017 魔道剣聖
あれから、俺は白亜とパーティーを組んで冒険者ギルドのクエストをこなしていた。
パーティー名は、白銀の翼。
白亜の白髪と俺の銀髪、そして、このパーティーが俺にとっての約束の地へ辿り着くための翼であって欲しいという願い、から付けた名だ。
二人とも高ランクなのでクエストは主に魔獣討伐だが、低ランク向けの薬草採取や鉱脈調査も受けていた。
薬草採取は指定された薬草を指定量採取するクエストだが、俺には最高ランクの特級無属性補助魔法[鑑定+++]があるので指定された薬草なんかすぐに見つかる。ついでに、指定の薬草を余分に採取したり、指定外の薬草の採取もした。これらは賢者職であれば製薬やポーション作成の役に立つ。
鉱脈調査は指定された場所に行き、そこでいくつかの鉱石サンプルを試掘して、冒険者ギルドに持ち帰るだけの簡単なクエストだ。持ち帰った鉱石サンプルを分析するのは商業ギルドの鑑定士の仕事で、分析の結果、鉱石サンプルに目的の鉱物が含まれていなくても鉱脈調査側にペナルティは無い。調査対象の金属は、アダマンタイト・ミスリル・オリハルコン・白金・金・銀等。ここでも、やはり[鑑定+++]が役に立った。白銀の翼が持ち帰る鉱石サンプルからは必ず目的の鉱物が発見されるので、遂には指名依頼になってしまった。もちろん、役得はある。鉱石サンプルの採取ついでにいくらでも欲しい鉱石が手に入るようになった。手に入れた鉱石は賢者職なら精錬してインゴッド化できるので、素材屋で高い金を出してインゴッドを買う必要が無くなった。
そして、今日やって来たのは、ホバート近郊の森とホバートとの中間地点。
目的は、普段魔獣くらいしか生息していない森の奥からホバートに押し寄せて来るスタンピードの討伐。
冒険者ギルドからの緊急特別依頼だ。
今日の職種は賢者。
俺は特級風魔属性補助魔法[フライ]で空に上がると、同じく特級風魔属性補助魔法[ホバリング]で高い位置に空中停止して進撃してくるオークの集団を観測した。集団のオークやハイオークは優に10000体を超えていた。その中にオークロードが50体、そしてオークエンペラー1体が観測された。
俺は、下で待機している白亜に声を掛けた。
「雑魚のオークやハイオークは、俺の範囲攻撃魔法で掃討する。掃討が終わったら白亜の出番だ。残ったオークロードを頼む。オークエンペラーは協力プレイで倒す」
「了解じゃ、兄者」
俺はエリアを限定する範囲攻撃魔法用の特級無属性補助魔法[エリアデフィニッション]を発動する。
「エリアデフィニッション!」
そう唱えると、オークとハイオークの混成集団の上空を覆うように円形の赤い魔法陣が現れた。[エリアデフィニッション]は、エリアを限定する範囲攻撃魔法の適用範囲を確定する魔法だ。
続けて、上空から氷の槍を集中豪雨のように敵に浴びせ掛ける、特級氷属性範囲攻撃魔法[アイシクルクラウドバースト]を発動する。俺は観測位置から攻撃対象に向けて杖を振り下ろす。
「アイシクルクラウドバースト!」
次の瞬間、魔法陣の中に現れた無数の氷の槍がオークとハイオークの混成集団に降り注いだ。降り注ぐ度に、氷の槍が魔法陣の中に繰り返し現れ、正に集中豪雨だ。俺が杖を横に振って攻撃終了するまで、それは続いた。
この攻撃でオークとハイオークの混成集団は全滅。オークロードは手負い状態。だが、オークエンペラーは無傷に見えた。
[アイシクルクラウドバースト]攻撃終了が白亜の攻撃開始の合図だ。俺と白亜も連携に慣れて来た。白亜は俊足でオークロードに迫ると、五月雨で次々とオークロードを斬り倒していった。その姿、鬼人の如し、だ。俺が上空から地上に降りる頃には、50体のオークロードは全て五月雨の錆にされていた。
残すは、オークエンペラー1体のみ。正面のオークエンペラーは、身の丈5mの巨体だ。配下を皆殺しにされてお怒りのようだ。
「キサマラ、ユルサナイ!」
オークエンペラーはそう言うと、[ファイアボルト]を放ってきた。火属性と無属性の合わせ技の電撃。そうだった。オークエンペラーは魔法攻撃してくるんだった。俺と白亜は、さっ、と左右に散って避けた。
俺達の分断を狙った?
オークエンペラーは俺を顧みることなく、白亜に繰り返し、[ファイアボルト]を放った。見えないところから範囲攻撃魔法でオークを全滅させた俺じゃなく、目の前で次々とオークロードを倒した白亜にヘイトが集まっているのか?
さっき、こいつは[アイシクルクラウドバースト]に耐えた。だとすれば、通常の攻撃魔法では白亜の援護にもならないだろう。[アイシクルクラウドバースト]が通用しない相手にはエリアを限定しない範囲攻撃魔法が有効だ。しかし、土地や樹木や畑にダメージを与えるようなエリアを限定しない範囲攻撃魔法はアインズ支部長に堅く禁じられているから使えない。強い使い魔を使って代わりに戦わせようにも、契約している使い魔がいないから召喚もできない。持っている賢者の杖も武器にはならない。今の賢者ではオークエンペラー相手には荷が重すぎる。
ならば、職種変更だ。薙刀を構えるように五月雨で八双の構えを取る白亜に声を掛ける。
「今から職種変更する。その間、俺は無防備だ。だから、職種変更が終わるまでの間は、あいつのヘイトを集めて俺の邪魔をさせないでくれ」
「相分かった、兄者」
「前にも言ったが無茶はするなよ」
「兄者を悲しませる真似はもうせぬよ。安心して任せるのじゃ」
俺に向かってサムズアップすると、白亜はオークエンペラーに切り掛かって行った。
一緒にクエストを熟しているうちに打ち解け、二人きりの時は『兄者。兄者。』と甘えてくるようになり、俺がだらしない時には叱咤する、すっかり妹が板についた白亜だが、こんな時には頼れる相棒だ。
白亜は、その身軽さを生かして飛び上がると、オークエンペラーを袈裟懸けした。
オークエンペラーは左肩から胸まで刀傷を負った。
が、次の瞬間、再生が始まり、みるみる傷が消えて行った。
再生能力まであるのか。
だとすれば、再生能力を発動できないように一撃で倒す必要がある。
勇者称号の職種は無敵だが女神に探知される恐れがある。
それ以外の職種は・・・
俺は[スイッチ]を発動する。
「英雄・魔道剣聖にスイッチ!」
アンインストールに30秒、インストールに2分。
『英雄・賢者をアンインストールします』
30秒後、
『英雄・賢者のアンインストールに成功しました。引き続き、英雄・魔道剣聖のインストールを開始します』
オークエンペラーは大剣で白亜に打ち掛かるが、白亜も五月雨で受け流している。オークエンペラーの間合いに入って連続で剣戟を放とうとする度に、魔法攻撃で追い散らされるので攻撃が続かず、じりじりと後退させられている。攻めあぐねている? いや、追い込まれつつあるのか。
早くしろ。2分って、こんなに長かったか?
2分後、
『英雄・魔道剣聖のインストールに成功しました』
黒い衣装に黒い軽装備のプロテクターを纏い、手には宝剣ナーゲルリング。
準備はできた。
「待たせた、白亜。後は任せろ。一撃で決める」
素直に引いた白亜に変わって、オークエンペラーと対峙する。今回使うのは[スラスト・レゾナンス]のような共振振動ではなく、オークエンペラーが弱いと言われる火属性魔法を込める[スラスト・フレイム]だ。[スラスト・レゾナンス]程の威力は無いが、魔物相手ならドラゴンでも仕留められる。刺さった刃から体内を焼き尽くす炎を注ぎ込んで焼死させる突きの一撃だ。
俺はアクセルで加速して、近くの岩を踏み台に飛び上がった。
「スラスト・フレイム!」
宝剣ナーゲルリングの刃でオークエンペラーの首に強力な突きを放った。刃はオークエンペラーの首に刺さり、次の瞬間、ヤツの体内を炎が駆け巡り、ヤツは体の内側から炎を吹き出しながら倒れていった。
討伐完了。
俺はお目当ての物を取り出す上級無属性補助魔法[エクストラクション]で倒したオーク達から手を汚すことなく魔石を回収していった。
「魔獣を解体せずに魔石が取り出せるとは、いやはや、兄者の魔法は便利じゃのう」
白亜は俺の横で回収作業を眺めながら、感心したように言った。
「白亜も魔法を憶えれば、楽できるよ」
そう言うと、白亜が溜息をついて、ポツリと言った。
「妾には魔法属性が無いのじゃ。魔法属性の無い者は、どんなに頑張っても魔法は使えぬ。だから、妾は剣技と拳法を極めるしか無いのじゃ」
落胆するなよ。人には向き不向きってものがある。それは別に不公平でも不幸でもない。そういうものなんだ。白亜が俺の真似ができないからといって落ち込む必要なんかないんだよ。
「そのままでいいよ。白亜は白亜だよ」
「兄者?」
「白亜は荒法師なんだろ?」
「うん」
まだ納得していないながらも白亜が頷く。
俺がチート過ぎなんだよ。こんなのの真似をしようとしても、待っているのは不幸な未来だけだ。
俺は気分を変えるように言った。
「さあ、そろそろ、帰ろうか。ギルドに報告しなきゃならないし」
「そうじゃな。今晩のミリアさんの料理はなんじゃろうな?」
白亜も憂いを払うように答えてくれた。
「言うなよ。腹減って来たぞ。もうギルドへの報告を明日にしたくなった」
「そういう訳にはゆくまいて、食いしんぼの兄者」
「俺を食いしんぼに変えたのは白亜だぞ~」
俺が白亜の頭の横をグリグリすると、
「痛いのじゃ。悪かったのじゃ~。許してくれなのじゃ~」
そんなことをしながら白亜とのんびり歩いていたら、街に帰り着いた頃にはすっかり日が暮れていた。




