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130 圧倒的な強者2

「だからさ。俺も本気出させてもらうことにするよ」


イツキの言葉を戦闘開始だと考えた阿修羅王は、イツキから間合いを取って身構える。


「いざ、参る!」


その言葉を発した阿修羅王がトマホークの連撃をイツキに浴びせ掛けた。

一方のイツキは一切避けなかった。

その連撃の全てをその身で受ける。

だが、勇者の加護[絶対防御]に守られたイツキには傷一つつかない。


「痛ってえなあ」


連撃を受けてのイツキの感想はそれだけ。



見ているマローダー達も啞然としている。


「アスラって闘神ですよね? まさかヒルデスハイムが闘神アスラだったなんて」

「わし達が束になって掛かっても勝てない訳だ」

「だが、我が軍の総司令官閣下は、闘神アスラの剣戟を受けても無傷で立っておられる。あの方こそいったい何だ?」

「さあ、いったい何なんでしょうね?」



彼らがそんなやり取りをしている間にも戦いは進んでいく。


飛び上がったイツキが阿修羅王に高速のボディブローをお見舞いする。

受けた阿修羅王が腹を押さえて(うずくま)る。

(うずくま)った後ろ首にイツキの(かかと)落としが炸裂し、反動で阿修羅王の頭が少し仰け反る。

そこにイツキのアッパーが直撃し、阿修羅王の身体を思い切り仰け反らせる。


「やられっ放しでいられるかあっ!」


後ろに倒れそうになるのを踏み留まった阿修羅王が吠える。

次の瞬間、その身が2mくらいに凝縮する。

縮小ではなく、言葉通り、まさに凝縮。

体格の不釣り合いに苦戦を強いられた阿修羅王はイツキと渡り合えるサイズに凝縮したのだった。


「今度はこっちのターンだ!」


トマホークを全て投げ捨てた阿修羅王も素手でイツキに向かい合う。

そして6本の腕から繰り出される超速の拳の連撃がイツキに襲い掛かる。


イツキはその全てをノーガードで受けた。


マローダー達の誰もが、イツキが殴り飛ばされるかボロ屑のようになったと思った。


だが、連撃が収まった時、イツキは前と変わらぬ位置に変わらぬ様で立っていた。


「バカなっ! 俺の本気の連撃を受けてノーダメージだとっ!?」


一方のイツキは、


「これが闘神の本気? 闘神の威力ってこの程度?」


真面目に残念がっている。


「こんなんじゃ、娘を取り返せるはずないじゃん。返り討ちが関の山だよ」


プツッ!


それを訊いた阿修羅王に様子が変わった。

身体の周りの景色が歪んで見える。

強い空気の揺らぎが至近に陽炎を揺らめかせていた。


「もう、いい。黙れ」


低く呟く阿修羅王。


「いいや、黙らないね。娘を取り戻そうっていう気概が足りない」


煽り続けるイツキの左頬に――――


「黙れと言ってるんだ!!」


阿修羅王の腰溜めの渾身の右拳が撃ち込まれた。


だが、阿修羅王の右ストレートを喰らってもイツキは微動だにしなかった。

その身体が銅像か石像でできているかのように。

その足の裏から太く深い根でも生えているかのように。


阿修羅王の右ストレートはイツキの左頬で止まっていた。

口の中が切れたのか、プッと血の混じった唾を吐き出すイツキ。


「いい一撃だ。でも、まだ足りない」


そう呟いたイツキは、阿修羅王の右手首を取ると、


ブワアアアアアアアッ!


空気が裂けるような轟音を響かせて阿修羅王を背負い投げした。


ズシ――――ンンンンッ!


「がはっ!」


投げられた阿修羅王が口から血を飛び散らせて床に食い込む。

襲って来たのは、背骨が砕けるような、頭の芯に届く強烈な痛み。

その痛みに耐えられずに意識を失う阿修羅王。


今度こそ戦いが終わった。

阿修羅王は圧倒的な強者の前に屈したのだった。



◆ ◆ ◆


「やれやれ。手の掛かるおっさんだよ」


倒れている阿修羅王を見下ろしながらそう呟く。



後ろから外野の声が聞こえてきた。

一部始終を見ていたマローダー将軍達だった。


「闘神アスラを倒しちゃいましたよ」

「いったいどうなってやがるんだ、うちの総司令官閣下は」

「たぶん化け物ですよ、あれ」


どうなっているかは俺が訊きたいくらい。

俺は自分の右拳を眺めながら考える。


最近、俺の腕力と瞬発力と反応速度、人間離れしてきてないか?


怖いからステータス画面は開かない。

うん。家に帰るまでは絶対に開かないようにしよう。



とりあえずマローダー将軍達の元に行こう。



「大丈夫ですか?」

「ああ、俺達は大丈夫です」


俺に答えるマローダー将軍の傷は浅いとは言えなかった。


「総司令官閣下。お助け頂き、ありがとうございます」


深手を負ったライゼルさんが立ち上がって直立不動姿勢で最敬礼する。


「疲労困憊状態なんですから楽にして下さい」


俺はライゼルさんを座らせた。


横に座っている30代くらいのプラチナブロンドの髪にクレーの瞳、頭の左右からノコギリクワガタのような角を生やした長身イケメン士官を睨みつける。


「君。所属と名前を言いたまえ」

「はっ! 小官はミケランジェリ陸軍第18師団第52装甲突撃旅団第221連隊の連隊長ミヒャエル・エックハルトであります! 階級は大佐です!」


立ち上がって直立不動姿勢で敬礼をして答えるエックハルト君。


「じゃあ、エックハルト大佐。君はそのままの姿勢で両手にこれ持って立ってなさい」


[無限収納]からバケツを2つ取り出すと、[ウォーター]で水を一杯に満たしてエックハルト君に持たせる。


「えっ? ちょっと待って下さいよ。何で小官だけ?」

「『完全氷結』してるんだろう? だったら不動でいられるよね」


『解せぬ』って顔だね、エックハルト君。

君は鳥頭なのかな?

自分で言ったこと、忘れちゃったのかい?

ダメだよ、自分の言ったことには責任を持たなくちゃ。

シゴキが足りないのかな?


「まだ足りない?」


[無限収納]からもう一つバケツを出すと、これにも水を一杯に満たして、


「頭の上に乗せると姿勢が良くなるよ」


エックハルト君の頭の上に乗せる仕草をする。


「足りてます! 足りてますから! やめてっ! 頭の上に乗せないでっ! 角でバケツ破れて濡れネズミになっちゃうからっ! 冬だから風邪ひいちゃうからっ! それにここ、敵陣の中ですよ! お願いですから空気読んで下さい!」


必死に体を捩って逃れようとするエックハルト君。

それでも両手のバケツから水が零れないのはさすがだ。


「どうせ俺は『センスの欠片』も無いし『KY』だからね」


エックハルト君が『あっ』という表情をした。

思い出したみたいだ。


「あの…………」

「本来なら上官侮辱罪で銃殺にするところなんだが、俺は『バカ』な『化け物』だから軍の規律に(のっと)った適切な判断ができない。命拾いしたね、エックハルト大佐」

「返す返すもすいません!」

「ああ、そうそう。言葉の槍で散々刺しまくってくれてありがとう。君の名前だけは以後もしっかり覚えておくことにするよ。『バカ』な俺だけどね」

「げっ!」


思いっ切りエックハルト君を脅してやる。


「エックハルト。おまえ、もう終わったわ。勇者殿に恥をかかせたんだからな。副官の白亜殿にシバき倒されるぞ。婚約者のガヤルド女魔公爵から睨まれるのも確実だな。もう魔族領には居られなくなるぞ。ついでに勇者殿の親友、女神セレスティア様からの鉄槌も下るだろうから覚悟しておけよ」

「勘弁して下さいよ、もう…………」

「ワーッハッハッハッハッ!」


マローダー将軍に脅されて凹むエックハルト君。



まあ、お仕置きはこのくらいにして、っと。



俺は三人に手を翳して[メガヒール]を掛ける。


「おいおい、傷が治っていくぞ」

「凄え。なんですか、これ?」


急速に治癒されていく身体に驚く二人。


「これで二度目ですな。ありがたいことです」


ライゼルさんに感謝される。


「えっ? 何のことですか? 俺がライゼルさんを治すのは今回が初めてなんですが?」

「そうでしたな。前のあれは『通りすがりの流しの治癒師』殿でしたな」


解ってて言ってるよね、ライゼルさん。

[隠蔽]も[容姿変換]も見破ったライゼルさんには全部バレバレか。


「ライゼル閣下、『通りすがりの流しの治癒師』って?」

「君は知らなくていいよ」


余計な詮索をするんじゃないよ、エックハルト君。


「酷でえ。ねえ、総司令官閣下、俺の扱い酷過ぎません?」

「ほっほっほっほっ」

「ライゼル閣下も笑ってないでなんとか言って下さいよ」


もう戦闘は終わりだね。

残すは領都住民の救出だけだ。


その前に阿修羅王を起こして、丁重に神界にお引き取り願うとするか。






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