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142 領主要件

「五公主会議はいつから蛆虫(うじむし)に席を(あて)がうようになったのかな?」


このインテリイケメンにとっちゃ、人間などその程度の認識でしかないのだろう。

それとも俺に喧嘩を売ってるつもり?

でも、まあ、面倒臭そうなので無視無視。


俺から目を離さずに自席に座ったアスタロト。

(あざけ)りを含んだ笑みを浮かべながら退席を命じてきた。


「さっさと席を空けるんだ。そして失せろ、この蛆虫(うじむし)め」


俺は明後日の方を向いて知らんぷりしていた。

こんな選民思想丸出しな輩にはこれが効果的。

案の定、アスタロトは立ち上がって俺を指差しながら声を荒げる。


「訊いているのか!? さっさと退席し――――」

「その席に座ることを我が許可した。異論は受け付けない」


調停者がアスタロトの言葉を(さえぎ)って釘を刺す。

それを訊いたアスタロトは憮然としながら腰を降ろす。

どうやら、五公主会議ではホスト役の調停者が絶対らしい。



「では、五公主会議を始めます。本日の議題はベルゼビュート領の今後の取り扱いについてです。この件について皆様のご意見を伺いたい」


円卓から少し離れた位置に立つ調停者が開催宣言と議事進行を務める。


「その前に確認したいのだが、なぜ内戦に部外者を関わらせたんだい?」

「イツキ殿を招聘(しょうへい)することは前々回の会議での決定事項じゃ。わしも含めたここにいる3人の満場一致で決まったこと」

「僕は認めていないよ」

「だとしても同じだったろうな、多数決が決まりのこの会議では。おまえが反対しても3対1。どのみちイツキに助力願うことには変わらなかった。だいたいさあ、おまえは前々回の会議を欠席したじゃねえか。今更何言ってんだ?」


不満顔のアスタロトに対してメロージ翁とリオは呆れ顔だ。


「まあ、招聘(しょうへい)についてはいいさ。だが、なぜこんなヤツを総司令官に任命したのかな? いくら婚約者に花を持たせるためだからってやり過ぎじゃないのかい?」


俺を指差しながらシルクに嫌みを言うアスタロト。

おい、人を指差すのは失礼なことなんだぞ。

お母さんに教わらなかったのか?


「彼を総司令官に推薦したのはわしじゃよ。ガヤルド殿を問い詰めるのはお門違いというものじゃろう? それにこの件についても前回の会議で満場一致で決まった。おぬしが欠席した会議でな」

「実際、イツキは俺達の予想を上回る結果を出してくれた。レーゲンスブルグの民間人の誰一人の犠牲も出さずに領都を開放したのだ。これはもう快挙と言ってもいい。それだけを例に挙げても爺さんの推薦が正しかったことを証明している」

「ふん! そんなのは偶々(たまたま)だね。運が良かったに過ぎんよ」


まあ、認めたくないんだろうなあ。

俺のこと、嫌いみたいだし。

〖混沌の沼〗ダンジョンの件といい、要塞機材の没収の件といい、煮え湯飲まされ続けてるんだから嫌うのも仕方無いことではあるんだが。

だったら、直接俺に文句を言えばいいのに。



――――と、思っていたら、矛先が俺に向いた。


「この蛆虫(うじむし)! なぜ、貴様のような下等生物が格式高い五公主会議の場にいるんだ!? 場違いにも程があるだろう! さっさと失せろ!」


俺だって、ここに来たくて来たんじゃない。

でも、まあ、俺が邪魔だって言うんなら――――


「はいはい、失せますよ。という訳で俺は帰らせて貰うよ」


俺は席を立って出口に向かう。


「ちょっ! 待つんだ、イツキ君!」


シルクの引き留める声が後ろから聴こえたが俺は歩みを緩めなかった。


今回、散々こき使われた挙句、悪口雑言をぶつけられる始末。

俺の理想のスローライフとは程遠い現実。

こんなことが続くのならシルクとの婚約も見直さなければならないな。



そんなことを考えながら議場から出ようとしたら、議場のメイド二人が扉の前に立ちはだかる。


「えっと、出られないんだけど。退いてくれない?」


更にその前に調停者が立ち塞がった。


「ここから退出したいんだけど?」


元々魔王城には来たくなかったんだ。

魔王城には嫌な記憶しか無いからな。

さっさと退散したいね。


「お戻り頂きたい、勇者・斎賀五月(さいがいつき)殿」


表情が読めないな。

だが、確実に解ることが二つ。

この調停者は俺を引き留めるためなら、ここで戦闘も辞さぬ覚悟であるということを。

そして戦闘になれば、シルクやメロージ翁やリオを巻き込むことすら辞さないだろうということを。


「わかったよ。戻りますよ。でもその前に、あの(うるさ)金蠅(きんばえ)を黙らせてくれよ」

「はい、承知仕(しょうちつかまつ)り」


調停者とアスタロトが無言で視線を交わす。

やがて、アスタロトが両手を上げて降参のポーズを採る。


「ちぇっ。怖いなあ、調停者さんは。君と戦うのは御免こうむりたいね。今の私が君の剣に敵うとはとても思えないから従うことにするよ」


そして、今度は俺を直視するアスタロト。


「いいだろう、勇者・斎賀五月(さいがいつき)。君のことは認めよう。ようこそ、五公主会議へ」


手を広げて笑顔で歓迎のポーズを採る。

一々芝居掛かったヤツめ。

どこまでが本音なのかもわからない。

油断も隙も無い狡猾な男。


だが、まあ、俺のことを認めてくれたようだ。

俺のランクが下等生物・蛆虫(うじむし)から勇者に昇格した。


「君を議場から引き離した上で、隙を突いて始末してやろうと思っていたんだけどね。邪魔が入ってしまったよ。本当に残念だ」


アスタロトが『邪魔』な調停者を見ながら未遂に終わった暗殺予定を語る。


「隙を突いても始末はできなかったろうね。俺こそ残念だよ。返り討ちにできなくてさ。ベルゼビュートみたいにサクッと殺してやったのに。ああ、本当に残念だよ。君の魔核はさぞや美しいんだろうね。せっかく婚約者達の結婚指輪の石にしてやろうと思ってたのに。悔しいくらいに残念だよ、まったく」

「なんだって?」


俺とアスタロトが視線を戦わせる。

一触即発の状況に議場は緊張に包まれる。



「その辺にして頂けますか?」


調停者の凛とした声が議場に響き渡る。


「席にお就き下さい、勇者・斎賀五月(さいがいつき)殿」


有無を言わせない気を感じた俺は黙って席に就く。


その間も俺とアスタロトは互いの視線を戦わせ続けるのだった。




「では、話を戻しましょう。ベルゼビュート領の今後の取り扱いですが――――」

「ベルゼビュートの盟友の僕に統治する権利があるとは思わないか? 生前、彼とそんな約束をしていたからね」

「そのことを証明する書面は?」

「無いね」

「お話になりませんね。では、それ以外に――――」

「おいおい、スルーなの? 酷いなあ」


調停者に絡むアスタロト。


「いい加減にしろ! 内戦の最中、領境を閉ざして引き籠もっていたヤツがどの面下げて権利を主張するか!? むしろ、権利は戦勝した俺達にあるだろう!?」


見かねたリオがアスタロトを怒鳴りつけた。


「そうですね。では、戦勝した3者で分割統治するのは如何でしょう?」

「いや、管理が面倒だから俺は辞退させて貰う」


シルクが分割統治を提案したが、リオはそれを拒んだ。


ミケランジェリ領はベルゼビュート領とは直接領境を接していない。間にメロージ領を挟むからだ。もし、分割統治ということになれば、分け与えられた土地はミケランジェリ領の飛び地になってしまう。領土的野心でも無ければ受け入れ難い案件だ。


「では、イツキ殿が統治なされたら如何かな?」


メロージ翁がとんでもない提案をぶっこんできた。


「おお、それはいいな。今回の殊勲者はイツキだ。俺もその案に賛成だ」

「あ、いや、ちょっと、待ってくれないだろうか? 本人の意思もあるだろうから………」


メロージ翁の提案に賛成するリオ。

俺の気持ちを知っているシルクが止めようとするが――――


「なぜ止めようとするんだ、ガヤルド卿? むしろ、婚約者が五公主会議メンバーに選出されて喜ぶ場面だろう?」

「そうだけど――――」

「結婚すれば両者の領土も合併して最大版図になる。よかったじゃねえか。」

「まあ、わしらからの結婚の前祝(まえいわい)のご祝儀(しゅうぎ)代わりに受け取ってくれ。」


嬉しそうに俺に向けてそう提案するメロージ翁。

良かれと思って言ってくれていることだけにどうにも断わり難い。

でも、受け入れたら魔族領の領主にされてしまう。

しかも、元敵国の、だ。


お断りの方向にうまく持って行って貰おうとシルクを見ると、普段の彼女からは想像できないくらいにおろおろしている。見ているこっちが可哀そうに思ってしまうくらいに。


シルクとしては、俺の為に何とかしようと考えてくれているのだろうが、うまく断る方法が思いつかないのだろう。


はてさて、どうしたもんかね?



「僕は反対だね」


助け船は思わぬ方向から来た。


「彼はアナトリア王国の国民なんだろう? 謂わば外国人だ。外国人が統治するなど有り得ないことだとは思わないかい?」


そうだよ。

俺はアナトリア王国の公爵だ。

つまり魔族領から見れば外国人に相当する。


考えてみて欲しい。

日本の首相になれるのは日本国籍を持つ者だけ。

アメリカはもっとハードルが高く、アメリカ国籍を持つだけでなくアメリカで出生していなければ大統領にはなれないのだ。

それに当て嵌めれば、魔族領に籍を持つ魔族領生まれの者しか魔族領の領主にはなれないはずだ。


いい線突いてくるじゃないか、アスタロトさんよ。

その調子で頑張ってくれ。


俺は心の中でアスタロトにエールを送る。


「それについては問題なかろう。イツキ殿はガヤルド領の領籍も所持しておる」


はあっ!?

初耳なんですけど!?


俺が驚いてシルクを見ると、彼女はサッと目を逸らした。


「そうじゃろう? ガヤルド卿?」

「ええ………まあ………そうですね」


相変わらず俺と目を合わせようとしない。

歯切れの悪さから俺に内緒で事を進めていたのが解る。


おい、シルク。

なに目を逸らしてやがるんだ?

俺の目を見ろよ。


せっかくアスタロトがいい流れを作ってくれていたのに。

オウンゴール決めてくれやがって。

どう決着付けるんだ、これ?



「彼が魔族領に籍を持っていることは解ったよ。だが、それだけでは不十分ではないのかな? 五公主会議メンバーである領主は魔公爵位を持つ魔貴族でなければならないはずだよ。そうだね、調停者?」


俺は成り行きでアナトリア王国貴族にされてしまったが、魔族領ではただの冒険者だ。

魔貴族ですらないのだよ。


「その通りです。魔公爵位を持つ者だけが魔族領民を束ねる領主たりえます。これについて例外はございません」


そこで一旦言葉を切る調停者。


「しかし、前回の五公主会議にて満場一致で勇者・斎賀五月(さいがいつき)殿はガヤルド卿と並ぶガヤルド領の魔公爵に任じられております」


また、トンデモ発言キター!


「おい!」


さすがの俺も黙っていられなくなった。


「どういうことか説明して貰える?」

「総司令官の資格要件に侯爵以上とあったんだ。だから、魔貴族に推薦したら通った」

「じゃあ、侯爵じゃなくて公爵にした理由は?」

「君はボクと並び立つ公配となる者。だから爵位も同格にしたかったんだ」

「わかった、シルク。もういい」


頭痛くなってきた。

まさか、身内に追い込まれるなんてね。



「領主資格に足る爵位であることはわかったよ。だが、ここに居る誰もが忘れてはいないだろうか? 彼は人族だ。魔族じゃない。魔族より劣る人族の統治など、領民が受け入れるはずがない。戦乱が起きるよ」


うんうん、その通りだよ、アスタロト君。

君達が考える『魔族>人族』の符号に当て()めれば、俺が魔属領の統治者として相応しくないって思えるよね。

だから、その線で押し切るんだよ、アスタロト君。


俺はアスタロトに向かってサムズアップを決める。


「?」


それを見た彼が困惑した表情を浮かべた。


「以上より、人族である勇者・斎賀五月(さいがいつき)には領主要件が満たないものと判断する」


その結論を待っていたかのようにメロージ翁が確認する。


「貴殿の反対理由はイツキ殿が『魔族より劣る人族』であることだけか?」

「そうだ。それ以外の反対理由は全てクリアされてしまったからね」

「そうか。ホッホッホッホッ」


言質(げんち)は取ったとでも言うような態度にしか見えないメロージ翁。


「ならば、問題は無いじゃろう」


メロージ翁が俺に視線を向けた。


「彼には魔族領を統治する領主要件が全て揃っておる」


ちょっと待て、メロージ翁!

あんた、何を言うつもりだ!?


「いや、一魔族領だけでなく、このエーデルフェルト全域を統治する資格があると言ってもいい。数多ある皇帝、王を統べる資格が」

「メロージ翁。それ以上は――――」


俺はメロージ翁の発言を制止しようとした。

それは、俺とセリアだけの秘密だ。

ここで暴露していい内容じゃない。


だが、メロージ翁は止めてはくれなかった。


「わしは全てを見通すスキルを持っておるのじゃよ。そこのガヤルド卿以上のな。だから、巧妙な隠蔽は無駄じゃよ、イツキ殿」

「そうだとしても、ここで話して言い内容じゃないでしょう!?」


俺が慌て始めたのを不審に思ったシルクやリオ、アスタロトが視線を向けてくる。

調停者からも刺すような視線が…………


「何を焦っておられるのですかな? 勇者・イツキ殿」


穏やかに微笑むメロージ翁は席を立つと、俺の前にやって来た。

そして、膝をつき首を垂れて続けたのだった。


「いや、こうお呼びした方がよろしかったですかな? 我が主、超越者・斎賀五月(さいがいつき)様」




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