139 あんたは存在そのものがイレギュラー
去って行くマリーの後ろ姿が見えなくなるまでじーっと見ていたセリアが口を開く。
「あんた…………」
「なんだよ?」
「いえ、何でもないわ」
プイッと踵を返し、顎で行先を示す。
「さあ、行くわよ。ついてきなさい」
それだけ言うと廊下を先導して俺の前を歩いていく。
暫くは二人とも黙って歩いていく。
執務室に居た時からずっと不機嫌そうなセリア。
レーゲンスブルグ要塞に向かう前の愛らしい態度はどこに行った?
角を曲がったところで前を歩くセリアが口を開く。
「ねえ、イツキ。あんた、わたしになんか言うことない?」
「藪から棒に何を言い出すんだ?」
「親友におとぼけをかますなんて、あんた、いい度胸してるじゃない?」
立ち止まったセリアの肩が震えている。
ちょっと待って?
意味がわからないんですけど?
「あんたさあ、なんてことしてくれるかなあ」
「ん? はっきり言って貰わないとなんのことだかわからないよ。ほら、俺、色々やらかしちゃってるから。思い当たる節が一杯ありすぎて、もう何が何だか――――」
「闘神アスラを神界に送り帰した件よ!!」
振り向いたセリアに怒鳴りつけられる。
ああ、阿修羅王に神界にお引き取り願った件か。
それがどうしたんだ?
「あんたのせいで神界は大騒ぎよ!」
「阿修羅王は元々神界に居た神族なんだろう? 元の鞘に戻ってめでたしめでたしじゃないのか?」
「そうね! あんたの言う通りよ! でもね、そんな簡単なことじゃないのよ!」
何がそんなに気に入らないんだ?
あのままヤツをエーデルフェルトに居させたら、エーデルフェルトが修羅の世界になってたと思うんだが。
「俺はセリアのためを思って、阿修羅王に出て行って貰ったんだが?」
「ぐっ! 狡いわよ、イツキ! そんなこと言われたらあんたのこと怒れないじゃない!」
セリアが葛藤した表情で俺を睨む。
「阿修羅王が神界に戻ったことで何か不都合でも生じたのか?」
「また騒乱が起きるって神界は戦々恐々よ。『上級神と中級神の戦いが始まる』って」
「その騒乱にセリアも巻き込まれるのか?」
「わたしは自分が担当する世界を管理する『下級神・アドミニストレーター』だから関係ないけど…………でも、関係各所から苦情が殺到してるのよ、あんたについての!」
「それは……その………迷惑を掛けた。謝るよ」
素直に謝る俺。
じっと俺を睨みつけるセリア。
「もう、仕方がないなあ、わたしの親友は。本当に手を焼かせるんだから」
ようやく相好を崩してくれた。
「でも、気をつけなさい。あんた、アスラに娘の奪還を唆したんだって? その件で、帝釈天があんたのことを敵認定したみたいよ」
セリアによると、神界に戻った阿修羅王は、
『帝釈天から娘を取り戻す!』
と一族の前で宣言したらしい。
更に彼はこう語ったそうだ。
『嘗て、俺は娘を取り戻すことを諦めて下界に出奔した。そんな俺に喝を入れてくれただけでなく、娘を正気に戻す手伝いまで買って出てくれた者がいる。その者の名こそエーデルフェルトの勇者・斎賀五月、俺の頼りになる盟友である』
あいつ、勝手に盟友宣言しやがって。
あの時も言ったが、俺は神界になんか行かないからな。
「で、どうなの?」
「何が?」
「実際に戦いに巻き込まれた時、あんた、帝釈天に勝てるの?」
「大丈夫じゃね? たぶん」
「相手は上級神よ」
「そうなのかい?」
中級神の阿修羅王ですら赤子の手を捻るくらいに簡単に撃破できたんだ。
上級神の帝釈天相手でも手も足も出ないってことはないだろうよ。
最近、な~んか、前より、俺の腕力と瞬発力と反応速度が人間離れしてきているんだよねえ。
職種変更しなくても全魔法使えるようになってるし。
俺はレーゲンスブルグ要塞戦以降、自分のステータスを確認していない。
どうせとんでもないことになっているに違いないんだろうから。
見るのが怖いんだよ。
帝釈天は力を司る神との話だが、そいつと互角に戦おうと思ったら、人間離れした力も役に立つような気がする。むしろ、禁呪を含めた魔法が使える点では、俺の方にアドバンテージがあるといえる。
まあ、帝釈天と戦うつもりはさらさら無いんだけどね。
もっとも、向こうが喧嘩吹っ掛けて来たら話は別なんだが。
「創造神様は膝を叩いて面白がっていたけど、ほんとに大丈夫?」
「まあ、なんとかなるっしょ」
「ほんとうかなあ?」
そこでセリアが何かに気がついたらしく、俺に確認してきた。
「そう言えば、あんた、闘神アスラを倒したのよね? 中級神に勝ったんでしょ?」
「ああ、サクッと背負投げで失神させてやった。神なのに意識失っちゃったから失神、な~んちゃって、ね」
それを訊いたセリアが哀れなモノでも見るような表情を俺に向けた。
「時々、あんたからオヤジ臭プンプンする滑った駄洒落を聞かされるんだけどさあ。全然、面白くないわよ。ほんと、マジ引くわぁ~」
わかってるよ。
だから確認するように俺の心を抉るなよ。
「そんな親友のあなたにお願いがあるの」
上目使いで哀願するポーズをとるなよ。
可愛いから何でも叶えてやりたくなるじゃないか。
「ゴホッ! あ~……その……仕方ないなあ。叶えてやるから言ってみろよ」
それを受けてセリアがニッコリ微笑んでお願いしてきたのだった。
「イツキのステータスを見せて?」
それを訊いた瞬間、俺は踵を返して脱兎のように逃げ出した。
が、逃げ切ることはできなかった。
「待ちなさい!」
西部劇のカウボーイの投げ縄のように投げられたセリアの[光の縄]。
狙い違わぬ正確な縄捌きにより俺は雁字搦めで床に転がされる羽目になった。
俺の上に馬乗りになったセリアが命令してくる。
「さあ、イツキ。ステータスをオープンしなさい」
「イヤだ!」
つつかれた芋虫のようにうねって抵抗する俺。
「そう。ならば強制オープンよ。アドミニストレーターたる女神セレスティアがシステムに命じます。斎賀五月のステータスを強制オープンしなさい」
「や、やめろ!」
俺の抵抗空しく、自動音声が鳴り響く。
『アドミニストレーター権限を確認。
斎賀五月のステータスを強制オープンします』
俺の意志を無視しての強制開示。
俺のステータス画面が表示されていく。
それを見たセリア。
「こ、これは…………」
それだけ呟くとフリーズしてしまった。
だからやめろって言ったのに。
そう思いながら、自分のステータスを確認する。
開かれちゃったものはしょうがないからね。
恐る恐る確認した俺のステータスがとんでもないことになっていた。
名前 斎賀五月
年齢 17
性別 男
種族 亜神
レベル ∞
HP ∞
MP ∞
魔法属性 全属性
称号 超越者
職種 勇者
ギフトスキル 称号・職種変更[スイッチ]
「なんなのよ、これ!?」
セリアに襟首を掴まれ、思いっきり揺さぶられる俺。
「あばばばばばば! やめて! 脳味噌バラバラになるから! 口から出ちゃうから!」
「ふざけたこと言ってないで説明しなさいよっ!!」
「俺自身よくわかってないんだよ! 俺の方が訊きたいくらいなんだよ!」
それを訊いたセリアが俺の襟首から手を放して俺から退くと、腰に手を当てて顎をクイッと上げた。
「とりあえず、思い付く限りを話してみなさい」
「その前にこれをなんとかしてくれよ」
俺は『光の縄』による拘束を解くことを要求した。
「しかたないわねえ」
拘束を解かれた俺は思い当たることをセリアに話してみた。
最近、俺の腕力と瞬発力、動体視力、反応速度が人間離れしてきたこと。
闘神を赤子の手を捻るくらい簡単に倒せたこと。
大賢者に職種変更していないのに、超級魔法が使えるようになったこと。
ついでにこれまでの経緯についても説明する。
黙って訊いていたセリアが腕を組んで考え込む。
顔を伏せられたので、その表情は読めなかった。
やがて顔を上げたセリアが口を開いた。
「イツキ、よく聞いて。あんたの能力が急上昇したのは騎士王とその軍勢を倒し、レーゲンスブルグ要塞の再浮上を抑え込み、要塞の自爆装置の制御を乗っ取ったせいよ。そしてアスラに勝利したことがあんたを人間から亜神に進化させた。レーゲンスブルグ領都民200万を救ったことが、あんたを本当の意味での『勇者』にした。称号から職種になったのはそのためよ」
なるほどねえ。
俺の能力が無限大になったのも、亜神に進化したのも、勇者が職種になってしまったのもそのせいか。
でも、『亜神』って何だ?
それに、『超越者』って?
「でも、気を付けなさい、イツキ」
「何を?」
「あんたは人から神に進化する途中。これまで、そんな過程で神になった者はいないわ。謂わば、あんたは存在そのものがイレギュラーなのよ」
「そのことで俺が気を付けなきゃいけないことでもあるのか?」
「神界は、断りも無く人から神になることを許さない。場合によっては、あんた、邪神として討伐されるわよ」
おいおいおい。
冗談じゃないぞ。
俺は望んでこうなった訳じゃない。
それなのに邪神指定されて討伐対象にされるだと?
「既にアスラの盟友ってことで、帝釈天に敵認定されてるのよ、あんた」
ああ、討伐対象にされる理由、あったわ。
「邪神ってことになれば、その親族や縁者も討伐の対象になるわ」
つまり、白亜やリーファ、シルクにサリナも討伐対象になるってことか?
ハハ…………こっちの都合も考えない勝手な話だよ。
ハハハ…………いいだろう、受けて立つよ。
俺と俺の大事なものに手を出すっていうのならな。
しかし…………
「なあ、俺がその親族や縁者とやらと縁を切ったらどうなるんだ?」
「それはまあ討伐対象からは外れるわねえ……って、あんた、まさか!?」
俺は笑って答えない。
ただ、そういう選択肢もあるってことだ。
「わたし達と縁を切るつもり!?」
俺は笑って答えない。
大事な者達が平和に暮らせるというのなら俺は迷わない。
「ねえ! 答えなさい! イツキ!」
俺は笑って答えない。
この世界に召喚された当初と同様に一人に戻るだけだ。
「答えてよっ!!」
セリアが俺の両肩を掴んで見上げてきた。
目に涙を溜めて。
俺の肩を掴んだその手を優しく外す。
「例えば……の話だよ。そうするとは言ってないだろ? 第一、まだ、邪神指定されてもいないじゃないか? セリアは気を廻し過ぎなんだよ」
疑わしそうな目で見るセリア。
信じてないな?
「俺のことより、お前の方だよ。俺が邪神指定されたら、俺の親友のおまえも邪神指定されて討伐されちゃうんじゃないのか?」
『何言ってんの、こいつ?』って目で睨まれてしまった。
セリアは胸に手をやって高らかに宣言する。
「わたしは創造神様の秘蔵っ子よ。誰であれ、わたしに手を出す神なんていないわよ。わたしに手を出すってことは、創造神様に弓引くことになるのよ。それこそ、邪神指定されて創造神様に消されるわよ」
俺はセリアの肩に優しく手を置く。
「ねえ、セリア。妄想や勘違いは身を亡ぼすよ。現実をよ~く見た方がいい」
「妄想じゃないわよ! 創造神様がそう言ってくれたもん! 約束してくれたもん!!」
「うんうん、そうだね」
「憐れむような目で見るな! 本当のことなんだからね! 信じなさいよ!」
必死に抗議するセリア、可愛いな。
こうして俺のことを心配してくれたり、俺におちょくられて怒ったりしてさ。
やっぱりこいつは恋人というより、気の置けない親友の方が相応しい。
まあ、俺に何かあってもこいつのことは心配しなくても大丈夫そうだ。
それよりも、だ。
俺はやられたらやり返すのをモットーにしている。
さっきは俺のステータスを強制的に見られてしまった。
ならば、俺もセリアのステータスを覗いてやる。
しかし、女神のステータスなんて覗けるのかね?
俺は[鑑定+++]をセリアに行使する。
「ちょっ、ちょっと! 勝手にステータス見るな!」
セリアに気付かれた。
「止めなさいよ! キャーッ! エッチ! スケベ! 変態っ!」
制止空しく、セリアのステータスがオープンされた。
名前 セレスティア
年齢 1000
性別 女
種族 女神
レベル ∞
HP 3499999
MP ∞
魔法属性 全属性
称号 天秤の守護者
職種 アドミニストレーター
ほお。
予測していた通り、レベルとMPは無限大。
でも、HPは少ないんだな。
そういえば、こいつ、前世でも体力無かったし。
「おまえ、女神の割にHP少ないよな」
「大きなお世話よ」
「お、さすが鑑定+++。思わぬ情報が見えたぞ」
「な、何が見えてるのよ!」
「なになに? ツンデレ、チョロイン………ふむふむ、サリナのGカップが羨ましい? わたしはバストアップ体操してるにも拘らずCカップ止まりなのに………」
「嘘! そんなものまで見えてるの!?」
「うっそぴょ~ん。そんなもの見える訳ないじゃん」
見えなかったが、俺が言ったとおりではあるらしい。
「俺はオッパイ星人じゃないから安心したまえ。それにしても…………ププッ。バストアップ体操までしていたとはねえ、女神様がねえ」
そんなことしなくてもCなら標準だと思うのは俺だけ?
子供の白亜はともかく、シルクなんか大人なのに絶対Aだぞ。
それに比べればまだマシな方じゃないか。
何を気にすることがあるというのだ?
あっ、ヤバい!
セリアがマジギレしてる!
「乙女の秘密を暴きやがって! 泣かす! 絶対に泣かす!」
「1000歳って乙女って歳じゃないよね?」
「まだ言うか!! 今すぐ捕えて、その余計なことを言う口を引き裂いてやる!」
言わなきゃいいのに思わず口をついて出てしまった禁句。
俺は俺を非難したい気分だ。
俺も何でわざわざ自分を追い込む真似をするかなあ。
セリアが『光の縄』を鞭形状に変化させて俺に振るってきた。
「ひゃ~っ! セリア様、御乱心!」
俺は鞭を避けながらセリアから逃げた。
「待てコラ! 逃げるんじゃねえぞ、ゴルァ!」
「セリア様! 殿中でござる、殿中でござる!」
俺は廊下を歩く人を縫うように走る。
セリアの振るう鞭が生き物のように歩く人を縫いながら俺に襲い掛かって来る。
「ねえ誰か! 見てないで誰かセリアを止めて~~っ!」
鬼の形相で追って来るセリアとの終わりなき追っ駆けっこが続くのだった。
■
「君達は、公邸内で何をやっているのかなあ?」
十数分後、俺達は騒ぎを聞きつけてやってきたシルクに廊下に正座させられる羽目になった。
ただいま、こってりと絞られている真っ最中。
「こいつがわたしを揶揄うから――――」
「揶揄われて頭にきたら廊下で鞭を振り廻してもいい、と?」
「…………ごめんなさい」
言い訳が通らず謝るセリア。
「ケケッ。ざまあ――――」
「イツキ君?」
「あ、はい………すいません」
セリアを笑った俺を窘めたシルクの笑顔が物凄く怖かった。
「君達には罰が必要だね」
そう言ったシルクがマジックバッグから取り出したのは4個のバケツ。
いや~な予感しかしない。
案の定、シルクが水をなみなみと満たしたバケツを差し出してきた。
「はい、これ」
有無を言わせない笑顔だ。
「両手にこれを持って、夕飯の時間になるまで立っていたまえ」
「「ちょっと、冗談じゃ――――」」
「これじゃ足りない?」
もう2個バケツを出してきた。
「これを頭の上に載せると姿勢が良くなるそうだよ」
どっかで聞いたようなセリフ。
誰だ? そんな余計なことを考えついたヤツは!?
ああ、俺だったよ。
「「いえ、結構です」」
「そうかい?」
シルクは2個のバケツをマジックバッグに戻すと、
「じゃあ、大人しく反省しているんだよ。」
そう言って去って行った。
それから、夕飯の時間までの間。
俺とセリアは水を満載したバケツを両手に持って立っていた。
というより、立たされていた。
「ねえ、勇者様と女神様が立たされてるわよ」
「まさか。勇者様や女神様が立たされる訳ないだろう。偽物だよ」
「ああ、あれがコスプレというものなのね」
「それにしても勇者様や女神様に化けるなんて身の程知らずだな」
「領主様に怒られたみたいよ」
「自業自得よね」
廊下を行き交う人達が俺達を見てヒソヒソ囁き合っている。
三条河原に晒された晒し首の気分だ。
「セリア、ごめん。調子に乗り過ぎた」
「わたしこそ、大人気なかったわ。ごめんなさい」
反省した俺達は互いに謝罪する。
だが、こんな時に限って時の歩みはゆっくりだ。
俺とセリアは遠い目をしながら、夕飯の時間になるのを待ち続けるのだった。




