146 俺達はもう終わり
ガヤルド魔公爵公邸に転移した俺を待ち構えていたのはアップルジャックさん。
「あの………イツキ殿………その………執務室で閣下がお待ちです」
アップルジャックさんはそれだけ伝えると足早に去って行った。
終始視線を合わせてくれなかったアップルジャックさん。
いや~な予感しかしない。
逃げよう!
俺は自宅に[転移]しようとした。
が、[転移]は途中で阻止された。
俺に向けて、より上位の魔法が行使されたからだ。
俺は再度[転移]を行使する。
だが、[転移]は発動しなかった。
間違いない。
これは[スキル凍結]だ。
俺の逃亡の阻止が目的か?
でもなぜ?
「おい、セリア。悪い冗談はやめろ」
「冗談じゃないさ。君には訊かなければならないことが山ほどあるのだからね」
声の主を見るとシルクだった。
「何でおまえがスキル凍結を――――」
「セリアから一時的に借用したんだよ。君に逃げられないためにね」
シルクは笑顔こそ俺に向けているが目が笑っていない。
「さあ、執務室まで来て貰おうか」
凄く怒ってる。
シルクが前世にも見たことが無いくらい冷たく怒ってる。
魔王城の廊下の時みたいにダイレクトに感情をぶつけられる方がまだマシだ。
「あの…………シルクさん?」
「…………」
俺が話し掛けても一切口をきいてくれないシルク。
俺は仕方なくシルクのあとについて執務室に向かうのだった。
■
執務室に辿り着くと俺はすぐさまシルクとサリナの二人に詰め寄られた。
「どうして黙ってたのかなあ」
早速、サリナの追求が始まった。
「何のことでございましょう?」
俺のボケが気に入らなかったのか、二人の機嫌が更に悪くなった。
俺の視線の先でセリアがソファに腰かけてお茶を嗜んでいる。
白亜はいない。
マリーが壁際でハラハラしながらこちらを伺っているのが見える。
仕方ねえなあ。
「亜神のことは黙ってて悪かったよ。俺自身、セリアにステータスを強制開示させられるまで知らなかったんだよ」
「「本当に?」」
「そうだよ。な、セリア?」
カップをソーサーに戻したセリアが口を開く。
「ええ、わたしがステータス強制開示するまで、そいつ、自分がどういう状態なのかも知らなかったわよ。最近、自分が人間離れしてきたことには気づいてたみたいだけど、確認するのが怖かったんだってさ。ほんと、チキンよね、イツキは」
チキンは余計だよ。
「何ですぐに教えてくれなかったのさ?」
「レベルアップ程度に考えてたからね。そんなの一々申告しないだろう?」
「しかし――――」
「心配し過ぎなんだよ、シルクは」
話はこれで終わりだ。
と、思っていたのは俺だけだった。
「調停者とは何を話していたんだい?」
「調停者も言っていただろう?『極秘事項なのでご遠慮下さい』って」
「しかし!」
調停者とのことは絶対に話せない。
『調停者=フェルミナさん』であることもだ。
フェルミナさんとのことは黙して墓場まで持っていかなければならない。
じゃないと、せっかく1000年前の呪縛から解放されたフェルミナさんが、シルク達に討伐されかねないからだ。
今の魔族領を乱す要因として。
たぶんシルクは、前世の俺と『ルキフェルの八宝珠』との関係を知っている。
なぜなら、シルクは『サツキの記憶』を預かっていたから。
俺は魔王の【暴虐】を止める方法をフェルミナさんと一緒に探すために討伐を1年も先延ばしにしている。
このこと自体、『サツキが密かに勇者パーティーを裏切っていた』とシルクに解釈させるに十分な証拠だろう。
例えその目的がエーデルフェルトのみんなに幸せを齎すためだったとしても。
だが、なぜだ?
なぜ、今なんだ?
ああ、もう!
ただでさえ、頭の痛くなりそうな問題を抱えているっていうのに。
俺を五公主会議に連れて行かなければ、アスタロトに迫られたり目を付けられたりする羽目にはならなかったのに。
更に俺から『極秘事項』まで聞き出そうとするなんてどういうつもりだよ?
………………
いや、そうじゃない。
疑念は蓄積していたんだ、これまでずっと。
彼女らは態度に出さずにずっと俺のことを疑っていたんだ。
そう考えると腹立ってきたな。
「俺にだって君達に話せないことくらいあるんだよ」
俺は怒りを抑えてそれだけを口にした。
「ボクらは伴侶になるんだ!」
「そうよ! 全て開示すべきだわ!」
「夫婦間にもお互い話せない秘密はあるだろ? 違うか?」
秘密を持たない夫婦関係なんてあるはずないだろう?
もしあったとしたら、どんなお花畑な関係だよ?
「シルクにもサリナにも俺に言えないことくらいあるだろう?」
「「そ、それは…………」」
やっぱり、あるんだ?
自分達は話せないけど、俺には全部話せ?
それって明らかにアンフェアだよね?
「君ら、俺を疑い過ぎ。そんなに俺が信用できない?」
「ああ、ある意味信用できないね」
言い切ったよ、この人。
「サリナもか?」
「ええ、そうね。イツキには前歴があるわ。サウスワースでも私達から逃げたでしょう?」
そっか、サリナもか。
「二人は俺のことが信用できないんだね?」
まあ、色々秘密にしているからなあ。
「あ、いえ、そんなことないわ! 概ね信じてる!」
「そうだとも。ボクも概ね信じてる」
取り繕う二人。
『概ね』って、君らは役人かな?
1、2割は信用してないってことじゃん。
「本当に?」
俺は確認するように二人を伺う。
二人が俺から一瞬だけ目を逸らしたのを俺は見逃さなかった。
「そっか。内心では俺に対して疑心暗鬼ってことか」
すれ違いってのはこうして生まれるものなんだな。
まあ、これも俺の身から出た錆だ。
これはいい機会かもしれないな。
俺は二人に笑顔を向ける。
だが、その口から発せられたのは無情にも関係の終焉を告げる言葉。
「なら俺達はもう終わりだね。婚約を解消しよう」
二人が息を飲むのがわかった。
ガシャン!
それまで他人事のようにお茶を飲んでいたセリアが乱暴にカップを置いた。
そして、ソファから立ち上がって俺の元に駆け寄ってくる。
「あんた! 正気!」
「俺は正気だよ」
「でもっ!」
俺はセリアを手で制止しながら二人に冷たい言葉を掛ける。
「結婚前に互いの認識が確認できてよかったじゃないか。もし結婚後なら冷え切った仮面夫婦の出来上がりだ」
そんな俺をセリアが目線で確認してくる。
たぶん、セリアは俺の本音がわかってるはずだ。
さすが、親友。
俺はセリアに黙って頷く。
だって仕方無いじゃないか。
これは保険なんだから。
セリアが顔を歪めつつも[スキル凍結]を解除してくれた。
「もう二度と会うことも無いだろう。シルクもセリアも前世の軛から解放されて幸せになって欲しい。俺があげた指輪もネックリングもいつでも外せるようにしてある。君達は自由だ。俺からはそれだけ。じゃあね。さようなら」
俺は今度こそ[転移]を発動した。
行先はホバートの冒険者ギルド。
アインズさんに指名依頼の結果報告に出向かなければならない。
それが済んだら、久しぶりにリーファの顔でも拝みに行くとしようか。
最後に見えたシルクとサリナの表情。
縋るような視線に見えるのは気のせい?
そう思った次の瞬間にはホバートの冒険者ギルド支部内の転移装置の上に立っていた。
◆ ◆ ◆
イツキの姿が消えた。
執務室に静寂が訪れる。
静寂を破ったのはセレスティアだった。
「バカよ、あんた達は!! イツキの気持ちが全然解ってない!!」
シルキーネが床にへたり込む。
「ボクは何か間違えたのか?」
両方の掌を見ながら茫然自失状態だった。
「ボクはどうすればいい?」
セレスティアに縋るような目を向ける。
「そんなこと自分で考えなさい!! わたしはもう知らない!!」
シルキーネを冷たく突き放したセレスティアが姿を消した。
セレスティアは神界に戻ってしまった。
「わたし、イツキに捨てられたの?」
サリナルーシャのか細い問いに誰も答えない。
シルキーネは茫然としているだけ。
マリアンヌは声が掛けられなかった。
「どうして? どうしてなの? わたしのことが重荷だったの?」
サリナルーシャは、力が抜けたように膝をつく。
「1000年も探し続けてようやく巡り合えたのに。もう、二度と離さないって心に誓ったのに。もうわたし達はおしまいなの?」
サリナルーシャの顔がクシャッと崩れ、目から涙が溢れる。
「ねえっ!! 誰か教えて!! 教えてよっ!!」
叫んでも誰も答えない。
1000年前にサツキが死んだと知った時もサリナルーシャは泣いた。
でもあの時は『転生したサツキを探せば』と言う希望があった。
だが、今回は違う。
三下り半を突きつけられたのだ。
そこにもう希望は無い。
両手で顔を覆ったサリナルーシャ。
「うわあああああああああああああああああああああああああああ!!」
絶望に打ちひしがれたサリナルーシャの号泣が執務室の響き渡るのだった。




