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014 勇者なんて種馬みたいなもんだろ

支部長室の応接セットの3人掛けのソファに座らせられた俺は俎板(まないた)(こい)だった。テーブルを挟んだ俺の対面には支部長が座り、その横にはアイシャさんが立っていた。白亜(はくあ)は俺の横だ。アイシャさんが淹れてくれたハーブティーの香りがティーカップから漂っていた。


「俺は冒険者ギルド、ホバート支部長のアインズ・シュトーレンだ。そして、こっちが、副支部長のアイシャ・シュトーレン」


アイシャさんが副支部長?

てっきり、受付嬢だと思ってた。しかも支部長と名字が同じ?

歳が離れているように見えるから、


「アイシャ・シュトーレン副支部長は、アインズ・シュトーレン支部長の娘ですか?」

「ぶほっ!」


アインズ支部長が飲みかけの紅茶を噴いた。


「俺がこいつの父親に見えるってのか!?」


いきなり怒鳴られた。


「ええ、まあ、名字と見た目で」


俺は思った通りのことを言った。

横で白亜(はくあ)が笑いを堪えているのが見えた。


「おまえ、失礼なヤツだな。少しは気が使えんのか?」

「エコロジーでエコノミーな男なもんで、無駄な社交辞令は言わないんですよ。それに、むさいおっさんがこんな綺麗な人と夫婦だとも思えませんでしたので、消去法で」

「アハハハハハ」


遂に白亜(はくあ)が笑い出した。


アインズ支部長が呆れたように俺を見ると、


「まあいい。俺とこいつは兄妹だ。それにこいつとは親子ほども歳は離れてねぇよ。それから、俺のことはアインズで、こいつのことはアイシャでいい」

「わかりました。アインズ支部長。アイシャさん」


アインズ支部長は咳払いをすると、本題に入った。


「で、()くんだが、おまえが弁慶(べんけい)を倒したのか? 名は何と言う?」

「サイガイツキです」

弁慶(べんけい)、おまえは本当にこのサイガイツキって男に負けたのか?」

「無論じゃ。(わらわ)はこのお方に正々堂々勝負で負けた。そして、その軍門に下った証として、このお方を生涯の(あるじ)と決めたのじゃ」

「それでいいのか?」

(わらわ)の決意は固いのじゃ」


それを聞いたアインズ支部長は黙って頷いた。

白亜(はくあ)の言葉をアインズ支部長は素直に信じてくれたようだ。


「で、冒険者登録の名義変更に来たという訳か?」

「それと、(わらわ)の主の冒険者登録もじゃ」

「了解した。アイシャ、名変書類と登録書類は?」

「既に用意してあります。では、二人とも、この用紙に必要事項を記入してね」


いつ用意していたのか、俺達それぞれの前に書類とペンが置かれた。ここにすぐに連れて来られたから、書類を用意する時間は無かったはずなんだが。

俺は白亜(はくあ)だけに聞こえるように、


「アイシャさんはできる人なのか?」

「アイシャの動きが見えなんだか? それも当然のこと。今でこそ副支部長なぞやっておるが、現役時代は凄腕のアサシンじゃったからの。古株の冒険者連中からの情報じゃ」

「何それ、怖いっ!」


白亜(はくあ)も小声で答えてくれたが、聞いた俺が思わず驚きの声を上げてしまった。


「何か?」

「いえ、なんでもありません」


尋ねるアイシャさんから凄い圧を感じた俺はそう答えるしかなかった。


「ねえ、ほんとに大丈夫だったの? 怪我とかしていない? 一生残るような傷でもあったら…………」


アイシャさんのスーツの袖の内側がキラリと光った。

なんか仕込んでる!


「怪我はしたが、(あるじ)が治癒魔法で全部治してくれたのじゃ。ほら、このとおり、傷も残っておらぬのじゃ」

「そう? もし、後遺症が出るようだったら言うのよ」


相変わらず、俺に対するアイシャさんの敵認定は解除されていないらしい。

暗殺されないように気を付けよう。


登録用紙の本人記入欄は、名前、年齢、性別、種族、職種。

ギルド側記入欄は、レベルと冒険者ランク。

職種もいつもので。


俺は本人記入欄に以下のように記入した。


名前   サイガイツキ

年齢   17

性別   男

種族   人間族

職種   賢者


用紙を提出する。


アイシャさんは次に50cm四方のプレートを取り出して応接テーブルの上に置いた。

そして、プレートに隣接した位置に三脚を置き、そこにタブレットらしき物を載せた。


「では、最後は冒険者ランクを決めるレベル測定よ。こちらのプレートに手を置けば、レベル値がこのように」


言うが早いか、アイシャさんが俺の手を(つか)んでプレートに乗せた。

手を載せたプレートが輝き始め…………

次の瞬間、


『ピシッ!』


という音がしてヒビが入り、


『パリーン!!』


という音と共に砕け散ってしまった。


「「「えっ?」」」


俺とアイシャさんとアインズ支部長が同時に驚きの声をあげた。

白亜(はくあ)はさもありなんと平然としていた。

支部長室内は静まりかえり、視線が痛い。

まずいな。

俺は冷汗をかきながら、


「なんか、プレートが劣化してたみたいですね」


アイシャさんは怪訝(けげん)な顔をして砕け散った破片をジッと見つめている。


「レベル測定プレートも壊れちゃったし。もう、初心者ランク、ああ、そう、最低の《E》ランクでいいですよ」


身分証としてのギルドカードが欲しかっただけだし、ランクなんてどうだっていいし。


あれ? 答えが無い。


「あ、弁償すればいいですか? レベル測定プレートの代金、おいくらかな?」


アインズ支部長が獲物を見るような目をして言った。


「今迄、この支部ではレベル測定プレートが砕け散ったことなんて無かったんだよ」

「へえ、そうなんですか」

「なにしろ、《SS》ランク・レベル5000の『英雄』称号まで測定できるプレートだからな。だから、簡単に砕け散るようなもんじゃないんだよ」

「それは、それは」


レベル5000まで大丈夫なら、『賢者』で壊れるはずがない。なんせ、『賢者』のレベルは5000だ。

じゃあ、なぜ壊れた?


「これ、本当に正確な測定ができるものなんですか?」

「あたりまえだろうがっ! 経歴詐称(けいれきさしょう)隠蔽対策(いんぺいたいさく)も万全だからな!」


そう言いながら、アインズ支部長がズイッと乗り出してきた。


「そいつの本当のレベルを暴き出すんだよ、嘘偽りなく」

「へえ、すごいですね」


()()る俺。

まさか、[スイッチ]によるレベル制限が無効化されている?


「なあ、この意味、わかるか?」


怖い顔で迫って来るよ、この人。


「さあ? 俺にはさっぱり。」


本当にわからないんだよ。

どうしてレベル制限が無効化されたのか、なんて。

なんとか、穏便に済ませなくては。


「でも、壊れちゃったならもうレベル測定はできませんよね?」

「普通に考えれば今すぐ再測定はできない。だが、再測定できなくてもわかることがある」


アインズ支部長が元の場所に座り直す。腕は組んだままだ。


「何がわかるんでしょうね? さっぱり見当がつきませんね」


あれ? 白亜(はくあ)まで『白々しい』って目で見るの? 


「そうか見当もつかないか」


アインズ支部長がジッとこちらを見据えて、


「冒険者ギルドで語り継がれている伝説のような話がある。かつて冒険者ギルド本部で一度だけレベル測定プレートが砕け散ったことがあった」

「な~んだ、前例あるじゃないですか」


と答えつつも、俺の心のアラートがけたたましい警告音を発している。


「それはなぁ~。勇者がレベル測定プレートに触れた時だったんだよ!!」


アインズ支部長が怒鳴って拳を叩きつけた応接テーブルは真っ二つに壊れてしまった。

上に載っていたティーカップも粉砕され破片が床に散乱。

ただ、白亜(はくあ)のティーカップとソーサーだけが無傷で白亜(はくあ)の手の中に収まっていた。


「えっと、俺、なんか疑われてます? 俺、帰った方がいいですよね」


この世界に来て2度目の自主退場宣言。

アイシャさんが素早くドアに向かうとガチャリと鍵を掛け、ドアに魔法障壁を掛けた。


「単刀直入に聞く。おまえさん、勇者サイガサツキだろう?」


ナニイッテルノ、コノヒト。


「アインズ支部長。いきなり何を言い出すかと思えば。見当違いにも程がありますよ。俺は魔属領に近い村から町に出て来た、ちょっと腕っぷしが強くて魔法適正が高いだけの田舎者ですよ。それに手配書の勇者は黒髪・黒い瞳の凶悪そうな男ですよ。俺みたいなヤサ男とは似ても似つかないでしょ?」

「そうかい。じゃあ、聞きたいんだが、おまえさんは『手配書の勇者は黒髪・黒い瞳の凶悪そうな男』と言ったが、指名手配されているのは『国家反逆罪を犯した重罪人』だ。どうして、『勇者』なんだよ。どうして伏せられた手配内容がスラスラとその口から出て来るんだよ」


あっ、しまった!


「語るに落ちてるんだよ」

「風の噂で聞いたんですよ」


目を逸らしてうそぶく俺。


「じゃあ、何でレベル測定プレートが砕けたんだよ!? ぐだぐだ言ってやがると、聖皇国に突き出すぞ!!」


誤魔化しきれそうもないな。

俺は溜息(ためいき)をつくと、真顔でアインズ支部長に向き直った。


「俺を聖皇国に突き出すんですか?」

「突き出して欲しいのか?」

「突き出して欲しくは…………ないですね」

「突き出さねえよ。まあ、勇者と言ったって若造だ。いろいろ思うところもあるんだろう。ギルドに協力してくれるんなら、それ以外はおまえさんの好きにすればいいさ」


アインズ支部長が、ガハハと豪快に笑って言った。目も笑っていた。

俺の敵認定を解いたアイシャさんも、笑いかけてくれた。


「聖皇国のやり方も好きになれないしな。そもそも聖皇国にとって、勇者なんて種馬みたいなもんだろ」

「ひどいですよ、本部長」


アイシャさんが(たしな)める。だが、聞き捨てならない単語が出て来たぞ。


「種馬? それどういう意味ですか?」

「言葉通りの意味だよ。知らなかったのか? 『勇者は聖皇国の聖女が選定した勇者パーティーのメンバーに監視されながら魔王討伐の旅を強制され、魔王討伐後は聖女と結婚して王になる』ってことを。もっとも、王と言ったって、政治の実権は司教帝が握ってるから、実質、王には聖皇国の跡取りを作るための種馬としての役割しかないのさ。しかも1000年前の勇者は、聖女との間に子供が生まれた後に謀殺されたと言う噂もある。聖女の血筋でない王は役目が終わったから体よく処理されたってことだろう。まったく! この世界を救ってくれた勇者を何だと思ってやがる。胸糞(むなくそ)悪い話さ」


もし、あの時、女神からの逃亡を決意し実行しなかったら?

同じ運命を辿(たど)ったのかもしれないと思うとぞっとした。

俺の判断は今のところ間違ってはいない。


「で、勇者サイガサツキ」

「『サイガイツキ』です。でもイツキでいいです」

「わかった、イツキだな。それでだ。おまえさんは魔王の【暴虐】を阻止するつもりはあるのか?」


また、『おまえさん』に戻ってしまった。

まあ、いいか。


「魔族に人間が一方的に蹂躙(じゅうりん)されることを俺は望みません。魔王の【暴虐】は阻止しますよ。まあ、魔王を殺さず、改心させるか、服従させられればいいんですがね。」

「改心か、服従ねぇ。できそうかね? おまえさんは勇者の役目を放棄して逃亡したと聞いていたんだが」

「放棄したのは女神の押し付け。逃亡したのは女神や聖女の追跡からですよ。魔王の【暴虐】で滅びる人間の中に俺もカウントされてるんですよ。だったら魔王の【暴虐】の阻止は欠かせないでしょう。俺がこの世界でスローライフを満喫するためには」

「そうか。そういうことなら、協力しようじゃないか。おまえさんのことは聖皇国には内緒だ。ところで、能力値はどうなってるんだ?」


アインズ支部長の疑問にすかさずアイシャさんが食い気味に突っ込んできた。


「それ、わたしも確認したいです。イツキ君、見せて貰える?」


「『勇者』称号は女神の監視対象なので、今はこうして化けてます」


俺は[ステータス画面]をオープンした。


レベル     5000

HP      99999999

MP      99999999

スキルポイント 99999999

魔法属性    全属性(極大魔法と特級神聖魔法は適用外)

称号      英雄

職種      賢者

ギフトスキル  称号・職種変更[スイッチ]


「探知妨害なら女神の監視に引っ掛からないんですが、効果時間が15分なんで、それを踏まえて・・・」


俺は[ステータス画面]を閉じると[探知妨害]を発動し、更に[スイッチ]を発動した。


「探知妨害。大魔道剣聖にスイッチ!」


いつもの電子音声。


『英雄・賢者をアンインストールします』


30秒後、


『英雄・賢者のアンインストールに成功しました。引き続き、勇者・大魔道剣聖のインストールを開始します』


5分後、


『勇者・大魔道剣聖のインストールに成功しました』


俺の姿は金糸で飾られた純白の勇者外装を纏った黒髪・黒い瞳の斎賀五月(さいがいつき)に戻った。


「おまえ、本当に勇者斎賀五月(さいがさつき)だったんだな」


俺をまじまじと見たアインズ支部長が(うめ)く。


斎賀五月(さいがいつき)ですよ。『サツキ』じゃありません。『イツキ』です。ちなみに、勇者の時の俺のステータスはこれです」


再び、[ステータス画面]をオープンして1ページ目を見せる。


レベル     ∞

HP      99999999

MP      99999999

スキルポイント 99999999

魔法属性    全属性(限定解除)

称号      勇者

職種      大魔道剣聖

ギフトスキル  称号・職種変更『スイッチ』


2ページ目以降も見せる。

使用可能な魔法が5ページに渡ってぎっしり表示されている。


「これは…………!!」

「もう、チートですよ、これ!」


二人とも呆れたように[ステータス画面]を見つめていた。


「これでは、(わらわ)が敵わなかったのも納得じゃ」


白亜(はくあ)だけが納得顔で(つぶや)くのが聞こえた。


「他にも、職種、大賢者もあるんですが」


一応伝えたが、聞いちゃいないな。


「これなら、魔王を改心させることも、服従させることも可能なんじゃないか?」

「本当にそうですね」


俺は、再度[スイッチ]を発動して、英雄・賢者に戻り、その後[探知妨害]を解除する。

姿も元に戻って、銀髪碧眼。


「残るは女神と聖女か」


アインズ支部長が考えるように言うと、アイシャさんが対策を思いついたようだ。


「既婚者になれば、聖女と結婚させられることはないんじゃないですか? さすがに聖女は既婚者とは結婚しませんよ。本人だけでなく相手にも純潔を求めますから」


更に両手を打ち合わせて、とんでもないことを言い出した。


「あ、そうだ。年上のキレイなお姉さんはどうですか? 目の前に優良物件がありますよ」


天使のような微笑みに篭絡(ろうらく)されそうだ。

思わずアイシャさんとのスローライフを想像した俺を誰が責められよう。


(あるじ)のバカ」


白亜(はくあ)が何か(つぶや)いたが聞こえなかった。


「見た目に(だま)されるなよ、イツキ。こいつはアラサーだ」

「失礼ですよ、本部長! わたしはまだ、27です!」

「四捨五入すれば30っていうのをアラサーって言うんだよ。イツキはまだ17だ。10代からすれば、完全にババアだよ」

「兄さん~~~!」


アイシャさんが表面上にこやかにアインズ支部長の左耳を抓り上げた。


「イテテテテ。そういうところだよ」


一体俺はどういう顔をすればいいんだろう。

正直言ってアイシャさんは好みだが、(てのひら)で転がされそうな気がする。

それに流石に10歳差は。

俺はコホンとひとつ咳をすると、アルカイックスマイルで


「まあ、冗談はさておき…………」


憂慮するように俺に顔を向けたアインズ支部長に、俺は人差し指を立ててこう言うのだった。


「それなら切り札がありますよ。女神へのお願い、あとひとつ残ってるんで。この世の(ことわり)に反しない限り、女神に拒否権はありません」

「そうか、考えはあるんだな。わかった」


アインズ支部長は、咳払いすると、


「じゃあ、今後のことなんだが。レベル測定結果に基づけば、おまえさんは《SSS》ランクで間違いない。申請すればギルド本部も認めることだろう。だが、何の前触れもなく新たに《SSS》ランク冒険者が現れたとなれば、聖皇国は間違いなくおまえさんが勇者だと気付く。それに支部の独断で最初に与えられるランクは《AAA》までだ。一旦下位ランクからスタートした場合、それ以上のランクにするには、ギルド本部で開催される審査会議で承認されなければならないから、それに見合う実績を積んでもらう必要がある。速い遅いは関係なく実績の積み上げによる《S》ランク以上の冒険者の誕生ということであれば、聖皇国も疑いはすまい。そんな感じで行こうと思うがどうだ?」

「それで構いませんよ。」

「じゃあ申請通り、おまえさんは賢者だ。レベルは本当は5000だが、一応、登録上は1500、冒険者ランクは《AAA》でいいか?」

「ご配慮ありがとうございます」

「じゃあ、アイシャ、その方向で冒険者登録を頼む。」

「じゃあ、すぐに冒険者カードを発行するので待っててね。弁慶(べんけい)ちゃん、じゃなくて白亜(はくあ)ちゃんもね」


アインズ支部長に冒険者に関する説明を受けている間に、冒険者カードが出来上がってきた。

今、俺は冒険者の身分を手に入れた。

そして、不本意な経緯ではあるが、新たに味方も得ることができたのだった。





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