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149 エピローグ - Mr.ノーボディ

自宅の転移装置に降り立った俺。

もうあたりは暗くなり始めている。


俺の帰宅に気付いたリーファが駆け寄ってきた。


「ただいま、リーファ」

「おかえり、イツキお兄ちゃん」


俺にピトッと張りついて来たリーファが俺を見上げる。

翡翠色(ひすいいろ)の瞳で俺をジッと見つめてくる。


俺は自分の心の内を垣間(かいま)見られているような居心地の悪さを感じた。


「とりあえず家に入ろうか?」


リーファを抱き上げて玄関に向かうと、扉が開いてシャルトリューズさんが顔を見せた。


「お帰りなさいませ、旦那様」


リーファを降ろして上着を脱ぐ。


「旦那様お一人ですか?」

「うん。サリナはシルクの手伝い。白亜は親衛隊員の指南役」

「そうでございますか」


俺の上着を受け取った彼女が俺をジッと見る。


「なにかございましたか?」

「えっ?」

「ご気分がすぐれないように見えます」


鋭いなあ、シャルトリューズさんは。


「なんくるないさ~」

「『ナンクル』?」

「なんでもないってことだよ」


沖縄方言で誤魔化す。


「ちょっと疲れたから部屋で休むよ。夕飯になったら起こしてくれる?」

「畏まりました」


俺はそのまま自室に退き夕飯まで仮眠を取ることにした。



午後7時きっかりにシャルトリューズさんが起こしに来たので、三人で夕飯を食べた。

三人での夕食は何故か物寂しい感じがした。


まあ、白亜が戻ってくれば賑やかになるだろう。

あいつ、結構喋るからなあ。




翌日、俺はネヴィル村に顔を出した。


もうあと数日で年が明ける。

村は新年祭の準備で大わらわだ。


「おや、イツキさんじゃねえか」

「ほんとだ、イツキさんだ」


警備兵がわらわらと集まって来た。


「イツキさん。イツキさん」

「何だい?」

「昨日、このあたりの〖一部の指定区域〗の指定が解除されただよ」


それは初耳だ。


そうか。

魔族領との友好関係が成ったのなら、立ち入り規制も必要なくなるよな。


「これからネヴィル村も国境の交易拠点として発展していくだよ」

「そっか。それはよかったね」

「シルスキー商会の人も来て、ここに支店を造るとかで、年明けから測量を始めるそうだよ」


シルスキーさんの支店もできるのか。

商売の勘の働くシルスキーさんが本格的に支店を開くってことは、ネヴィル村の発展は約束されたも同然だな。


警備兵達と別れて村を散策していると色々な人が声を掛けてくる。

みんな素朴でいい人達だ。



俺は国境の城壁の上に向かう。


城壁から森を眺めていると、冷たい風が吹き寄せてくる。


遥か遠く北に雪雲が見える。

あれがここまで到達するのはあと数日後だろう。

年が明ける頃にはこの辺も一面銀世界になる。



誰も居ない城壁の手摺に手を置いて考える。



ここまでいろんなことがあった。


エーデルフェルトに勇者として召喚された俺。

だが、勇者任務を放棄して女神セレスティアから逃亡した。

白亜を義妹にし、冒険者パーティー白銀の翼(シルバーウイング)を立ち上げた。

ロダンと白夜を使い魔にした。

神代魔族ベルゼビュートを討ち、《SS》ランク冒険者に昇格した。

穏やかなスローライフを来るべく、ここネヴィル村に移住してきた。



ここまでは良かったんだよねえ。

問題はここから。



俺同様、転生したシルクと再会、前世の記憶を得た。

女神セレスティアが前世のセリアだとわかった。

クレハさんと出会った。

リーファを拾って娘にした。

カラトバの騎士王とカラトバ軍を討滅した。

サリナと1000年ぶりの再会を果たし婚約した。

前世の約束通りシルクとも婚約した。

アナトリア王国の公爵位を得た。

セリアと白亜から打ち明けられた。それについては回答を保留している。

魔族領の内戦収拾にあたった。

阿修羅王を倒し、神界に送り返した。

マリーの先生になった。

五公主会議でアスタロトに目を付けられた。

フェルミナさんと和解した。



そして…………シルクとサリナの二人との婚約を解消した…………



ズキリと胸が痛んだような気がした。


だが、状況によってはこれから更に苦しい決断をしなければならない。


でも、いいんだよ。

元々、エーデルフェルトの大地に降り立った時、俺はひとりぼっちだったんだから。

元に戻るだけなんだから。



と、背後に気配を感じた。


「よろしいでしょうか? イツキ様」

「ああ、そろそろ現れると思っていたよ」


俺は振り向かずに答える。


…………………


「本日未明、我が軍と帝釈天軍の戦端が開かれました」


阿修羅王も始めたんだな。


「でもそれって、神界の話だよね?」

「そ、それが…………」

「俺には関係ないことだよね?」

「いえ…………」

「『いえ』何だい?」

「その…………帝釈天がイツキ様を邪神指定しました」


ふ~ん。

やっぱりそうきたか。


「帝釈天側に(くみ)する神が邪神討伐の兵を集めております」

「それも予想通りだね」

「現在、アスラ様が妨害工作を行っていますが、もって3日かと」

「3日後には連中が来るってことだね?」

「親類・縁者の方のご避難を」

「俺が縁を切ってしまえば大丈夫なんだろう?」


答えが返って来ない。


「大丈夫なんだよね?」


念を押す。


「ええ、そうすれば、親類・縁者の方には(るい)は及びません」


それが聞きたかった。


「今日中に縁を切るよ」

「しかし、それではイツキ様が――――」

「いいんだよ」


俺は森の先を眺める。

その遥か先にいるシルクやサリナ、白亜を思い浮かべる。


「しかし、今回のことは創造神様の不在をいいことに帝釈天が創造神様の許可なく勝手にやったことであり、イツキ様が邪神指定されることに正統性はありません。帝釈天の暴走を快く思っていない神々がイツキ様の味方になってくれるでしょう。ですから、縁を切るなどと軽はずみなことは――――」

「もう決めたことだ」


俺は最悪の事態を常に意識して先手を打っておくようにしている。

つまるところ、俺が負けてしまえば俺は邪神確定。

そうなった時に、俺の関係者が罪も無いのに神に殺されるなんてのは真っ平御免だ。

だから縁を切る。

それが彼女らを守る手段なら俺は躊躇(ためら)わない。

それが俺の打つ先手だ。


俺は振り返って、俺を心配するあいつの従者に微笑みかける。


「俺が俺の意志で決めたことなんだよ。だから、もういいんだ」


俺は再び向き直って遥か彼方の雪雲を眺める。


「主から伝言があります。『イツキ、すまなかった』と」


律儀なヤツめ。


「『俺は一人でなんとかするから大丈夫だ』ってあいつに伝えといてくれ」

「必ず伝えます」

「うん、頼むよ」



一陣の風が吹き去ると共に背後の気配が消える。



さて、最後の仕上げといきますかね。




「今晩は俺が夕食を作ります」


俺の申し出に一瞬目を見張ったシャルトリューズさんが黙って(うなず)く。


今日はビーフシチューと釣って来たニジマスのムニエルだ。

野菜サラダと食後のデザートも用意しよう。


時間は午後2時。


厨房で仕込みをしていると、リーファがやってきた。

エプロンをつけてお手伝いをしようとするリーファを押し留める。


「今日は俺一人でやらせてくれないか?」


だってこれは最後の晩餐になるんだから。

二人に最後にしてやれるのはこれくらいだから。


「わかった」


素直に受け入れてくれたようだ。


「いい子だ」


俺が頭を撫でると気持ちよさそうに目を細める。

それで満足してくれたのか、居間に行ってくれた。



俺は少し大きめに野菜と牛肉をカットする。

油をひいたフライパンにみじん切りにしたタマネギを投入し、タマネギがきつね色になった頃に牛肉を投入。香草で下味をつけて炒める。牛肉の表面に軽く焼き色がついたところで寸胴鍋に投入。大きめ野菜と共に水で煮込む。

後は(たま)に掻き混ぜ、灰汁(あく)を取るだけ。


小一時間経った頃、今度はニジマスの(はらわた)を取り、三枚おろしにする。

香草を敷いた金属皿に塩とバターに塗したニジマスの半身を載せ、蓋を被せてオーブンに。


葉物の野菜を乱切りし、少し小さい皿を人数分用意して、そこに盛り付けていく。


棚から、以前作っておいたビーフシチュー味のブイヨンとビネガーと菜種油を取り出す。

ブイヨンは寸胴鍋に投入し更に掻き混ぜる。

あと10分くらいといったところか。


ビネガーと菜種油を合わせたものに刻んだ香草と塩を振り入れてドレッシングを完成。

そのタイミングでニジマスのムニエルの完成。

5分もしないうちにビーフシチューも出来上がった。


料理を載せたワゴンを押して食堂に向かうと、食器はすでに並べ終わっていた。

シュルトリューズさんとリーファが用意してくれていたらしい。


全ての料理を並べ終わった俺は、席を巡ってグラスに水を注いでいく。


「そんなことまでなさらなくても――――」

「今日は俺がやるって言ったでしょう?」


今日はシャルトリューズさんにも席について貰っている。


「じゃあ、食べるとしますか」


シャルトリューズさんがお祈りを唱える。

俺とリーファも黙って手を合わせてお祈りが終わるのを待つ。


やがて、シャルトリューズさんのお祈りが終わり、俺達は食事を始めた。


当たり(さわ)りのない日常会話。


リーファが俺の不在の間の出来事を教えてくれる。

どこまで勉強が進んだかとか。

畑の野菜の生育状況がどうかとか。

年の瀬の街の様子がどうだったとか。


うんうん。食事は楽しくするものだ。

(なご)むね。

これが最後だからなおのことそう思う。


夕食を片付けて、デザートと紅茶を出す。


今日のデザートは自家製プリン。

今朝、誰も起きてきていない時にこっそり作って保冷庫で冷やしておいたもの。



プリンを美味しそうに口にするリーファに話し掛ける。


「リーファ、これを受け取って欲しいんだ」


俺が差し出したのはリーファの冒険者カードとブローチが入った小箱。


「冒険者カード?」

「そうだね。これはリーファの冒険者カードだ。魔力測定をしていないから《E》ランクなんだけどね」


リーファがアイアングレーのカードを手に取る。


「そのカードは身分証明書でもある。それから、リーファの口座のカードでもある」

「口座?」

「大金を持ち歩く訳にもいかないだろう? だから冒険者ギルドにお金を預けて必要な時はそこから降ろすんだ。一応、幾ばくかのお金が既にいれてある。全部リーファのお金だ。必要な物があればそこからお金を引き出して使いなさい」


幾ばくかどころか12.5兆リザもあるんだけどね。

まあ、それは秘密だ。


「それから、その小箱には別の身分証が入っている」

「旦那様! それは――――」


俺は手でシャルトリューズさんを制止する。


リーファが小箱を開ける。

中にはミスリル銀のブローチ状のプレート。

プレートには、こう刻んである。



『アナトリア王国 公爵 リーファ・サイガ』



シャルトリューズさんが息を飲む。

一方のリーファは嬉しそうだ。


「綺麗!」



俺はホバート支庁舎で公爵家の当主変更の手続きをした。


本来、当主変更手続きは、国王の承認を必要とする。

承認が無ければ、プレートの名前を変えることができない。


では、承認とは何か?

それはプレート書換のロックを外す魔法式。

書換装置にプレートを置き、装置に魔法式を入力することで書換機能のロックが外れる仕組み。

この魔法式は国王しか知らないものだ。


しかし、幸いなことに俺はジョセフさんから全権を与えられている。

魔法式もだ。

だから、ジョセフさんの許可が無くとも当主変更手続きを行えた訳だ。


この時、俺の公爵家からの離脱手続きも同時に行った。


だから、今、斎賀(さいが)公爵家の当主はリーファ。

白亜は当主の叔母でリーファの後見人だ。


俺、斎賀五月(さいがいつき)斎賀(さいが)公爵家とは何の関係も無い庶民の冒険者になった。


「これからはリーファは公爵令嬢じゃなくて、女公爵閣下だ」

「旦那様!!」


初めて、シャルトリューズさんが声を荒げた。


「なんてことを………なんてことをしたんですか!!!?」


初めて、シャルトリューズさんが怒るのを見たよ。


「さあ、これが最後だ」


俺は[無限収納]からゴールドクロームの杖を出す。

これから行使する魔法は禁呪中の禁呪。


魔力が1兆無いと行使できないものだ。

1兆の魔力なんて大賢者ですら持ち合わせない量。

実質、神にしか扱えない魔法。


だが、今の俺の魔力は無限大。

だから、この禁呪が行使できる。


禁呪の名前は[アタラクシア]

行使者に関する記憶や痕跡の全てをこの世から消し去る魔法。

本来は神が身バレした時に行使する魔法なんだけどね。


但し、神や神代魔族や異世界人には効果が無い。

そうだね。

ここエーデルフェルトにおいては、


  セリア

  アスタロト

  白亜

  フェルミナさん

  おそらくクレハさん


この5人には効果は及ばないだろう。


だが、まあ、それ以外の、


  シルク

  サリナ

  リーファ

  シャルトリューズさん

  マリー

  ジョセフさん

  アインズ支部長

  アイシャさん

  隊長さん

  シルスキーさん

  アップルジャックさん

  メロージ翁

  リオ

  ライゼル将軍

  マローダー将軍

  エックハルト君


あたりの記憶は消し去れる。

それで十分だろう。


「いけません!」


シャルトリューズさんが俺を止めようと席を立ってテーブルを廻り込んでくる。


ほんと、勘のいい人だ。

俺が何をしようとしてるのかわかったんだね?


「シャルトリューズさん。リーファのことを頼みます」

「ダメです!! 旦那様!!」


俺は構わず詠唱する。


「我は命ずる! 我、斎賀五月(さいがさつき)の痕跡を一掃せよ! アタラクシア!」


天に向けた杖の先から(まばゆ)い光が溢れ出す。


次の瞬間、世界は白く染まり、人も物も黒い輪郭と化して動きを止める。


なんか、漫画の下書き原稿みたいだな。


目の前のシャルトリューズさんもリーファもそのまま動きを止めている。

この中で動けるのは俺だけ。


この光が収束した時こそ、世界から俺の痕跡だけが消える。


これまで俺が行ってきたこと自体は変わらない。

だだ、誰が行ったのか思い出せないだけだ。


俺を介して関係を構築した人達の関係も変わらない。

ただ、誰が仲介したのか思い出せないだけだ。


うん、これでいい。

これなら皆、神に命を奪われることはないだろう。

だって、俺とは関係が無いという(ことわり)の世界になってしまったから。



さあ、さっさと外に出るとしよう。

このままここに居ると、不審者だと思われてしまう。


結構気に入ってたんだけどなあ、この家。



光が収束する直前に玄関から外に出ることができた。


あっ、扉閉め忘れたわ。



やがて、光が収束する。


もう、俺がいないはずの世界。


その最後の確認をする。



「ごめんください!」


自分の家に『ごめんください』とは…………とほほ。


やがて、開いた扉の隙間からリーファが顔を出す。

リーファの目は不審者を見る目だ。


うぐっ!

わかってはいたが、心(えぐ)られるよなあ。


俺はできるだけ穏やかな笑顔でリーファに話し掛ける。


「さっき、そこで人に頼まれごとをしたんだよ。これをキミに届けてくれって」


魔法大全を手渡す。


もう俺には必要のないものだ。

これから、この本はリーファの役に立つだろう。

才能あるリーファの役に。


「え~と、その、膝裏まで届く碧髪(みどりがみ)浅葱色(あさぎいろ)の目をしたボディコン美女のエルフさんから預かったんだよ。忙しいからって」

「サリナお姉ちゃん!」


サリナがくれたと思ったらしい。


「ありがとう。お兄さん」


リーファが警戒心を緩めてお礼を言ってくれた。


うんうん、今の俺にはそれで充分だよ。


「じゃあ、俺はこれで――――」


去ろうとする俺をリーファが引き留める。



「お兄さん。名前は?」



困ったな、どうしよう。

そうだ!



「俺の名は…………」



『名無し』、じゃかっこ悪いな。

ここは昔の映画に出て来る英名で。



「ノーボディ。Mr.ノーボディだ」



それだけ言って背を向けた。



◆ ◆ ◆


その日を境に勇者・斎賀五月(さいがいつき)はエーデルフェルトから忽然(こつぜん)と姿を消した。



いや、それは正確ではない。


エーデルフェルトには勇者が居る。

その勇者は数々の功績を挙げ、エーデルフェルトに仮初(かりそめ)の平和を(もたら)した。


だが、その名を誰も知らない。

その姿すら誰も思い出せない。

ただ勇者が居るということだけは確かだった。

だから人々は彼の名をこう呼んだ。



『Mr.ノーボディ』



かくして、エーデルフェルトの人々は新年を迎える。

激動の聖皇国歴983年を。





今回で第3章は終わりです。


また、イツキはひとりぼっちになってしまいました。

彼の憧れのスローライフも『かわいい奥さんに膝枕されながらの穏やかな時間』もまだまだ遠そうです。

これからどうするのかは、実のところ作者のわたしも思案のしどころです。

いろいろ伏線も張っちゃったし。


第3章は暗い終わり方だったので、インターミッション2では、第2章終了時点の閑話でお茶を濁そうかと…………

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