。
「こんな夜更けに俺に何の用?」
声の主が俺のすぐ後ろで立ち止まるのが解った。
「探しましたよ、邪神・斎賀五月」
そこで初めて俺は振り向いて女性と対峙する。
金の飾りが煌びやかにあしらわれた純白の鎧を身に纏い、兜から溢れる長い髪はハニーブロンド、透き通る白い肌から覗くセルリアンブルーの瞳が俺を射据える。
「私はワルキュリアのルフェリア。あなたの魂を死に導く者です」
ワルキュリア?
戦乙女か。
「よく俺が斎賀五月だってわかったね?」
「能天使達が次々に討滅されていましたから。大魔道剣聖であると言っても斎賀白亜は所詮、人。能天使達と対等に渡り合えるとは思えません。それに、スヴェルニル近郊で能天使と戦闘していたはずの斎賀白亜が、同時刻にコルカタで確認されたとの報告も大天使から上がってきていました。以上より、我々はカラトバの地で能天使達を討滅していたのが斎賀白亜ではなく、斎賀白亜そっくりに姿を変えた斎賀五月であると断定しました」
マズいことになったな。
これでは本物の白亜が邪神討伐の手の者に狙われてしまう。
「俺の縁者である白亜を狙うのか?」
「それは後回しになりました。まずは、我々の全力を以て邪神を討滅する。邪神の縁者の処理はその後です」
『処理』と来たか。
だが、俺が倒されない限り、白亜は無事だということでもある。
「それでおまえが派遣されてきたって訳か?」
「ええ、帝釈天様直々の命令です」
さて、どうしたものかね?
能天使の次は戦乙女。
俺はいつまでこんなことを続ければいい?
纏わりつく蠅を払うのもいい加減煩わしくなってきた。
いっそ、帝釈天をぶっ殺すか?
だが、神界に行く方法を知らないんだよね、俺。
その結果が、エーデルフェルトに留まっての専守防衛。
「邪神・斎賀五月。あなたはやり過ぎました。あなたにはここで消えて貰います。魂の根源すら残さず。私がその道にあなたを導きます」
ルフェリアが腰から剣を抜く。
「見逃してくれる、って訳にはいかないんだろうね」
俺も腰から白藤を抜く。
ルフェリアが一瞬で俺の前まで距離を縮め、袈裟懸けにその剣を振り下ろしてきた。
俺は白藤でその剣戟を受け止めるが、勢いを殺せずに後方に吹き飛ばされる。
今までの能天使どもとは明らかに違う。
撃ち出される剣戟が重い。
着地寸前で体勢を立て直した俺は飛び上って白藤をルフェリアの頭に打ち下ろした。
それを剣で受け止めたルフェリアが、受けた状態から剣を振り抜く。
またもや、吹き飛ばされる俺。
今度は体勢を立て直すこと叶わず地面を転がる。
「スレイピングスピア」
ルフェリアの炎の槍が、彼女の真上に顕現する。
その数多数。
それらが一斉に俺に襲い掛かってくる。
その光景は、白亜が[頂きの蔵]から取り出した夥しい剣を使った[斉刃]の如し。
俺は不安定な体勢から白藤で炎の槍を薙ぎ払っていく。
だが、全ては薙ぎ払えず、いくつかの炎の槍が俺の身体を掠めた。
「つっ! ………あれ?」
炎の槍が身体を掠めたはず。
だが、痛くない?
俺は炎の槍が身体を掠めた左肩や右腿に目をやる。
俺の身体には傷も火傷も無く、服も破れても燃えてもいなかった。
んんんんん?
俺の異変にルフェリアも気づいたようだ。
次の手に出ることなく、俺を見据えている。
「討滅の槍の効果が無い?」
そうか。
俺はさっき、ロダンに言われるまま、スヴァルトフェルンの加護[シネ・マギア]を継承したんだった。
その[シネ・マギア]がワルキュリアの攻撃魔法を無効化してくれたってことか?
ありがとう、スヴァルトフェルン。
そして、ロダン。
「これはもう絶対に討ち滅ぼすしかないようです。邪神・斎賀五月。あなたの存在は明らかに危険だ」
勝手に判断して、勝手に結論を出すのはやめて欲しい。
俺が何をした?
ああ、能天使を大量に殺してたわ、俺。
「え~っと、話し合いの余地は?」
「ありませんね」
と同時に、剣を真っすぐに俺に向けて弾丸のように飛んでくるルフェリア。
その剣の突きを寸でのところで躱したと思ったら、空中で身を翻したルフェリアの左手から炎弾が撃ち出される。
今度は躱せずに炎弾を思いっきり体に浴びる。
[痛覚鈍化]を掛けていても痛いはずの弾に撃たれたのに痛みが全く無かった。
神の眷属の攻撃すら無効化。
これも[シネ・マギア]のおかげだろう。
なら、剣戟以外は避ける必要はないな。
俺は剣で渡り合う事だけに集中するのだった。
◆ ◆ ◆
私は困惑していた。
斎賀五月に神の魔法が効かないなんて。
[スレイピングスピア]の神炎の槍は彼に傷を負わせたはずだし、[インフェルノバレット]の浄化の炎弾は全弾命中した。
その後も攻撃魔法を行使するも、未だ彼は無傷。
[インフェルノバレット]の浄化の炎弾に被弾して以降は、攻撃魔法から身を守る素振りすら見せない。
全てを身に受けているはずなのに、攻撃魔法など最初から無かったかのような振舞い。
いったい、どうなっている?
――――と、一瞬で間合いを詰めてきた彼の刃が私を襲う。
集中力を欠いていた私の受けが遅れた。
彼の日本刀の刃が私の胴を薙ぐ。
ガツッ!
キンッ!
彼の刃が私の鎧に弾かれた。
そう。
私が纏うのは[聖壁の鎧]。
人の造りし武器や魔法では傷すらつけることも叶わぬ神の造りしアーティファクトだ。
「う~ん。やっぱりこれでは斬れないか」
彼が日本刀の刀身を見つめながらそんなことを呟いている。
やがて、彼は日本刀を鞘に収め、代わりに異空間から大剣を取り出した。
「クレハさんの美意識にはお気に召さないようだけど、今はこれに頼るしかないよね」
あの大剣には見覚えがある。
聖剣カルドボルグ。
魔王のみならず神すら討ち滅ぼせると伝えられる聖剣。
「せいっ!」
ブン!
振り抜かれた聖剣に足元を掬われそうになった私は背中の羽を広げて飛び退る。
そのまま彼の斜め上に滞空する。
「空中に退避かあ」
彼が私を見上げて溜息を零す。
「飛行魔法で私に掛かって来ますか? でも、飛行に関しては羽根を持つ私に一日の長がありますよ」
そう言いつつ、私は空中から地に立つ彼に剣戟のヒットアンドアウェイを繰り返す。
彼は急降下攻撃を聖剣で受けながらも巧みに打ち返してくるが、その度に空中に退く私には彼の刃は届かない。
今のところ、高い位置にマウントを取っている私が有利。
低い位置で攻撃を受け流す彼の方が不利。
そう思っていた。
◆ ◆ ◆
「埒が明かないなあ」
俺はルフェリアの攻撃に防戦一方。
これじゃあ、猛禽に狙われる獲物みたいじゃないか。
かと言って、飛行魔法[フライ]は使えない。
あれは空中を移動する魔法。
緩やかに向きを変えることは出来ても、空中で変則的な動きは出来ない。
その点、翼を持つ者の方が有利だ。
仕方無い。
あれを試すか。
ぶっつけ本番だが背に腹は代えられない。
俺は覚悟を決める。
「さあ、反撃開始といきますか」
俺は聖剣カルドボルグの柄を強く握りながらそう呟くのだった。




