147 これで全て終えることができた
俺はアインズ支部長と面談していた。
指名依頼の結果報告だ。
俺は予め用意していた報告書をアインズ支部長に渡す。
「ご苦労だったな。イツキ」
今日はアインズ支部長一人だった。
「魔属領の内戦は終結しました。俺も微力を尽くしました」
「微力ってことはないだろう? 要塞制圧もほぼおまえの力だそうじゃないか」
どこで仕入れたんだ、その情報?
「アップルジャック氏とは[映像念話]の直通回線を開通させたんだ」
なるほどね。
それで知ってたのか。
「それでだ。カラトバの件を含めて、冒険者ギルド本部から連絡が入った。おまえを《SSS》ランクに昇格させたいってよ」
「《SSS》ランクですか?」
魔族領で軍事作戦の立案や指揮をしてたから忘れてたけど、俺、本来は冒険者だった。
色々ありすぎて、ランクのことなんかとっくに失念してたわ。
「でも、《SSS》ランクなんかにしたら、司教帝に俺が勇者だってバレるんじゃ?」
「闘神アスラすら倒せたおまえだ。もう司教帝なんか脅威でも何でもないだろ?」
確かに今の俺なら司教帝も聖皇国軍もどうとでもなるだろうな。
だがなあ。
それ以上に面倒そうなのがいるからなあ…………
「じゃあ、《SSS》ランクの冒険者証、くださいよ」
アインズ支部長に掌を向けて要求する。
「まあ、待て。《SSS》ランク昇格には最終審査がある」
「最終審査?」
「冒険者ギルド本部理事長との面接だ」
うわあ。
つまり、俺にノイエグレーゼ帝国首都リヒテンシュタットまで面接を受けに行け、と?
東大陸だよ。
遠いんだよ。
まるで、外資系企業の地方採用社員候補に『ちょっとアメリカ本社まで行って社長面接受けてこい』って言ってるのと同じだよ。。
「行きたくないなあ」
「すぐに行けとは言っていない。時間が有ればできるだけ早く行って欲しい」
「『可及的速やかに』ってことですよね」
「おまえは頭の回転が速くて助かるよ」
今から行けという訳ではないらしい。
「まあ、おまえにも都合があるだろうしな。婚約者達にも相談が必要だろう?」
「その心配は無用です。婚約は解消しましたから」
「は?」
アインズ支部長の呆けた顔を始めて見たよ。
やがて、理解が及んだのか掴みかからん勢いで身を乗り出して来た。
「婚約解消~~~~っ!?」
まあ、驚くわな。
それにしてもアイシャさんはどうしたんだろう?
「おまえ! 婚約解消って――――」
「ところでアイシャさんはどうしたんですか?」
驚くアインズ支部長に構わず、素朴な疑問をぶつける。
「おい、イツキ! 答えろ! いや、アイシャの件もだ!」
「じゃあ、アイシャさんの件からで」
なにかあったのか?
「今、アイシャのところに第一王子が来ている」
エルネスト君か。
「おまえ、『白亜を手に入れたかったら、ホバートの冒険者ギルド副支部長のアイシャさんの『教育的指導』に耐え、ネヴィル村に居る俺を倒すことだ。その上で白亜に勝つことができたら、おまえの望みを叶えてやろう。』なんて言ったんだってな?」
ああ、そんなことも言ったっけ?
スポ~ンと忘れてたよ。
「アイシャのヤツが『話を訊いてない』って言ってたぞ」
アイシャさんに伝えるのも忘れてたわ。
「それで?」
「今、アイシャは第一王子を連れて、地下3階の訓練場だ。ほんのさっきのことだよ」
俺は慌てて地下3階の訓練場に向かおうとする。
「おい! 婚約解消ってどういうことだ!?」
「それは後程。急ぎましょう。早くしないと第一王子がドMになってしまいますよ」
■
俺とアインズ支部長が地下3階の訓練場に向かうと立ち合いが始まろうとしていた。
訓練場を取り巻く見学席にはホバートの冒険者ほぼ全員が集まっていた。
そりゃそうだろう。
第一王子と副支部長の立ち合いなんか普通はありえない対局だからね。
「ちょ~っと待ったあああああああっ!!」
俺は立ち合いを慌てて止めに入る。
まだ、立ち合いは始まっていなかったらしい。
「あれ? イツキ君、帰ってきてたんだ?」
俺に気付いたアイシャさんが柔らかく微笑んでくれた。
アイシャさんはいつもの深緑のタイトスカートスーツ姿ではなく、黒革の半袖に黒革のショートパンツに黒革の編み上げのハイカットブーツ姿。髪も黒いリボンで纏められたポニーテールだ。生足の左右の腿それぞれに黒革のナイフホルダーが巻かれ、右手に黒革の鞭を持っていた。
まさに女王様だね。
「すいません。アイシャさんに大事なことを伝え忘れていました」
「いいのよ。白亜ちゃんを狙う輩の防波堤に私を指定するなんてグッジョブよ!」
アイシャさんがサムズアップを決める。
勝手に名前を出したこと、怒ってなくてよかったよ。
むしろ、喜んでるよ、この人。
「アイシャとやら。俺はアナトリア王国の第一王子だぞ。俺に手を上げると大逆罪で死刑になるぞ」
エルネストのヤツめ。
少しはマシになったかと思ったが、やっぱ選民意識は治ってなかったか。
ここで王族特権を持ち出すか?
「上等ね。でも、教育的指導を受けた後も同じセリフが吐けるのかしら?」
うわあ、挑戦的だなあ、アイシャさんは。
「心配には及ばない。例え、ここでエルネスト殿下が討ち死にされることがあったとしても、アイシャ殿が罪に問われることは無いと、陛下からのお言葉も頂いている」
どっかで聞いたことがある声だと思ったら、隊長さんだった。
「あれ? 隊長さん?」
「わしも殿下のお目付け役としてここに来たんだよ」
俺は隊長さんをマジマジと見る。
「ねえ、頭薄くなってない?」
「うるせえよ! 近衛騎士団長ってのはな、激務なんだよ! 察しろよ!」
「さーせん」
「ああっ、ネヴィル村に帰りたい」
国王陛下に監視されて女遊びもできないんだね?
哀れと言うか、何と言うか…………
俺は隊長さんの背中をポンポンと叩いてあげた。
そんなやり取りをする間にも立ち合いの準備が進む。
しかしまあ、エルネストは本当に白亜が好きなんだな。
俺相手はともかく、白亜相手には紳士であろうとする。
問題はそれ以外。
白亜以外には相変わらず居丈高だ。
エルネスト人気が高いのもその甘いマスクに起因している。
だが、もしも。もしも、だ。
エルネストが老けて、その甘いマスクに衰えを見せたら?
もし、その選民意識に反発した国民が革命でも起こしたら?
エルネスト一人にその憎悪が向けられるのなら別に構わない。
だが、もし白亜がエルネストの妃になり、妃にもその矛先が向けられたら?
もし、二人の間に子供が生まれ、その子供が革命の餌食になったとしたら?
白亜が不幸になってしまう!
ならば。
そんなことにならないようにするには――――
エルネストにはここで心を入れ替え、白亜の横に並び立てる男になって貰わなければならない。
少なくとも、俺がいなくても白亜が安心して生きていけるようにしておく必要がある。
それこそが兄である俺の務めだろう。
「アイシャさん。俺が代わりを務めます」
「イツキ君?」
「俺がエルネストの相手をします。アイシャさんは下がっていて下さい」
「イツキ君、あなた…………」
何かを察したのか黙って壁際に下がるアイシャさん。
俺は[無限収納]からトレント木剣を取り出す。
「アイシャさんの教育的指導は免除だ。俺を倒してみろよ。そうしたら、白亜をくれてやる」
「その言葉に偽りは無いな!?」
「ああ、だが、おまえには俺は倒せんよ」
「ほざくな! 剣を取れ!」
「おまえ相手なら木剣で充分だ。さあ、来いよ」
俺は木剣を握った右手をだらりと下げた自然体。
一方のエルネストは剣を構えた臨戦態勢。
俺は一歩だけ歩みを進める。
「おい! イツキのヤツ!」
「ああ、とんでもないぜ!」
「一瞬で百回斬ったわね。しかも全部寸止め」
後ろのアインズ支部長と隊長さんとアイシャさんにはわかったようだ。
俺はフェルミナさんの[一撃百閃]を見切っていた。
それをここで初めて試してみたんだが、うまくモノにできたようだ。
もちろん、高いコントロール能力を求められる寸止めにした。
寸止めは中てるより難しいんだよね。
それにしてもこいつ、気付いていないのか?
本当にこんなヤツが白亜の横に立てるのか?
これじゃあ、安心して任せられないじゃないか!!
俺は[縮地]でエルネストの背後に廻り、左拳で思い切り頭を殴りつける。
ガツッッ!
「ぎゃっ!」
右前にぶっ飛んでいくヤツの足を掛けて転ばす。
「なんだなんだ? そんな体たらくで『白亜を俺のものにする』だあ? 寝ぼけてんのか?」
転ばしたヤツの後ろ首を掴んで振り回し床に叩きつける。
ズシャーン!
「げべっ!」
床にたたきつけられた拍子にヤツの手から離れた剣が飛んでいく。
「剣を取れよ」
「ぐっ!」
のろのろと起き上がったエルネストを蹴り上げ剣のところまでぶっ飛ばす。
「剣を取れっ! そんなザマで白亜が守れるのか! 根性見せてみろよ!」
「どうしちゃったの? イツキ君?」
「ああ、あんなに荒れているイツキは見たことが無いぞ」
そうさ、アイシャさん、アインズ支部長。
あなた達の言う通り、俺は荒れているよ。
だって、こんな情けないヤツにしか白亜を託せないんだから。
「イツキ…………コロス」
「いいねえ。その意気だ。これはご褒美だ」
俺はエルネストに[メガヒール]を掛けてやった。
ヤツのHPとMPが全回復する。
「うおおおおおおっ!」
剣を拾ったエルネストが俺に連戟を加えてきた。
だが、遅い。
俺は連戟の間合いを縫ってヤツの懐に飛び込み、重いボディブローをお見舞いする。
「ぐはっ!」
ヤツの身体がくの字に曲がり、胃の内容物を吐き出す。
「なんだ? もうおしまいか? おまえの白亜への気持ちはそんなもんか?」
ヤツの腎臓のあたりに肘打ち。
ヤツは蹲って痙攣。
腎臓殴られたら激痛にのた打ち回るんだけどね。
ヤツは蹲ってグッと痛みを堪えている。
根性あるじゃないか。
「おまえは剣士には向いてないな。1000年掛けても俺には届かないだろうよ」
「…………ヌカセ!」
そんなヤツに俺は語り掛ける。
「おまえ頭は切れるんだってな? なら、どうしてその方面で才能を生かさないんだ?」
「頭が良くたって力無き者は侮られる」
なるほどね。
こいつが力に拘るのはそれが理由か。
「おまえは将来、王になるんだろう? なら、力有る者を使いこなすのも王の役目だ。だいたいさあ、ジョセフさんは剣の達人か? 違うだろう? でも、善政を敷いているし、隊長さんみたいな豪傑も御している」
「照れるぜ、イツキ」
台無しだよ、隊長さん。
ちょっと黙っててくれない?
「俺はおまえほど頭は良くないから」
俺はエルネストに手を差し伸べる。
「だから、おまえはおまえの得意分野で俺を負かせてみせろよ」
エルネストが俺の手を取って立ち上がる。
「その言葉に二言は無いな?」
「ああ。それにさ、白亜も脳筋のバカ娘だから頭の切れるヤツが傍にいないと安心できないんだよ、俺が」
「わかった。鋭意努力する。俺は父上のような王になる」
「それでいい。白亜には紳士的にアプローチしてくれよ。だが、まあ、それでもダメな時は、潔く諦めて他を当たってくれ」
「なんだよ、それ?」
「ほら、良く言うだろ?『諦めが肝心』だって」
「俺は『諦めは愚か者の結論』だと訊いた」
「そっか。まあ頑張れ」
そう言いながら、エルネストに[メガヒール]を掛ける。
「まったく敵わないな、義兄さんには」
「ああ、それな。さっきサリナとの婚約は解消した」
一瞬の沈黙。
「「「「はああああああああああ!!!!?」」」」
せっかくエルネストに義兄さん呼びされて嬉しかったけど、こればかりはどうしようもない。
茫然とするエルネスト、アインズ支部長、アイシャさん、隊長さんを置いて俺は地下3階の訓練場を後にするのだった。
■
俺は1階の受付まで行くと、俺の口座に振り込まれた報酬を確認した。
魔族領の通貨は人類とは単位が異なる。
魔族領の公式通貨単位は『R:ルナ』。補助通貨単位は『M:ミル』。
ちなみに補助通貨ミルは複数になるとミルズと言う。
公式通貨と補助通貨の関係は以下のとおりだ。
1R = 100M
しかし、人類の国々と魔属領の間には交易も人の交流もあるから、それぞれの通貨間には交換レートというものが存在する。
交換レートは以下のとおりだ。
1R = 250L
口座にはリザに交換後の額が振り込まれていた。
金額はどれどれ?
お~い、おいおいおいおい!
25兆リザだとおおおおお!?
日本円に換算すると25兆円!
これは地球の小国の国家予算だよ。
使いきれねええええ!
おおっと、驚いてる場合じゃない。
未成年の冒険者カードは本人不在でも保護者が作ることができる。
家族で冒険者をやってるところでは子供にも冒険者カードが必要。
俺もリーファの冒険者カードを発行して貰う。
冒険者カードは口座カードを兼ねている。
半分の12.5兆リザを白亜の口座に振り込んで……………
もう半分の12.5兆リザを新たに作ったリーファの口座に付け替えて………
これで白亜もリーファも食いっぱぐれないだろうよ。
後はこの冒険者カードをリーファに渡すだけだな。
俺の口座には端数が数十億リザが残った。
これでも多過ぎるくらいだ。
取り敢えず300万リザくらい現金化しておくか。
受け取った現金を[無限収納]に放り込む。
さて、次は王国のホバート支庁舎だ。
ここで様々な手続きを済ませる。
午後4時には全て終えることができた。
さらば、ホバート。
全部片付いた暁にはまた寄らせてもらうかもしれない。
まあ、二度とここに来ることがない可能性の方が高いけどな。
街では俺への捜索の手が伸びていた。
まあ、慌てるわなあ。
第一王女との婚約解消もそうだけど、それだけじゃないんだよね。
俺がアナトリア王国や魔族領に設置した転移装置が全て作動不能に陥っているんだから。
でも、心配しなくてもいいんだよ。
作動不能は3日間の期限付きだから。
俺がこれからすることを邪魔されないようにするためだから。
俺は追手に見つからないように裏路地に入ると、俺はそのまま自宅に転移したのだった。




