155 我には主殿が男装した嬢ちゃんにしか見えぬ
「エリアデフィニッション」
俺は範囲攻撃魔法の適用範囲を限定する特級無属性補助魔法を発動する。
獲物の上空を覆うように円形の赤い魔法陣が現れた。
「アイシクルクラウドバースト」
続けて、上空から氷の槍を集中豪雨のように敵に浴びせ掛ける、特級氷属性範囲攻撃魔法[アイシクルクラウドバースト]を発動すべく右腕を振り下ろす。
次の瞬間、魔法陣の中に現れた無数の氷の槍が炎竜に降り注ぐ。
降り注ぐ度に、氷の槍が魔法陣の中に繰り返し現れ、正に集中豪雨。
炎竜が絶命したので右腕を横に振って攻撃を終了した。
「相変わらず容赦が無いな、イツキ殿は」
呆れた様子のロダン。
彼は俺と使い魔契約を交わしたデュラハンだ。
彼には今回の逃避行に同行して貰っているが、小言が多いのが玉に瑕なんだよね。
「おいおい、『イツキ』って呼ぶなよ。どこで誰が聞いてるかわかんないだろ?」
「周りには誰もおらんぞ」
ロダンが辺りを見まわす。
ここは深い森の中、人の気配は皆無。
「神のヤツらが見てるかもしれないだろ? 今の俺は邪神指定されて神族に追われる身なんだから。露見は避けたいんだよ。」
「そんなものか?」
「そんなもんなの。ともかく今の俺は『イツキ』じゃなくて『Mr.ノーボディ』なんだ。以後『イツキ』呼び禁止な?」
「『誰でもない』だなんてイツキ殿のセンスは――――」
「うるさいよ!」
「はいはい、では『主殿』で。で、主殿はこれからどうするのだ?」
「ああ、それなんだけど――――」
炎竜を[無限収納]に放り込みながら答える俺。
「カラトバの領都スヴェルニルに行こうと思ってるんだが」
「まあ、我は主殿の使い魔だからどこにでも付き従うさ」
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ネヴィル村を去った俺とロダンはカラトバの国境より南10kmの位置に転移した。
俺は以前領都スヴェルニルに潜入した時のルートを辿っている。
騎士王と100万の軍勢を失ったカラトバは現在内戦状態。
紛れるには丁度いい。
俺の行使した禁呪[アタラクシア]により、エーデルフェルトから斎賀五月の記憶と痕跡は失われた。神界の邪神討伐軍から俺の関係者を守るためだった。
俺と縁が切れた者は討伐対象から外される。
だから[アタラクシア]を迷わず行使した。
だが、異世界人たる白亜は別。
あの娘は[アタラクシア]の適用範囲外。
そんな白亜が行方を晦ませた俺を追って来ることは充分予想できることだった。
まあ、いくら白亜でも俺が内戦で混乱するカラトバなんぞに行くとは思うまい。
――――――――――――――――――――――――
今の俺は[容姿変換]により姿を変えている。
黒髪・黒い瞳の肌色の17歳から白髪の癖毛・ルビー色の赤い瞳に真っ白の肌の12歳の少年に化けている。白亜の髪を短くした白亜の男バージョンだ。背丈も145cmで白亜と一緒。着ている服は生成りのシャツに黒のスラックスに黒のジャケットに黒い帯ネクタイ。
腰には白藤を差している。
ガンマンなんだか剣士なんだかよくわからない出で立ちだ。
魔法行使に杖を使わなかったのは、賢者の杖をマリーに譲ったから。
といって大賢者の杖を持ってたら身バレ確率が高まる。
まあ、今の俺には杖なんか必要無いんだけどね。
「それにしても外見も声も嬢ちゃんソックリなのはどうかと思うのだが」
「まあいいじゃん。白亜とは縁が切りきれていないんだから。神族の連中を惑わすなら白亜が二人居た方がいいだろ? ヤツらも神の端くれ。誤って無関係の人間を殺すことはご法度だろうしね。せいぜい混乱するがいいさ」
俺の言い分を訊いていたロダンが一言。
「我には主殿が男装した嬢ちゃんにしか見えぬがの。いっそ化けるなら嬢ちゃんそのものになってしまえばよかろう。その方が神族の連中を惑わせられる」
「俺に少女に化けろと?」
「ついでに服もだ」
「それはダメだよ。以前『大人の女性になる薬』を飲まされたことがあったんだけど、アレ、時間経過と共にだんだん心まで女になってしまうんだよ。性別に心が引っ張られるっていうか…………戻って来られなくなりそうで怖い」
「そんなものか?」
「そんなものなの」
この件はこれで終わりとばかりロダンに背を向けて歩き出す。
ちなみにロダンも古から存在するデュラハンであり神代魔族だから[アタラクシア]の影響を受けていない。それはフェンリルの白夜も同じだ。
白夜はリーファの護衛の為に置いて来たからここにはいない。
「しかし、まさか、転移先でいきなり魔獣と遭遇するとはなあ」
「いきなり目の前にホワイトバッファローは無いよのお」
「まあ、拳一発で沈んでくれたからよかったんだけどね」
「普通の人族や魔族は拳一発でホワイトバッファローは倒せぬぞ」
「そんなものか?」
「そんなものじゃよ」
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ネヴィル村の自宅近郊から俺達は巨大な魔獣ホワイトバッファローの至近に転移した。
体長10m、体高4mの巨体が突然現れた俺達にパニックを起こして突進してきた。
それを最大最速の魔力で[身体強化]を付与した右拳一撃。
ホワイトバッファローの頭蓋を砕いて仕留めたのだった。
ホワイトバッファローは水牛の魔獣。
その後、ロダンと二人で美味しく頂いたのは言うまでもない。
――――――――――――――――――――――――
「しかし、炎竜がいるとは驚きだね」
「カラトバは人間至上主義であろう?」
俺が[マッピング]で空間に表示させた周辺地図を見ながらロダンが疑問に疑問で返す。
「ならば炎竜など放置だろうな」
「放置?」
「よく地図を見てみよ。このあたりにあるのは獣人達の村ばかりだ。人族の村は無いであろう? 人間至上主義の統治者ならどうする?」
「そうか。被害に遭うのが人族でないのなら炎竜討伐みたいな犠牲を伴うようなことはしないってことか?」
「そうじゃよ。それにおそらくだが優秀な冒険者もおらんのじゃろうな。なにせ優秀な人間は軍に徴用されるし、それ以外の種族も弾圧されておるから冒険者になぞならぬのだろう」
「だが、人間至上主義のカラトバは滅びたんだ。人族以外の者達が民族自決の戦いを起こしているとも訊いた。これからは冒険者になる者も増えるだろうね」
「主殿も甘いのお。むしろ傭兵や盗賊団に身を窶す者の方が多かろう」
世知辛い話だ。
「で、主殿はこれからどうするつもりだ?」
「スヴェルニルの冒険者ギルドで冒険者登録しようかと思ってるんだけど」
「『冒険者登録』って、既に登録しておるではないか」
「『イツキ』としての登録の痕跡は既に無いはずだよ。だから、改めて登録するのさ。登録しないと身分証明にならないし、口座も使えないし、倒した炎竜も売れない。不便極まりないだろう?」
「まあ、確かにな。しかし、惜しいな。せっかく《SS》ランクにまで駆け上がったのに、また最初からやり直すのは勿体なかろう?」
「仕方無いさ。それが禁呪を使った代償だからね。のんびりやるさ。でもまあ、《B》ランク以下だと国外に出る度に出先で冒険者登録をやり直す必要が生じるのがやっかいだな。できるだけ早く《A》ランクまで昇格しなくてはね」
――――と、ロダンが突然ダーインスレイヴを構える。
「主殿」
「うんわかってる。囲まれてるね」
鬱蒼とした木々の間からこちらに向けられた殺意。
[気配察知]を行使せずともわかるくらいに。
[探索]を行使すると8名の敵が俺達を取り囲んでいた。
「隠れてないで出てきなよ」
木々の間から姿を現したのは8人の天使だった。
「斎賀白亜とロダンだな?」
「はっ?」
俺はロダンと念話を交わす。
『今、こいつら、俺のことを斎賀白亜と言ったよな?』
『主殿のことを嬢ちゃんだと思っているらしいぞ』
『それって白亜が俺の縁者だから討伐対象になったってこと?』
『そういうことじゃろうな』
白亜は召喚者だから[アタラクシア]の効果対象外。
だが、俺は書類上では白亜と縁を切っている。
もう白亜は俺の義妹ではない。
指輪を介した魔力リンクも解除した。
赤の他人のはずだ。
でもそれは人界のルールであって神界にとっては意味のないことだったらしい。
つまり、神界では相変わらず白亜は俺の縁者であり討伐対象だということだ。
そして今、俺は神界の討伐部隊に白亜と間違えられて討伐されようとしている。
白亜ソックリに化けておいてよかったよ。
こいつらに、強いては神界に俺が白亜だと認識させておけば、本来の白亜は狙われずに済むだろう。
それにしても、こいつら、俺が斎賀五月だとは感づいていないのか?
どうやら、俺の[容姿変換]は完璧らしい。
もっともセレスティアには通用した[隠蔽]は、こいつらには効果が無かったようだ。
だが、俺達を取り囲んでいる天使どものステータスは俺よりも圧倒的に低い。
そんな連中に俺の[隠蔽]が破られるはずがない。
だとすると、こいつらをここに向かわせた神がセレスティアよりも上級神で俺の[隠蔽]が通用しない相手である可能性の方が高いだろう。
「帝釈天様に盾突く神敵どもめ!」
「邪神の縁者は一人残らず殺すのが神界のルール!」
「素直にその首差し出すがよい!」
雑魚感が半端無い天使ども。
構えているのは弓か?
『主殿。やっつらは能天使じゃ』
『能天使?』
『悪魔や邪神と戦うのが役目の位階六位の天使だ。その証拠に武装しておるであろう?』
確かに。
鎧に身を固めて空中から俺達に矢を向けていやがる。
『気を付けよ。あれから射られた矢は魂の根源を焼き尽くす『煉獄の矢』だ。』
『当たったら亜神の俺でもお陀仏ってこと?』
『邪神討滅の矢じゃからのお。勇者の加護[絶対防御]でも無傷という訳にはいくまい』
『なら、射られる前に先手必勝といこうか。ロダン、俺にしっかり掴まってろよ』
俺は開いた掌を空に向けて翳す。
「ブラックホール」
超級闇属性範囲攻撃魔法[ブラックホール]
間を置かず天上に黒く大きなブラックホールが出現する。
ブラックホールは森の木々や岩、そして能天使どもをその中に吸い込んでいく。
「「「「「「「「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!」」」」」」」」
能天使どもは矢を射ることも叶わず、ブラックホールに飲み込まれて消えた。
ヤツらの身体だけでなく魂も消滅したはずだ。
俺が掌を握り込むとブラックホールは消滅。
能天使討滅完了。
「能天使相手でも躊躇いなしじゃな」
「敵に手加減なんかしたら、後で復讐されるだろう?」
古代中国の『十八史略』という物語の中に呉と越の戦記が記されている。
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紀元前6世紀末、呉と越は戦争状態にあった。呉王闔閭は越との闘いに敗れ重傷を負いその傷が元で病死した。たぶん破傷風かその手の感染症だったのだろう。闔閭は息子の夫差に遺言として復仇を命じ、夫差は軍備を整え、自らは薪の上に臥す痛みでその屈辱を忘れないようにした。
復讐の準備が整った夫差は越に攻め込み越王勾践の軍を撃破した。勾践は降伏を選んだが心の中で復讐することを誓う。彼は富国強兵に励み、その一方で苦い胆を嘗めることで敗者の屈辱を忘れないようにした。
呉に敗れて20年の後、越王勾践は満を持して呉に攻め込み、夫差の軍を撃破。夫差は降伏しようとしたが、王権の維持を勾践に認められなかったために自殺したのだった。
――――――――――――――――――――――――
これは、世に有名な『臥薪嘗胆』の故事。
夫差が自殺したから復讐の連鎖は止まったが、そもそも相手を殲滅せず情けを掛けたから復讐の連鎖が始まったと言える。
最初から一族郎党皆殺しにしておけば復讐されることもなかったんだよ。
見通しが甘いんだよね。
ん?
なるほど、そういうことか。
神族が邪神討伐で血族や縁者も討伐対象にするのは復讐を怖れてか。
結局のところ、神族も復讐されるのは怖いらしい。
――――ていうか、『一族郎党皆殺し』だなんて、俺の考え方も神族と同じ?
思考パターンがヤツらと同じだと思うと、なんか、鬱になりそう。
「まあ、これでヤツらは『斎賀白亜はカラトバに居る』って思っただろうね」
「嬢ちゃんだと思われて襲撃されることになるが、良いのか?」
「白亜が狙われなければいいんだよ」
「そういうものか?」
「そういうものなんだよ」
気を取り直すことにする。
「じゃあ、領都スヴェルニルに行くとしようか?」
「転移でか?」
「転移はまだ使わないよ。暫くはジープだね」
俺は[無限収納]からジープを取り出す。
「先が長くなりそうだな」
「まあ、のんびり行こうよ。のんびりね」
「そう言いながら助手席に座るなよ」
「なら、じゃんけんで負けた方が運転するってことで」
「おうよ」
じゃんけんは俺がチョキでロダンがパー。
俺の勝ち。
ロダンが運転席に座ってハンドルを握る。
「じゃあ、領都スヴェルニルに向けてレッツラゴー」
「『レッツラゴー』? なんじゃ、それは?」
「そういうのは聞き流すものなんだよ」
「そういうものか?」
「そういうものなんだよ」
俺達は森を抜け、草原の広がる大地を南に向けてジープを走らせるのだった。




