156 スヴェルニルの冒険者ギルド支部
「これはまた酷いね」
旧カラトバ騎士団領の領都スヴェルニルに来た俺達。
だが、俺達が目にした領都は荒れ果て所々空き家も目立つ。
廃都といった感じだ。
まあ、カラトバは滅びたから廃都っていうのもあながち間違いじゃないんだが。
俺が騎士王と100万の軍勢を殲滅した結果、カラトバ騎士団領は崩壊した。
失った軍勢は総兵力の9割以上。
普通なら後継者が国を取り纏めるものなんだが、騎士王には後継者が居なかった。
そのため国は荒れ放題に荒れた。
もっとも、例え後継者が居たとしても数万程度の残存兵力で広大なカラトバの地を治めていくことは実質不可能だっただろう。
その結果、カラトバ南部諸州ではこれまで弾圧されていた亜人が武装蜂起して独立戦争を起こし、中部・北部でも無政府状態が続いている。
軍からの脱走者は後を絶たず、脱走兵は盗賊団や傭兵に身を窶す有様。
そんな状況下で、各町や村は自警団を組織して自衛を図り、商人は腕の立つ従業員に護衛を任せるのだが、実際のところ素人の自衛や護衛には限界がある。
そこで彼らが雇うのが傭兵やカラトバでは数少ない冒険者…………であるのだが、傭兵も冒険者もいつ何時盗賊に身を転じるかわからないから油断はできないのだ。
今のカラトバはそんな状態。
「とりあえず冒険者ギルドだね」
俺達は領都スヴェルニルの冒険者ギルド支部に向かうのだった。
■
「妙にこじんまりした建物だね」
「主殿、本当にここが冒険者ギルドで間違いないのか?」
「そのはずだよ」
街の人に場所を訊いてやって来たスヴェルニルの冒険者ギルド支部は本当に小さかった。
商業地区の店舗と同じ並びに建つ木造二階建ての建物。
日本では郊外の中小企業の事務所くらいの大きさしかない。
大理石でできた5階建てのホバートの冒険者ギルド支部に比べると明らかに見劣りする規模だ。
「まあ、とりあえず中に入ってみよう」
俺は何の飾りもギミックも無い木製の普通の扉を開けて中に入る。
中はホールになっており、左には2階に続く階段、正面にはカウンター、右には依頼が掲示されている掲示板があった。
掲示板には依頼内容が記された依頼票が隙間なくびっしりと貼られているが、掲示板の前には人っ子一人いない。
そもそも、ホールには冒険者らしき人影が全くない。
正面のカウンターに受付嬢が一人座っているだけだった。
「カラトバには冒険者が少ないとは訊いていたけどここまでとはね」
人族は徴兵されるし、亜人は兵士からいちゃもん付けられてしょっ引かれるのを怖れて冒険者になろうとしない。
冒険者になるとしたら、隣国のアナトリア王国でなった方がよっぽど待遇がいいからね。
そりゃあ、ギルドも閑散とするわなあ。
「主殿。本当にここで冒険者登録するつもりか?」
「ほとんど冒険者の成り手がいないんだ。ここで冒険者登録すれば手放しで歓迎されるだろう? 機嫌を損ねて逃げられても困るから詮索されることもないだろうしね。それに――――」
右側の掲示板を見る。
「あれだけ依頼内容があるんだ。ランクアップもサクサク進むだろうよ」
俺はまっすぐにカウンターまで行くと受付嬢に声を掛ける。
「すみません」
受付嬢は俯いたままだ。
「すみません。聴こえていますか? 冒険者登録したいのですが――――」
『冒険者登録』という言葉にピクリと反応した受付嬢。
「冒険者登録して頂けるんですか!?」
ハッと顔を上げた受付嬢がカウンターから乗り出してきた。
――――が、俺の姿を見た途端、溜息をついて椅子に腰を下ろす。
「子供ですか。ここは子供の遊び場じゃありませんよ。さっさと出て行ってくれませんかね」
シッシッと手で追い返される。
「どうしたのじゃ、主様よ」
遅れてカウンターに歩み寄って来たロダン。
受付嬢の視線がロダンに釘付けになった。
「あ、貴方様は?」
「我はロダン。《S》ランク冒険者じゃよ」
「《S》ランク冒険者あああああああああっ!?」
ロダンが渡したプラチナの冒険者ギルドカードを手にした受付嬢が絶叫する。
「すいません、取り乱してしまって。プラチナカードなんて初めて見たので」
受付嬢がロダンにカードを返す。
「それで本日はどのようなご用件でしょう?」
受付嬢がロダンにニッコリ笑顔を向ける。
おいおい、俺への対応と大違い過ぎるだろう。
『プッ』
『おい、おまえ、今、俺を見て笑っただろう?』
『気のせいじゃよ。まあ、我に任せておけ』
念話を切り上げたロダンが受付嬢に説明を始めた。
ロダン曰く。
俺はとあるやんごとなき家の跡取りである。
事情があって身分は明かせない。
俺は、次期当主としての見識を深めるために諸国を巡ることを現当主である父から命じられた身である。
ロダンは俺の従者兼お目付け役として付き従っている。
見識を深め、経験を積ませるためには冒険者として活動するのが最も早道である。
俺の身は《S》ランク冒険者である我が命を賭して守る。
ということで、俺の冒険者登録をお願いしたい。
以上なんだが、よくもまあ、これだけ出鱈目がスラスラと口をついて出てくるもんだ。
思わず感心してしまったよ。
「そういうことなら仕方ないですねえ。未経験者でしょうから《E》ランクからのスタートになります。でも、まあ、規則でレベル計測はしなければならないのでここに手を置いて下さい」
受付嬢がカウンターにレベル測定プレートを置いた。
今度はホバートの時のような失敗をしないようにしなくちゃね。
レベル測定プレートを砕いたら一発で勇者確定して身元がバレる。
身元がバレれば、冒険者ギルドネットワークを通じて白亜に居所が伝わってしまう。
俺を追って来るであろう白亜がここにやってきてしまう。
レベルはHP・MP・魔法属性・スキルを総合した魂のエネルギー数値だ。
ステータス上に現れる数値とレベル測定プレートに向けて投射される魂のエネルギー数値は別物。
前回はステータス上に現れる数値の粉飾で逃れようとして失敗してしまった。
今回は投射出力そのものを調整することにしよう。
但し、あまりにレベルが低過ぎると受けられる依頼が限定されてしまう。
パーティーで請けられる依頼はパーティーメンバーの平均ランクによって決定される。
平均ランクは切捨法に基づく。
個人的に請けることが可能な依頼は平均ランクの一つ上までだが、パーティーで活動する場合は平均ランクの一つ下までの依頼しか請けられない。ランクの低いパーティーメンバーを守るためだ。高ランク冒険者ばかりのパーティーに低ランク冒険者がたった一人居ても平均ランクは高いまま。その平均ランクより高いランクの依頼を請けたパーティーで最初に犠牲になるのも低ランク冒険者だ。そうならないように低ランク側に寄せる。
今の俺達が請けられる依頼ランクは、
【俺が《E》ランクだった場合】
(ロダン《S》+俺《E》)/2=平均ランク《B》
だから、《C》ランクの依頼までしか請けられない。
余程のことでも無ければ、平均ランクは《A》ランクもあればこと足りる。
と考えた場合、
(ロダン《S》+俺《X》)/2=平均ランク《AA》
だから、俺のランク《X》は、《B》ランクでなければならない。
これなら、《A》ランクの依頼まで請けられる。
俺はレベル測定プレートに手を置くと注意深くレベルを投射する。
出力を絞り込みながら。
「ランクは《D》ですかね」
受付嬢がタブレットに似た表示器に出された結果を見ながら呟く。
少し絞り込み過ぎたか?
ちょっと出力を上げてみる。
「んんんん? ランク《AAA》!?」
上げ過ぎた。
ちょっとずつ調整しながら下げる。
「いや、ランク《AA》、ランク《A》、ランク《B》、ランク《C》って。上がったり下がったり、どういうこと!?」
行き過ぎたか。
ちょ~とだけ出力を上げて――――
「ランク《B》」
よ~し、目標値に合わせたぞ。
マニュアル制御は難しいな。
マジ疲れる。
次からは目標値を決めて自動でPID制御できるようにしよう。
と、受付嬢の視線を感じてレベル測定プレートから手を放す。
「どういうこと?」
「何がです?」
「とぼけないで!」
うわ~。滅茶苦茶怪しんでるよ、この人。
「レベル測定プレートは手を翳したら即時にレベルを測定して表示するものなの! なのにキミのレベルは上がったり下がったりして即時計測できなかった! しかも最後には狙ったように《B》ランクで収束した! まるで狙ったようにね!」
「気のせいですよ。このレベル測定プレート、久しぶりに使ったから動きが渋かったんですよ」
「そんなはずないわ! 私が毎日校正してるんだから!」
「レベル測定プレートにだって冒険者との相性もあるかもしれませんし」
「絶対違う! だって、《B》ランクに収まった時にキミはホッと表情を緩めたわ!『目標値に合わせることができてよかった』って顔だったわよ!」
侮れないな、この受付嬢。
俺はロダンを見上げる。
「どうする?」
「我に任せよ」
ロダンが受付嬢に命じる。
「我は、冒険者ギルド規定第52条『ギルド職員は《S》ランク以上の冒険者による機密保持指令を受けた場合、同僚・友人だけでなく、国家・幹部職員・家族・恋人に対しても機密情報を漏洩してはならない』に基づいて、今見聞きした情報の機密保持を指令する」
受付嬢は直立不動姿勢を取り、ロダンに敬礼した。
「畏まりました。本件を機密情報と認定し決して漏洩しないことをここに誓います!」
「うむ、それでよい」
受付嬢の対応に満足したロダンが俺を見た。
「では冒険者登録の続きじゃな」
「ああ、そうだね」
受付嬢から貰った登録用紙に必要事項を記入していく。
ホバートの冒険者ギルド支部では登録用紙に記入してからレベル測定を行ったが、ここでは手順が逆らしい。
登録用紙の本人記入欄は、名前、年齢、性別、種族、職種。
ギルド側記入欄は、レベルと冒険者ランク。
職種もいつもので。
俺は本人記入欄に以下のように記入した。
名前 Mr.ノーボディ
年齢 12
性別 男
種族 人間族
職種 1級魔道士
用紙を提出する。
「名前『誰でもない』? ふざけてるの?」
受付嬢に睨まれる。
「主殿は身元を明かせないのだ」
「わかりました」
ロダンの説明に渋々登録用紙を受理する受付嬢。
「パーティー申請もしたいんだけど?」
受付嬢がカウンターにパーティー申請用紙をバシッと乱暴に置いた。
俺の登録内容にご不満らしい。
俺はパーティー申請用紙に以下のように記入した。
パーティー名 アンノウン
リーダー 1級魔道士 Mr.ノーボディ
メンバー 重装騎士 ロダン
パーティー申請用紙を受け取った受付嬢がパーティー名を見た瞬間ワナワナと震えだした。
「パーティー名『未知の』!? ふざけてるんですか!? ふざけてますよね!? いいでしょう、その挑発、受けて立ちますよ!」
うわあ、マジ怒りしてるよ。
「まあまあ、主殿はマジで素性を隠そうとしておられるのだ。決して貴殿をバカにしている訳では――――」
「いいえ! 子供には躾が必要です! このまま成長したらロクな大人に成りません!」
「まあ、そうではあるな」
「そうでしょう!? そもそも、さっきは黙って登録用紙を受け付けましたが、虚偽の記載がありましたよね!? 性別『男』って何ですか!? この娘、女の子じゃないですか!? あなたも後見人なら虚偽申告を嗜めなければならない立場でしょう!?」
「いや主殿は本当に――――」
「こんな娘が当主になったら家臣が苦労すること間違いなしですよ! それに将来、絶対に悪妻になりますよ! 伴侶になる婿が可哀そうです!」
この人何言ってんの?
俺が悪妻?
婿が可哀そう?
「ワ―ッハッハッハッ! 全くその通りじゃ! 主殿の婿になる者がおるとすれば、そやつが可哀そうじゃ!」
そこでようやく気づく。
この受付嬢は俺を小娘だと思っているんだ。
そう思いながら、俺は自分の姿を確認する。
髪は癖毛で、着ている服は男物の生成りのシャツに黒のスラックスに黒のジャケットに黒い帯ネクタイ。
だが、それ以外は白亜ソックリの美少女にしか見えない。
発する声もぺったんこの胸も白亜そのもの。
まあ、脱いだら付いている物は付いてるんだけどね。
「俺は男ですけど」
「嘘おっしゃい。そんな美少女な男が居るはずないじゃない、お嬢ちゃん」
「『お嬢ちゃん』・だ・と!?」
このクソ女!
「そうよ。精一杯背伸びしているところが可愛らしいわ。もっと愛嬌が振りまければいい旦那さんが見つかるわよ」
「おっきなお世話たい!」
つい、博多弁が口をついて出ちまったよ。
何が『お嬢ちゃん』だ。
本来の俺と同じくらいの歳にしか見えない癖に俺を子供扱いしやがって。
受付嬢は薄紅色のツインテールに薄茶色の瞳のまあ美少女と言えなくもない愛嬌のありそうな顔。どう見ても十代だよ。
マウントを取れたことが嬉しいのかクスクス笑いながら冒険者カード発行手続きをする受付嬢。
お嬢ちゃん扱いされた俺は気分を変えるべく掲示板の前に行き、依頼票を精査していく。
やがて、俺はある依頼票に目を付ける。
「これは…………」
「どうかしたのか、主殿?」
いつの間にか俺の横に来たロダンに声を掛けられる。
「この依頼内容なんだけどさ」
「『王宮を占拠した召喚術士の討伐依頼』…………」
「王宮をカラトバ軍の脱走兵の一団が占拠しているそうだ。連中はスヴェルニルに出入りする隊商を襲って金品を強奪しているらしい」
「その程度なら領都の治安部隊で何とかなるじゃろう?」
「それがそうもいかないみたいだね。この依頼票によれば連中を統率しているのが召喚術士でね。そいつが使役しているのが魔炎竜だってさ」
「魔炎竜が相手では治安部隊では歯が立たぬであろうな」
「だね。でも俺はヌメイで魔炎竜を討伐してる。魔炎竜とは相性がいいんだよ」
「では今回は白亜嬢ちゃんが担った役割は――――」
「ロダンにお願いするよ」
「何をヒソヒソ話し合ってるんですか?」
受付嬢がギルドカードを持ってやって来ていた。
「はい、これがギルドカードよ」
ポンと渡されたのは《B》ランクのスカーレットのカード。
「パーティー申請も受け付けました。これからは冒険者パーティー・アンノウンで活動できます。お嬢ちゃんのお守り、頑張って下さいね」
受付嬢が嫋やかにロダンに微笑みかける。
俺に対する態度との違いは何?
「あのさあ、依頼を受注したいんだけど」
掲示板から剥がした依頼票を受付嬢に突き出す。
「依頼票ね。はいはい」
興味無さそうに依頼票を受け取った受付嬢。
依頼票の内容を目にした途端に険しい表情に変わった。
「ちょっと、キミ! こんなのダメに決まってるでしょう!?」
いきなり怒鳴りつけられた。
「何がダメなのかね?」
「だって、これ、《S》ランクのクエストですよ!」
「《S》ランクの我なら受けられる内容であろう?」
「ですが、これ、ロダンさん単独で受注する訳ではないですよね!?」
「パーティーで受注するに決まってるだろ」
「キミは黙ってて!」
何で俺は怒鳴りつけられてるんだ?
「安心せい。主殿は我が守る。が、経験も必要じゃ。ダメだダメだでは人は成長せぬよ」
「でも!」
「我の国では『可愛い子には旅をさせよ』という諺がある。『虎穴に入らずんば虎子を得ず』というのもある」
それ、どっちも俺が教えた諺だよね。
「で、どうなの? 受注はOK?」
受付嬢が忌々しそうに依頼票を俺からひったくった。
「後悔するわよ」
受付嬢が俺を睨みながら吐き捨てた。
「後悔するのはあなたの方ですよ。俺は魔炎竜を倒します。脱走兵どももね」
「できるものならやって御覧。もしできたら、素っ裸で街中を逆立ちして歩いてやるわよ」
それはちょっと願い下げかなあ。
俺が悪党みたいになっちゃうじゃん。
――――と、俺はあることを思いつく。
「そうだ。じゃあ、俺が魔炎竜を倒せた暁には、受付嬢のお姉さんには俺が作った激辛料理を完食して貰おうかな。どう?」
「いいわ」
「ロダン、言質は取ったね?」
「うむ。しかし、主殿の激辛料理ってあれじゃろ?」
ニンマリ笑う俺にロダンがドン引いている。
「そうだ、お姉さんの名前と歳は?」
「歳を訊くなんてお子様ね。礼儀がなってないわ。でも、子供相手だから特別に許してあげる。私の名はイルマよ。イルマ・ラトグリフ、16歳」
16歳?
なんだよ。
俺より年下じゃん。
「『イルマ』さんですね。覚えたましたよ」
そうして、イルマに見下すような視線を向ける。
「それにしても16歳とは…………」
「なによ!?」
「いや、偉そうに振舞っていましたけど、イルマさんこそガキじゃないですか。いきってたんですか? か~わい~い」
「なっ!」
「すぐ感情的になる。そういうところがガキなんですよ、イルマお嬢ちゃん」
ニッコリ笑顔でイルマにそれだけを告げると俺はギルドの出入口に向かう。
「待ちなさい!」
俺はもう振り返らなかった。
「待てと言ってるでしょうが! 小娘が!」
俺達は受注した依頼を熟すべく元騎士王の王宮に向かうのだった。




