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161 スヴェルニルでの最後の一日

「イリアちゃん、おはよう」


八百屋のおやじさんが声を掛けてくる。


「おはようございます、マティスさん」

「今日は朝からかい?」

「ええ、今日のシフトはお昼までですから」

「じゃあ、早めの休憩を取って店に顔を出すよ」

「では、楽しみにお待ちしていますね♡」


万遍の笑顔で応じる俺。


俺はフロアリーダーのディアナさんに頼みこまれて不定期でカフェ〖パラダイスサン〗のウェイトレスをしていた。

イリア目当ての客があまりにも多かったからだ。

最初はロダンも同行していたが、今では俺一人。



「イリアちゃん、出勤かい?」


今度は治安部隊の年若いイケメン隊長のナディルさんだ。


「ええ、今日は開店時間からの勤務です。そう言うナディルさんは今日非番ですか?」

「久しぶりの休日だよ。用事を済ませた後でイリアちゃんに会いに行くからよろしくな」

「会いに行くだなんて………イリア、恥ずかしい♡」

「あ、その………えっと、まあ、そういう訳だからまた後で」


頬を染めてあたふたしたナディルさんが逃げるように去って行った。

ナディルさんは俺に気があるようだ。

態度を見ればわかる。


でもね、ナディルさん。

俺は男なんだよ。



その後も街の人達に声を掛けられる俺。

『イリア』という名もすっかり定着。

俺自身、イリアとしての立ち居振る舞いが板についてしまった。


どうするよ、これ?




「イリアちゃん、オーダーお願い!」

「はい、直ぐにお伺いしますね♡」


カフェ〖パラダイスサン〗の喫茶コーナーは今日も異常な賑わいだった。

テーブルは満席。

外には空待ちの行列まで出来ている。


「あの客の8割はイリアちゃん目当てだよ」

「実際、男性客増えたよね」

「女性客からも『可愛い! 妹にしたい!』って人気よ」


ディアナさんを始めとするホールスタッフに揶揄(からか)われる俺。


今の俺は、初日のようなメイド服ではなく、カフェ〖パラダイスサン〗の制服を着ている。

薄桃色のミニのワンピースに白いエプロン、白いニーハイソックスと真紅のローファー。

頭の左右にはタンポポを模した髪留め。


こんな格好、不本意だよ。



若い男性客のテーブルに注文のオムライスを置くと、その客が俺に追加オーダーを出してきた。


「イリアちゃん。オムライスにケチャップで文字を書いて欲しいな」

「当店ではそのようなサービスは――――」

(かしこ)まりました。さあ、イリアちゃん、何か書いてあげて」


メニューにないオーダーを断ろうとした俺にディアナさんが(かぶ)せてきた。


おいおい、ここはメイド喫茶じゃないよね?

俺の視線に気付いたディアナさん。


「いいアイデアだわ。今日から新しいメニューにしましょう」

「マジですか?」


ドン引く俺に黙って首を縦に振るディアナさん。

フロアリーダーには逆らえないからなあ。

仕方無い。

なら、俺も徹底的にやってやるよ。


「お客様、どんな内容をお求めですか?」

「『I LOVE DENIS』って書いてくれない?」

(かしこ)まりました、デニス様♡」


俺はケチャップでオムライスの上に『I LOVE DENIS』と書いた。


「うん、よくできました。イリアちゃん」


デニスが『うわあああ』と喜び、ディアナさんが俺の頭を撫でようとした。


だが、これで終わりじゃないんだよ。

やるなら徹底的に。

それが俺の流儀。


「デニス様。イリスが美味しくなるおまじないを掛けますね♡」


デニスに可憐な微笑みを向けると、握った両手を顔の前に。

そして目を(つむ)って(とな)える。


「美味しく、美味しく、美味しくな~れ♡ 萌え萌えキュン♡」


再び目を開けた俺の前に映っていたのは、顔を真っ赤にして硬直したデニスと絶句したディアナさんだった。


ああ、そっか。

エーデルフェルトではメイド喫茶の定番は初めてだったか。

そりゃあ、刺激も強かろう。


「では、召し上がって下さいね♡」


最後にここ一番の万遍の笑み。



俺の行為に、店内は騒然となった。


それ以降、客がオーダーするのはオムライスばかり。

ケチャップ文字とおまじないの依頼は俺だけでなく、オリビアさんやモニカさん、果てはディアナさんにまで及んだのだった。


俺にここまでさせたんだ。

道連れだよ、ディアナさん。




「さて、ここで修復箇所は最後かな?」

「そうだな。これを治せばクエスト完了であるな」


午後はロダンと一緒に冒険者活動。

依頼内容はスヴェルニルを取り囲む城壁の破損個所の修復。

いわゆる土木作業だ。


といっても、俺達は土木作業員や左官屋さんみたいに肉体労働する訳じゃない。

全ては魔法を行使するだけの簡単なお仕事だ。


俺は上級土属性魔法[アーキテクト]を行使する。


「アーキテクト! 城壁の破損部分を修復!」


破損した城壁が見る見る修復されていく。



「しかし、鉄壁の城壁が何でここまで壊れてるんだ?」

「魔獣や魔物の襲撃だろうな。今の寡兵(かへい)のカラトバ軍では人族の居住地域の治安すら維持できぬのであろう」

「もっとも、スヴェルニル周辺は俺達が徹底的に狩り尽くしたから、もう魔獣も魔物もいないんだけどね」

「だが主殿(あるじどの)、連中は移動する。安心はできぬぞ」

「そうだね。じゃあ、対策はしておいた方がいいね」


俺は天に(てのひら)(かざ)す。


「エリアデフィニッション」


赤い広域魔法適用範囲確定魔法陣をスヴェルニル中心に周囲100kmの上空に展開する。


「アイアンシールド!」

「アイアンクラッド!」

「結界展開!」


対魔法攻撃完全防御魔法[アイアンシールド]と対物理攻撃完全防御魔法[アイアンクラッド]と[結界]を多重に重ね掛けする。

やがて、赤い魔法陣が消えて、空は元の青に戻った。


これでスヴェルニルはもう大丈夫だろう。


「じゃあ、クエスト完了報告に戻ろうか」


俺達は冒険者ギルドに足を向けるのだった。

ここスヴェルニルでの最後の依頼完了の報告のために。





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