137 瞬間発動
俺とマリアンヌが訓練場に辿り着くと、そこには先程別れたアップルジャックさんが部下を指導中だった。
親衛隊の騎士達が実戦さながらに剣を交えている。
「ほら、そこ! 足が止まっているぞ!」
「そっちはもっと左右に動け! 動きが単調になっているぞ!」
手前では何人もの魔道兵が円形の的に向かって攻撃魔法を放っている。
向こうには市街地に見立てた訓練場があり、建物の陰から人型の的が飛び出したり引っ込んだりしている。
そこでは、一人の魔道兵が身構えて的が飛び出してくるタイミングを伺っていた。
彼が視線を向けている方向と違う場所から唐突に人型が飛び出してきた。
素早く反応した彼がそこに間髪入れずに[ストーンバレット]をブチかます。
狙い違わず石弾がヒットした。
しかし、的は民間人だった。
「何をしている! 誰が人質を殺せと言った!? ちゃんと敵味方を識別しろ、たわけ!」
これ、ハリーさんがトーナメントでマグナムぶっ放していたアレそっくりだよね。
エーデルフェルトにもあったんだ、こういうヤツ。
俺も一度挑戦してみてえ。
それにしてもアップルジャックさん、鬼教官だなあ。
というか、鬼軍曹?
俺とマリアンヌは暫く親衛隊の訓練を見学していた。
「よ―し! 休憩に入っていいぞ!」
アップルジャックさんの号令の元、隊員たちが暫しの休憩に入った。
俺達に気付いたアップルジャックさんが近づいてくる。
「イツキ殿。公爵閣下の元へは?」
「もう、顔を出してきたよ。今は自由行動中」
「そうでしたか。して、何かご用向きでしょうか?」
「うん。ちょっと訓練場を使わせて貰いたくてね。ああ、訓練の邪魔だったらいいよ。別の場所を探すから」
「いえ、邪魔なんかじゃありません。ぜひ、イツキ殿のお点前を披露して頂けませんか? 隊員の励みになります」
「そう? じゃあ、的当てからやらせて貰おうかな」
俺は10個横に並んだ的と向かい合う。
本来は1つ1つ当てていくもののようだが、俺は10個纏めて処理するつもり。
「ストーンバレット斉射(10)!」
唱えると同時に左腕を横薙ぎにすると石弾が10個顕現し、それぞれの的に向かって一直線に飛んで行き、その全てが10個の的のど真ん中を撃ち抜いた。
「ストーンバレットを10個同時出しだぞ!」
「ストーンガトリングじゃないよな?」
「間違いなくストーンバレットだ」
「すげえ!」
隊員たちが驚いている。
そんなに凄いもんかね?
「クレーもお試しになられますか?」
「うん、お願い」
周りが静まりかえる。
プオオオオオッ!
気の抜けたような音がクレー射撃開始の合図だ。
シュッ!
右斜め下からクレーが飛び上がってくる。
詠唱の余裕は無いな。
今度は無詠唱を試してみよう。
「遅いな」
俺には飛び出して来たクレーがゆっくり飛んでいるように見える。
[アイシクルバレット]の速射。
空中に現れた氷弾がクレーを撃ち抜く。
シュッ!
すぐさま次のクレーが今度は左下から。
今度は[ファイアバレット]の速射。
このクレーも爆散。
シュシュッ!
更に右上と左上からクレーの同時射出。
[ウォーターバレット]と[ストーンバレット]の同時撃ちでこれも貫通。
シュッ!
シュシュッ!
最後は真下からと左斜め上からと右横からのそれぞれ3方向からのクレーの時間差射出。
[ビームバレット]の3点バーストで全て撃墜した。
プオオオオオッ!
気の抜けたような音が再び鳴り、クレー射撃は終了。
「「「「「「うおおおおお!!」」」」」」
終了から間をおいて歓声が上がる。
「すげえ!」
「2属性同時発動かよ!」
「ビームバレットの3点バーストなんて初めて見るよ」
「俺もあんな風にクレーを撃ち落としてえ」
アップルジャックさんがニコニコしながら近づいてきた。
「お疲れ様でした。いいものを見せて頂きました」
「俺もゲーム感覚で楽しませて貰ったけど、参考になったかな?」
「ええ。部下達のいい刺激になりました」
喜んで貰えてなによりだ。
俺も遊ばせて貰えたしね。
さて、ここからはアップルジャックさんにお願いだ。
「アップルジャックさん。ひとつお願いがあるんだけど?」
「イツキ殿からお願いとは珍しい。どんなご用件でしょうか?」
「実は同伴して来た彼女にクレーをやらせてみたいんだよ」
それを訊いたアップルジャックさんがマリアンヌを見て怪訝な顔をする。
「ソルグレイヴ嬢は魔法が使えないのでは?」
「さっき使えるようになったよ」
「はっ?」
「さっき使えるようになったんだよ。っていうか、俺が使えるようにした」
それを訊いたアップルジャックさんが『信じられない』って顔で俺とマリアンヌを交互に見る。
「まあ、『百聞は一見に如かず』だから、まずはクレーを使わせて貰えるかい?」
半信半疑なアップルジャックさんがクレーの準備を指示する。
「さあ、マリアンヌ。準備はいいかい?」
「私には無理です!」
「無理なんかじゃないさ。飛んで来たお皿を割るだけの簡単なお仕事だ」
「でも――――」
「皿が飛び出したら、さっきのように魔法を撃ち出せばいい。狙いをつけてね」
マリアンヌが俺を不安げに見つめてくる。
「君にならできるさ。さっき、俺に見せてくれた、あんな感じでね」
そう言いながら、マリアンヌの頭に手を置いて優しく撫でる。
くすぐったそうにするマリアンヌが俺に尋ねてきた。
「私、自分を信じてもいいんでしょうか?」
「ああ、俺が太鼓判を押すよ」
マリアンヌが決意を固めたように頷いて歩き出す。
俺は後ろから声を掛ける。
「さあ、大魔法使いマリアンヌ・ソルグレイヴのデビュー戦だ。頑張って来い」
定位置に付いた彼女が真っ直ぐ前を向く。
再び、周りが静まりかえる。
プオオオオオッ!
気の抜けたような開始音が鳴る。
シュッ!
右斜め下からクレーが姿を現した瞬間、クレーが石弾に砕かれた。
一瞬だった。
シュッ!
すぐさま次のクレーが今度は左下から現れた瞬間、氷弾に撃ち抜かれる。
シュシュッ!
更に右上と左上からクレーの同時に顔を出した瞬間!
2つ同時に炎に焼かれて消し炭になった。
シュッ!
シュシュッ!
最後は真下からと左斜め上からと右横からの3方向からのはず。
ほんのちょっとだけ顔を出したクレー全てにビームが貫通。
結果、飛び出して来たのは、砕かれたクレーのバラバラの破片。
[ビームバレット]の極超速3点バーストだ。
これが彼女のギフトスキル『瞬間発動』なのか!?
こんな芸当はさすがの俺でも無理。
プオオオオオッ!
気の抜けたような音が再び鳴り、マリアンヌのデビュー戦は終わった。
「やりました! 勇者様! 私、やりました!」
「ああ、やったじゃないか! 上出来だよ、マリアンヌ!」
飛び掛かるように思いっきり抱きついてきたマリアンヌを受け止めて、その頭を撫でる。
よく見ると右目の下の泣き黒子がチャーミングな美少女だった。
今まで俯きがちだったから気付かなかったよ。
「「「「「「うおおおおお!!」」」」」」
時間差で歓声が上がった。
「何だありゃあ!」
「ソルグレイヴ嬢は魔法が使えなかったんじゃなかったのか!?」
「俺達よりすげえよ!」
「発動速度と正確さは、公爵閣下以上じゃないのか!?」
親衛隊員達が俺の時以上に驚いている。
「凄い逸材を発掘しましたね。さそがはイツキ殿です」
アップルジャックさんも脱帽して称賛してくれたが、俺にはまだ確認したいことがあった。
「アップルジャックさん。ここら辺で思いっきり魔法をぶっ放せる場所、無い?」
「えっ? それはどういう――――」
「魔獣の森とか、スタンピードとかでもいいから!」
「そう言った場所は領都にはありませんが、闘技場であれば――――」
「じゃあ、闘技場に案内してくれる?」
と、いうことで俺達は闘技場に向かうことになった。




