表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/178

016 これからの方針を決めよう

気が付くと俺は〖空間〗としか表現できない場所にいた。何故なら地に足をつけている感覚が無いからだ。俺はぼんやりする頭であたりを見回したが、周りは(もや)が掛かっていてよく見えない。

ここはどこだ?


斎賀五月(さいがさつき)!」


突然、険のある声で名前を呼ばれて前に向き直ると、今迄誰もいなかった目の前に女神セレスティアがいた。


「やぁ、セレスティア、ひさしぶり~」

「『ひさしぶり~。』じゃない! ()めてんのか! シバくぞ、ゴルァー!!!」


俺がヘラッと右手を挙げて挨拶(あいさつ)するとそれが気に入らなかったのか、セレスティアの怒りの(ごうか)火に火が付いたようだ。口調(くちょう)が女神じゃなくなっているよ。


「まあまあ、女神様がそんな乱暴な言葉使いをしてはいけないよ。なけなしの品位を疑われてしまうよ」

「『なけなしの品位』は余計だ! 誰のせいだと思っとんじゃ、ワレェーッ!」


火に油を注いでしまった。セレスティアは肩を上下させて怒りに打ち震えていた。まあ、トンズラされたんだ、怒るのも無理はないか。

だが、このシチュエーションはどういうことだ?

何故、セレスティアがいる?

そもそもここは何処だ?


「あなたが、何処に雲隠れしたのかわからなかったので、魂魄召喚(こんぱくしょうかん)しました。こんなことは意識が無い相手にしかできないし、何度もできることでもありません。魂魄償還(こんぱくしょうかん)された相手の意識が戻れば、魂魄償還(こんぱくしょうかん)は解かれ、元の体に戻ってしまいます。わたしも今は魂魄(こんぱく)だけの状態です」


気を落ちつけたセレスティアが説明的なセリフを吐いた。


「本当だったら、お互い生身で会いたかったんですけどねぇ~。魂魄(こんぱく)だけではっ! あなたにっ! 直接怒りをっ! ぶつけられないんですよっ!」


あ、また、怒り出したぞ。

セレスティアは、俺を指差して詰問(きつもん)してきた。

相手を指差すのは無礼な行為なんだぞ。教わらなかったのか?


「さあ、吐きなさい。今、どこにいるんですか?」

黙秘権(もくひけん)を行使する」

「今、何をしているんですか?」

黙秘権(もくひけん)を行使」

「どうやって、雲隠れしたの?」

黙秘(もくひ)だ!」

「…………」

黙秘(もくひ)!」


セレスティアは溜息(ためいき)をつくと、両手を腰に当てて宣言した。


「いいでしょう。そっちがその気なら、こちらにも考えがあります。今に見ていなさい。後で後悔しても知らないんだから!」


今、セレスティアの頭の上に負けフラグが立ったよ。


「今すぐは無理ですが、必ず捕まえてやります。それまで、首を洗って待っているがいいです」

「毎日、シャワーで首は洗っているよ。余計なお世話なん――――」

兄者(あにじゃ)っ!』


おやっ、どうやら俺は目が覚めるらしい。


兄者(あにじゃ)、起きるのじゃ!』

「ああ、俺、そろそろ目覚めるみたいだわ。セレスティアもめげずに元気そうで何よりだ。でも、セレスティアが俺に知恵で、まあ、悪知恵の(たぐい)ではあるけど、勝てると思ってるの? 前回だって、俺にいいように利用されてトンズラされたじゃん。実質、負けでしょ? 今回も俺を()らしめられなかったし、俺から何も情報を引き出せなかったんだから、やっぱり負けっしょ? 結果、セレスティアは2回も土を付けられちゃった訳じゃない? 次にセレスティアが何をしてくるつもりかわからないけど、もうたぶん俺には勝てないよ。ほら、ことわざにもあるじゃない? 『二度あることは三度ある』って」


グギギギギ、と歯ぎしりするセレスティア。


「できれば、会いたくないんだけど、会わざるを得ないかもしれないから言っておくよ。じゃあ、また会おう、セレスティア。ほんと、会いたくなかったんだけど、でも、また会おう。大事なことなので2回言ってみたよ」


俺のここでの意識が遠のき、目覚めようとしていた。


斎賀五月(さいがさつき)~~っ! これで勝ったと思うなよ~っ!!」


セレスティアの負け犬の遠吠えが聞こえたような気がした。



「トォッ!」


次の瞬間、腹の上に衝撃を食らった。


「グフッ!」


衝撃に目を開けると、ベッドに寝ている俺の上に美少女が(またが)っていた。

なんということだろう。

なかなか目覚めない義兄(あに)にダイブをかまして起こす義妹(いもうと)

セレスティアの魂魄償還(こんぱくしょうかん)のミスで、俺は恋愛シミュレーションゲームの主人公に憑依(ひょうい)してしまったのか?


いや、それは無いか。

でも眠い。白亜(はくあ)の深夜の不気味(ぶきみ)な寝言とセレスティアの魂魄償還(こんぱくしょうかん)のせいで寝不足だ。


「あと5分…………」

「あと5分、あと5分、と言いながら、もう2時間も過ぎたのじゃ。いいかげん起きろ、兄者(あにじゃ)。もう、9時過ぎなのじゃ。ミリアさんの朝食が食べられなくなってしまうのじゃ」


『朝食』という単語に反応して、俺の腹がグゥと鳴った。俺は白亜(はくあ)退()いて貰うと洗面所に向かい、軽く身だしなみを整える。


「さあ、行くのじゃ」


白亜(はくあ)に腕を組まれて、1階の食堂に降りた。他の宿泊客は見当たらず、食堂は閑散としていた。俺が白亜(はくあ)に連れられてテーブル席に就くと、ミリアさんが朝食を運んできた。


「ゆうべは お楽しみでしたね」


ミリアさんがニヤニヤしながら、どこかのゲームの宿屋の主人と同じセリフを吐いた。


何もなかったからね。

こら、白亜(はくあ)、真っ赤になって(うつむ)くんじゃない。誤解されるだろうが。


「誤解ですよ」

「あたしゃ、腕組んで降りて来たからてっきり――――」

「それより、コーヒー頂けますか?」


俺は話の方向を変えた。


「あいよっ、今用意するから、待ってなっ」


ミリアさんはスッと引き下がって、コーヒーを煎れに行った。

どうやら、解ってて揶揄(からか)われたらしい。誤解でなければいいんだよ。


ミリアさんの朝食は晩飯に劣らずおいしかった。




「これからの方針を決めよう」


朝飯を食べ終わって、部屋に戻って開口一番に俺はそう言った。


「方針?」


白亜(はくあ)が首をコテッと横に傾げながら聞き返してきた。

いちいち仕草がかわいらしいじゃないか、妹よ。

兄は萌え死んでしまいますよ。


俺は昨日帰り掛けに冒険者ギルドで貰った地図を広げて、自分の考えを語り始めた。


「俺の目的はこのエーデルフェルイトでのんびりした生活を送ることだ。俺の元居た世界ではスローライフって言うんだけどね。何処か片田舎に家を建てて、束縛(そくばく)されることなく、気ままに暮らしたい。そこで、白亜(はくあ)()きたいんだが、どっかいい場所はあるか?」

「エーデルフェルトでは、街の中以外のほとんどの土地は王族や貴族の領地じゃ。彼らの許可なく、勝手に家を建てることは許されておらぬ。それに例え許可されたとしても、税金や労役の義務が伴うし、領主の命令にも逆らえぬ。自由気ままになど暮らせるはずもなかろう」


早速、計画はとん()しそうだ。


「だが、例外はある」

「例外?」

「アナトリア王国とノイエグレーゼ帝国の魔族領に接する辺境。そこには手つかずの土地があるのじゃ」


うまい話だが、当然何かある。


「何かあるんだろ?」

「かつて魔族との紛争が繰り広げられた場所じゃ。魔獣や魔物も多い。魔族軍を刺激しないために、領主も置かれない。そんなところに住みたいと思う物好きは少ない。辺境警備兵とごく一部の入植者くらいじゃ」


領主がいないなら、面倒事を押し付けられることはないし、俺のレベルなら魔獣や魔物も問題にはならない。魔族領に近ければ、魔王の【暴虐】が発動した時にそれに気付いて迅速に止めることもできる。うってつけの場所じゃないか。


「ここからなら、アナトリア王国の北部辺境か。そんなに遠くないな。そこには草原の丘陵地帯はあるか?」

「ある」

「気候は?」

「暑くも無く寒くも無い。良く晴れる、そうじゃな、秋を想像してみればよかろう」

「じゃあ、そこにしよう」


行先は決まった。

俺にとっての約束の地!


だが、白亜(はくあ)ににべもなく否定される。


「兄者は簡単に言うが、今の我々では無理じゃ」

「どういうこと?」

「そこは〖一部の指定区域〗というやつじゃよ」


〖一部の指定区域〗。

《S》ランク以上の冒険者を伴わなければ踏み込むことが許されない場所。


疑問が湧いた。


白亜(はくあ)は、さっき、『辺境警備兵とごく一部の入植者』と言ったよね。彼らは、なんでそんなところに住めるんだ?」

「辺境警備隊長のオマル・サハニ殿が《SS》ランク冒険者でもあってな。部下の警備兵と入植希望者達を連れて〖一部の指定区域〗に踏み入れ、魔族領との国境沿いに村を(おこ)した。5年前のことだと聞いている」


その辺境警備隊長を頼れば住むことができるんだろうが、〖一部の指定区域〗に踏み入ることができない以上、そこに辿(たど)り着くのは不可能だ。


黙って侵入するか?

(いな)

そんなことをすれば、せっかく協力を申し出てくれたアインズ支部長を敵に回すことになり、俺の捕縛クエストがオーダーされることだろう。懸賞金はおそらく、聖皇国の手配書と同額の1億リザ。一生、食うに困らない金額だ。全世界から集まって来た冒険者達に追い回される未来が目に見えるようだ。これではスローライフどころじゃなくなってしまう。


だとすれば、正攻法しかないだろう。《S》ランクに昇格するための実績を積み上げるのだ。《AAA》ランク、実質《SSS》ランクの俺なら、それ程難しいことじゃないはずだ。


「方針は決まった。まずはクエストを受注して実績を積み上げる。実績を元に《S》ランクに昇格して、辺境の立ち入り資格を得る。そして、そこに家を建てて、気ままなスローライフを送るんだ。協力してくれるか、白亜(はくあ)?」

兄者(あにじゃ)のスローライフの中に(わらわ)は入っているのか?」

「俺の目指すのは、白亜(はくあ)もいるスローライフだよ。だから、白亜(はくあ)も《S》ランクを目指して欲しい。じゃないと、白亜(はくあ)一人で域外に出た時に、家に戻って来れなくなってしまう」

「了解じゃ、兄者。一緒に《S》ランクを目指そう」




方針は決まった。

なら、次は物資の調達だ。白亜(はくあ)には俺の宝剣を渡してしまったので、俺の普段使いの剣が無い。普段使いに聖剣を使う訳にもいくまい。一発で女神に居所(いどころ)がバレてしまう。


なら、作るか。

俺は素材屋に行き、アダマンタイトのインゴッドを2つ買った。合わせて500万リザ。

金貨50枚だ。さすがアダマンタイト、値段半端無い。

インゴッドは[無限収納]に入れた。


次に、鍛冶屋に行った。

工房を借りて、[無限収納]からアダマンタイトのインゴッドの1つを取り出して、インゴッドを精錬して剣を作るのだ。


インゴッドを溶かして長い棒状にすると、後はひたすら打って焼き入れて打って焼き入れて打ってを繰り返した。


その間、白亜(はくあ)はしゃがんで、そのルビーのように赤い瞳を輝かせながら、楽しそうに俺の鍛冶仕事(かじしごと)(なが)めていた。


日が西に傾く頃、ようやく剣が仕上がった。収める(さや)もできた。鍛冶師(かじし)のオヤジさんも目を見張る、この世界には無い剣。だが、白亜(はくあ)には馴染(なじ)みのある剣。

そう、日本刀だ。


鍛冶師(かじし)のオヤジさんに礼を言って鍛冶屋(かじや)を出たところで、白亜(はくあ)()いてきた。


「名前を付けぬのかぇ?」

「必要か?」

「名刀に見えるのじゃから、名前があって当然じゃろ?」

「そうだな・・・じゃあ、五月雨(さみだれ)

五月雨(さみだれ)?」

白亜(はくあ)は、俺の漢字名を知ってるよね」

五月(いつき)

「そう、そこから取った名前だよ」


白亜(はくあ)は、じっ、と刀を見つめると言った。


「その刀、(わらわ)が欲しい、と言ったら駄目(だめ)か?」

「えっ? 白亜(はくあ)には、宝剣ナーゲルリングがあるよね」

「ナーゲルリングは返す。代わりに五月雨(さみだれ)が欲しいのじゃ。どうしても欲しいのじゃ。お願いなのじゃ、兄者(あにじゃ)


上目使いの白亜(はくあ)のお願いに屈してしまった。妹のお願いを()けない兄がいたらそいつは人でなしだ。そして俺は人でなしなんかじゃない。


「わかったよ。俺がナーゲルリングを使うよ。この五月雨(さみだれ)白亜(はくあ)にあげよう」


(さや)に収めた五月雨(さみだれ)を渡すと、白亜(はくあ)五月雨(さみだれ)を両手で抱きしめた。


「これは兄者(あにじゃ)の分身じゃ。大事にするのじゃ。恩に着るのじゃ」


花が開いたような笑顔で礼を言う白亜(はくあ)(まぶ)しい。


「さあ、次は武器屋だ。早く行かないと店が閉まってしまう」


そう言い残して、俺は(きびす)を返して歩き出した。置いて行かれそうになった白亜(はくあ)がタタタと駆け寄って来る。


「これでいつでも兄者(あにじゃ)と一緒じゃ」


愛おしそうに五月雨(さみだれ)を抱える白亜(はくあ)の声は(ゆう)喧噪(けんそう)(まぎ)れて聞こえなかった。




武器屋への道すがら、服飾店に寄った。白亜(はくあ)の服を買う為だ。いくら何でも、一重(ひとえ)和装(わそう)と勇者マントのままではね。美少女は着飾(きかざ)ってこそだ。


「好きなのを選んだらいい」


白亜(はくあ)は、小1時間程悩んだ挙句、数着の服を選んだ。その中で一番のお気に入りに着替えてきた白亜(はくあ)に息を飲んだ。左胸にクロスした金色の剣のワンポイントの刺繍(ししゅう)(ほどこ)され、腰部分が(くび)れたワンピースと短パン。ニーハイソックスとショートブーツ。頭には金色のラインが巻かれたベレー帽。羽織(はお)っているのは、高衿(たかえり)のマントだ。ニーハイソックスが黒い以外は全て純白でコーディネートされている。これらは全て防御魔法が(ほどこ)されたものだ。


「どうじゃ?」


クルッと回ってポーズを取った白亜(はくあ)(うれ)しそうに聞いてきた。


「うん、似合ってる」


それ以外の言葉が出なかった。俺の言語中枢は目詰まりを起こしているようだ。


「ありがとう、兄者(あにじゃ)。大切に着るのじゃ」


そう言って、白亜(はくあ)が俺の左腕に抱き着いてきた。

ただ、腕に当たった感触が残念で仕方が無い。

でも、お兄ちゃんは白亜(はくあ)の未来を信じているよ。

ぐっ、と右拳(みぎこぶし)を握って虚空(こくう)を見上げる俺に、


兄者(あにじゃ)は何か失礼なことを考えておるな?」


プクッと頬を膨らませた白亜(はくあ)にジト目で(にら)まれた。

その表情は(ずる)い。白亜(はくあ)さん、君は俺を萌え殺すつもりかい?


「いや、白亜(はくあ)はかわいい、と思ってただけだよ」

「誤魔化すでない。(わらわ)にはわかるのじゃ。でも、今に見ておるのじゃ。二度と失礼なことを考えられないようになってやるのじゃ!」


フンス、と両拳(りょうこぶし)を握り込んで白亜(はくあ)が謎の決意表明をしていた。



その後、俺は武器屋で白亜(はくあ)用のプロテクターを買った。もちろん、刃の付いた武器も忘れていない。俺は街中の全ての武器屋を隈無(くまな)(まわ)り、刃の付いた武器の大人買(おとなが)いを敢行(かんこう)した。その全てを白亜(はくあ)の[頂きの蔵]に収蔵した。

白亜(はくあ)が元々収集していた数より多くなったんじゃないか?




後日、アインズ支部長に物凄(ものすご)く怒られた。


「お~ま~え~っ! なんてことしやがったんだ!! お前への苦情が殺到したおかげで、ギルドの業務が停滞して大変だったんだぞっ!! お前の辞書には『やりすぎ』って言葉は無いのかぁ!? 他の冒険者達が買う武器が無くなっちまっただろうがっ!!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ