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164 依頼内容は総統殺害


エリザベート支部長が溜息を零しながら口にした台詞。


「スラザニア魔道国は元の体制以上に偏狭な国家になってしまったのです」



エリザベート支部長の憂慮する内容はこうだ。


エーデルフェルトの人類は魔族に対抗すべく魔法研究に力を入れていた。

その中心となったのは、スラザニア魔法研究特別区(後のスラザニア魔道国の首都エルムリンデ)であるが、特に有名なのはその地に置かれた魔法研究機関、エーデルシュトルツ研究所。

そこの第6代所長はハイエルフのミネルヴァ。

彼女は魔法研究者としては二流だったが政治力は一流だった。


統一聖皇国では、人間史上主義の国是の下、亜人の権利が制限されていた。

多くの亜人は不満を抱きつつもそれに従っていたが、スラザニア魔法研究特別区は別だった。

元々、ハイエルフやエルフのような亜人の方が人族より魔法適応力が高い。

魔法の優劣が立場の優劣を決定づける特別区において、魔法適応力の低い者の多い人族が亜人より多くの権利を有することに不満を抱く特別区民は少なくなかった。


そんな中、公然と反人間至上主義を掲げて亜人の権利拡大を主張するミネルヴァ。

彼女に特別区民の支持が集まるのに時間は要しなかった。


ミネルヴァが25歳の時に行われた最高評会議員選挙。

初立候補にも関わらずトップ当選を果たした彼女は、念願の最高評議会議員になった。


魔族に対抗する魔法研究の火を消したくない統一聖皇国は、反人間至上主義の旗手であるミネルヴァのことを苦々しく思いながらも、特別区に対する政治的不干渉を貫き続けた。

そうこうするうちに、ミネルヴァは高い支持率を背景に最高評議会議長にまで上り詰めてしまったのだった。



ミネルヴァには自慢の姉がいた。

姉は魔法研究の第一人者であり、その並外れた美貌と穏やかな性格もあって、集まる人望も半端なものではなかった。

そんな姉をミネルヴァは特別区の象徴として政治利用しようとした。


政治の世界に担ぎ出されることを(かたく)なに拒む姉と無理強いしようとする妹。

やがて姉は、妹の前から姿を消し、その消息は(よう)として知れず………


やがてミネルヴァは、風の噂で姉が遠方の地で自害したことを知る。



それからのミネルヴァは一層、政治の世界に埋没していく。

特別区内に魔法師団を組織し、その力を以て特別区から統一聖皇国軍を排除してみせた彼女は、スラザニアの独立を宣言。建国の母となった。


独立後、スラザニアは周辺地域の併合を進めた。

やがてスラザニアは、魔法研究特別区をエルムリンデに改称して首都と定め、国名をスラザニア魔道国に改めた。


建国の母となったミネルヴァは絶大な権力を手中にする。

彼女は反人間至上主義の旗の下、まず手始めに最高評議会メンバーから人族の議員を解任。

時を置かずに公職追放令を施行し、人族を公職に就けないようにした。

更に、人族の選挙権を剝奪し、その財産の国有化を推し進めた。

その結果、人族はスラザニアにおける最下層民となり、亜人から差別を受けるようになった。



985年後、スラザニアとカラトバとの国境地域での小競り合いがカラトバによる全面侵攻に発展する。


スラザニアの最高評議会議員の多くはカラトバとの全面戦争を望まず、騎士王との対話を通じて国を存続させるために有利な条件を引き出すという方針に傾きつつあった。

カラトバの保護国になることで国土を焦土にされることを免れようとしたのだ。


だが、最高評議会議長のミネルヴァは徹底抗戦を主張。

穏健派の議員を粛清し、遂にカラトバとの戦端の幕が切って落とされたのだった。



後のカラトバにて『1年戦争』と呼ばれることとなるスラザニアとの戦争。


スラザニア側の敗色が濃厚となり、首都エルムリンデがカラトバ軍に包囲された頃。

ミネルヴァは突然、側近と共に姿を消した。



聖皇国歴982年の夏。

騎士王が勇者に倒され、カラトバという統一国家が瓦解した。


そんな時、姿を消していたミネルヴァが側近と共に、再びスラザニアに姿を現したのだった。


彼女は圧倒的な範囲攻撃魔法でエルムリンデのカラトバ駐留軍を殲滅。

残敵掃討も凄惨(せいさん)を極めたのだった。


(かつ)て魔法研究では二流だと言われていたミネルヴァ。

再び姿を現した彼女は大魔法使いになっていた。

そんな彼女がスラザニア魔道国の復活を宣言したのがつい3ヶ月前。

同時にスラザニアの最高評議会は彼女を総統に選出。

国の全権を掌握した彼女は再び人族を最下層民に突き落としたのだった。



――――――――――――――――――――――――


「スラザニアは元に戻ったという訳ですね」

「いえ、問題はそこからなのです」



――――――――――――――――――――――――


ミネルヴァはスラザニアの統治だけでは飽き足らず、近隣の新興独立国への侵攻を開始した。

まずは、西大陸南東部のリベリアス共和国。


リベリアスは、騎士王戦没後、人族中心に選挙による議院内閣制を敷く共和制国家である。

人族中心と言っても、西大陸南東部には亜人は居住していない。

人間至上主義でもない民主的な体制の国だ。

リベリアスは独立後、同じ人族が統べる国、リザニア聖皇国と同盟を結んだ。


スラザニアはハイエルフに劣る短命な人族が統治する国を認めなかった。

宣戦布告無しにリベリアスに侵攻したスラザニア。

リベリアスは直ちに聖皇国に救援を求め、聖皇国は7万の援軍を派遣。

リベリアス・聖皇国連合軍はスラザニア軍を国境まで押し戻した。

現在、両国の国境周辺でスラザニア軍とリベリアス・聖皇国連合軍との睨み合いが続いているが、近く、事態の打開を図るべく、聖皇国司教帝の親征も噂されているそうだ。


問題はここから。

ミネルヴァはハイエルフ以下の統治者を認めない。

彼女は、エルフ族の王が統治するアナトリア王国の征服までをも計画しているらしい。



――――――――――――――――――――――――


そこまで訊いて他人事ではなくなった。

アナトリア王国への侵攻は俺には見過ごせないことだ。

俺がジョセフさんに頼んで多種族が共存できる国として興して貰ったんだ。

今、あの国ではみんなが仲良く平和に暮らしている。

ある意味では理想の国家。


そんな王国の受難の予感。


騎士王の次はハイエルフの総統かよ。

どうしてこう独裁者はすぐ侵攻だの征服だの思いつくんだろう?

自分の国に危害が及ばないなら他国のことなんて意に介さず大人しくしてろよな。


なんか、頭痛くなってきた。



それにしても、ミネルヴァだったっけ?

いったい何が彼女をそのような行為に駆り立てているんだろう?


本気でリベリアスとアナトリアの両方と戦争して勝てるとでも思っているのだろうか?

リベリアスには聖皇国がバックにいるし、アナトリアだって魔族領という強大な戦力が控えている。

そんな相手と二正面作戦を展開して上手くいくとはとても思えないんだよね。



「それで、この指名依頼書ですか?」



指名先は『無敵の冒険者』



何か大雑把。


そして、指名依頼内容にはこう記されていた。



『スラザニア魔道国ミネルヴァ総統の殺害』



物騒な内容だなあ。

こういうことは暗殺者ギルドにでも頼んで欲しいものだ。

まあ、エーデルフェルトに暗殺者ギルドがあれば、の話だが。



依頼者は『エルムリンデの冒険者ギルド支部長ミュケロス・クォーリアス』



「エリザベート支部長。依頼者のミュケロス・クォーリアスとはどういう人物なんですか?」

「私も名前しか知りません。最近、エルムリンデの冒険者ギルド支部を立て直すために本部から送り込まれた人物だと訊いています」

「エリザベート支部長は、名前しか知らない人物からの依頼に俺を指名したんですか? しかも依頼内容が物騒過ぎます」


俺の投げ掛けにエリザベート支部長は申し訳なさそうに顔を伏せた。


「勇者である貴方にこんな指名依頼をする私は人間失格なのかもしれません」


だが、再び顔を上げた彼女の表情は真剣だった。


「でも、このままではいずれスラザニア軍はここスヴェルニルにも侵攻してくるはずです。私は帝国人ですが、このスヴェルニルを愛しています。第二の故郷だとも思っています。そんなスヴェルニルの人達が財産を奪われ虐げられるのを私は見たくないのです」


それは俺だって同じだ。

この1ヶ月間、街の人達は俺にとても優しかった。

本当にいい人達だった。

そんな人達がスラザニアに蹂躙されて貶められる姿なんか俺も見たくない。



だが、殺しの依頼なんだよね。



正直気が進まない。


できれば、そのミネルヴァってヤツとは話し合いで解決したいものだ。


しかし、選民思想に凝り固まったハイエルフに話し合いなんか通用するはずないんだろうな。

だったら、殺すのも止む無しか。


ある意味ミネルヴァも騎士王と同じなのかもしれない。

騎士王は人間至上主義者だったが、ミネルヴァはハイエルフ選民主義者。

行き着く先は、勇者から交付される片道切符での死出の旅路だ。


「わかりました。指名依頼を受注します」


俺は指名依頼書にサインし、それをエリザベート支部長に渡した。

彼女は紙面右上に青い魔術刻印を付与した後、俺に指名依頼書を返してくれた。


「これをエルムリンデの冒険者ギルドで提示して下さい。これを見せれば、あなたがクエストの受注者であるという証明になりますから」


依頼を受けるのは、冒険者パーティー・アンノウンではなく、《AAA》ランク冒険者・Mr.ノーボディ。


主殿(あるじどの)?」

「今回は俺個人が受けるよ。ロダンは手を出さないで欲しい」

「まあ、主殿(あるじどの)がそう言うなら我は従うのみ」

「物分かりがいい従者で助かるよ」


サインを済ませた使命依頼書をエリザベート支部長に手渡す。


「エルムリンデに着いたらさっさとミネルヴァを殺しちゃっていいんですよね?」

「一応、依頼者のクォーリアス支部長の指示に従って下さい」

「顔も知らない相手にどうやって会えばいいんです?」

「向こうから接触してくるはずです」

「向こうも俺のことを知らないんでしょう?」

「貴方のことを(しる)した手紙をギルド専用の連絡便で先方に送っておきます」


たぶん、手紙より俺の方が早く着くだろうな。

まあ、手紙がクォーリアス支部長とやらの手元に届くまでは先に現地入りして情報収集に努めるとしよう。


「ミネルヴァ殺害後、クエスト完了報告はクォーリアス支部長にすればいいんですよね?」

「それでお願いします」



これで話は終わり。


「これから出発なさるのですか?」

「いえ、深夜になってからです」


俺はイリアとして街の人達に知られ過ぎているから、人通りのあるうちに街から出ると騒ぎになりそうで怖い。

だからみんなが寝静まった深夜に街を出るのだ。


「寂しくなりますね」

「俺もです」


エリザベート支部長と視線を交わす。



その時だった。


「ダメエエエエエエエエエエエエ!」


突然現れたイルマがソファの後ろから俺に覆い被さってきた。


「イルマ!?」

「話は全部訊いたわ! イリアちゃん! 殺人なんて絶対ダメなんだからね!」


イルマの腕が俺の首に巻き付く。


「イルマ! おやめなさい!」

「だって! おばあちゃん! イリアちゃんはまだ子供なのよ! そんな子供に人殺しを依頼するなんて!」


エリザベート支部長がイルマを(たしな)めようとしたが、イルマは聞かなかった。


仕方無いなあ。

俺はイルマに[パラライズ]を行使した。

これでイルマは全身痺れて動けなくなったはずだ。


イルマの腕を外そうとした俺。

だが、俺の首に巻き付いたイルマの腕が更に絞まった。


どういうことだ?


「ふふん。パラライズは効かないわよ。術式を解いちゃったから」

「な・ん・だ・と?」

「言ったでしょ? 『私は賢者だ』って。特に他人が一度でも行使した魔法は術式を解読して次には完全に解除できるのよね~」

「そんなのどこで覚えたんだよ?」

「いつもおばあちゃんに魔法でお仕置きされてたから自然と覚えたのよ。今では帝国でも誰も真似できない私だけの特殊能力よ」


なんて残念な特殊能力なんだろう。


でも、一度でも喰らわなければ解読できないんだよね?


なら――――


「フリーズ」


イルマが一瞬で凍り付く。

俺はイルマの腕をすり抜けて立ち上がった。


「後で解いてあげてくれませんか? その後は風邪ひかないようにお風呂で温まらせてやって下さい」

「わかりました」


俺はエリザベート支部長にイルマの事後処理をお願いする。


「日も暮れたし、ちょっと早いけど街を出ます。イルマに邪魔されないうちに」

「馬鹿な孫娘のせいでお手数お掛けします」


エリザベート支部長に手を差し出す。


「お世話になりました」

「お気をつけて」


立ち上がった彼女と握手を交わす。


「ロダンさんも達者で」

「うむ。おぬしもな」


ロダンもエリザベート支部長と握手を交わす。




挨拶を済ませた俺達は支部長室を退室し、そのままギルドの建物を出た。


もうすぐ2月。

真冬の夜の街には人通りが無かった。


俺達はスヴェルニルの南門から街を出て徒歩で移動。


街を見下ろす丘の上まで辿り着いた俺達はスヴェルニルの街を見下ろす。

城壁の中の通りや家の(あかり)がきれいだ。


「じゃあ、エルムリンデに向かうか」

主殿(あるじどの)。エルムリンデは初めてか?」


俺は[マッピング]で地図を顕現させる。


「そうだね。エルムリンデは初めてだね」


地図を見ながらロダンに答える。


「でも………その北10kmに位置するレクサンデルの森には行ったことがあるよ」

「レクサンデルの森?」

「1000年前、魔王軍の『ルキフェルの八宝珠』、いや、その頃は『ルキフェルの六宝珠』だったかな。その一人、風浪(ふうろう)の魔神スヴァルトフェルンを討滅した場所だよ」


「スヴァルトフェルン殿が没した場所か…………」


ロダンが感慨深そうにポツリと呟く。


「ロダン?」

「いや、スヴァルトフェルン殿にはよくお世話になっていたのを思い出したのだ」

「俺を恨むか?」

「過ぎたことは気にしないのが神代魔族。主殿(あるじどの)が気にすることではない」


ロダンのこういうところが俺は気に入っている。


「じゃあ、レクサンデルの森まで転移するとしようか?」

(おう)よ」


俺が[転移]の準備に入ると、俺達の足元に転移陣が顕現した。


「では、レクサンデルの森へ転移!」


[転移]が発動し、俺達はレクサンデルの森まで一気に転移したのだった。






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