132 白亜と向き合う
要塞攻防戦が終わった翌日の12月15日の朝。
今日、ヒルデスハイムが闘神アスラとして神界に帰還する。
「帰るのかい?」
「ああ」
俺はヒルデスハイムと言葉を交わす。
ここに居るのは、ヒルデスハイムと俺と身内の白亜だけ。
「俺は派手に暴れて敵味方大勢の命を奪った。そんな俺を無罪放免にしてもいいのか?」
「約束したろ? 俺が勝ったら素直に神界に帰って貰うって」
「だが、俺は戦犯だぞ!?」
「構うものか。俺は五公主会議から正統魔族軍の全権を委任された総司令官なんだぜ。その俺の一存で決めて何が悪いって言うんだ?」
「今度はイツキが罪に問われるぞ」
「上等だ。受けて立つさ。文句のあるヤツは掛かってくればいいんだよ。みんな討滅してやるけどね」
「ワッハッハッハッ! 本当に自由なヤツだな」
「お褒めに預かり光栄の至りだ」
「なあ、本当に神界に来ないか?」
改めてのヒルデスハイムの誘いに、隣の白亜をちらりと見て答える。
「お誘いはありがたいが、やはり俺はエーデルフェルトに残るよ」
そして、白亜を抱き寄せると、
「絶対に手放したくないヤツがここに居るんだ。俺はこいつを終生絶対に守るって心に誓ったんだ」
そう言葉を継いだ。
まあ、他にも守りたい者はいるんだけど、今、ここに居るのは白亜だけだからこの答えで間違っていないはずだ。
「ちなみに、娘さんの件、まだ有効だから、奪還したら連れて来いよ」
「相解った」
それだけ答えたヒルデスハイムの足元に魔法陣が現れる。
「いよいよ神界だな」
「ああ、俺は今ここでヒルデスハイムの名を捨てて闘神アスラに戻る」
「そうか。余裕ができたら遊びに来いよ。歓迎する」
「美味い飯、ご馳走しろよ。じゃあな」
闘神アスラの帰還。
今、ヤツが目の前から消えた。
ヤツはこれから神界で大暴れするつもりなんだろう。
「これから神界も騒がしくなるな。セリアにトバッチリがいかなければいいが」
そう言って気付く。
白亜を抱き寄せたままだったことに。
物凄く期待に満ちた目で俺を見上げて来る白亜。
「『終生絶対に守る』って誓ってくれた」
弾むような声で確認してくる白亜。
キラキラした瞳が眩しい。
アスラ相手に思わず口が滑ってしまった。
心の中で抑え込んでいた気持ちが漏れ出てしまった。
『終生絶対に守る』なんて言葉、人生の伴侶だけにしか使っちゃいけないセリフだよ。
少なくともいずれ外に出す妹に使っていいセリフじゃない。
「もう妾は余所に嫁に出なくて良いのじゃな?」
う~ん。
嫁に出したくないのは本音だけど、そうすると俺が貰うしかない訳で…………
「え~っと、白亜さん?」
どうやって収拾をつけたらいいんだろ。
俺は考える。
数日前、俺は10年後の白亜の姿に心奪われてしまった。
俺の理想の直球ど真ん中だった。
だが、こいつは義理とはいえ妹。
安易に手を出していい相手じゃない。
『もうおまえの嫁にしてしまえよ。本人もそれを望んでる』
『ダメだよ。最初に『家族にする』って妹にしたんだから、最後までいいお兄ちゃん役を果たさなくちゃ』
『うるせ―よ。どうせ義理なんだろ。一線踏み越えちゃえよ』
『白亜はまだ中学生くらいだよ。手を出していい年齢じゃないよ』
『今すぐ手をだせなんて言ってないだろ。5年後を考えてみろよ。22と19のカップル。その程度の歳の差カップル、元の世界でも普通に居ただろ?』
『でも今じゃない。今の白亜はまだ子供だよ』
『そうだ。今じゃない。オレは未来の話をしてるんだよ』
葛藤する俺の中の悪魔と天使。
どうやら悪魔の勝ちらしい。
『だからイツキ。おまえは白亜に未来の話をしてやれ』
余計なアドバイスまでくれやがったよ。
俺は白亜と向き合うことにした。
「ねえ。白亜。俺に時間をくれないか? おまえについて考える時間を」
白亜は視線を逸らさない。
「今の俺はどうしてもおまえを妹として見てしまう。だから、白亜。俺がおまえのことを一人の女性として見られるようになるまで、おまえに対して尻込む気持ちが無くなるまで、待ってくれないか?」
「それは妾の事を真剣に考えてくれるということじゃな?」
「ああ考える」
「ならば妾は待つよ」
そうか。
待ってくれるんだ。
でも、待った先に出された答えが必ずしも白亜の望む答えとは限らない。
「それでもやはり俺のおまえへの気持ちが家族愛以上にならなかった時には、申し訳ないが俺の事は諦めてくれ」
先に白亜の望まぬ答えについて話す。
白亜の眸が少しだけ揺らめく。
「だが、もし、おまえへの気持ちが間違いなく恋人に抱く気持ちと同じだと解ったら…………」
もう一つは白亜の望む答えについてだが…………
その期待に満ちた目はなんなの?
「その時は……………えっと………その…………」
あれ?
どうした俺?
何でしどろもどろになってるんだ?
ちゃんと言うんだよ!
「俺の方から告白させて欲しい」
パアアアアっと笑顔になる白亜。
「わかったのじゃ!」
ものわかりがいいな、と思ったが、
「待ってればイツキの恋人になれる! 恋人になれる! そして最後は嫁の座ゲットじゃあああ!」
う~む。
必ず望む答えを得られるって思い込んでるよ、この娘。
そんなところはお子様だよなあ。
などと思っていた俺が浅はかだった。
聴くつもりはなかったが、聴こえてしまったんだよね。
顔を伏せた白亜の小声の呟きが。
「まあ、恋人になれなかった暁にはイツキを押し倒して子種を奪ってやるつもりじゃがのぉ。せめて、イツキの子くらい設けておかねば気が収まらぬというものじゃ。それをネタに無理やり妻の座に収まるのも手じゃろうて」
この娘は、望む答えだけ得られるなんて思い込んでなどいなかった。
望まぬ答えを返された場合のことまできちんとシミュレートしてやがったよ。
子供といえども女は女だった。
怖わ~っ!
顔を上げた白亜が怖れ慄く俺の顔を覗き込んできた。
「どうしたのじゃ?」
俺が怖れ慄いている理由が解ってないみたいだ。
そんな俺にニカッと笑い掛けると、突然、顔を近付けてきた。
俺は完全に油断していた。
だから、不意打ちのように俺の唇を奪う白亜に対応できなかった。
「これはおまじないじゃ!」
してやったり、という表情の白亜。
「何の?」
一方の俺は冴えない返ししかできない。
「『イツキが妾の望む答えに辿り着いてくれますように』じゃよ」
可愛らしくウインクしてそう答えた白亜は、パタパタとどこかへ走り去ってしまった。
マジかよ!
これは反則だろ!?
こんなことされたらもう俺自身を止められなくなっちゃうじゃん。
まさに白亜の術中じゃん。
どうするよ?
これ、どうするよ?
どうしたらいいんだよ!?
俺はキスされた唇を手で押さえながら、真っ赤になってのた打ち回るのだった。




