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163 ハイエルフのミネルヴァ

エリザベート支部長が一枚の指名依頼書をテーブルに置いた。


「スラザニア魔道国はご存じでしょうか?」

「噂には訊いています」


噂に訊いているどころではない。

スラザニアのことは良く知っている。



――――――――――――――――――――――――


スラザニア魔道国。


前世では、まだ独立国家ではなく統一聖皇国の一部だった場所だ。


このエーデルフェルトに魔族が現れて人類に脅威を及ぼし始めた頃。

人類は魔族に対抗すべく、魔族が行使する魔法とその源になる魔力の研究を行うようになった。

その魔法研究の中心となった場所、それこそがスラザニア魔法研究特別区である。

当時のスラザニア魔法研究特別区は、西大陸南西部の海沿いの一都市に過ぎなかった。


そしてここは、魔法研究の第一人者として有名な大魔法使いのシルクの出身地でもあった。


『出身地でもあった』と過去形のように語るのは、シルクが早々にこの地を引き払い、統一聖皇国の、しかも中央大陸の片田舎に移り住んでしまったからだ。


スラザニア魔法研究特別区は魔法研究設備の整ったシルクにとって都合の良い場所だったはずだ。

にも拘わらず、彼女が何故移住しなければならなかったか、については最後まで教えて貰えなかった。

シルクが聖皇国に移住したおかげで、彼女を俺のパーティーに迎え入れることができたことだけでも行幸なのだ。

無用な詮索などするものではない。

だから、俺も何も聞かなかった。



おおっと、スラザニアに話を戻そう。


人魔大戦末期、人類側の魔法技術の進展を危惧した魔王ルキフェルは、これ以上の彼我の魔法技術力差を埋められるのを阻止すべく、人類の魔法研究の総本山であるスラザニア魔法研究特別区の破壊を目論(もくろ)んだ。

そのために彼が(つか)わしたのは『ルキフェルの六宝珠』の一人、風浪(ふうろう)の魔神スヴァルトフェルンである。


風浪(ふうろう)の魔神スヴァルトフェルン

全身ぐるぐる巻きの包帯の上からローブを被り、ローブの隙間から金色に輝く目だけを出した小柄な男。

一見、弱弱しそうに見えるが、彼が振るう杖が起こすのは有り得ないような天変地異。


(かつ)て、北大陸中南部は統一聖皇国の領土だった。

統一聖皇国軍は南侵する魔王軍に対して防衛線を築いて持ち(こた)えていた。

防衛線に展開する統一聖皇国軍は()りすぐりの精鋭軍。

魔王軍は防衛線を突破できず、いたずらに犠牲を増やすばかりだった。


元々、北大陸中南部と中央大陸北部の左右には西セパレイル海と東セパレイル海が広がり、

その二つの海は狭い海峡で繋がっていた。


防衛線を支えるのは、絶え間なく物資と兵員の供給を行う為に狭い海峡に架けられた橋。


そこに目を付けたのは魔王ルキフェルとスヴァルトフェルンだった。

ルキフェルは橋の破壊だけできれば良いと考えていた。

だが、スヴァルトフェルンはそれでは不十分だと考えていた。


彼は、海峡の海底に眠る海底火山を使って天変地異を起こした。



終末噴火(しゅうまつふんか)である。



その結果、北大陸中南部と中央大陸北部の諸都市は統一聖皇国の精鋭軍もろとも一瞬で消滅し、その周囲1000kmは終末噴火(しゅうまつふんか)の爆炎により酸素を急激に消費されたことで酸欠状態になり、多くの生命が失われた。


終末噴火(しゅうまつふんか)が起こした巨大なクレーターには大量の海水が流れ込み、左右の海は繋がり、広大なセパレイル海になった。



スヴァルトフェルンの暴挙は他にもある。

フォルトナ砂漠がそれだ。

この地は元々広大な穀倉地帯だった。

だが、スヴァルトフェルンの起こした広範囲の爆弾砂嵐が、穀倉地帯を広大な砂漠に変えた。



自然災害を起こすことに特化した魔法を行使するスヴァルトフェルンは正に『魔神』。

しかも剣の達人でもあり、更に困ったことに、ヤツには魔法が全く効かない。

魔法耐性が無限大なのだ。


何でヤツが魔王の部下でいるのかわからない。

ヤツ自身が魔王になってもおかしくないくらいに。



そのヤツがスラザニア魔法研究特別区の破壊に(おもむ)いてくる。



統一聖皇国軍の伝令から(もたら)された報告を聞いた俺は思った。


『スラザニアにとって魔法が全く効かないスヴァルトフェルンは非常に相性が悪い』


俺は直ちにスラザニアに向かうことを決めた。


俺達は、今さっき、モルタヴァ高原で九魔公の一人、大魔人ムジャディティを討ち取り、その配下の魔王軍20万を壊滅させたばかりだった。


シルクの魔力は完全に底を尽き、師匠の消耗も激しい状態。


例えシルクの体調が万全だったとしても相手は魔法が全く効かない相手。

師匠もこれ以上は戦えそうもない。


俺は、シルクの護衛を師匠に頼み、セリアだけを連れてスラザニアに向かうのだった。




スラザニア北部、遥か彼方、魔法研究特別区を見下ろすレクサンデルの森。

その地にスヴァルトフェルンは潜伏していた。

やつの起こそうとしていたのは巨大な海底地震とそれに伴う大津波。

スラザニア魔法研究特別区を大津波に飲み込ませるつもりだったのだ。


セリアに超級神聖治癒魔法[スーパーリカバリー]と[レストレーション]を掛けて貰いながら、スヴァルトフェルンと剣を交える俺。

死闘は3日間に渡って絶え間なく繰り広げられ、俺の剣戟に少しずつHPを削られたスヴァルトフェルンは遂に俺の前に倒れたのだった。

途中からはセリアは目の下に隈を作りながらも[スーパーリカバリー]と[レストレーション]を掛け続けてくれた。

だから、HP満タンかつ負傷超回復する俺はスヴァルトフェルンに競り勝つことができた。

さすがはセリア。

俺の頼りになる親友である。


[ス-パーリカバリー]を自らにも掛けながら、セリア曰く。


「スーパーリカバリーでも眠気が取れないし、空腹も癒えなくなっちゃったわ。サツキ、直ぐにご飯を用意しなさい!」


俺はその場でシルクから預かっていた食材でホワイトシチューを作ってセリアに提供した。

セリアは瞬く間に鍋を空にしてしまった。



俺、一度しかお代わりしてないのに………くすん。


こいつ、あれだけ食べたのにお腹ポッコリしてないんだよね?

お腹の中にマイクロブラックホールでも仕込んでるのかね?



やがて、お腹いっぱいになったセリアが木にもたれ掛かって仮眠を取り始めた。


「3日間、お疲れさん」


セリアの頭を撫でる。

起きてたら絶対に頭を撫でさせてくれないからなあ。

もっとも、起きている時、こいつの頭に俺は拳骨しか与えていない。

まあ、セリアも警戒するわなあ。


そこで気づく。

セリアの耳が真っ赤に染め上げられていることに。


「おい」

「………」

「狸寝入りしてるのはわかってるんだぞ」

「………熟睡してます~~」


俺は撫でる手を止める。


「『熟睡してるんだから撫でる手を止めるな』と夢の中のわたしが言ってます~~」


こいつは、ほんとに。

俺は込み上げる笑いを堪えながら、セリアの頭を撫でるのを再開するのだった。



セリアが完全に眠ったのを見届けると、俺はスヴァルトフェルンの墓を作った。

彼は魔族だから聖剣に討たれると体は消滅し、魔核しか残っていない。

彼の魔核は透き通ったアメジストの魔核。

その魔核を土に埋めて、その上に形の整った大きな石を置いた。

3日間も死闘を繰り広げた難敵スヴァルトフェルン。

俺と対等に渡り合った彼には敬意を払わなければね。


墓を作り終えて、いざ撤収というその時、スラザニア魔法研究特別区から統一聖皇国駐留軍の伝令がやって来た。


「『軍団長が御助力感謝する』とのことです」


それだけで十分だよ。


撤収するのでセリアを起こす。

さあ、シルク達が待ってる。

さっさと戻るとしよう。


「お待ち下さい!」


そんな俺達を伝令が引き留めた。


「特別区最高評議会議長のミネルヴァ様がご挨拶したいと」

「あはは、忙しいから遠慮しておくよ」


ここまで、セリアの飛行魔法[フライ]で急行してきた俺達。

戻りも[フライ]。

モルタヴァ高原で待つシルク達のところまで一っ跳びだ。


引き留める伝令に構わずセリアが[フライ]を発動しようとした、その時、


「お待ちなさい!」


『お待ち下さい』じゃなくて『お待ちさない』ですか?

高飛車なヤツだなあ。

そう考えながら、声の先を見る。


そこには、膝裏まで伸びた翡翠色(ひすいいろ)の髪に蒼い瞳の長身の美少女が立っていた。


これが、ミネルヴァとの初対面だった。


黒い開襟(かいきん)シャツに黒い膝丈のスカートに黒いタイツ。

羽織っているのは白衣。

縁無しのメガネを掛けた、いかにも研究者然とした出で立ち。

耳が長いところを見ると――――


「エルフさんですか?」

「ハイエルフよ! ハイエルフのミネルヴァよ!」

「ミネルヴァさんですか? はじめまして」

「『はじめまして』? 貴方、私を知らないの!? 潜りなんじゃないの!?」

「はい、潜りの勇者です」


ヘラッと笑いながら答えた俺が気に喰わなかったのか、ミネルヴァは露骨に嫌な顔をした。


「それで? 勇者パーティーのメンバーはこれだけなの?」


辺りを見まわすミネルヴァ。


「他にもいますが、ここにはいません」

「そう、なら貴方達(あなたたち)のような下賤な者に用は無いわ」


急激に興味を失ったらしいミネルヴァが(きびす)を返す。


「お待ちなさい!!」


ミネルヴァを引き留めるセリア。

わあ、凄く怒ってる。


「ミネルヴァとやら! 勇者様に謝罪しなさい! 今すぐ!」


ミネルヴァがセリアに剣呑(けんのん)な視線を向ける。


「なんなの、あなた? 人族風情(ふぜい)がハイエルフの私に何て態度なの?」

「私はセリア! リザニア聖教の枢機卿よ!」


セリアの名乗りに表情を強張(こわば)らせるミネルヴァ。


「これは失礼致しました。セリア様」


ミネルヴァが膝を突いて臣下の礼を執る。


「失礼なのは勇者様に対してでしょう? 勇者様は聖女アルトリア様が召喚し、いずれはアルトリア様を(めと)って統一聖皇国の王となられるお方。その勇者様に向かって、あなたの態度は何? 不敬罪で処刑されても文句は言えない所業(しょぎょう)よ。身の程を(わきま)えなさい!」


セリアの説教に頭を深く下げるミネルヴァ。

でも、俺にはわかる。

こいつは反省なんてしていない。

今後も人族を見下すのをやめない。


こいつ、シルクと同じハイエルフなんだよな?

こいつを見てるとシルクが女神に思えてくるよ。

早くシルクに会いたいな。



「もういいよ。早く戻ろう。シルク達が待ってる」


俺はセリアの手を取って、セリアの飛行魔法[フライ]で飛び上がる。

その時の俺を見るミネルヴァの視線を俺は今も忘れない。

ミネルヴァが俺に向ける視線は憎しみに満ちていたから。


俺、憎まれるようなこと、なんかした?


俺達はシルク達の待つモルタヴァ高原に向かうのだった。



――――――――――――――――――――――――


俺が知るのはそこまで。


そこからは先はエリザベート支部長が説明してくれた。



――――――――――――――――――――――――


勇者が討たれ、エーデルフェルトで多様な民族が民族自決に基づいて独立していった。

それは、聖女アルトリアの布告によるところが大きい。


スラザニア魔法研究特別区も当然のように独立した。

周辺地域を併呑(へいどん)してスラザニア魔道国が建国される。

集団合議制により国家運営が執り行われる民主国家として。


だが、実質は身分差別の激しい国。

しかも、人族は最下層階級。



だが、万物は流転する。


聖皇国歴12年に西大陸南東部に成立したカラトバ騎士団領。

西大陸南部に群雄割拠する小国のひとつとして周辺国と小競り合いをしていたその国に生を受けた一人の男により事態は急激に変化する。


騎士王オストバルト・フェルナーの登場である。


聖皇国歴949年に15歳でカラトバ騎士団領の騎士王に即位したその男は、その6年後に隣国マストマ公国を陥落させたのを皮切りに一気に西大陸南部統一を推し進めた。


騎士王の矛先はスラザニアにも向けられる。


聖皇国歴968年に騎士王は南大陸南部統一の仕上げとして、スラザニア魔道国に全面侵攻を開始。

これに対してスラザニア側も徹底抗戦した。

そして、その抵抗は凄まじいものだった。


武力主体のカラトバ軍と魔法主体のスラザニア軍。

カラトバ軍はスラザニア軍魔法師団の範囲攻撃魔法によりかなりの死傷者を出したらしい。

だが、カラトバ軍の数にものを言わせた総力戦にスラザニア軍魔法師団の魔道兵は魔力を枯渇させ、次第に討ち取られていった。


聖皇国歴969年、今から13年前、遂にスラザニア首都エルムリンデは、カラトバ軍47万に包囲される。

王都に立て籠もるスラザニア軍は魔力枯渇の激しい魔道兵主体の4個魔法師団1万2千。

それぞれの魔法師団の定員充足率は25%未満。

軍における全滅の概念である30%を下回っていた。


最後の戦いに現れた騎士王。

騎士王の親征に士気が最高潮に高まったカラトバ軍の総攻撃により、エルムリンデは2時間足らずで陥落したのだった。


騎士王は、エルムリンデの徹底的な破壊と、捕虜になった魔導士全員、及び政府関係者全員の処刑を命じた。


彼がそう命じたのには理由がある。

スラザニアはハイエルフを頂点に、エルフ、ドワーフ、獣人などの亜人の地位が高い国であり、人族は最下層扱い。

そんな国家の存在を人間至上主義者の騎士王が認めるはずがなかったのだ。


戦後、スラザニアはスラザニア州となり、騎士王から派遣された行政官による圧政が敷かれることとなった。

亜人の人権は剥奪され、人族以外は徹底的に弾圧されたという。


カラトバが滅ぶまではそんな状況だったそうだ。



――――――――――――――――――――――――


「それで、そのスラザニアがどうしたんですか?」


俺はエリザベート支部長に尋ねる。


「スラザニア魔道国が独立を回復しました」

「騎士王が戦没し、カラトバが滅亡したからですか?」

「ええ、おっしゃる通りです」

「よかったじゃないですか」


騎士王の圧政が無くなり、頑張って独立を勝ち取ったのか?

うんうん、いいことだね。


「それがそうでもないのです」


エリザベート支部長が溜息を零す。


エリザベート支部長は帝国人。

人間至上主義者ではなかったはずだ。

そんな彼女にとって、人間至上主義国家から亜人が独立を勝ち取ることの何がいけないというのだろう?



「スラザニア魔道国は元の体制以上に偏狭な国家になってしまったのです」




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