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131 階層チェンジ

俺は阿修羅王を起こす。


「おい、おっさん。目を覚ませよ」

「ぐむむむむ。俺は…………」


むっくり起き上がった阿修羅王に手を差し伸べる。

俺の手を取って立ち上がった阿修羅王がいきなり俺の背中をブッ叩き始めた。


「凄げえなあ、イツキ!」


キサマ呼びが『イツキ』になっている。

距離感バグってるのか? 阿修羅王。


「勇者ってヤツはみんなあんなに強いのか?」

「どうだろう? 俺は俺しか知らないし。比較しようがないなあ」


そんな会話を交わしながら、俺と阿修羅王は中央城郭に向かって歩きだした。


阿修羅王の姿はマローダー将軍曰く普通の魔族の姿に戻っている。

阿修羅王からヒルデスハイムに逆戻りだ。

顔は真正面に1面だけ。

腕は6本のまま。

腕が6本もあるのに普通の姿?

バグっているのは俺の常識感覚らしい。


そもそも『魔族の普通』って何?

今度、シルクに訊いてみよう。


なぜ、中央城郭に向かってるのかって?

ヒルデスハイムが着替えることを要求してきたからだ。


まあ、一応彼もベルゼビュート軍の高級将校。

上下が黒で目立たないとはいえ、血塗れのランニングとスパッツのままという訳にもいかないよね。


中央城郭に辿り着いたヒルデスハイムは領主執務室に向かうと、そこで着替えるでなく、シャワールームに直行した。

俺達が執務室のソファに掛けて待つ中、シャワーを浴びてさっぱりしたヒルデスハイムがベルゼビュート軍の黒い将校服に着替えて姿を現した。


自分だけシャワー浴びやがってズルい。


「で、これから俺はどうすればいい?」

「ちょっとだけ手伝ってくれない?」


起きたらそのまま神界にお引き取り頂くつもりだったが、ヒルデスハイムは現在ベルゼビュート軍の最高司令官。

ベルゼビュート軍に言うことを訊かせるには、彼の協力が必要だ。


俺は、ベルゼビュート軍の戦闘停止と投降を命じるようにヒルデスハイムに求めた。

彼は直ちに[拡声拡散]魔法を行使して全軍に命令を下した。

それを見届けた俺は、ヒルデスハイムだけでなく、マローダー、ライゼル両氏にも命令した。


「じゃあ、取り急ぎ、領都内に居る全軍を城壁外に撤退させて下さい」


命令を受けた3者が自軍に司令し、ついでにガヤルド軍にも伝えてくれた。

粛々と領都から兵士が撤退していく。


日が傾く頃には領都からの全軍の撤退が完了した。


「じゃあ、向かいましょう」

「どこへですかな?」


尋ねるライゼルさんに歩きながら答える。


「南西城郭地下2階。要塞コントロールルームへ」




ヒルデスハイム、マローダー、ライゼル、エックハルトの4名を伴って、要塞コントロールルームに入室する。

そこには、白亜とクレハさん、それから4名の魔工技師達が待っていた。


「上の戦いは終わったのですか?」

「ええ、終わりました。残すは領都住民の救出だけです」


クレハさんの疑問に答える。


「では、なぜ救出部隊まで撤退させたのですか?」


マローダー将軍が全軍撤退命令に疑問を呈する。


俺は皆に、現状とそこから導き出される疑問について語った。


住民を助ける為には領都地下2階に踏み込む必要がある。

200万人の住民を救出する為には大人数の救出部隊も必要。

だが、どれだけ探しても領都地下2階に通じる階段が見つからない。

この南西城郭地下2階からも領都地下2階に繋がる通路が見つからない。

その為、住民を一人も救出できていない。


だが、考えてみて欲しい。

200万人もの住民を抵抗なくどうやって地下2階に閉じ込めたのか?

それだけの大人数を移動させるなら、相当広い階段や通路が必要になるはずだが、それが見つからないのは何故なのか?

閉じ込められた住民が抵抗するでもなく魔力を吸い上げられ続けるなんてことがありえるんだろうか?


俺の問い掛けに、そこにいる誰もが考え込む。


俺はコントロールルームの出入口の横まで歩き戻る。


「その答えはこれです」


俺が示したのは、出入口横のショーケースに飾られているレーゲンスブルグ要塞の1/10万の模型。


「その模型がどうして答えになるのじゃ?」


白亜がガラスケースの中の模型を観察しながら訊いてきた。


「これは要塞管理マニュアルです。領主執務室の書棚から拝借しました」


[無限収納]から要塞管理マニュアルを取り出す。


それをヒルデスハイムに渡し、説明を続ける。


「まずは、目次項目を見て欲しい」


ヒルデスハイムが目次項目のページを開く。


「それを見て何か気付かない?」


目次項目を目で追うヒルデスハイムが気付く。


「ん? 17章と18章? 俺が目を通した時にはそんな章は見当たらなかったぞ」

「うん、『17章 魔力吸引装置』と『18章 自爆装置』の章だね」

「自爆装置だと? そんなものが………」

「この2つの章は巧妙な魔法で隠蔽されていたんだよ。俺が隠蔽を解いたんだけどね」

「つまり?」

「要塞管理者がベルゼビュート軍に教えたくなかった内容だったということだね」

「シュリーフェンのヤツめ!」


ヒルデスハイムが憤る。


「おそらく自爆装置のボタンも巧妙に隠蔽されていたんだろうね、作動させる直前まで」



ヒルデスハイムから譲られたマニュアルの17章を読み進めていたクレハさんが顔を上げて呟く。


「こんな方法で住民を移動させていたとは驚きですね」

「ええ。ところでヒルデスハイム将軍。将軍はそのシュリーフェンという男に住民移動について何か訊かされていなかった?」


尋ねられたヒルデスハイムが思い出すように語りだした。


「あの時、住民をどうやって移動させるか悩んでいたら、シュリーフェンのヤツが『わしに任せて貰おう』と言っていた。渡りに船だったからヤツに任せることにしたんだが、ヤツは『一晩だけ軍を領都外に撤収させろ』と要求してきた。まあ、俺も『頭の痛い問題を解決してくれるなら』と言われるままに軍を領都外に退かせたんだが、驚いたことにその翌朝、領都の市街地から住民が消えた。きれいさっぱりな。だが、どうやって移動させたのかは教えてくれなかった。俺も侵攻軍への対処で忙しかったからな。それ以上は追及しなかった」


やはり、その手で住民を消したか。


俺はクレハさんに黙って頷くと、


「では早速、住民の救出に着手しましょうか」


それだけ告げて、ガラスケースの扉を開く。


「階層チェンジ!」


と命令を発した。


『階層チェンジを受け付けました。30秒以内に階層を入れ替えて下さい』


自動音声がコントロールルームに鳴り響く。


俺は模型の領都全域が再現された地上階のジオラマプレートからレーゲンスブルグ城の模型だけを引っこ抜いてガラスケースの上に置く。

更にレーゲンスブルグ城の場所だけがすっぽり抜けた領都地上階のジオラマプレートを引き抜くと、レーゲンスブルグ城の横に置いた。


さあ、時間が無い。

サクサク進めよう。


次に地下2階に該当するジオラマプレートを引き抜く。

引き抜かれた地下2階のジオラマプレートは、さっき引き抜いた地上階のジオラマプレートとそっくりだった。

レーゲンスブルグ城の場所だけがすっぽり抜けているのも同じ。


「地上と地下2階が同じだと? ううむ」


ヒルデスハイムが唸る。


俺は引き抜いた地下2階のジオラマプレートを地上階の位置に差し込み、代わりに空きスペースに置いておいた地上階のジオラマプレートを地下2階の位置に差し込む。


最後に地上階のジオラマプレートのぽっかり空いた場所にレーゲンスブルグ城の模型を差し込んでおしまい。


作業が終了したタイミングで自動音声が鳴り響いた。


『階層の入れ替えを受け付けました』


ギリギリ間に合ったよ。


俺はガラスケースの扉を閉めながらホッと表情を緩めて告げた。


「とまあ、この装置でご覧のように階層を入れ替えることで住民の救出は完了です」


コントロールルームの壁3面に据え付けられたモニターに街の様子が映し出される。

疲れ切って街路や広場に座り込む住民が見える。


「この装置で階層まるごと入れ替えていたのか!? それなら住民移動も瞬時だな」


感心するヒルデスハイムがあることに気付く。


「だとしたら、なぜ、レーゲンスブルグ城に居た我々は地下2階に移動しなかったのだろう?」

「さっき、俺がレーゲンスブルク城の模型だけを取り外して移動させただろう?」

「ああっ!」

「そういうこと。レーゲンスブルグ城の模型だけ階層を入れ替えなかったから、城内に居た者までは移動しなかったってことだよ」

「だが、まだ疑問がある」

「『なぜ、城が消えたのに住民が騒がなかったのか?』だろう?」

「俺もそこは気になるところだな」


疑問を言い当てられたヒルデスハイムは押し黙り、マローダー将軍が代わりに疑問を呈す。


「簡単なことです。人は見たいものしか見ず、信じたいものしか信じない。『一晩で城が消えるなんてありえない』。そう思った住民は、そのこと自体を無かったことにして生活を続けたんですよ。まあ、『魔力を吸われ続けて正常な判断力を奪われていた』という事情もあったんでしょうがね」


「なるほどなあ」


そう呟くマローダー将軍。


実際にそんな光景を見た訳ではないから、あくまで俺の仮説に過ぎないんだけどね。

とりあえずは納得して貰えたようだ。



「では、最後の締めです」


俺は真上に手を翳して、広範囲にHP・MPを超速全回復させるべく超級神聖範囲治癒魔法を発動する。


「エリアスーパーリカバリー!」


[エリアデフィニッション]で領都上空に展開した魔法陣はまだそのまま。

領都民全員に治癒効果が行き渡るはずだ。



あ、しまった。

大賢者に職種変更しないと使えないぞ、[エリアスーパーリカバリー]。


『[エリアスーパーリカバリー]をキャンセルして、スイッチ発動後にもう一度[エリアスーパーリカバリー]をやり直さなくては』などと頭の中で手順を組み立て直しているうちに[エリアスーパーリカバリー]が発動してしまった。


え?

どういうこと?

俺、まだ大魔道剣聖のままなんですけど?

どうして[エリアスーパーリカバリー]が発動した?



「凄いなイツキ! 大賢者の神髄を見たぜ!」


感動したらしいヒルデスハイムが俺の背中をバンバン叩く。


「総司令官閣下には驚かせられっ放しだ! さすがは勇者様ってところか!」


マローダー将軍がバシバシと俺の肩を叩く。


「やっぱり妾のイツキは凄いのお!」


白亜までもが俺の脇腹にパンチを入れてくる。


お願いだからやめてくれませんか。

勇者の加護[絶対防御]の防殻にピシピシとヒビが入り始めてるんだけど?

このままだと豪傑3人に叩き殺されてしまいそうなんですよ。

だからお願い!

いいかげん叩くのはやめて!


全ての作業を終えた俺は全軍の領都への再入城を命令した。

住民への説明は降伏したベルゼビュート軍に任せた。


こうして、『勇者の鉄槌』作戦は成功裏に無事終了。

数ヶ月続いた魔属領の内乱も収束を迎えたのだった。




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