134 君は想像できるだろうか?
帰還後、アップルジャックさんとは中庭で別れた。
俺と白亜はシルクの待つ領主執務室に向かう。
俺と白亜が昼間一緒に行動するのは、阿修羅王を送り出した日以来だ。
ライゼル将軍やマローダー将軍やクレハさんと別れの挨拶を交わした時には、白亜は同席させていない。執務中も白亜を一切近寄らせなかった。
俺は白亜に唇を奪われて以来、白亜を前にするとどうにもぎくしゃくして上手くコミュニケーションが取れなくなってしまった。
その様子を他に気取られたくはなかったから遠ざけたのだった。
一方の白亜は『待つ』と言いながらも、『待ってないじゃないか、おまえ!』といった状態。
日が暮れて執務から解放された俺がログハウスに帰ってくると、すかさずおんぶお化けのように俺の背中に憑依した。
待ち構えていたかのように半端無いスキンシップ。
もうどうとでもしてくれ。
今も、
『もう仕事は終わったのじゃろう?』
ってな具合で、俺の左腕にベッタリだ。
「おかえり、イツキ君」
領主執務室に顔を出すと、シルクが万遍の笑みで迎えてくれた。
「君ならレーゲンスブルグ要塞を陥とせるって信じていたよ」
シルクの抱擁。
「なんか色々あったけど、まあ、なんとか無事に終わった」
本当に色々あったなあ。
と、思っていると、俺から離れたシルクがジロジロと俺を観察しながら言った。
「ガヤルド陸軍上級大将の将校服が似合ってるね。いっそ、このままガヤルド軍に就職したら? 君にならこのままガヤルド軍を任せてもいいよ。元帥号を授与しよう」
「いやいや。俺は人族だから魔族軍を束ねるのはちょっと…………」
「どうせ、半年後にはカヤルド領主の公配になるんだから、早いか遅いかだよ」
半年後、だと?
何が半年後?
「私達の結婚式の日取りが決まったのよ」
そう言いながら俺に抱き着いてきたサリナが頬にキスをする。
「おかえりなさい、イツキ」
唇を頬から離したサリナが今度は唇を奪いに来ようとした。
「ちょっと待って!『結婚式の日取り』ってどういうこと!?」
それどころではない俺はサリナを引き剥がす。
「あら。わたしとお師匠様の二人とあなたとの結婚式があなたの誕生日の6月3日に決まったのよ。場所はあそこに見える教会よ」
サリナが指し示す窓の外、貴族街に立つ教会が見える。
え~っと、リザニア聖教会じゃなくって創世教会だったっけ?
頂く女神はどちらも一緒。
金色に輝く尖塔が厳めしい。
「当日はお父様も式に参列するためにガヤルド領にやって来るのよ」
「五公主のミケランジェリ卿とメロージ卿も参列する予定だ。結婚式に合わせて、国際会議も予定されている。政財界や魔法協会の重鎮も訪れる。この結婚式は人類と魔族の懸け橋になるだろう」
サリナとシルクが説明してくれる内容が頭に入って来ない。
「それと、近日、五公主会議が開かれる。ベルゼビュート領の今後の取り扱いについて話し合う予定だ。新しい五公主の選任についても話し合われるだろう。ボクの婚約者のお披露目会も兼ねているから、君にも会議に出席して貰うつもりだ。ちなみに、今回の報酬はホバートの冒険者ギルドを通じて、君の口座に払込済だ。帰ったら確認しておいて欲しい」
シルクが何やら言っているようだが、全然頭に残らない。
今さっき、脳内各駅停車の運行が見送られたからだ。
運行されているのは海馬駅を通過する特別快速のみ。
会話内容という列車が猛スピードで右耳から左耳へと駆け抜けていく。
結果、何も記憶野に定着することはなかった。
と言うより、俺の頭が理解することを拒否していた。
君は想像できるだろうか?
当事者不在のまま、勝手にどんどん推し進められていくことの恐ろしさを。
「イツキ? 顔色が悪いがどうかしたのかぇ?」
左横から心配そうに見上げて来る白亜。
「いや、何でもないよ。ちょっと疲れているみたいだ」
額に手をやってそれだけ答えるのが精一杯。
「ああ、疲れていたんだったね。部屋を用意したから、もう休んでくれて構わないよ」
「ああ、そうさせてもらうよ」
それだけ答えて執務室を後にしようとする。
「じゃあ、妾も――――」
「白亜ちゃんは残ろうか」
そう言ってサリナが俺の左腕から白亜を剥がしに掛かった。
「妾もイツキと一緒に休むのじゃ」
俺について来ようとする白亜の前に立ち塞がるサリナ。
「白亜ちゃんには訊きたいことが一杯あるのよ」
サリナに両肩を掴まれた白亜が抵抗を試みる。
「じゃが、イツキが――――」
「い・い・か・ら!」
が、白亜はサリナの顔を見た瞬間、
「…………はい」
借りて来た猫のように大人しくなった。
俺が退出するまでの間、セリアは腕を組んで黙ったまま俺を見詰めていた。
というか、俺を睨んでいた。
?
どうしたんだ? セリアのヤツ?




