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140 中庭の訓練場にて

翌日昼過ぎまで寝ていた俺は、領主公邸の中庭を一人で散策していた。

腕時計を見てみると、午後2時をまわっている。


今回は色々疲れることが重なったからなあ。

勇者の加護[超回復]で身体の疲れは取れているが、精神的な疲れはどうにもならない。

早く自宅に戻ってゆっくりしたいよ。


リーファ、どうしてるかなあ。



中庭の訓練場に赴くと、親衛隊の隊員達が訓練に励んでいた。


その中に見知った顔が訓練に交じっているのが見えた。

例の市街地を見立てた設備。

敵兵の的が民間人に見立てた的を盾に物陰から姿を現す。


が、現した瞬間、敵兵の的の頭が石弾に撃ち抜かれていた。

民間人の頭から5cmも顔を出していないのにだ。


反対の物陰から敵兵の的が顔を出す。

その方向を見もしないで正確に炎弾が心の臓の位置を正確に撃ち抜く。


どうやら、それが最後の的だったらしい。



「「「「「「うおぉぉぉぉぉぉ! すげえぇぇぇぇぇぇ!」」」」」」

「パーフェクトなんて初めてみたぜ!」


見学していた隊員達が賞賛の叫びを上げる。


「見事だ、ソルグレイヴ嬢」


アップルジャックさんが拍手をしながら歩み寄っていく。


「上達したね、マリー」


俺もマリーに歩み寄る。


「イツキ様! ご覧になってたんですか!?」


マリーが嬉しそうに駆け寄って来る。

今日のマリーは隊員達と同じ訓練用のダークグレーの軍用ジャケットとスラックスに身を包み、黒い軍靴を履いている。髪は黒いリボンで後ろに纏めてあり、頭にはヘッドドレスではなく、ダークグレーのベレー帽を被っている。

俺が譲ったスターリングシルバーの賢者の杖を右手に持つ彼女はどう見ても親衛隊の魔道候補生だった。


「勇者様も見ましたか? ソルグレイヴ嬢の手並みを」

「うんうん、見てたよ。それにしても、凄いよね。ノールックで炎弾の精密射撃とは。俺でもこうはいかないよ」

「ただ、あまりにも強すぎて、隊員達では実践訓練の相手にならないのです。それで、こうして設備を使った攻撃訓練しかさせてやれないんですよ」

「防御魔法の訓練は?」

「隊員達の攻撃魔法は全て撥ね返されるか、無効化されてしまうので………」

「防御魔法を上達させるには、より強い相手が必要か………」

「そうなると、公爵閣下くらいしか………」


まさか、領主自らが稽古をつけるという訳にもいかないか。


魔法が使えるようになったマリーに訓練をつけるようシルクに仰せつかったアップルジャックさんだが、どうしたものかと悩んでいたらしい。

ちょうど、そこに俺がやって来たので『渡りに船』と相談を持ち掛けてきたってところか。


まあ、相手に心当たりが無い訳ではないが…………


サリナは?


う~ん。

彼女は今、シルクの秘書官待遇で内戦の事後処理の書類仕事で忙しい。

この上、メイド長代理の魔法訓練の相手なんか頼んだら、後でとんでもない代償を要求されそうだ、主に性的に。


うん、サリナはダメだな。



あ、そうだ。


「白亜はどうかな。異種格闘技戦、みたいな?」


それを訊いたアップルジャックさんが遠い目をした。


「この訓練場を破壊するおつもりですか?」


アップルジャックさんによると、午前中、白亜が隊員達に稽古を付けに来たらしい。

それはもう凄いスパルタで、隊員達が音を上げても容赦せず、


『何を生温い事を言うておる! 敵は疲れたからといって手心を加えてはくれぬぞ! 確実に貴君等の命を奪いに来る! 必死に(あらが)って見せよ!』


と、容赦なく隊員達を斬り伏せまくったそうだ。

手にしていたのが訓練用のトレント木剣だったので打撲で済んだが、生身の剣なら親衛隊は確実に全滅していたとのことだ。

しかも、最後には隊員全員を相手に[円舞二式]まで放った。


そこまで説明してくれたアップルジャックさんの視線の先には壁に穴の開いた修練場の建物が…………


荒れてるな、白亜。

昨日、なんかあった?



「了解。じゃあ、俺がマリーの相手をするよ」

「あの、見学させて頂いても?」

「ご自由にどうぞ」

「お~い。これからイツキ殿が試技をして下さるそうだ。魔道兵達はきちんと見学し、後でレポートを提出するように」


レポート提出?

うわあ。



「じゃあ、マリー。俺に攻撃魔法を放ってきなさい。全力でね」

「いいんですか?」

「ああ。その方が俺の訓練にもなる」


俺は周りに被害が広がらないように半径20mに[結界]を展開する。


「では、いきます!」


そう言い終わる前に、[ファイアガトリング]の炎弾連続射撃が襲い掛かって来た。

速射スピードは毎秒5発。1分間に300発だ。

火属性が相手なので、水属性の[ウォーターシールド]と氷属性の[アイスシールド]を交互に重ねた防御壁を10層、オートモードで前面に展開する。

マリーの[瞬間発動]より遅れて展開されたため、数十発の炎弾が防御壁の内側の俺に着弾する。

が、勇者の加護[絶対防御]の防殻に守られた俺はノーダメージ。

マリーの炎弾飽和攻撃は俺の10層の防御壁のうち4層までを破壊。

オートモードなので破壊された防御壁に代わる防御壁が直ちに内側に展開する。


なるほど、マリーの攻撃魔法は圧巻だ。

普通の特級魔導士でも防ぎきることは難しいだろう。


だが、防御魔法の方はどうかな?


俺は防御壁を解除し、マリーに向けて[ウォーターバレット]を行使する。

但し、オートモードで。

様々な角度から襲い掛かって来る水弾に対して[ファイアシールド]で炎の壁を展開して水弾を打ち消すマリー。

その間も炎弾飽和攻撃を絶やさない。

さすがだよ、マリー。

普通は攻撃を仕掛けられたら、防御に専念するものなんだけどね。

[瞬間発動]で複数の属性、複数の種類の魔法をほぼ同時展開できるマリーだからできる芸当だよ。


マリーは[ファイアガトリング]だけでなく[ストーンガトリング]、[ビームジャベリン]までほぼ同時発動してきた。

炎弾だけでなく、石弾やビームも織り交ぜての多彩な飽和攻撃。


天性の才というかセンスが無ければできないぞ、これは。


俺が使う攻撃魔法は水属性だけに制限している。

炎弾も氷弾も石弾もビームもマリーを傷付けてしまうから。


でもまあ、傷つけない攻撃ならいいよね。


大きく迂回した水弾がマリーの襟首を直撃した。


「きゃあああああああ!」


襟首から背中にかけて濡れネズミになったマリーの攻撃の手が止まる。


空かさず[エリアダークネス]を発動する。


マリーの足元から湧き出した闇の手がマリーの手足と胴を拘束し、その口を塞いだ。


「ううっ! むぐうううっ!」


手から賢者の杖を取り落としたマリー。


「降参かな?」


俺の質問に黙って首を振った。


闇の手は降参したマリーの身体を勝手に(まさぐ)っている。


「あん! いやあ! そこ! だめ! きちゃう!」


マリーの(もだ)える声に隊員達が生唾をゴクリと飲み込んでただただ見守っていた。


「うわあ、えげつねえ」

「水浸しにして、闇の手で拘束って…………」

「あの闇の手、もみもみしてるけど、ワザとか?」

「腰を這い上がってるぜ」

「あ、胸揉んでるぞ」


なんか、ドン引きされてるよ、俺。


とりあえず、拘束を解こう。

[エリアダークネス]を解除。


「イツキ様、酷いです~」

「こういう絡め手もあるから気を付けるように」


マリーはまだまだ素直過ぎる。

妖魔なんだからもっと卑怯な手を使ってきてもよさそうなもんなんだけど。

それとも、妖魔に対する俺の考え方が偏見なのか?



「いやあ、凄い防御でしたな。実際、ソルグレイヴ嬢の飽和攻撃を生身で受けるなんて普通の隊員には無理ですな。まあ、闇の手攻撃には思うところもありますが。」


いいんだよ、アップルジャックさん。

俺の攻撃がエロかったって言っても。


でもさ。

闇の手は対象を拘束するって命令には従ってくれるが、それ以外は彼らの自由なんだよ。

だから、女の子の胸を揉んだり、腰やお尻を這いずり廻ったりするのは、俺の意志に関係なく闇の手が勝手にやってることなんだよ。

だから、俺は悪くない!

俺のせいじゃない!


「――――なんて言い訳を考えてたりしないよねえ?」


振り返ればヤツがいた。

こめかみをピクピクさせながら笑みを浮かべるシルクが。

その横には、胸に抱いた書類の束をクシャッと握り潰して微笑むサリナが。


「マリーは着替えて仕事に戻りなさい」

「はいっ!」


シルクに命じられたマリーが訓練を終えて事務仕事に戻る。

そのマリーが俺の横で立ち止まり、


「今日はありがとうございました、イツキ様。また、手合わせお願いします」

「ああ、また機会があればね」

「それから………その………私………何かされるなら直接がいいです。あっ……いえ………何でもありません! 失礼します!」


それだけ言うとあっという間に庁舎内に消えてしまった。



おい、ちょっと待ってくれ。

周りに誤解されるようなことだけ言って逃げるなよ。

あれは意図的にエロい真似をした訳じゃなくてだな。


「ねえ、イツキ君。言い訳を訊かせて貰おうか?」

「そうね。わたしもぜひ訊いてみたいわ」


シルクとサリナに責められそうな俺はアップルジャックさんに救いを求める。


「すいません。さすがにあれは弁護できません」


アップルジャックさんに見放された俺は必死で自己弁護を試みるが、二人の判事はにべもなかった。


「君には罰が必要だね」


シルクが取りい出したるは2つのバケツ。


うん。

わかってる。

この先の流れは昨日と一緒だ。




「あんた、また、やらかしたの?」


訓練場を通りがかったセリアが口に手を当てて笑いを堪えていた。


結局、シルクが再び現れて許してくれるまで、俺は訓練場のど真ん中で満水のバケツを両手にぶら下げたまま4時間に渡って立たされたのだった。







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