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138 飽和する魔弾

俺達は馬車に揺られて闘技場に向かっていた。

馬車に同乗するのは、俺とマリアンヌとアップルジャックさんの三人。


「ふんふんふんふんふ~ん」


マリアンヌが鼻歌混じりに上機嫌だ。

そんな彼女を見ながら俺も相好を崩す。


そんな俺をアップルジャックさんが、複雑そうな表情で見てくるのだった。



アップルジャックさんの説明によれば、闘技場は領都の城壁の外にあるそうだ。

なぜ、城壁の外か、だって?

闘技場は賞金稼ぎの剣闘士や魔導士が魔獣と戦う場所だ。

城壁の中では、万が一魔獣が逃げ出した時に街の住民に被害が広がってしまう。

そうならないように城壁の外に建設されたのだそうだ。




闘技場へは小一時間程で着いた。

闘技場は見るからにローマ時代のコロッセウムのようだ。

中央のアリーナを観客席が取り囲む円形の建物。

世界が違っても機能が似れば形も似るものらしい。


今回、アップルジャックさんが闘技場の興行主に話をつけてくれた。

俺の希望通り、この闘技場の魔獣と戦わせてもらえることになった。

但し、戦うのは俺じゃなくてマリアンヌ。

俺は万が一の時のバックアップ。


同行して来た親衛隊員の人達が客席から見守っている。



アリーナの中央に立つマリアンヌが、横に立つ俺に訊いてきた。


「本当に私一人で倒せるのでしょうか?」

「万が一の時には俺が魔獣を倒すから、倒せなかった場合のことは考えなくてもいいよ」

「はい!」

「それから普通の魔獣相手なら単発攻撃系の『バレット』でもいいけど、動きの素速い魔獣相手の場合は連続攻撃系の『ガトリング』で確実に仕留めて行こう」

「はい!」


いい返事だね。

俺は黙って頷くと、彼女の背後の客席下まで下がった。


やがて、正面のゲートが開き、まずは1匹のオークが登場。

オークは手に持ったこん棒を振り上げて突進して来る。


マリアンヌが手銃にした右手をオークに向けた瞬間。

[ストーンバレット]の超速の石弾がオークの眉間を撃ち抜く。


ドーン!


オークは音を立てて仰向けに倒れて絶命した。



「次、来るぞ!」


俺は彼女に声を掛ける。

今度は右斜め前のゲートが開き、5頭の牙狼が躍り出て来た。


牙狼は頭がいい。

群れで連携を取って来る。


案の定、牙狼達は俺に見向きもせず、マリアンヌの周りを取り囲む。


と、1頭の牙狼が彼女に襲い掛かり、それを契機に周囲の牙狼達が僅かな時間差で一斉に襲い掛かる。

しかし、どの牙狼も彼女にその爪もその牙も届かせることは叶わなかった。

彼女のギフトスキル『瞬間発動』による[アイシクルブリッド]の連続発動。

撃ち出された氷弾が瞬く間に周囲の牙狼の眉間を撃ち抜いたのだった。



この間も客席の親衛隊員は黙って見守っている。



更に左斜め前のゲートが開く。


現れたのは体長5mオーバーのギガントオーク。

手にするのは巨大なモーニングスターだ。


そのヤツが突然モーニングスターをマリアンヌに投げつけて来た。

狙い違わずマリアンヌに向かって飛んでくるモーニングスター。

が、それすらも陽動だった。

モーニングスターを投げつけて来たギガントオークは彼女の横に廻ると、一気に距離を詰めた。

モーニングスターに気を取られている隙に横から襲い掛かるつもりらしい。


彼女は[ファイアバレット]の炎弾をモーニングスターに直撃させる。


炎弾如きで勢いの付いたモーニングスターなんか止められないだろう。


だが、炎弾に直撃されたモーニングスターは対消滅してしまった。


襲い掛かって来たギガントオークを避けて距離を取った彼女。

俺は[無限収納]から取り出したスターリングシルバーの賢者の杖を彼女に投げ渡す。


「これを使え!」


受け取った彼女は、杖をギガントオークに向ける。

次の瞬間、[ビームガトリング]がギガントオークを襲う。

秒速を超える速さで連射される高密度ビーム連続射撃。

その1発1発も高威力。

普通の[ビームガトリング]が7mm機銃なら、彼女の[ビームガトリング]は30mm口径のブッシュマスターII。

まさに高密度ビームの飽和攻撃。


これが称号『飽和する魔弾』の正体なのか。


俺はこれを見たかったんだ。



高密度ビーム連続射撃を止まった時、ギガントオークは辺り一面に飛び散ったウェルダムのポクテキ状態だった。


俺の方を見て、微笑むマリアンヌ。

俺の目の前に、まさに『戦闘メイド』がいる。


俺は拍手をしながら彼女の元まで歩いて行く。


「凄いモノを見せて貰ったよ。完璧だ」

「ありがとうございます! これも全て、勇者様が魔法を使えるようにしてくれたおかげです!」


そこには、自信無さげにオドオドする気弱な女の子の面影は無かった。

そこには、自信に裏打ちされた大魔法使いの姿があった。


これでもう安心だろう。

彼女が傍に控えていればシルクが暗殺される危険度は間違いなく下がるはずだ。

マリアンヌの『瞬間発動』があれば暗殺者の不意打ちへの対応も可能。

シャルトリューズさん不在のシルクに優秀な側近が就いた。


二つ名は称号と同じでいいよね。

『飽和する魔弾』

それで決まりだ。



それにしても客席が妙に静かだな。



「おい、あれは何だ!?」

「おいおいおいおい! 冗談じゃないぞ!」



親衛隊員達の目線を追った先、俺達が出て来た背後のゲート以外の7つ全てのゲートから(おびただ)しい数の魔獣が現れたのだった。



◆ ◆ ◆


「今回、僕の仕込みを全て台無しにくれたんだ。その上、装置まで鹵獲(ろかく)されてしまった。だからさ、勇者君。この程度の意趣返しくらい許されてもいいよね」


闘技場の管理室でそう呟くのはローブを纏った男。

ローブに隠れてその顔は見えない。


「これで魔獣が闘技場から溢れ出したら、少しは勇者の名誉が傷付くのかな」


それだけ呟いた男が姿を消した。

[転移]を行使したらしい。


男の消えた管理室の床には――――


興行主とその部下と護衛の焼死体が転がっていた。



◆ ◆ ◆


「総員! 戦闘準備!」

「武器を持ってきていません!」

「おまえ達! 平和ボケしているのか! (たる)んでるぞ!」

「非番中の観戦だと思っていましたので…………」


アップルジャックさんが指示すれど、隊員の準備ができておらず――――


「ここは俺達二人で対応します!」


アップルジャックさんにそう答えた俺はマリアンヌに確認する。


「できるな? マリアンヌ?」

「はい! 任せて下さい! でも、ひとつよろしいですか?」


何だろう?


「私にこの場に相応しい範囲攻撃魔法の術式を教えて下さい。」


マリアンヌが左手を差し出して来た。

俺はその手を取ると、二つの魔法の術式を流し込む。

術式を反芻する彼女。


「これでいいか?」

「はい、大丈夫です」


俺の手を離した彼女は杖を真上に掲げた。


空に赤い魔法陣が顕現する。


彼女が掲げた杖を振り下ろす。


そして俯いた彼女の呟き。


「アイシクルクラウドバースト」


その言葉が発せられた瞬間、上空を埋め尽くすように氷弾が現れ――――


ヒュン!


それらは…………


空気を切り裂くような音を残しながら――――

弾かれたように上空から音速を超える速さで――――

直下の魔獣を撃ち抜いていく。


雨柱のような氷弾の柱。

それはキラキラと美しい輝きを放っていた。


だが、直下で巻き起こっているのは地獄の蹂躙劇。

氷弾の連続飽和攻撃に魔獣が次々に息絶えていく。



1分後、彼女が杖を横に振った時、(おびただ)しい数の魔獣は全て討伐されていた。



もう、客席の誰も言葉を発しなかった。


俺も正直言って驚きだよ。

彼女の[アイシクルクラウドバースト]は俺の威力を上回っていたからだ。


やれやれ、こりゃ参ったね。




闘技場の管理室に向かったアップルジャックさん。

戻って来た彼が状況を説明してくれた。


向かった先にあったのは、床に転がる6つの焼死体。

他に人影無し。

死体にも周囲にも被害者が抵抗した痕跡無し。


「攻撃魔法で焼かれたことは解るのですが、手練れの護衛までがこうあっさりと殺られちゃうっていうのはちょっと…………」

「相手がそれ以上だったんじゃないの?」

「だとしても、我々の魔力探知に引っ掛からずに、というのも解せませんね」


そう。

常時発動中の俺の[気配察知]にも引っ掛からなかったんだよねえ。


ということは、そいつは自身だけでなく行使した魔法をも隠蔽していたということだ。

賊は厄介な相手かもしれない。


「この件は任せちゃってもいい?」

「ええ、隊員が治安当局者に連絡して事後処理にあたっています。ですので、イツキ殿は気にせずお帰り下さい」



アップルジャックさんが引き受けてくれたので闘技場を出ることにした。

闘技場の前には、来る時に乗ってきた馬車が待っていた。


行きの馬車はアップルジャックさんを含めて三人だったが、帰りの馬車は俺とマリアンヌの二人だけ。


ぼんやり窓の外の景色を眺めていると眠くなってくる。


今日は色々なことがあったなあ。

一日の出来事を頭の中で再生してみる。



『襲わないでっ!』?

『手籠めにしないでっ!』?



嫌なことを思い出してしまったぞ。

そもそも何故この娘は、俺にあんな言葉をぶつけて来たのだろう?


そう思ったら確認したくなった。


「あのさ。最初の頃、どうして君は俺を怖れてたの?」


彼女は組んだ指をしきりに動かしながら、きまり悪そうにボソッと呟いた。


「メイド長に言われたんです。『勇者様は好色で若い女の子に見境無い』って」


……………………

一瞬、何を言われたのかわからなかった。


「『勇者様は背後から襲い掛かってくるから気を付けろ』とも言っていま――――ぴっ!」


俺の表情を見た彼女が竦み上がる。

俺、怖がらせないように笑ってるよね?

俺、ちゃんと笑えてるよね?



そうか!

そういうことだったのか!


だから、君は俺に背後をとられないように(かに)歩きしてたんだね。



そういえば、シルクの執務室に向かう途中、廊下で俺を見たメイド達が、


『きゃあああああああああっ!』


って悲鳴を上げて逃げて行ったのも同じ理由だったんだね。


もっとも、アナトリア王国までシルクに同行したメイド隊の女の子達は俺と面識がある。

だから、彼女達は、廊下で会った俺と気軽に挨拶を交わしてくれていた。


だが、まさか、それ以外のメイドの間に(いわ)れも無い悪評が広まっていたとは…………


「で? 他には?」

「『勇者様と二人きりになると妊娠させられる』とも言ってました」

「ふ~~ん?」


よ~し、わかった。

シャルトリューズさん。

一度きちんと話し合おうじゃないか!?

俺が受けた風評被害についてもしっかり報いを受けて貰うからな!



「まったく! 酷い中傷だよ」

「でも、勇者様は複数の女性と関係を持たれているのですよね?」


俺を真っすぐに見る彼女がはっきりと訊いてくる。


俺のことを貞操感の緩い男だと思っているらしい。

ここはしっかりと誤解を解いておかなければ!


「俺は今まで誰とも関係を持ったことはないよ」

「でも、複数の女性を侍らせているのは事実ですよね!?」


妙にあたりがきついように感じられるのは気のせいか?


「侍らせている訳じゃない。シルキーネとサリナルーシャは婚約者。白亜は妹。セレスティアは親友だよ」

「そうなんですか?」


もしかして疑ってる?


「でも、それってハーレムじゃないんですか!?」


俺達5人の関係が周囲からそういう風に見えるのか?


「みんな俺の冒険者仲間だよ。冒険者仲間!」


大事なことなので2回言ってみた。


「俺はさ、お互い良く理解し合った相手としか関係を深めない。それくらいの分別はあるつもりだけど?」

「でも、メイド長が――――」

「あの人は俺に悪意があるからね」

「そうなんですか?」

「そうなの! 俺が困るとこ見て楽しんでるの!」


それを訊いた彼女が手を口に添えてクスクスと笑った。


わぁ。

明るくなってからの彼女、ほんと可愛いよな。


でも、この娘、ただの美少女なんかじゃない。

戦闘メイドで大魔法使いでもある。

俺が発掘してしまった。そうしてしまった。

とりま、今日一番の収穫だったような気がする。


そうこうするうちに馬車がガヤルド魔公爵公邸のエントランスに横付けされた。

到着だ。


俺達は馬車を降りるとエントランスホールに足を踏み入れる。


「じゃあ、本来の仕事、俺の居室への案内、再開してくれる?」

「わかりました。ついてきて下さいね」


そう答えた彼女が先導して歩き出した。

俺も後に続く。

もう、俺に後ろを見せてもいいと思ってくれたようだった。

少なくとも『背後から襲い掛かってくる』男という誤解は解けたはずだ。




「お楽しみは済んだのかしら?」


エントランスホールの奥には左右2つの階段がある。

客間へ向かうには左階段を上る。

左階段が客間に面した廊下に一番近いからだ。

その左階段の前で、セリアが腕を組んで立っていた。


「セリア?」

「セレスティア様!」


セリアがマリアンヌを見てニッコリ微笑む。


「勇者の居室にはわたしが案内するわ。あなたはシルキーネの元に戻っていいわよ。他にも言いつけられた仕事があるのでしょう?」


それを訊いた彼女が一瞬躊躇したように見えたのは気のせいだろうか?


「わかりました。では失礼します」


俺達に挨拶をした彼女が執務室へ繋がる右階段に向かう。

すぐに立ち止まった彼女が振り向いて俺に声を掛けて来た。


「イツキ様、勇者様のこと、そうお呼びしてもいいですよね?」

「うん、構わないよ」


俺がそう答えると、彼女は一瞬俯いて再び顔を上げた。


「私のことはマリーとお呼び下さい。領主様もみんなもそう呼んでくれます」

「OK、マリー」

「それで、あの、もしよろしければ、また色々教えて頂いても構いませんか?」

「領都に滞在している間、特に用事が無い時でよければ」

「はいっ!!」


ニッコリ笑ったマリーが踵を返して、今度こそ右階段を上がっていった。



「うんうん。瑞々(みずみず)しくて新鮮な感覚だね」

「新鮮じゃなくて悪うござんしたわねえ」


近づいてきたセリアの冷ややかで恨みがましい態度に引き気味な俺なのだった。




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