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152 絶対に許さない!


「そういうことか」


白亜がマリアンヌの話に納得したように(うなず)く。


マリアンヌの話した内容はこうだ。



――――――――――――――――――――――


数日前、通り掛かりのメイドが、公邸の廊下でイツキとセレスティアが口論しているのを見掛けていた。

その時漏れ聞こえてきた内容が(ただ)ならぬものだった。


『邪神指定』

『わたし達と縁を切るつもり!?』



――――――――――――――――――――――


シルキーネから遅れて五公主会議から戻って来たイツキの態度が妙に事務的だったのをマリアンヌは憶えている。

自分に接してくれていたような厳しくも優しい雰囲気とは明らかに異なる様子だった。


そして、シルキーネとサリナルーシャに告げられた婚約破棄の言葉。


その時もセレスティアが苦悩の表情でイツキと目線で何かを確認し合っていた。


イツキが去った後で、セレスティアが二人を責めた。


『バカよ、あんた達は!! イツキの気持ちが全然解ってない!!』


それだけ吐き捨てるとセレスティアは姿を消した。



――――――――――――――――――――――


「ふむ。セレスティア様も何か事情を知っておるようじゃな。しかし、神界に帰ってしまわれたとすると確認のしようがない」


(しば)(うつむ)いて考えに(ふけ)っていた白亜が顔を上げる。


「これはもうイツキに直接問い(ただ)す他ないのお。よし、マリー。イツキのところに行くぞ」


白亜はマリアンヌと共に転移装置の設置された中庭の東屋(あずまや)に向かったのだった。




「これはどうしたことじゃ!? 転移装置が作動しないではないか!」


白亜とマリアンヌはネヴィル村の自宅に転移しようとした。

だが、転移装置はうんともすんとも言わなかった。


マリアンヌが転移装置を[鑑定+++]で鑑定する。


「壊れてはいませんね。ご自宅行きだけロックされています。しかも3日間の期限付きで。明後日の午後には正常に戻るはずですが、どうされます?」

「シルキーネに送って貰おう。行くぞ、マリー」


即断して執務室に向かう白亜。


(凄いなあ、白亜様は。こんな時にも目的がはっきりしていて行動にブレが無い。一切の躊躇(ためら)いが無い。一見、虫も殺さないような可愛らしい美少女に見えるけど、中身は凛々(りり)しい男前。これがイツキ様に並び立つ大魔道剣聖・斎賀白亜(さいがはくあ)の本質なんだ)


そんなことを思いながら白亜の後を追うマリアンヌだった。




「やあ、白亜嬢、指南役ご苦労様。マリーも魔法訓練がんばってるね」


執務机で書類の決裁をしていたシルキーネが顔を上げて、白亜達を(ねぎら)う。


「あら、白亜ちゃん、お疲れ様」


本棚にファイルを仕舞っていたサリナルーシャが振り向いて微笑みかける。


そこには、今朝までの暗い雰囲気は微塵も無かった。



「どういうことなのじゃ?」


白亜がマリアンヌに(ささや)きかける。


「あ~、たぶん、イツキ様のせいではないかと…………」


――――と、応接セットのテーブルに置かれたネックリングを目にする白亜。

嫌な予感がした白亜が今度は慌ててサリナルーシャの左手を見た。


その左手の薬指にあったはずの指輪が無かった。



「…………サリナ、指輪はどうしたのじゃ?」



(いぶか)る白亜はそれだけ口にするのがやっとだった。


「ああ、魔石の付いた指輪? 気持ち悪いから捨てたわよ」


あっけらかんと答えたサリナルーシャの言葉に唖然とする白亜。



(気持ち悪いから捨てたじゃと!?)



次に湧き上がって来たのは猛烈な怒り。


「ボクの首にもそこのネックリングが()まってたんだが、ボクの趣味じゃないから外したんだよ。まあ、高そうな素材みたいだから素材屋に売るつもりでそこに置いておいたんだが」


シルキーネが書類に目を通しながら何気なさそうに言う。



白亜は自分が沸騰しそうになるのを抑えるのがやっとだった。


(このままでは二人を斬り殺してしまいそうじゃ)


「マリー、行こう」


(うつむ)いて執務室から去ろうとする白亜。

執務室の扉を開けたところで、振り返ってシルキーネ達を見る。

その目からは冷たい怒りが漏れ出していた。


白亜の口から冷え切った標準語が発せられる。


「ねえ、二人とも。斎賀五月(さいがいつき)を知っているかしら?」

斎賀五月(さいがいつき)? 誰だい、それは?」

「白亜ちゃんの知り合い?」



「知らないのね?」


白亜の凍り付くような視線に()てられて黙って首肯(しゅこう)する二人。



「そう。なら、あなた達にはもう用はないわ」

「白亜ちゃん?」

「どういう意味だい?」

「あなた達にはもうイツキを会わせない。あなた達にはもう絶対にイツキは渡さない。イツキはわたしだけのものよ。それだけは覚えておいて。じゃあね。さよなら」


それだけ言い放つと白亜はマリアンヌを連れて執務室を出る。


(いくら婚約破棄されたからって酷過(ひどす)ぎる! 一通り悲しんだらもうそれでおしまい? さんざん、わたしをイツキから遠ざけておいて、あなた達の気持ちはその程度でしかなかったって言うの?)


こみあげる怒りが自然と歩調を早める。


(もういい! あんな薄情なヤツらにはもう絶対にイツキを渡さないんだから)


「あの、白亜様」

「なに!?」

「ひっ!」


振り返りもせずにズンズン歩いていく白亜に(おのの)きながらもマリアンヌは言わずにいられなかった。


「お嬢様とサリナルーシャ様がイツキ様のことを『知らない』と言ったのはイツキ様が原因かと…………」

「あなたまでそんなこと言うのっ!!?」


白亜の怒りに縮みあがりそうなのを必死に(こら)えるマリアンヌ。


「ですから、イツキ様の行使した禁呪が原因なんですぅ」

「どういうこと!?」


足を止めた白亜が振り返った。


「イツキ様はこの世界で禁呪を行使しました。禁呪オブ禁呪を」

「説明して!!」


嚙みつくように詰め寄ってくる白亜におずおずと説明するマリアンヌ。



イツキが行使した禁呪は[アタラクシア]

行使者に関する記憶や痕跡の全てをこの世から消し去る魔法。

本来は神が身バレした時にそれを知った者に対して行使する魔法。

行使者の名は斎賀五月(さいがいつき)



「つまり、イツキ様はご自身に関する記憶をエーデルフェルトから消し去ったのです。ただ、この魔法は、神や神代魔族や異世界人には効果はありません。白亜様が記憶を(たも)っていられたのは白亜様が召喚者だったからだと思われます」

「じゃあ、なぜ、あなたは記憶を保っていられたのかしら?」

「私は瞬間発動スキルの持ち主ですから。押し寄せてくる禁呪を解析して抗性魔法での防御が間に合ったので記憶を消去されなかったんです」


()に落ちたといった顔をする白亜。


「だとしても、せっかくイツキが贈ってくれたものを捨てたり売ったりするなんて許せない! 情状酌量の余地なんか1ミリだって無い! わたしはあの二人を絶対に許さない! 特にサリナ! あの女はイツキから贈られた指輪を捨てたのよ! あの女だけは絶対にダメ!」


再び怒りを思い出した白亜の握った拳から血が滴っていた。



「もし、あの女が再びイツキに近付いてきたら――――」



見た者を凍り付かせるような表情で白亜が(つぶや)く。



「わたしがあの女を殺すわ」



そして向き直ると、


「さあ、急ぐわよ、マリー」


再び、転移装置のある中庭の東屋(あずまや)に向かうのだった。




転移装置の魔法式を解析するマリアンヌ。


「どう?」

「う~ん、この転移装置の期間凍結の解除は難しいですね。多重にクラッキング対策されてますね。無理にプロテクトを外そうとしたら転移機能そのものが壊れるかも」

「つまり?」

「このまま、明後日まで待つしかないかと」


白亜が歯噛(はが)みしていきり立つ。


「冗談じゃないわ! あんなやつらと同じ空気を吸うなんて虫唾(むしず)(はし)る!」


白亜はシルキーネとサリナルーシャを完全に嫌いきっていた。


「落ち着いて下さい。ちょっと、待って下さいね」


白亜を(なだ)めつつマリアンヌが更に解析を続ける。


「なるほど。転移術式は………ふむふむ………そういうことですか。後はご自宅の座標ですが………あった! ここですね?」


マリアンヌが転移装置の解析を完了した。



「それで?」

「この転移装置は使えませんが、私、転移魔法が使えるようになりました。ご自宅にはお伺いしたことはありませんが、座標はわかったので転移は可能です」

「あなた、本当に凄い人だったのね?」

「えへへ。イツキ様が『大魔法使い』だって認めてくれましたから」


ヘラッと照れるマリアンヌを見ながら白亜は思う。


(マズいわねえ。あいつらと決別したと思ったら、こんなところにも強敵が居たわ。もう! イツキ! 無自覚に女(たら)しこんでるんじゃないわよ! あなたはわたしだけを見てればいいのよ!)


うんざりしている白亜の気持ちも知らないマリアンヌ。


「じゃあ、ご自宅に転移します。よろしいですね、白亜様?」

「ええ、お願い」


これ以上、マリナンヌをイツキに近寄らせたくはないが、マリアンヌが居なければ自宅に戻ることすら叶わない白亜は内心穏やかではなかった。


マリアンヌが[転移]の準備に入る。

白亜とマリアンヌの足元に転移陣が顕現(けんげん)する。


「では、ネヴィル村のイツキ様宅へ転移!」


[転移]が発動し、白亜とマリアンヌが消え、転移装置の置かれた部屋には誰も居なくなったのだった。






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