168 スヴァルトフェルンの加護を継承する
スラザニア魔道国の首都エルムリンデの北10kmに位置するレクサンデルの森。
スヴェルニルから転移してきた俺達は、レクサンデルの森の外れからエルムリンデの夜景を見下ろしていた。
「夜景が綺麗だね?」
俺がここからエルムリンデを見下ろすのは前世に続いて二度目。
あの時は、三日三晩、スヴァルトフェルンと剣を交えていたから、戦いの最中に目の端に映る夜景しか見ていない。
スヴァルトフェルンから目を離したら、こっちが負けてしまいそうだったからだ。
「スヴァルトフェルンはここで死んだのか?」
俺と並んでエルムリンデの夜景を眺めるロダンが尋ねてきた。
「そうだね。彼は強かったよ。魔王以上だったかもしれない」
これはお世辞ではない。
実際、ヤツとの決着がつくまで不眠不休で3日も要したのだ。
「なあ、何でスヴェルトフェルンは自ら魔王にならなかったんだ? ヤツの実力ならルキフェルを容易に従えることができたはずだよ」
「あやつは一人がいいんだそうだ。『オレには多くの者を統率する才が無い。多くの者を統率するのも面倒くさい。そんなことは才ある者がすればいいんだ』と言うておったな」
ロダンが語るスヴァルトフェルンの考えには、何か共感するものがあるな。
「だから、あやつは魔王陛下の下に就いた。しかも、あやつは部下を持つことを拒み、戦いには常に一人で出向いておった」
確かに広範囲に天変地異を起こそうと思ったら、配下の存在は邪魔にしかならないだろう。
「あやつは、戦いが終わったら片田舎で隠居生活を送るつもりだったようだ。実際、魔族領の西の果てに広がる湖の畔に引退後に住む家まで買うておったからな」
益々、気が合いそうだ。
ライフ志向が俺そっくり。
「そこには家族と?」
「あやつは天涯孤独だ。友人も我くらいしかおらなんだからな。他の『ルキフェルの八宝珠』の連中とも一線を引いておった」
「スヴェルトフェルンは嫌われるか怖れられていたのか?」
「いや。魔族は力こそ正義。多くの者から尊敬されておったよ。むしろ、問題はあやつの方だろう。あやつは自分の姿ゆえ、他者を遠ざけていた節がある」
「自分の姿?」
「あやつの全身包帯の下は全身火傷で爛れておる。治癒魔法でも治しようがないくらいにな」
全身包帯だったから、そんな事ではないかと思ってはいたが――――
「あやつの村を襲った魔族狩りの人間達に、あやつは両親や妻、二人の子供と共に捕えられた。そして、あやつは家族もろとも生きたまま焼かれたのだ。魔族を忌むべき存在と嫌う人族の新種魔法の実験台として。今では禁呪となったヌークレア・エクスプロージョンの被検体として。人間と争うことなく平和に暮らしておったのに。ただ人間の住む場所に居たというだけで」
つまり、ヤツの全身の爛れは放射線被曝によるケロイド!?
いや、違う。
ただの核爆発じゃない。
ヌークレア・エクスプロージョンは神の怒りの鉄槌を取り込んだ魔法。
だから、[メガヒール]や[レストレーション]でも治癒させることはできない。
それで、全身に爛れが残ってしまったのだろう。
それにしても当時の人間は酷い真似をするものだ。
捕えてきた魔族を魔法開発の実験台にしていたとはね。
「それでヤツの家族は?」
「死んだ。ヤツ以外、全員な」
「ヤツはどうして生き残っていた?」
「ヌークレア・エクスプロージョンを浴びたあやつは呼吸をしておらなんだ。研究員どもはあやつが死んだと思って死体遺棄用の大穴にあやつを放り込んだ。その後、あやつは蘇生を果たし、瀕死の状態で魔族領まで辿り着いた」
「…………」
俺は以前、大戦末期の核爆弾投下とその結果被爆した人達について赤裸々に綴った書物を読んだことがある。
写真付きの内容は目を覆いたくなるようなものだった。
何の罪も無い民間人の住む都市への容赦のない破滅の鉄槌。
スヴァルトフェルンとその家族に降り掛かった災厄も同様なんだろう。
決して許されざる行為であることには違いない。
両者に共通するのは、知的好奇心、そして、敵意と差別意識だ。
その結果が悪意に満ちた人体実験。
「あやつは言うておったよ」
ロダンによれば――――
開発当時のヌークレア・エクスプロージョンは未完成だった。
その規模は極めて小さく、そのため、爆心地からほんの少しだけ離れていたスヴァルトフェルンは直撃を受けずに済んで仮死状態。
一方の両親は直撃を受けて素粒子レベルに分解蒸発してしまった。
離れた位置にいて直撃を受けずに済んだ妻と子供は瀕死ながらも息をしていた。
そのため、生きながらに研究員達の手で解剖された。
何故、それが解ったのか?
それは、スヴァルトフェルンの横に転がされた妻や子供の死体が切り刻まれていたこと。
そして、その顔は生きながら苦痛を与え続けられて絶命した者特有の苦悶に歪んだ表情だったからだ。
禁呪を凌いだスヴァルトフェルンは究極の魔法耐性を身に着けた。
人類への復讐を誓った彼はいつしか天変地異を操れるようになっていた。
「ヤツが人類に容赦なく、広範囲に天変地異を起こしていたのはそれが理由か」
それは仕方無い。
俺だって白亜やリーファを咎無くそのような目に遭わされたら、ヤツと同じことをしただろう。
いや、俺なら多分、もっとそれ以上に…………
「ロダン…………」
「主殿が気にすることではない。魔族は力こそ正義。前世の主殿はスヴァルトフェルンに勝ったのだ。主殿が正義だ。恨むことなど有り得ぬよ」
「ありがとう、ロダン。ほんの少しだけど、気休めにはなったよ」
そこまで言って、俺はあることを思い出す。
「そう言えばさ。俺、スヴァルトフェルンの墓を作ったんだよ」
前世の俺はスヴァルトフェルンの墓を作った。
彼は魔族だから聖剣に討たれて体は消滅したが魔核は残った。
その魔核を土に埋めて、その上に形の整った大きな石を置いた。
それまでの俺の人生において最大の強敵だったスヴァルトフェルン。
そんな彼に敬意を払う意味でも墓を作って弔うのが当然のことだと思ったから。
俺は森の奥にロダンを伴う。
「確か、この辺だったはず…………」
当時、樹齢1000年になる大木、今では樹齢2000年の巨木になるだろうか。
その木の根元にそれはあった。
苔むした長方形の墓石。
風化しないように御影石を選んでおいてよかった。
「これがスヴァルトフェルンの墓だよ。もっとも、魔族だから魔核しか埋めていないけどね」
墓に近寄ろうとするロダンに[無限収納]から出した酒瓶を渡した。
「スヴァルトフェルンは酒、大丈夫かい?」
「忝い。あやつは浴びる程飲んでも酔わない酒豪であったよ」
「そっか」
ロダンは墓石の上から酒瓶の酒をジャブジャブと掛けた。
「スヴァルトフェルンよ。会いに来るのが遅くなって済まなかったな」
それだけ呟いたロダンが黙祷を捧げる。
俺もロダンの横で目を閉じて手を合わせる。
スヴァルトフェルン。
おまえにとって人魔大戦は人類に対する復讐だったんだな。
でも、俺も無辜の人々に平和に暮らして欲しかったんだよ。
だから、俺はおまえの前に立ち塞がった。
そのことを俺は後悔していないし、おまえに詫びるつもりもない。
それでもさ、スヴァルトフェルン。
おまえの無念の気持ちは受け取らせて貰った。
それを踏まえて、俺は俺の大事な人達を守っていくよ。
ザクッザクッザクッ
再び目を開けた俺が目にするのは、墓を掘り返すロダンの姿。
「おい、ロダン! 何をしてるんだ!?」
ロダンは俺に答えず墓を掘り返し続けている。
やがて、ロダンは墓からアメジストの魔核を掘り出した。
それは俺が埋めたスヴェルトフェルンの魔核。
「主殿。『ルキフェルの六宝珠』の魔核には先天的もしくは後天的な加護が内包されておる。このスヴァルトフェルンの魔核が内包している加護は、あやつが悲惨な経験をした時に得た後天的な加護だ」
ロダンが大事に抱えた魔核を俺に見せる。
「あやつの加護は『シネ・マギア』」
「『シネ・マギア』? 何だ、それ?」
「『魔法が存在しない』と言う意味だ。この加護の前では一切の魔法は無効化される。加護持ちが触れた瞬間、相手が行使した魔法そのものが霧消してしまう」
だから、スヴァルトフェルンには魔法が効かなかったのか。
「この加護を持つ者は能天使の放つ『煉獄の矢』すら無効化できるだろう。あるいは神の行使する魔法さえも」
魂の根源を焼き尽くす矢すら撥ね返せるのか。
しかも、神の行使する魔法にも有効って、無敵過ぎるだろ。
「この加護を主殿に受け取って欲しい」
『受け取れ』って…………
俺がスヴァルトフェルンの加護を継承するのか?
「俺がスヴァルトフェルンの加護を受け取ってもいいのか? ヤツは俺が倒したんだぞ?」
「先程も言うたであろう。『魔族は力こそ正義』と。それに勝者が敗者を糧にする。それは人間も同じではないのか? 人族だって、獣や魚を狩って日々の糧にしておるではないか」
それはそうなんだけどなあ。
「さあ、あやつの加護を受け取ってくれ」
ずいと乗り出して来るロダンに、後ずさる俺。
やがて、俺は背後の大木の根元まで追い込まれてしまった。
「わかった。わかったから」
加護を受け取らずに済ませる訳にはいかなくなった。
おい、ロダン。
わかってるのか?
傍から見たら、厳ついおっさんが美少女を壁に追い込んでいるようにしか見えないぞ。
「それで俺はどうすればいい?」
「魔核の上に手を翳してくれ」
言われた通りにする俺。
すると魔核が輝き、俺の中に何かが流れ込んでくるような感覚に襲われた。
やがて、魔核の輝きが収まる。
それと同時に、俺の中で久しぶりの自動音声が鳴り響いた。
『シネ・マギアを獲得しました』
どうやら、無事にスヴァルトフェルンの加護の譲渡が行われたようだ。
「主殿」
ロダンが居住まいを正す。
「我はここで別行動を取りたいがよろしいか?」
「別に構わないけど、どこに行くんだ?」
「スヴァルトフェルンの家に向かう。そこにあやつの墓を移そうと思ってな」
スヴェルトフェルンが隠居生活を満喫するために湖畔に購入した家。
「もう1000年前のことだろう? 家も朽ちちゃったんじゃないのか?」
「我が定期的に手を入れて管理しておったから健在だ」
「なら、安心だね?」
「許可を貰えるだろうか?」
今まで一度もお願いをしてこなかったロダンの初めての要求。
それだけスヴァルトフェルンのことが大事だったんだな。
「また戻って来るんだろう?」
「もちろんだ。我は主殿と契約した使い魔なのだからな」
「なら好きにしなよ。どのみち、今回のクエストは俺一人で熟すつもりだったからね」
「忝い。我の友を思う気持ちに配慮して頂いて」
フッと、どうやって行くのかが気になった。
魔族領の西の果てまでは2万km以上ある。
いくらロダンが魔族だからと言っても、徒歩や騎馬では遠すぎる距離だ。
「せめてエッセンツァまで転移で送ろうか?」
ガヤルド魔公爵領の領都エッセンツァは魔属領南西部に位置する。
そこまでなら[転移]で行って帰って来れる。
そこから西の果てまでなら1/4の行程で済むはずだ。
「いや。主殿の手を煩わせとうない。陸路を移動して行こうと思う。道中、考えたいこともあるのでな」
「なら、ジープに乗って行きなよ」
俺は[無限収納]からジープを取り出す。
「良いのか? ジープが無ければ主殿も移動に困ろう」
「大丈夫さ。ここからは転移だけで移動できそうだから」
そう言いながら[無限収納]から革袋を取り出してロダンに渡す。
「魔核はこれに入れたらいいよ。ジープの荷台に乗せたらゴロゴロ転がって魔核が傷だらけになっちゃうだろう?」
「魔核は簡単に傷つくような代物ではないのだが」
「傷つかなくても、転がり落ちるかもしれない。だから袋に入れていけ。これは主命令だよ」
「返す返すも忝い」
ロダンが丁寧に魔核を革袋に収める。
その袋と墓石を荷台に載せたロダンがジ-プの運転席に収まった。
「もう行くのかい?」
「うむ、すぐに発とうと思う」
「そうか。道中気を付けて」
「うむ」
挨拶を済ませたロダンがジープを発進させる。
デザートイエローのジープが森に向かい、やがてその姿は暗闇に紛れて消えた。
そして、今度こそ俺は一人になった。
さ~て、夜が明けたら、エルムリンデに乗り込むとしますかね。
だが、その前に――――




