159 な………なんじゃこりゃああああああ!
スヴェルニルに滞在するようになって2週間経つ。
掲示板を埋め尽くすように貼られていた依頼票は今では1/5以下にまで減っている。
俺達が毎日熟しているからだ。
一日10件以上熟す日もあるから依頼票はどんどん減っている。
今日もロダンが依頼票を受付カウンターに持っていった。
―――――――――――――――――――――――――
俺にはここに来た時から気になっていたことがあった。
冒険者ギルドの掲示板にびっしりと貼られた依頼票だ。
誰が受注する訳でもなく貼られっ放しになっている依頼票の数々を前に、俺は掲示板の依頼を全て熟すことを決めた。
「全部クリアしてやる!」
俺のコンプリート魂に火が付いてしまったのだ。
俺は早速、依頼票を持って受付カウンターに向かった。
「待ってたわよ、私の天使!」
イルマが受付カウンターを乗り越えて白亜ソックリの俺にダイブしてきた。
次の瞬間、イルマは弾かれるように後ろにぶっ飛ばされてカウンター裏の壁に激突。
「グエッ! きゅううう」
イルマは失神。
彼女を失神させたのはエリザベート支部長による俺への接近を阻止する魔法。
「接近禁止の魔法は効力を発揮しているようですね」
階段を下りて来たエリザベート支部長が満足そうに微笑む。
「こ、これはいくらなんでもやり過ぎではないのか?」
「あなたの主を守るためですよ」
イルマに同情するロダンをエリザベート支部長が窘める。
「受注は私の方で処理しておきます」
俺達はイルマの容態を気に掛けつつクエストに向かったのだった。
その後もイルマは懲りずに俺を抱き締めようと突撃してくる。
その度に[接近禁止]の魔法に弾かれるイルマ。
こいつは『学習』って言葉を知らんのか?
ストーカーの執念に恐れ慄く俺だった。
俺はロダンと話し合った結果、依頼の受注窓口をロダンが担うことになった次第である。
―――――――――――――――――――――――――
実は、俺が掲示板の依頼のコンプリートを決めたのには理由がある。
俺達が来るまでスヴェルニルには冒険者がいなかった。
――――というか、第三次カラトバ戦役により冒険者は全員軍に徴用されてしまった。
戦争が終わった後も冒険者達が戻って来ることはなかった。
俺が軍を殲滅しちゃったからね。
当然その中には徴用された冒険者達もいた訳で…………
その結果、依頼は放置されたままになった。
そういう意味では、カラトバ軍を殲滅した俺にもこの状況を招いた責任の一端はあると言えよう。
理由はそれだけではない。
廃都と化したスヴェルニルは周辺地域を含めて人口が一気に減少してしまった。
実際、城壁の外に住んでいる住民は皆無。
神界からの邪神討伐軍をおびき寄せて討滅するには最適な環境だろう。
住民を巻き込まずに連中を迎え撃てるんだからね。
そんな訳で日々クエストを熟す毎日を送っている俺達である。
■
「エリアダークネス」
特級闇属性範囲攻撃魔法[エリアダークネス]により地面から現れた無数の闇の手が数名の能天使を捕え異界に引き込んでいく。
「散れ!」
能天使のリーダー格の指示に部下の能天使達が一斉に散開する。
だが、闇の手は追尾式だから逃れられないんだよね。
逃げようとする能天使の行く手に先回りしていた闇の手と追尾していた闇の手が能天使達を捕える。
「「「「ぎゃああああああああ!」」」」
次々に異界に引き込まれていく能天使達。
能天使が全員異界に消え、辺りに静寂が戻った。
「やれやれ、薬草採取の最中に襲って来るとはね」
「連中も必死じゃろうからな」
今日、俺達は依頼票に基づいて森に薬草採取に来ていた。
連中は、俺達があらかた採取が終わった頃を見計らって襲撃してきた。
「せっかく集めたのに無茶苦茶にしてくれやがって。また最初から集め直しになっちゃったじゃないか」
連中は俺達に攻撃する前に、一ヶ所に集めておいた薬草を焼き払った。
以前仲間を討滅された腹癒せに嫌がらせをしてきたのだ。
「小賢しい真似をしやがって、天使の所業じゃねえよ」
「まあそう怒るな、主殿」
半日掛かりで集めた薬草が全て灰。
しかも3波に渡って攻撃してくるとはやってくれるじゃないか。
一生懸命積んだ石をその都度崩すように何度も薬草を焼き払いやがって。
おまえらは賽の河原の鬼なの?
最初は青白い超高温の[ファイアガトリング]で灰も残さず焼き殺していたが、何度も繰り返される嫌がらせにキレた俺は遂に[エリアダークネス]を発動。
異界の闇でじわじわと苦痛に藻掻き苦しませてやることにした。
ザマオミロだ。
「まあ愚痴っても仕方なかろう。とりあえず依頼を熟そう」
「了~解」
ロダンに窘められた俺は薬草採取を再開する。
結局、薬草採取は当初の予定を大幅にオーバーして夕方まで掛かったのだった。
能天使どもの襲撃はもう無かった。
■
今日も今日とて、ロダンが依頼票を持って受付カウンターの前に立つ。
イルマは、ロダンから依頼票を受け取り、依頼受注処理を淡々と済ませた。
今日の受注した依頼は隊商がアナトリア王国から持ち込んだ様々なお菓子の販売。
掲示板に貼られていた古びた依頼票ではなく、珍しく新たに貼られた依頼票に記載された依頼内容だ。
「ねえねえ、もうちょっと近くまで来てくれるかな?」
イルマが俺を手招きした。
俺はエリザベート支部長の魔法[接近禁止]に守護されている。
2m以内に近付くとイルマがぶっ飛ぶから、3mくらいを目安にイルマに近づいた俺は浅はかだったのかもしれない。
ニコニコ笑うイルマの機嫌が妙にいいことにも注意を払っておくべきだった。
「適用範囲に入りましたね?」
イルマの瞳が妖しく光った。
「ミューテーション・ベスティウム!」
イルマが何かを発動した瞬間、俺は光に包まれた。
やがて光が収束する。
何が起きた?
周辺警戒のために辺りを見廻した俺の目に入ったのはホールの壁に備え付けられた大鏡。
そこには俺が映っていた。
だが、それ自体は問題じゃない。
問題は、俺が着ている衣装の方だ。
そう、俺はメイド服を着ていたのだ。
メイド服は臙脂色の上下。
スカートはミニだ。
紺のニーハイソックスが絶対領域を強調している。
胸には山吹色のリボン。
頭には白いヘッドドレス。
「きゃあああああ! 可愛い男の娘の出来上がりよ! イルマちゃん、グッジョブ!」
変化した俺の姿にイルマが飛び上って喜んでいる。
「な………なんじゃこりゃああああああ!」
一方の俺はどこぞのジーパン刑事のように胸の前で掌を見詰めながら絶叫してしまっていた。
「ふっふっふっ。これぞ、イルマちゃんの固有魔法・ミューテーション・ベスティウム。用意した衣装と着ている衣装を瞬時に入れ替えるだけでなく、魔法行使後24時間は用意した衣装以外着られなくなる魔法よ」
自画自賛のイルマ。
なんて役に立たない固有魔法なんだろう。
だが今はそれどころじゃない。
「服を返してくれ」
「嫌よ。キミは今日一日、その恰好でクエストを熟すの。売り子だから丁度良かったわね?」
「返せ!」
「ふふん。取り返せるものなら取り返してごらん」
イルマは俺の衣装を胸の谷間に収納した。
ジャケットやスラックスが見る見る谷間に収まっていく。
どうなってるんだ、その胸の谷間?
亜空間にでもなってるのか?
「これでもう取り返すには私をひん剥いて胸に手を突っ込まなければならないわ。キミにそんな真似ができるかしら?」
勝ち誇ったように胸を張るイルマ。
「支部長に何とかしてもらうさ」
「ふふん。今日、おばあちゃんは居ないわよ。領都を取り巻く防御結界の点検に出掛けたから夕方まで戻って来ないわ」
してやられた!
こいつ、この時を待っていたのか?
「服を元に戻して欲しければ今日一日その恰好でいること。それから、今日一日『イリア』と名乗ること」
「『イリア』だあ?」
「売り子をするにも名前が『誰でもない』ではお店の方が困るわ。だから私が付けてあげた、『イリア』って名前を」
「俺は認めてない!」
「ロダンさんはどう思います?」
「うむ。『イリア』か。良い名前だな」
この裏切り者め!
「さあ、依頼主がお待ちかねよ。さっさと依頼を熟してきなさい」
入口には人の好さそうな商人と20代くらいのウェイトレスが待っていた。
あれ?
俺達が掲示板から依頼票を取ったのは遂さっきのはずだ。
にも拘らず、何で依頼主が既に待ち構えているんだ?
まさか!?
イルマが依頼票をヒラヒラさせながら笑っている。
「ふふん。あんた達が必ず手に取るようにこの依頼票を目立つところに貼っておいたのよ」
つまり真新しい依頼票自身が罠だった。
そこまでするか!?
俺はドナドナされるヤギのように依頼主に連れられて店に向かうのだった。
■
「イリアちゃん、3番テーブルお願い」
「はあい、今行きます」
依頼先は不定期に開店するカフェ〖パラダイスサン〗
店に面した大通り。
普段は閑散としているが、今日は人通りも多い。
本来はお持ち帰り専用カウンターでお持ち帰りのお菓子を売るはずだった。
依頼票にもそう書かれていた。
だが、俺を一目見たフロアリーダーの女性は、俺に喫茶コーナー担当のウェイトレスをするように命じたのだった。
俺はそのフロアリーダーに開店時間までの間、徹底的に矯正された。
主な矯正内容は、言葉使いと立ち居振る舞い。
男言葉もダメ。男のような仕草もダメ。
求められたのは女性的な言葉使いと淑やかさと可愛らしさ。
それでなくても短すぎるスカートが気になって仕方がないのに、これ以上要求しないで欲しいものだ。
「イリアちゃん、可愛いね。スマイル貰える?」
「はい、喜んでお応えしますね♡」
客の要求に笑顔で応える俺。
「キャア!」
客のおっさんが俺の尻を触りやがった。
全身が総毛立つ。
殺してやろうか!
「お客様。お戯れは勘弁して下さいね。イリア、困ってしまいます」
可憐に困惑した表情でおっさんを窘める。
内心、絞め殺してやりたくなるのを必死に抑えながら。
「ぷくくくく」
喫茶カウンターの奥でロダンが笑いを堪えているのが見えた。
ふん。
笑いたければ笑え。
朝の開店から夜まで大忙しだった。
客の切れ目が無いのだ。
しかも来る客来る客、みんな俺を指名して注文する有様。
昼休憩を取る暇すら無かった。
実際、性別を偽り、美少女らしい所作で可憐な笑顔を振りまくのは精神的にきつい。
これなら魔獣討伐の方がよっぽど楽かもしれない。
やがて、閉店30分前、ラストオーダーを取り終わった喫茶コーナーはようやく落ち着きを見せ、客も疎らになった。
俺は喫茶カウンターの前に立ってフロアを見渡す。
ふう―っ。
漸く人心地ついたよ。
「ねえ、イリアちゃんは冒険者なんだって?」
同僚のウェイトレスが俺に話し掛けてきた。
肩まで伸びるウェイブ掛かったシルバーブロンドの少女。
確か、オリビアさんだったっけ。
「ええ、駆け出しですけど」
「すごいなあ。こんなに可愛らしい美少女が冒険者だなんて」
「ねえ? どうして冒険者になったの?」
今度はモニカさんが訊いてきた。
プラチナブロンドをポニーテールにしたチャーミングな女性だ。
「社会に揉まれてこいという父の命令です」
「もしかして高貴な身分のご令嬢?」
「そこは、その………秘密です」
「こら、モニカ? 詮索もいい加減にしなさい」
「ディアナさん」
フロアリーダーのディアナさんが止めに入ってくれた。
「うちの子達、姦しいでしょ?」
「ええ。本当に明るい方達ですね」
焦げ茶色の髪、おかっぱ頭のディアナさん。
結構高身長で妖艶な美女。
彼女は火をつけたタバコを口に咥えて、見下ろすように俺の方を見た。
「この際、イリアちゃんもウェイトレスに転職してみない?」
「それは…………」
「イリアちゃんなら店の看板娘になれるわよ?」
看板娘って、俺、男なんだけど?
「この店、いつもはここまで忙しくないんだけど、今日はイリアちゃん目当てのお客様のお陰で大忙しだったわ」
「『わたし目当て』ですか?」
「そうよ。最近領都に現れ、停滞していた依頼を次々と熟していく冒険者パーティー。メンバーは可憐な美少女とその娘を守護する甲冑に身を包んだ騎士の二人。元々、貴方達は注目株だったのよ」
それは知らなかった。
「その噂の美少女がカフェのウェイトレスになったんだから、街中からお客が集まるのも当然よね」
忙しかった理由はそれかい!
「転職の件、一度考えてみてね? その気になったらいつでもいらっしゃい」
その時、新しい客が入店してきた。
「いらっしゃいませ、お客様。この時間はお持ち帰りのみとなっております。それでもよろしければ、お持ち帰りカウンターへどうぞ♡」
俺は可憐な微笑みで対応するのだった。
■
「今日は疲れたよ」
「お疲れだったな。主殿よ」
「そういうおまえは何をしてたんだよ?」
「我か? 我は喫茶カウンターでコーヒーを淹れておった。美味いと好評だったぞ」
「そうか。お疲れさん」
「しかし、主殿は大人気だったな。まるで白亜嬢ちゃんを見ているようだったぞ」
「白亜? あいつ、接客なんてしてたんだ?」
初めて訊く内容に疲れが吹っ飛んだ。
「おうよ。ホバートの〖月の兎亭〗でおかみさんに頼まれて食堂の給仕をやっておったぞ。知らなかったのか?」
白亜は転移装置を利用して、ちょくちょくホバートに出向いていた。
冒険者ギルドで新人冒険者の教育指南役をしていることは知っていたが、ミリアさんの店の手伝いもしてたのか。
知らなかったよ。
「で、白亜はどんな格好で接客してたんだ?」
「主殿の世界で言うところの『着物』ってやつだな。但し、下は股下10cmのミニだったな。着物と白いソックスの間の絶対領域も完璧。なかなかそそる恰好をしておったぞ」
ロダンさんよ?
『絶対領域』なんて言葉、いったいどこで覚えたんだ?
しかも『そそる』だなんて、おっさんだろ、おまえ?
ああ、こいつ、おっさんだった。
それにしても、ミニの着物か。
見てみたかったな。
「しかも振る舞いの可憐さが堂に入っていて、うわさを聞き付けた連中が押し寄せて来たせいで客足が絶えんかった。おかみさんが大入りだって喜んでおったぞ」
俺と会う前、〖月の兎亭〗は白亜が定宿にしていた。
ミリアさんとも長い付き合いだったから、ネヴィル村に移住した後でも交流を絶やさなかったようだ。
義理堅い白亜らしいと言えば白亜らしいが。
俺にも一言あっていいんじゃないか、白亜さんよ?
「でもまあ、嬢ちゃんには口止めされておったからな」
「それを今更話すおまえも大概だよ」
吹っ飛んだはずの疲れがまた押し寄せて来た。
「俺は宿に直帰する。ギルドへの報告は任せたよ」
俺はロダンに後のことを任せると宿に戻った。
二人部屋にはベッドが2つ。
トイレは個室。
浴室にはシャワーだけでなくバスタブまである。
疲れた身体にはお風呂が一番。
普通なら浴室で汗を流すシチュエーションだが、この宿には大浴場がある。
当然、大浴場に直行だ。
■
大浴場の脱衣場には誰もいなかった。
脱衣場で服を脱ぐ。
ニーハイソックス、脱ぎ難いな。
メイド服も背中のファスナーに手が届き難い。
姿見に背中を向けてファスナーの位置を確認する。
四苦八苦しながらメイド服を脱いだ俺は姿見に映った自分を見て絶句してしまった。
俺は下着まで女物だった。
ブラはAAサイズの純白のシルク製。
下も純白のシルク製。
だが、俺が絶句したのは女物の下着を着用していたことじゃない。
女物の下着を着用していながら違和感を全く感じていなかった俺自身に対して絶句したのだった。
どう考えても違和感しかないはずなのにそう思わなかった俺は俺を信じられなくなった。
まあいい、とりあえず湯船に浸かろう。
大浴場も俺だけ。
湯船に浸かった俺は思わず泳ぎ出しそうになる。
いかんいかん。
湯船で泳ぐのはマナー違反だ。
厳に気を付けなければ。
今日も色々あったが、なんとか一日を終えた。
明日、イルマに服を返して貰わなければ。
そう言えば、イルマのヤツが言っていたな。
『魔法行使後24時間は用意した衣装以外着られなくなる』
明日の朝まであのメイド服以外着れないのかよ。
トホホ。
勘弁してくれ。
もういっそ、寝る時はスッポンポンで寝るか?
いやいやいや。
いつ邪神討伐軍が襲って来るかもわからないんだ。
さすがに素っ裸はマズいだろう。
そんなことを考えながら湯舟を出て洗い場に腰を降ろした俺は完全に油断していた。
「お背中お流ししましょうか?」
三助さんか。
お願いしようかな。
「お願いします」
俺はタオル片手に振り向く。
そこにいたのは三助さんではなく、身体にタオルを巻いただけのイルマだった。
「おまえ、接近禁止は?」
「自力で解除したわよ」
「自力で解除だと!?」
「おばあちゃんの魔法にはダミー術式が複雑に組み込まれていたから解読に苦労したけどなんとかなったわ。イルマちゃん偉い!」
「何で受付嬢が賢者の特級魔法を解除できるんだよ!」
「ふっふっふっふっ。それはね。普段はギルドの受付嬢のイルマちゃん! しかしてその実態は――――現役冒険者で賢者だったのよ! わ―っはっはっはっ!」
思い切り胸を張るイルマ。
その身体からハラリと巻いたタオルが落ちる。
腰の括れに対して、これでもかと存在を主張するバストとヒップ。
バストは当初の予想通りのFカップだった。
「タオル落ちたぞ」
気にした素振りも見せずにそれだけ指摘する。
スッポンポンの自分を確認したイルマがニンマリ笑った。
「見たわね、イリアちゃん? これはどうやって責任を取ってもらおうかな?」
「責任なんて、イリア、わかんな~い」
ぶりっ子で恍けてみる。
だが、イルマ相手に効果は無かった。
「わかんないかあ。じゃあ、まずはこの身体で背中を流して・あ・げ・る」
俺に前を向かせたイルマが背中に押し付けて来た。
何を押し付けて来たかって?
決まってるだろう。
Fカップのあれだよ。
「イリアちゃん。私と一緒にこのまま大人の階段上ってみる?」
耳元でそう囁きながら俺の前に手を伸ばしてくるイルマ。
こいつ、賢者なんかじゃねえ!
絶対、淫魔だ!
仕方無い。
貞操の危機だ。
強硬手段に出させて貰う!
「パラライズ」
特級闇属性魔法[パラライズ]を行使して、イルマを麻痺させてやった。
[パラライズ]を喰らったイルマは洗い場に倒れてヒクヒク痙攣。
そんなイルマに落としたタオルを掛けてやる。
武士の情けだよ。
その後、再びメイド服を身に纏った俺は脱衣場のイルマの篭から自分の服を回収。
宿の人に頼んでエリザベート支部長に使いを出して貰った。
連絡事項は、『イルマの回収依頼』
さて、自分の服も戻ったし、もうメイド服から着替えようかな。
24時間以内はメイド服以外は着れないらしいが、もし、別の服を着ようとしたらどうなるんだろう?
俺はもう一度メイド服を脱ぐと、宿備え付けのバスローブを纏おうとした。
だが、バスローブは纏えなかった。
俺が右腕をバスローブに通した瞬間、バスローブはその形を失い繊維の粉になった。
「な………なんじゃこりゃああああああ!」
どこぞのジーパン刑事のように胸の前で掌を見詰めながらの本日二度目の絶叫。
腕を通すことすら叶わないんじゃなくて、腕を通したら服が形を失うとか凶悪過ぎる!
「もうイヤッ!」
俺はメイド服のままベッドに横になるしかないのだった。




