女子会をするのじゃ!
これは、第三次カラトバ戦役から1ケ月後の10月中旬頃のお話。
「女子会をするのじゃ!」
昼飯の席で目を輝かせた白亜の提案。
「女子会? 白亜ちゃん、それな~に?」
「女子だけで楽しくお喋りをしながら情報交換する会じゃよ」
「みんなで集まって旦那様の悪口を言う誹謗中傷の会ですね?」
食後のお茶を啜りながら尋ねるサリナの疑問に簡潔に答える白亜。
横から補足するシャルトリューズさんの悪意が半端無い。
「それで誰を誘うのよ?」
セリアが白亜に尋ねる。
今日はシャルトリューズさんがシルクに定期報告する日。
シャルトリューズさんをシルクの元に連れて行くべく、セリアが迎えに来ている。
早くシルクのところにも転移装置を設置しないといけないな。
毎度毎度、セリアをタクシー代わりに使うのは忍びないからね。
「サリナにセレスティア様にシャルトリューズにシルキーネに後は…………」
白亜が指折り数えている。
「それでいつやるのよ、女子会?」
セリアが尋ねる。
「『思い立ったが吉日』ともいうから今日の夕方はどうじゃ?」
「まあ、今日はあんた達のために空けてあるからいいわよ」
「いいんじゃないか? 偶には羽根を伸ばしてきなよ。今日一日、リーファの面倒は俺が見るよ。それでいいかい? リーファ?」
俺の服の裾を掴んだリーファが、俺を見上げて黙って首を縦に振った。
「じゃあ、リーファ、これから釣りにでも行こうか?」
「うん、イツキお兄ちゃん」
「ということで、俺はリーファと出掛けて来るから。白亜もサリナもシャルトリューズさんもゆっくりしておいで」
それだけ言い残して、俺はリーファと共に釣りに出掛けたのだった。
◆ ◆ ◆
ガヤルド魔公爵領の領都エッセンツァにある魔公爵公邸。
セレスティアにここまで連れて来て貰ったシャルトリューズが主のシルキーネに定期報告をしていた。
ちなみにセレスティアは『準備があるから』と早々に神界に戻ってしまっていた。
「――――といったことがありました」
シャルトリューズの報告に執務の手を休めて聞き入っていたシルキーネがホッと息を吐く。
「『なべて世はこともなし』か。安心したよ」
「安心ですか。サリナルーシャ様が押し掛け女房していますが?」
「あの弟子はイツキ君との約束は守るはずだよ。イツキ君が18歳になるまでは手は出さないはずだ。二人の関係がこれ以上進展することはないだろうね」
「旦那様はチキンですから」
「シャルトリューズ、君も言うね」
だがまあ、シルキーネもそう思わないではない。
シルキーネもイツキに迫らなかった訳ではない。
王立図書館では身体を重ねようともした。
その帰り、夜伽にも誘った。
だが、イツキのガードは意外にも堅かった。
「それで、お嬢様は今日の女子会、どうなされますか?」
「もちろん参加だ。君も出るんだろう?」
「護衛も兼ねておりますので」
「場所はホバートの〖妖狼亭〗だったね?」
「白亜様が映像念話で夕方5時に予約を入れていました」
「では、ボク達もその5分前くらいに着けばいいかな?」
「そのくらいでよろしいかと」
「じゃあ、さっさと仕事を片付けてしまおう」
「では、私は時間まで自室に下がらせて頂きます」
シャルトリューズが執務室から出ていった。
「まあしかし、不肖の弟子には一応釘を刺しておかなくちゃね」
シルキーネは決済書類に目を通しながら独り言ちるのだった。
◆ ◆ ◆
執務室から自室までは結構遠い。
シャルトリューズは足早に廊下を歩いていた。
「シャルトリューズ様」
背後からの声に振り返るシャルトリューズ。
声の主は、自分の代わりとしてメイド長代理に指名した者だった。
フリフリのショートスカートタイプの黒いメイド服、腿の位置に黒いリボンがあしらわれた膝上まで覆う白いオーバーニーソックス、膝下ロングの黒い編み上げブーツ。
ピンク色のセミロングストレートの髪には白いフリルがあしらわれたヘッドドレスを付けている。
「マリーさん」
「お疲れ様です、シャルトリューズ様」
マリーと呼ばれた若い女性が深く頭を下げる。
「私の不在の間、問題はありませんでしたか?」
「うぐぅ…………」
どうやら、問題があったらしい。
「あっ! シャル様! ち~す!」
廊下の向こうから声を掛けてきたのは12~13歳くらいの小柄なメイドの少女。
「エルザ。その挨拶はやめなさい、と何度も言いましたよね?」
「えへっ、どうもイツキ様から教えてもらった『ギャル語』が染み付いちゃって…………」
ジャルトリューズにエルザと呼ばれたその少女はマリーと同じ妖魔族だ。
但し、見掛けと違ってマリーより遥か年上の224歳。
お団子にした萌黄色の長い髪を頭の左右の角にぶっ差している。
目じりの下がった黄色い瞳が悪戯っぽく揺れる。
シャルトリューズと共にアナトリア王国へ同行したメイド隊の一人だ。
「あなたは旦那様に感化され過ぎですよ」
「だってイツキ様の話、面白いんだもん。あたしもイツキ様の居た世界に行きたいなあ」
「あなたって人は…………」
蟀谷を押さえたシャルトリューズは気を取り直してマリーに尋ねる。
「ともかく、何か問題があったのなら報告しなさい」
「問題って訳ではないのですけど…………」
マリーの歯切れが悪い。
「ああ、それな! マリーの悪口を言うヤツがいるんですよ」
「悪口じゃありません。本当のことですから…………」
「『魔法も使えないのにメイド長代理なんてありえない』とでも言われたんですか?」
マリーは俯いて答えない。
「そうですか。私の人事に異論があると言うことですね? ならば、なぜ私に直接言わないのですか?」
「えっと、シャル様に面と向かって意見できるのはお嬢様くらいですよ」
アップルジャックもベヘモットもシャルトリューズには敵わない。
ガヤルド軍の将軍達もだ。
そう、シャルトリューズはスーパーメイドなのだ。
「そんなことはありませんよ。ちゃんと言い分は訊きますから」
「――――で、逃げ道塞いで問い詰めた挙句、心をへし折る、と」
「――――エルザ?」
「ガチで睨むのやめてちょんまげ、シャル様」
ふざけた口調で図星言い当てられたシャルトリューズがエルザに冷たい視線を送る。
「あざっす! シャル様の氷の視線頂きましたぁ!」
ちっとも堪えた様子がないエルザ。
むしろ喜んでいる。
「それで誰ですか? そのような陰口を叩くのは?」
「最近入って来た連中ですね。ほら、お嬢様に媚びる中級貴族の子弟どもですよ」
「ああ…………」
シャルトリューズにも思い当たる節はあったようだ。
「ねえ、シャル様? 絞めていい? ねえ、絞めていい?」
エルザが目を輝かしている。
「程々にしておきなさい。目立たないようにね」
「かしこまりぃ!」
お道化て敬礼したエルザが去って行った。
これから、メイド隊による粛清の嵐が吹き荒れるだろう。
エルザを見送ったシャルトリューズがマリーに向き直る。
「これであなたを悪く言う者はいなくなります」
「でも、代わりの者が来れば同じことの繰り返しになるのでは? その都度追い出していたら屋敷の運営に支障が…………ですから、私が職を辞した方が――――」
マリーの口を人差指で塞ぐシャルトリューズ。
「いいですか、マリー? 私が自分の代理としてあなたを選んだのです。この件についてはお嬢様も了承済みです。それでは不足ですか?」
「いえ…………」
自信なさそうに身を縮めるマリー。
そんなマリーの様子に、シャルトリューズがいいことを思い付いた風にニヤリとほくそ笑む。
「では、私と任務を交代しますか?」
「へっ?」
いきなりの提案が不意打ちだったのか、呆けるマリー。
「勇者様のご自宅で勇者様とそのご家族をお世話する仕事ですよ」
「メイド長の職務より荷は軽いですか?」
「そうですね。責務は軽いと思いますよ。ただ――――」
「――――ただ、何です?」
「勇者様は好色で若い女の子に見境無い方ですから」
マリーの顔から血の気が引いていく。
「それに勇者様は背後から襲い掛かってくるから気を付けなければなりません。普段から背後の警戒が欠かせないので神経がすり減りますね」
マリーがガクガクプルプルしている。
「もし交代が叶った暁には、くれぐれも勇者様と二人きりにはならないように気をつけて下さい。勇者様と二人きりになると妊娠させられてしまいますからね」
シャルトリューズはニッコリ笑ってマリーに確認する。
「それでも私の任務と交代しますか? まあ、マリーがどうしてもと言うのならお嬢様に話を通しておきますが――――」
「い、いえっ! 私、もう少し頑張ります! 失礼します!」
マリーが逃げるように去って行った。
「ちょっと脅し過ぎましたかね。心配しなくても旦那様は紳士ですから」
そして、頬に手を当てながら呟くのだった。
「でもまあ、お嬢様のためにも悪い虫になりそうな要素はできるだけ排除しておきませんとね」
◆ ◆ ◆
日が西に傾きかけたホバートの街。
冒険者ギルド支部の蓮向かいに〖妖狼亭〗はある。
この店は《A》ランク以上の上級冒険者しか利用できない上級冒険者御用達の酒場兼食堂である。入口には執事が立っており、ランクを確認するべく入店客に冒険者カードの提示を求めている。
そういう意味では質の悪い冒険者がいないため、女性の身でも安心して利用できる安全な店だ。
一足先に来店していた白亜は奥のボックス席に座って参加者を待っていた。
ちなみに、白亜は予めセレスティア、シルキーネ、シャルトリューズといった冒険者カードを持たない来客も入店できるように計らっている。
まあ、第三次カラトバ戦役で活躍したガヤルド女魔公爵やエーデルフェルトを司る女神セレスティアの入店を断るなどと言う不敬を執事が働くとは思えないが念のためだ。
「白亜ちゃん、待った?」
予定の10分前にサリナルーシャが現れる。
「こうしてここで飲むのも久しぶりね」
サリナルーシャが白亜の向かいに座る。
「うむ。あの時はイツキや十字星のみんなも一緒じゃった」
〖混沌の沼〗ダンジョンに入る前に白銀の翼と十字星が手打ちした時のことを言っている。
「わたし、ガゼルがおイタした時のイツキのこと、ほんとに怖かったのよ。『ああ、この人を怒らせたら命が無いかも』って」
「まあ、イツキは身内のこととなると容赦無いからのお。それだけ大事にされておるということじゃ。だからあの時、妾は本当に嬉しかったのじゃ」
「大事にされてるもんね、白亜ちゃん」
「何を言うておる。今ではサリナこそ大事にされておるではないか」
「まあ、婚約者ですので。テヘッ」
頬杖を突いたサリナルーシャが嬉しそうにベロを出す。
「婚約者なのはよいが、サリナはイツキに圧を加え過ぎじゃ。なんじゃ? あのカレンダーは? イツキがビビッておるぞ」
「だって、イツキが『18歳までダメ』って、お預けにするから――――」
「――――にしたって、18歳になったら毎日搾り取るみたいなことを言えば誰だって退くぞ。いくらなんでもガッつき過ぎじゃ」
「だって、早くイツキの子供が欲しいんだもの。でも、エルフって子供が出来難いのよ。だから数で攻めるしかないじゃない?」
白亜は溜息をつく。
「イツキ、早死にしないといいがの」
「大丈夫大丈夫。イツキのHPは『99999999』よ。一日20回、30年くらいは毎日いけるかも…………」
「毎日って…………サリナ一人で独占するつもりかえ?」
「じゃあ、白亜ちゃんも混じる?」
「まっ!」
想像した白亜が真っ赤になって黙り込む。
「白亜ちゃん、かわいい! 絶対に混ぜてあげるね」
「何を勝手なことを言っているのかなあ、不肖の弟子」
サリナルーシャの右横にシルキーネが座る。その反対横にシャルトリューズ。
「ボクもイツキ君の婚約者だということを忘れて貰っては困るね」
「お久しぶりですね、お師匠様」
「ああ、お久しぶり、ドスケベエルフの弟子君」
「かわいい弟子に向かって『ドスケベエルフ』とは聞き捨てなりませんね」
「ボクからすれば君達エルフ族は即物的過ぎるんだよ」
「わたしからすればハイエルフ族は高尚に過ぎるんですよ。だから、滅びそうなんですよ。もっと自分の欲望に忠実に生きなければ――――」
「そんなふしだらなこと、できるわけないだろう?」
美少年張りに前髪を手で掃う素振りをするシルキーネ。
「王立図書館」
シャルトリューズの一言にシルキーネがフリーズする。
「お嬢様も充分欲望に忠実ですよ」
「シャルトリューズ! それは言わないって――――」
「イツキさんに夜伽を拒絶されて泣きついてきたこともですか?」
「シャルトリューズ!!」
そのやり取りを黙って訊いていたサリナルーシャが呟く。
「なんだ。お師匠様もフライングしてるじゃん。なら、帰ったらイツキを無理やり襲ってもいいわよね?」
「あら、サリナ? 白亜ちゃんの大事なお兄さんに何をしようと企んでいるのかじら?」
サリナルーシャの耳元で囁く声。
その声にサリナルーシャの身体が反射的に硬直する。
恐る恐る首を動かすサリナルーシャ。
「…………アイシャ?」
覗き込むようにサリナルーシャに顔を近づけたアイシャが微笑んでいた。
ただ、その目は笑っていなかった。
「ア、ア、ア、アイシャもここに?」
「ええ、白亜ちゃんに誘われたの」
サリナルーシャから視線を逸らさないアイシャが白亜の右隣に座る。
「アイシャ、冗談よ、冗談」
「でも、あなた、白亜ちゃんのお兄さんを奪ったのでしょう? 散々、『協力する』って言っておきながら横取りしたんでしょう?」
「わ、わたしは――――」
サリナルーシャが視線を逸らす。
「横取りしたんでしょう?」
笑顔で問うアイシャ。
「横取りしたのよね?」
「まだ身体は…………」
「まだ? じゃあ、イツキ君を襲う予定はあるんだ?」
あくまでアイシャは笑顔だ。
「これは白亜ちゃんのためにも『躾け』が必要ね」
「…………誰に?」
「もちろんあなたによ、サリナ」
「ヒッ!」
表情を消したアイシャにサリナルーシャが短く悲鳴を上げる。
「もう、そのくらいで勘弁してあげなさい」
頭を掻きながら現れたセレスティアが白亜の左隣に腰かけた。
「わたしが一番最後かしら?」
「時間通りじゃな。さすがは女神様じゃ」
セレスティアはヒラヒラした女神の出で立ちではなく、純白の神官服に金色の装飾で彩られた紫の前垂れを首から被り、頭には同じく純白だが正面だけが金色の装飾で彩られた紫の神官帽。
勇者パーティーの神官、セリアの恰好だった。
時間は丁度夕方の5時。
給仕が6人分のエールジョッキを持ってきた。
別の給仕が各人の前にお通しを置いていく。
「では、皆も揃ったようじゃし、女子会を始めるのじゃ。各人、ジョッキを持て」
白亜が音頭を取る。
「では、イツキと縁のある女子で囲む女子会の開始なのじゃ。乾杯!」
「「「「「乾杯!!」」」」」
こうして、1人の少女と5人の大人の女性による波乱含みの女子会が始まったのだった。




