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蟒蛇(うわばみ)


「白亜様、お酒強いのですね?」


アルコール度数98%の蒸留酒を(たしな)むシャルトリューズが自分を棚に上げる。


「まあ、妾は齢10の頃からだからのお」

「白亜様の元居た世界では年齢制限は無かったのですか?」

「あったよ。だから飲んでいたのは酒ではなく般若湯(はんにゃとう)じゃ」


僧侶には本来、飲酒を禁じる『不飲酒戒(ふおんじゅかい)』という戒律があり、(おおっ)ぴらに酒を飲むことができない。

般若湯(はんにゃとう)はそんな僧侶が傍目(はため)をごまかすための隠語(いんご)

つまり、酒。


(とんでもない娘ですね)


シャルトリューズはそう思ったが口には出さなかった。


「白亜ちゃんはザルだものね?」

「ザル………」

「妾の元居た世界では妾は『蟒蛇(うわばみ)』と言われておったな」

「『ウワバミ』?」

「大きな蛇のことじゃよ。獲物を丸ごと飲み込む様子から転じて、大酒飲みや酒豪を比喩する言葉じゃよ」


そんな白亜の横には空のジョッキが積み上がっていた。


「白亜様、もうエールが無くなってしまいましたが………」

「仕方ないのお。じゃあ、そこに伏して()る女の………醸造酒を持ってくるのじゃ」

「暖かいものと冷えたものがございますが?」

「そうじゃな。では熱燗(あつかん)で。30本くらい頼む」

「30本! ………畏まりました」


給仕とやり取りした白亜がシャルトリューズのボトルに目を向ける。


熱燗(あつかん)が届くまで、その酒を頂いてもよいかの?」


白亜が指差すのはアルコール度数98%の蒸留酒のボトル。


「グラスは………セレスティア様が使ってたのでいいじゃろう」


ボトルからミニグラスに注いだものを一気に(あお)る。


「うん! カーッと来るのお。なかなかオツな味じゃな」


つまみの燻製肉(くんせいにく)(くわ)えて嬉しそうに破顔(はがん)する白亜にシャルトリューズもドン引き。


「白亜ちゃん、楽しい?」

「うむ、女子会はいいもんじゃのお」


アイシャも給仕に追加のグラスを持ってこさせ、白亜と同じ蒸留酒を(あお)る。


「いいわね、これ」

「そうじゃろう?」

「今日は呼んでくれて嬉しいわ」

「アイシャと飲むのは久しぶりじゃったからのお。妾もアイシャと飲めて嬉しいのじゃ」

「うんうん、白亜ちゃん大好き!」


アイシャが白亜を抱き寄せて頭を撫でている。

一方の白亜もアイシャの胸に頭を擦りつけている。


「アイシャの胸は心地よいのお」

「白亜ちゃんならいつでも歓迎よ」


(わたしは何を見せられているのでしょうね)


無表情に目の前の光景を見ながらグラスを(あお)るシャルトリューズ。


「ねえ、白亜ちゃん? イツキ君とは進展した?」

「う~ん、サリナルーシャだけでなくシルキーネにも先を越されてしまったのじゃ」


白亜がしゅ~んとする。


「白亜ちゃんの好き好きオーラ、わたしならすぐに陥落するのに」

「イツキは妾のことを妹としてしか見ておらぬのじゃ。妾に魅力が無いからかのお」


白亜がぺったんこの胸を擦りながらぼやく。


「白亜ちゃんはまだ14でしょう? これからよ、どんまい!」

「まあでも、イツキがロリコンでなくて良かったのじゃ」

「『ろりこん』?」

「うむ、ロダンの話では世の中には『ロリコン』という(やから)がおるらしい。『もし、イツキ殿がロリコンだったら、嬢ちゃんは毎日無茶苦茶に凌辱(りょうじょく)されて今頃は性欲の(とりこ)になっておっただろうな』と言っておった」

「まあ」

「でも、女として見て貰えないのもちょっと(へこ)むのじゃ」


どうしても訊いておかなければならない気がしたシャルトリューズが口を開く。


「失礼ですが、旦那様と白亜様はご兄妹ではないのですか?」

「そうじゃが?」

「ご兄妹で愛し合うのは………近親相姦では?」

「あら、白亜ちゃんとイツキ君は実の兄妹ではないのよ」

「そうじゃ。妾とイツキは義理の兄妹じゃ。じゃから結婚もできるぞ」

「そうなのですか?」

「そうじゃ。イツキは妾と同じ世界から来た850年後の未来人じゃよ」


シャルトリューズにとって初めて訊く内容。

どこから突っ込めばいいのか迷うシャルトリューズ。


義理の兄妹のこと?

白亜も召喚者だったこと?

同じ時代に召喚された二人の間に850年も開きがあること?


思考がグルグル回る。

それに伴って、遅ればせながら酔いも回って来た。


「今に見ておれ、イツキ! 必ずイツキを振り向かせてみせるのじゃ!」

「その意気よ、白亜ちゃん」

「でも、イツキのガードは鉄壁なのじゃよ。妾と添い寝をしても妾に手を出して来ぬ」

「そうねえ、白亜ちゃんはまだ色気で勝負する年頃ではないわねえ。だったら、かわいさで勝負すればいいのよ。かわいさなら年下の白亜ちゃんの独壇場でしょう? 他は皆、高齢者だし」

「『高齢者』って………長命種(ちょうめいしゅ)ってだけじゃろう?」

「30超えたら皆ババアよ」


まだ20代だから言える台詞(セリフ)

実際、アイシャは27歳。

言う資格はまだ3年あった。


アラサーに見えるシャルトリューズ。

彼女は29歳だったので反論しなかった。


「白亜ちゃん、お洒落(しゃれ)しましょう。思いっきりかわいいヤツ」

「妾は《SS》クラス冒険者じゃ。凄腕冒険者がかわいい恰好なぞ――――」

「何を言ってるの? 白亜ちゃんはまだティーンなのよ。それは今だけしか使えない武器なのよ。なら、どんどん使っていかなくちゃね」

「そうかの?」

「そうよ! よし! 明日もホバートにいらっしゃい! 明日はわたしが白亜ちゃんをコーディネートしてあげる! もちろん、衣装代はわたし持ちよ! いいわね!?」

「わかった。アイシャの言う通りにする」

「それでこそ、白亜ちゃんよ!」


アイシャが白亜をギュッとする。

白亜の表情がこそばゆそうに(ほころ)ぶ。



水を飲むように蒸留酒のグラスを(あお)る二人を見ながらシャルトリューズは思う。


(お嬢様の強敵はサリナルーシャ様だと思っていたけど違う。本当の強敵は白亜様だ。この()(したた)かだ。時間を掛けて少しずつ旦那様を篭絡(ろうらく)していくのだろう。こんなの、お嬢様なんかじゃ太刀打ちできないではないか)



「そこに倒れておる者達には負けぬ。せいぜい頑張ればよかろう。いくらでも先行するがいいのじゃ。『()せ馬の先走り』とも言うからのお。じゃが、最後にイツキを射止めるのは妾じゃ。この者達を蹴散らして見事イツキを我が者としてくれようぞ」

「さすが白亜ちゃん! 男前! わたしはいつだって白亜ちゃんの味方よ!」


白亜とアイシャの上げる気勢を聴きながら、次第に意識がブラックアウトしていくシャルトリューズ。


(でも、いいかな。これからも旦那様の周りは面白くなりそうだ。お嬢様の命令だとは言え、正直、辺境での毎日はさぞ退屈なのだろうと思っていた。だが、実際はそうでもなかった。これが更に楽しくなるなんて、もう、領都エッセンツァなんかに戻る気が無くなってしまうではないか。本来のわたしの職務はお嬢様のメイド長だというのに)


『このまま旦那様の正式なメイドになるのも悪くない』と思いながら意識を喪失していくシャルトリューズだった。




結局、女子会はオールナイトで続けられた。

深夜、冒険者ギルドのアイシャの居室に場所を移して。


そこには既に寝ていたアインズも呼びつけられた、叩き起こされて。


「何で俺が…………」

「黙って付き合いなさい、兄さん」

「アインズ、酒持ってこい! 930年物のビンテージがあったじゃろう!?」

「なんでおまえがそれを知ってるんだよ!?」

「いいから持ってくるのじゃ!」

「兄さん! 白亜ちゃんの言う通りにして!」

「トホホ…………」



討死した者達はアイシャの指示で冒険者ギルドの職員により客室に運ばれた。

担当した冒険者ギルド職員はもちろんあの者達。

イツキが嫌がってやまないヤツら。

メン・□ン・ブラ▲クのエージェント風の男二人だった。



翌朝、白亜とアイシャ以外の参加者は冒険者ギルドの客室で目を覚ます。

彼女らの頭からは女子会での記憶のみがスッポリ抜け落ちていた。

宴会アルアルである。




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