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144 絶夢の剣聖 フェルミナ

マスクとマントを脱ぎ棄てた調停者。


巧妙に掛けられた[隠蔽]と[容姿変換]が解かれ、その真の姿を現した。


マントの下から現れたのは、アイボリーのシャツとボトムズに身を包み、その上から真紅のナポレオン・ジャケットを羽織り、膝下までの漆黒のロングブーツ姿の美しい女剣士。

腰まで伸びた漆黒ストレートの髪はハニーブロンドに変わったが、透き通るような白い肌の色は変わらない。(つの)無しで耳も普通なので見た目は人族と見分けがつかない。

マスクの下から現れたコバルトブルーの瞳が俺に刺すような視線を向ける。


斎賀五月(さいがいつき)。キサマは雑賀皐月(さいがさつき)の生まれ変わりで間違いないようだな?」

「ご覧の通り、見た目もそっくりに転生してしまいました」

「それは僥倖(ぎょうこう)だ。我に倒されるために転生したか?」

「つれないですねえ。昔のように『サツキ』って呼んでくださいよ。くっころのフェルミナさん」


あっ。

更に憎悪のオーラがマシマシに。



絶夢(ぜつむ)の剣聖 フェルミナ』

魔王ルキフェルの剣として常に魔王の前面に立って戦う女剣士。

俺はこの女とは浅からぬ縁があった。



最初は――――




――――――――――――――――――――――――――――――――


俺達勇者パーティーは魔属領中部まで歩みを進めていた。

シルクの魔力が尽きかけていたこともあり、(しばら)一所(ひとところ)に滞在していた俺達は統一聖皇国軍の先行を許していた。


まあ、統一聖皇国軍が魔族軍を蹴散らしてくれる分には俺達の負担が軽減されるから大いに助かる。本来俺達が討伐するのは普通の軍ではどうにもならない魔将だけ。雑兵まで相手にしていたらきりがない。

実際、この時は数多の雑兵を相手にしたせいでシルクの魔力が尽きかけてしまった。


ただ、軍というやつは勝ち続けると調子に乗るらしい。

当然、風紀を乱す(やから)も現れる。

敵地で風紀を乱す(やから)のやることは一つ。

そう、略奪である。



シルクの調子が戻らないし、セリアは魔族の子供達に生き延びる(すべ)を教えているので、まだ出発はできない。

とりま、この先の偵察にでも行ってみようかね。

ということで、俺一人でビバーク地より先を確認しに出掛けることにした。

師匠はその間、シルクとセリアの護衛を引き受けてくれた。



ビバーク地から20km先まで進むと、新たな村が見えてきた。

そして、俺は目撃してしまった。

統一聖皇国軍の兵士が村を略奪している光景を。

村が燃え盛っている様を。



ああ、嫌なことを思い出してしまった。


かつて幕府軍の脱走兵が同様の行為に及んでいたことを。

そして、火に包まれた(やしろ)で失うことになった大事な人の最期を。



俺は略奪を行う統一聖皇国の兵達を斬るか迷った。

被害者は魔族。加害者は人間至上主義の統一聖皇国兵。

俺が村人を救出するために剣を振るえば、その責は師匠やシルクやセリアにも及ぶだろう。


俺は剣に手を掛け飛び出しそうになるのを必死に抑えながら葛藤していた。



その時だった。



俺の肩に優しく触れる手。


振り返ると、美しいお姉さん剣士が立っていた。


「おぬしはあれが許せないのか?」


(あご)で示すのは略奪者達。


「ああ、許せませんね」

「だが、襲っているのは人間。襲われているのは魔族じゃぞ?」

「それがどうしたっていうんです?」

「おぬしも人間であろう。なら、黙って見過ごしてもおかしくないはずじゃ」


まあ、それが人魔大戦における人族の反応だろう。

だが、本来俺はエーデルフェルトの人間じゃない。


「見過ごせるはずがないでしょう?」

「じゃが、あいつらを成敗すると問題になるのじゃろう? 身バレを怖れているのか?」


言い当てられた俺はその女剣士をマジマジと見てしまった。



「ならば、これを貸してやる」


差し出されたのは、顔の上半分を隠すマスク。


「このマスクには隠蔽と容姿変換が施してある。おぬしの素性(すじょう)は絶対にバレぬよ」


女剣士はそう言って笑った。


「ありがとうございます。(しば)しの間、借り受けさせて頂きます」


俺はマスクを装着すると、女剣士を見る。

女剣士は黙って首を縦に振った。


それが合図だった。


俺と女剣士は物陰から飛び出し略奪兵達を次々と斬り伏せていく。


それにしても多いな。

300人くらい居るぞ。

大隊規模で略奪かよ。


大隊ということは、指揮官も居るはずだ。


と思ったら、脳筋そうな中年オヤジが出てきた。

手にハルバートを握っている。


「大隊長! こいつらです、襲撃者は!」


こいつ、俺達を襲撃者と言ったか?

襲撃者はおまえらの方だろう?


「ふん! 皆の者、襲撃者の男を囲め! 俺はこっちの女剣士の相手をする」

「大隊長殿も旺盛ですな。まだ、ヤリ足りないんで?」

「こんな極上の(たま)を見過ごせるはずがないだろう? 一度、俺自身を味合わせてやれば、次からは向こうから(すが)って来るさ」


統一聖皇国も地に落ちたもんだ。

こんな下衆(ゲス)まで士官に取り立てるんだからな。



俺は取り囲む兵の数を数える。

ここに至るまで二人で250人以上は斬り伏せたからなあ。

雑兵が残り50人くらいか。

壬生浪(みぶろ)に取り囲まれた時には腕の立つ連中が30人くらい。

それに比べれば大したことは無い。


雑兵どもが包囲の輪を狭めてくる。

バカな奴らだ。


俺は剣を鞘に収めて抜刀姿勢をとる。


「円舞二式!」


素早く抜刀して右足を軸に回転する。

『円舞二式』の刃が取り囲む雑兵を超速で横薙ぎにする。

数秒後、俺の周囲に立っているものは居なくなった。



雑兵どもを片付けた俺は女剣士の元に駆け付けた。

今、略奪者のボスのハルバートが女剣士の首に届こうとしていた。

が、女剣士の抜刀姿勢から抜き放たれた剣の一閃。

ハルバートとその持ち主を細切れに刻んでいた。


一閃に見えたが、おそらく数十以上の剣戟だろうな。

でなければ、ああはならない。



「凄いですね。あんな剣戟初めて見ましたよ」

「奥義[一撃百閃(いちげきひゃくせん)]じゃよ。そっちも凄いじゃないか。超速の回転斬りじゃろう?」

「奥義[円舞二式]です」


と、どこからともなく魔族兵が現れた。

統一聖皇国軍の次は魔族軍かよ。


その魔族兵は、女剣士に(かしず)くと彼女に報告を始めた。


「ご命令通り(あらかじ)め村人を避難させておいたので人的被害はありませんでした。しかし――――」

「家屋の損失は甚大か。とりあえず火を消すのじゃ。あと、復旧と村人への補償を手厚くせよ。工兵を1個中隊寄こせ」

(かしこ)まりました」


魔族兵が消える。

[転移]魔法か。


「あなたは魔族だったんですか? しかも相当偉そうな立場とお見受けしました。もっとも、とても魔族には見えなかったですけどね」

「魔族といっても我は魔法が使えぬ。剣技だけじゃ。(つの)も無いしのお。人と変わらぬよ」


女剣士が俺に自嘲気味にコバルトブルーの瞳を向ける。


「この度は魔属領の領民を救う手助けをして頂き大いに感謝する」

「俺がそうしたかったんですよ」

「そうか。まあ、ここではなんだから街まで来ないか? お礼に御馳走させて貰おう。時間はあるのだろう?」

「ええ」

「じゃあ、ちょっと付き合え」


そうして、右手でグラスをグイッとする仕草をする。

なるほど、酒に付き合えってことね。


「そう言えば自己紹介がまだでしたね。俺の名はサツキです」

「我の名はフェルミナじゃ」


そう言って笑顔で握手を交わす。


それが俺とフェルミナさんの初めての出会いだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――


「何か、普通ですね」


フェルミナさんに案内された酒場を見回した感想。

店内は魔族だけでなく人族や獣人族が分け隔てなく酒を酌み交わしている。

いたって、普通の酒場の光景。


そこには、魔王の【暴虐】の影響は微塵も感じられない。

魔族は【暴虐】の影響を受けて狂暴化し、魔族以外の種族を手当たり次第に殺して回っていると訊いていた。

少なくとも、聖都での説明ではそうだった。


「ああ、【暴虐】の影響のことか?」


フェルミナさんは【暴虐】について説明してくれた。


魔王の【暴虐】は、魔力を持つ者に対してのみ影響を及ぼすものであり、フェルミナさんのように魔力を持たない魔族にはなんら影響を与えないものだそうだ。つまり、魔族領の領民の多くは魔力を持たないため、正気を保つことができる。

但し、少しでも魔力があれば影響を受けてしまうので、そうした者が他種族を殺してしまうらしい。昨日まで仲の良い隣人だった魔族が突然隣の住人を斬殺するなどという事件も頻発していると言う。


ああ、わかるよ、その事例。

数十年前、ヨーロッパの多民族国家から分離独立しようとした国で実際にあったからね。

昨日まで仲が良かった隣人が突然襲ってきて殺し合いになる。

ただ、信じる宗教が違う、民族が違う、ただそれだけのことで。


結局、エーデルフェルトでも原因は異なれど、行われることは同じってことか。


ちなみに、魔力が振り切れた『ルキフェルの八宝珠』には影響が及ばないそうだ。


じゃあ、何で人魔戦争になった?

『ルキフェルの八宝珠』が動かなければ戦争にはならなかったはずだ。


「我らも魔王様の異変には気付いていた。だが、我らは魔王様に忠誠を誓った身。逆らえるはずもなかろう」


その発言に違和感を持った俺はフェルミナさんに尋ねる。


「フェルミナさんは『ルキフェルの八宝珠』の一人なんですか?」

「そうじゃよ。世間では『絶夢(ぜつむ)の剣聖』などと呼ばれておるがの」


フェルミナさんが頬を掻きながら視線を逸らす。


絶夢(ぜつむ)の剣聖』

訊いたことがある。

魔王の懐刀(ふところがたな)


もっと怖い人だと思っていたが、領民に優しく、俺の前でテレてみせるお姉さん。

そんなフェルミナさんに親近感が湧いた。



――――――――――――――――――――――――――――――――


それ以降、俺にはフェルミナさんと共闘する機会がちょくちょくあった。


ある時は、ドワーフの村を襲う【暴虐】に侵された魔族の制圧。

ある時は、魔族の隊商を襲撃する統一聖皇国軍の脱走兵の捕縛。

そうして、またある時は、町を襲う魔毒竜の討伐。

等々。



そんな共闘の後は、いつも酒場での祝杯。



ある晩、エールのジョッキを飲み干した彼女がこう提案してきた。


「おぬし、我と一緒に来ないか?」

「う~ん、それはできない相談ですね」

「おぬしくらいの使い手なら新たな『ルキフェルの八宝珠』の一員になれるだろうよ」


俺が『ルキフェルの八宝珠』?

冗談だろう?

彼女には内緒だが、俺は魔王を倒す勇者だよ。


「申し訳ありませんが辞退させて下さい。俺にも本業があるので」

「本業? 何じゃ? 言うてみよ」

「秘密です」


アルカイックスマイルで(かわ)す。


「そうか。残念じゃな。でも、我もおぬしを手放したくない」


暫し、考えに(ふけ)る彼女がいいことを思い付いた風に提案してきた。


「いっそ、我の夫になるか?」


とんでもないことを言い出したぞ。


見れば彼女は相当酔いが回っている。

透き通るような白い肌がピンク色に染まっている。


「ご冗談を」

「冗談ではな~~い! 我は本気じゃ!」


そう言ってしな垂れかかって来た。


「なんじゃ? 我では不満か?」


俺には聖女との結婚が決められているからなあ。

今更、『魔族のフェルミナさんと結婚することになったので、聖女との結婚の件は無しでお願いします』なんて言ったら、タダじゃ済まないだろうなあ。

それにフェルミナさんはカッコいいお姉さんだけど『かわいい奥さん』にはなりえない。

残念だけど俺の理想の未来像からかけ離れ過ぎているんだよねえ。


「はいはい、飲みすぎちゃったんですね」

「違うと言うておろうが。サツキのバカ…………」

「ほら、ここの2階に部屋を取ってありますからゆっくり休んでください」


深酔いした彼女をお姫様抱っこして酒場2階の部屋まで運ぶ。


ベッドに横たえたところで彼女が目を覚ました。

といっても、寝ぼけているようだが。


「サツキ~~~」


彼女が俺をベッドに引き摺り込もうとする。


「ちょっと。フェルミナさん」


彼女は魔族なだけに華奢に見えて腕力が半端無い。

俺はそのままベッドに引き摺り込まれそうになった。


このままでは俺が一方的に蹂躙(じゅうりん)されてしまう。

俺はとっさに腰の刀を鞘ごと抜いて彼女に渡す。


「これを預けておきます。今晩はこれを俺だと思って抱いて寝て下さい。」


志士の頃から使い慣れた刀だけど仕方が無い。

まあ、俺には聖剣カルドボルグもあるし。


「うむ、わかったのじゃ~~」


彼女は相好を崩すと俺の刀を抱いて眠りに落ちていった。


やがて、穏やかな寝息が聞こえてきたので俺は部屋を後にするのだった。




翌朝、1階の酒場で朝飯を食っているとフェルミナさんが物凄い勢いで俺の元に来た。


「昨日、我はおぬしと馬鍬(まぐわ)ったのか!?」

「ぶほっ!」


彼女の予想外の台詞に、思わず食べた物を口から噴き出してしまった。


「いきなり何です?」

「いいから答えるのじゃ!」

「何もありませんでしたよ。部屋に運んだだけです、お姫様抱っこで」

「お姫様抱っこぉ!?」


彼女が顔を真っ赤に染めて狼狽えている。


「危うくベッドに引き摺り込まれそうになりましたけど」

「ベッドに引き摺り…………我がか!?」

「ええ、強引だったので困りました。苦肉の策で俺の刀を身代わりにしたら、抱き枕代わりに刀を抱いて眠りに就いてくれたので助かりました。おかげで俺は丸腰です」


彼女が胸に抱いた刀と俺を交互に見ている。


「俺を抱き枕代わりにするのはやめてくださいね。一応、俺も男ですから」


ああ、彼女が沸騰しそうだ。


「それとも俺を誘ってたんですか?」

「そんな訳なかろう!」


彼女は刀を俺に押し付けて足早に去って行った、耳まで真っ赤にしながら。




ビバーク地点に戻った俺にセリアが寄ってきた。


「サツキから女の臭いがする」


フェルミナさんを抱き上げた時の残り香?

俺が腕を鼻に近付けてくんくんするとセリアが猛然と迫って来た。


「あんた! まさか女遊びでもしてたんじゃないでしょうね?」


俺は笑って誤魔化すしかなかった。


だって言えるはずが無いだろう?


勇者の俺が『ルキフェルの八宝珠』の一人と肩を並べて戦っていたなんて。

その後、一緒に酒を酌み交わしていたなんて。

そして、酔いに任せて求婚されてたなんて。

危うく男女の関係になりそうだったなんて。



「アルトリア様というお方がいるというのに、あんたってヤツは! 師匠が師匠なら弟子も弟子ね。色事師2号!」


(ひど)い二つ名を貰った俺はもう笑うしかないのだった。





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