015 支え合い助け合う関係
冒険者ギルドの話をしよう。
冒険者ギルドは、エーデルフェルト各地に支部を持つ団体だ。本部はノイエグレーゼ帝国の帝都にある。冒険者ギルドは、魔獣討伐、ダンジョン攻略、護衛、傭兵だけでなく、薬草採取や町の清掃業務等、様々な仕事を冒険者に斡旋する。冒険者ギルドでは、レベル測定結果に基づいて、冒険者をランクの高い順に《SSS》~《E》までの10階級のランクに分けて冒険者登録を行い、登録した冒険者に対してランクに応じ色分けした冒険者カードを発行している。冒険者ランクと冒険者カードの関係をランクの高い順に以下に記す。
<冒険者ランク> <冒険者カード色>
SSS クリスタル
SS ブラック
S プラチナ
AAA ゴールド
AA シルバー
A ブロンズ
B レッド
C グリーン
D ブルー
E アイアングレー
支部独自に決められるのは、《AAA》ランクまで。《S》ランク以上は、ギルド本部で開催される審査会議での承認が必要だ。
仕事は、ランクの2つ上まで受注できる。仕事の未達成が続けばランク降格もありえるので、上位ランクの仕事はカウントされる実績値や報酬も高いが、当然リスクも高い。
ランクによる活動範囲の制限もある。《B》ランク以下は登録した支部の所在する国内でしか活動できず、別の国で仕事する場合は改めてその国の支部で冒険者登録する必要があるし、そもそも他国へは所属する冒険者ギルド支部発行の越境許可証が無ければ単独で出入国することができない。《A》ランク以上になれば、エーデルフェルトのどこででも再登録無しで活動できるし、同行者1名までならパーティーメンバーでなくても同行させることができる。
但し、〖一部の指定区域〗は《S》ランク以上の冒険者、または《S》ランク以上の冒険者を1名以上有するパーティーでなければ踏み入れることができない。
冒険者ってのは収入が不安定な登録派遣みたいなものだと考えていい。
俺は《AAA》ランクで、白亜は《AA》ランク。お互い、エーデルフェルトで制限無しに活動しようと思ったら、《S》ランク以上が必要になるだろう。
冒険者ギルドを後にした俺達は白亜が定宿にしているという宿に向かっていた。あたりはもうすっかり日が暮れてしまったが、目貫通りは光魔法の街灯のおかげで明るく、沿道にはカフェやレストランが立ち並び、賑わっていた。
俺に街並みを説明しながら、楽しそうにくるくる表情を変える白亜。そんな白亜を見ながら、俺はどうするか決めかねていた。
居酒屋が立ち並ぶ通りを過ぎ、宿屋街に差し掛かったところで、白亜はある一軒の宿屋の前で足を止めた。
「ここじゃ、主」
建坪200坪くらいの木造2階建ての宿屋〖月の兎亭〗。白亜は、入口のウエスタンドアを潜ると、まっすぐ奥のカウンターに向かった。俺も黙って後についていった。一階は食堂を兼ねており、今は晩飯の時間らしく、食堂は宿泊客で賑わっていた。
「弁慶ちゃん、おかえり。いつもの部屋でいい?」
カウンターの中から、この宿のおかみさんと思しき女性が白亜に声を掛けてきた。ガタイのいい、筋肉質のおばちゃんだ。
「ただいま、ミリアさん。うん、それで頼むのじゃ」
「後ろの兄さんも泊まりかい?」
「ああ、そのつもりだ」
「じゃあ、この宿泊カードに名前と年齢を書いとくれ。あと、身元確認するから冒険者なら冒険者カードを、商人なら商業ギルドカードを、旅人なら地元領主の旅行許可証を提示しておくれ」
俺はカウンターに冒険者カードを出す。ミリアさんは宿泊カードと冒険者カードを流れるように確認しながら、
「はい、ありがとね。冒険者サイガイツキ、17歳、っと。イツキくんね。何泊の予定?」
「とりあえず1週間。場合によってはそれ以上」
「お代は1泊素泊まりなら1500リザ、朝夕食付なら3000リザだよ」
俺は金貨1枚を出した。
「10万リザ金貨なんて出されてもおつりが無いよ。両替商ももう閉まってるしねぇ」
つまり、金はあっても高額面すぎて使えないってことか。こりゃ、野宿かな。
「じゃあ、妾の部屋に泊まればいいのじゃ」
白亜がいい事を思いついたみたいに言い出した。
「でも、他人同士の男女が同じ部屋ってのはねぇ」
おかみさんは思案顔だ。
「心配ないのじゃ。このお方は妾の新しい主。お傍で尽くすのは従者の務めじゃ」
それを聞いたおかみさんは驚いて、
「ちょっと、弁慶ちゃん。それ、一体どういうことだい?」
「だから、妾はこのお方と正々堂々立ち合い、負けて従者になったのじゃ」
聞いたおかみさんが、諦めたように、
「ん~、弁慶ちゃんは最初からこんなんだったからねぇ。まあ、弁慶ちゃんがいいって言うんなら、あたしゃ構わないんだけど」
「それから、妾はもう『弁慶』じゃない。『白亜』じゃ。主がつけてくれた名じゃ」
「そうかい、『白亜』ちゃんかい。いい名を付けて貰ったね。似合ってるよ」
「へへへ、ありがと、ミリアさん。それから、これ、主の宿代とご飯代」
白亜がジャラジャラと銀貨をおかみさんに渡した。
「おい、そんなことしなくても――――」
「いいのじゃ、主の世話は従者の仕事じゃ」
嬉しそうに言うので、断れなくなった。俺は代わりに白亜に金貨30枚を渡した。
「こんな金、いらぬのじゃ」
「当面の資金と給金の前払いだよ。面倒見てくれるんだろ?」
白亜は俺のことをまじまじと見て、数舜後、
「うむ、承知した。受け取っておくのじゃ」
何か納得したらしく了承してくれた。俺は改めて、おかみさんに向き直ると、
「暫く、やっかいになります」
「まあ、わかってるだろうけど、改めて挨拶するよ。あたしゃ、ここ〖月の兎亭〗の女主人のミリアだ。あんたも自分の家のようにしてくれて構わないよ。弁け、じゃなかった白亜ちゃんの部屋に追加のベッドを入れるから、白亜ちゃんと一緒に先に晩飯でも食べといとくれ」
ミリアさんに席に案内される。
「いい男だね、白亜ちゃん。よかったじゃないか。あたしゃ、応援してるよ」
「そういうんじゃないのじゃ」
去り際に、ミリアさんと白亜が何か小声で会話を交わしていたようだが、宿泊客の喧噪で聞こえなかった。遅れて向かいの席についた白亜は、なぜか目を合わせてくれず、顔も真っ赤だった。
■
晩飯は思いの他おいしかった。ちゃんとスパイスも効いていた。牛肉とは思えない初めての食感のステーキ肉が何の肉なのかは、怖くて聞けなかった。
部屋に行くと、既にベッドが2つ用意されていた。シャワー室もある。俺の知る異世界もののラノベでは、宿にはシャワーもバスタブも無く、水に浸したタオルで体を拭くか宿の裏手で水浴びする、といったものだったが、どうもエーデルフェルトは違ったらしい。室内照明は光魔法の灯だし、シャワーからはお湯も出る。意外と文明度高いじゃないか。
先にシャワーで体を洗ってシャワー室から出て来た俺が勇者基本セットにある寝間着に着替え終わった頃、後からシャワーを浴びに行った白亜がバスタオル1枚でシャワー室から出て来た。
隣のベッドに俺と差し向かいにちょこんと座る。相変わらず目を合わせてくれず、顔も真っ赤のままだ。もしかして、拠点の宿に帰って来た安心感から疲れが一気に出たのだろうか。
いや、違うな、これは。
俺は部屋を見回しながら、
「今迄、この部屋を一人で使ってたんだよね? いくら主従と謂えども、知り合って間もないの男と同室は無理があるよね。安心していいよ。やっぱり、俺が出て行った方がいいみたいだ」
シャワーが浴びれただけで十分だろう。俺は荷物を纏めて出て行こうとした。
すると白亜が廻り込んでドアの前に立ち塞がった。
「違うのじゃ。そうではないのじゃ」
俯いているので表情は見えない。
髪の中から覗く両耳を真っ赤に染めながら、おずおずと語り出した。
「ミリアさんに頑張れと言われて、その・・・、夜伽をしようと思ったのじゃが・・・
妾には経験が無いから、どうすればいいのかわからないのじゃ。恥ずかしいのじゃ」
はっ?
夜伽?
今、こいつは『夜伽』と言ったのか?
「ちょっと待て!!」
俺は右手を掲げて制止のポーズをとる。
「俺は白亜にそんなことは求めてない!」
「妾には、その価値も無いと…………」
「そうは言ってない」
ようやっと目を合わせてくれた。
ジッと見つめるのは卑怯だと思う。
この愛くるしい小動物め!
いくら主従契約を結んだからと言っても『夜伽』はやり過ぎ。
俺は愛の無い肉体関係はイヤなんだよ。
クサいと言われようがこれは譲れない。
しかも14歳なんて、中学生だぞ。
平安時代ならともかく、俺の生きた現代社会なら、青少年保護育成条例で捕まってしまう年齢だ。
いずれにしても、白亜があたりまえのように『夜伽』をしようとした様子から、白亜の生きた時代では男女の主従契約に『夜伽』が含まれるらしい。
だとしたら、主従契約はダメだ。ギルティだ。
何か別の関係、それも、肉体関係に至り難い関係に変える必要があるだろう。
前にも思ったことだが、この子には普通の女の子のように穏やかに生きて欲しい。
そう考えた俺は、
「確かにお前から『従者にして欲しい』と言われた時は面倒なことになったと思ったよ。俺はたった一人でスローライフを送ろうとしていたんだからね。でもさ、やっぱり一人でいた頃より二人になってからの方が楽しかったよ。でも、『夜伽』はダメだ。俺、言ったよね。『自分の手の届く範囲の人間が傷ついたり死んだり不幸になったりするのを見過ごせない。そんなのを放置したら、俺はもう穏やかには暮らせない。』って。主従契約による肉体関係は白亜を『傷』つけることになる。『自分を大切にする』という約束を違えることになる」
それを訊いた白亜がシュンとする。
俺は白亜の頭を優しくポンポンと叩きながら、
「白亜が『自分を大切にする』為にはそもそも今の俺達の関係が適切じゃないんだよ。だから、白亜。主従関係を解消しないか?」
「えっ?」
白亜から血の気が失せていく。
そして、
「なぜじゃ?」
絞り出すような小声で呟く。
俺は答える。
「だって、俺は白亜を従者だとは思っていないから」
愛社精神に溢れたサラリーマンが解雇を告げられたみたいに、その顔からは絶望感が滲み出ていた。視線は下を向き、膝に置いたふたつの拳がブルブルと震えている。
主従の関係は片務的な関係だ。
それは捧げる側の幸せが保証されない一方的な献身と犠牲の上に成り立つものだ。
俺はそんな関係は望まない。望むのはお互いが支え合い助け合う関係だ。
だから、さあ、ちゃんと伝えるんだ。
「俺は白亜を大切に思ってる」
「!!」
白亜が顔を上げた。
「前にも言ったが、俺は白亜を守りたい。時には白亜の助けも必要とするけど、それでも、俺の方が強いし、年上だからね。年下を守るのは年長者の務めさ」
白亜の頭に手を置いて撫でる。
「だから、体を差し出そうなんて考えるな」
「なら、主は妾に何を求める?」
肉体関係に至り難く、強い絆で結ばれた関係はこれしかない。
「家族」
「家族?」
白亜が訊き返す。
俺はやさしく頷くと、
「俺達は互いにここエーデルフェルトでは天涯孤独だ。だから、二人きりの家族になろう。それに俺は元の世界では一人っ子でね。ずっと、弟か妹が欲しかったんだ。そして、この世界に来て、白亜に出会った。血の繋がりはないから実の妹にはできないけど、義理の妹にならできるよ」
「妹?」
「うん、妹」
「…………」
「かわいい白亜。妹では不満?」
白亜は頭を撫でられながら、悔しそうに、でもくすぐったそうに、
「狡いのじゃ。そんなふうに言われたら否とは言えぬであろうが」
「それは肯定ってこと?」
「こうされていると、昔、兄者達に頭を撫でて貰っていたのを思い出すのじゃ。落ち着くのじゃ。だから、それを思い出させる主は卑怯なのじゃ。でも、仕方ないから妹になってやっても良いのじゃ」
「そっか」
「のう、主」
白亜が俺を上目使いに見上げて訊いてきた。
「なんだ?」
「これからは、主ではなく、どう呼べばいい?」
「好きに呼べ」
「じゃあ、勇者様」
「それは却下!」
ニヘラッと笑って本気か冗談かわからない白亜。
俺は、その発言を即座に否定する。
「では、これから暫くは妹として『兄者』と呼ぶのじゃ」
「暫く? ずっとじゃなくて?」
「暫くじゃっ!」
白亜にピシャリと言われた。
「ちなみに、蒸し返すようで悪いんだが、おまえ、元の世界では夜這い男を返り討ちにして貞操を守ってきただろう? それなのに、いくら主従関係を維持しようとしていたにしても、好きでもない男に身体を差し出すのはイヤじゃなかったのか?」
「好きでもない男…………」
「そんな『好きでもない男』が兄だなんて、おこがましいにも程があるとは思うんだが、まあ、そこは我慢してくれ」
そう訊いた白亜がジッと俺を見詰めてから呆れたように、
「兄者は本当に何もわかっておらぬようじゃな。兄者はもっと考えた方がよいのじゃ」
「え? どういう――――」
「ふんっ!」
そっぽを向いた白亜が隣のベッドに潜り込み、俺に背を向けて寝てしまった。
俺、何か怒らせること言ったか?
その夜、隣のベッドから、
「ふふふ、くふふふふ」
という笑うような寝言が聞こえてきた。
どんな夢を見てるのかねぇ。
でもね。
白亜さん、止めてくれませんか。
暗闇で含みのある笑い声は不気味で怖いんですよ。




