013 冒険者ギルド
エーデルフェルトに来て14日目。
白亜と旅を始めて4日後の昼過ぎ、アナトリア王国北東部最大の城塞都市ホバートに着いた。国境は無防備なのに、ここでは入城審査があった。《A》ランク以上の冒険者は1名だけ同伴者を審査無しに入城させることが認められており、白亜(武蔵坊弁慶)が《AA》ランクの冒険者だったため、俺の入城審査は免除された。
それにしても、出入城審査官が白亜を見ても驚かない。
「召喚されてすぐにホバートに来たのじゃよ、この姿で。甲冑は冒険者の時と武者修行の時だけ身に着けていたから、ここの連中は妾の甲冑使用前・使用後のどっちの姿も知っておるのじゃ」
人通りの多い賑やかな街。
人間だけじゃない。
エルフにドワーフに獣人、なんと魔族までいる。
この国には種族差別は無いみたいだ。
それにしても、白亜はどこに向かっているんだろう。
「これから向かうのは冒険者ギルドじゃ」
冒険者ギルド!
ロープレや異世界ラノベ鉄板のアレである。
「もしかして、冒険者ギルドで冒険者登録を行うのか?」
「そのとおりじゃ」
「冒険者登録したら冒険者カードが発行される。冒険者カードは身分証明書にもなるので、これから活動するうえで欠かせない。冒険者カードは名前・年齢・性別だけでなく、冒険者ランクや職業や各種ステータスも記載され、ステータスは経験値に基づいて更新される。そんなところ?」
「主は本当によく知っておるのぉ」
白亜が感心したように目を見開く。
知識だけだから、そんなに感心されても困る。
「仰せのとおりじゃよ。冒険者カードはこの街への出入りや宿泊や商売に欠かせないものじゃ。今晩、宿を取る時にも必要なのじゃ。だから、一緒に行きましょうぞ。妾も弁慶から白亜に冒険者登録名の変更申請に行くので」
■
そして今、俺はホバートの冒険者ギルド支部の前に立っている。
大理石でできた5階建てのその建物は、想像していた支部と違ってデカかった。
冒険者ギルド支部の入り口は3mくらいの両開きの飾りドアだ。
今は営業時間中なので、扉は開きっ放しだ。
白亜はそのまま中に入っていった。
俺も白亜について中に入る。
中は広いロビーになっており、外周に沿って20脚の丸テーブルが置かれ、丸テーブルにはそれぞれ6脚の椅子が備え付けられていた。中央に広い階段があり、階段左奥の壁は一面掲示板。階段右奥に受付カウンター。受付カウンターの右端には買取りカウンター。右壁に沿ってバーカウンターと喫茶コーナーがあった。
それぞれのテーブルには冒険者パーティーと思われる連中が腰かけて談笑していた。中にはジョッキを持って酒を飲んでるヤツもいた。掲示板の前にも人がたむろしており、おそらく依頼を探しているのだろう。バーカウンターにも脳筋なやつらが酒を煽りながら大声で談笑していた。
受付カウンターの5人の受付嬢の前にそれぞれ列ができていた。
白亜は中央の列に並んだ。
俺も白亜のすぐ後ろに並んだ。
待っている間、俺は横目で掲示板を見た。
案の定、街中だけでなく、ここにも元の俺の特徴を記した手配書が貼られていた。
白亜が言っていたとおり、使命手配書の賞金首は『勇者』ではなく『国家反逆罪を犯した重罪人』サイガサツキだった。白亜に教えられた時にも思ったのだが、俺は一体いつ『国家反逆罪を犯した重罪人』になってしまったんだろう。いかにも凶悪そうな似顔絵だ。悪意に満ちた改変に呆れるが、似てないんだよね。
懸賞金は1億リザ。
エーデルフェルトにおける通貨単位はリザ(Lisa:リザ、記号はL)。
リザニア聖皇国が定めた共通単位だ。
通貨価値は日本円とほぼ同じ。
通用している貨幣とおおよその換算は以下のとおりだ。
<貨幣> <通貨額面> <日本円換算>
小銅貨 1L 1円
銅貨 10L 10円
大銅貨 100L 100円
小銀貨 500L 500円
銀貨 1,000L 1,000円
大銀貨 10,000L 10,000円
小金貨 50.000L 50,000円
金貨 100,000L 100,000円
大金貨 500,000L 500,000円
白金貨 1,000,000L 1,000,000円
聖貨 10,000,000L 10,000,000円
白金貨は両替できる場所が限られているから、めったに流通していない。聖貨は更に特殊で、流通貨幣というより、所謂、昔の『天正大判』や『慶長大判』のように国からの褒賞の品や贈答の品として用意されているものだ。
俺の所持するのは金貨1000枚。金貨1枚が10万リザだから、1000枚で懸賞金と同額。たぶん、俺に掛けられた賞金は、捕まった俺の所持金から支払われるのだろう。いずれにせよ、容姿改変しといてよかったよ。
あ、白亜の番が回って来たようだ。
「アイシャ、久しぶりなのじゃ」
「本当にお久しぶりね、弁慶ちゃん。今回はどこまで遠征に行ってたの?」
白亜が挨拶した受付嬢は赤髪ソバージュのお姉さんだった。二十歳くらいだろうか。その受付嬢は、営業用と違う親しい間柄に向ける笑顔で白亜に応対した。
「隣の聖皇国領までじゃよ」
「また楽しい武勇伝が訊けそうね。今回はどんな相手だったの? 今、時間ある? 2階の応接室で旅の話を聞かせて貰おうかしら」
「アイシャは時間はいいのか?」
「大丈夫よ、そろそろ交代の時間だったし」
「でも、その前に冒険者登録の名義変更がしたいんじゃが」
「えっ? でも、誓いを果たすまで『弁慶』名義は変えないって…………もしかして、誓いを果たせたの? すごいわ。遂に1000本の剣を集めきったのね?」
目を輝かせるアイシャさんに、
「誓いを果たすこと叶わずじゃよ。妾は、後ろにいるこのお方に負けてしもうたのじゃ」
白亜はバツが悪そうにボソッと呟いた。
喧噪の中、確かにボソッと呟いただけのはずだった。
しかし、その一言でギルド内が一瞬で静まり返った。
「だから、もう『弁慶』を名乗ることは止めたのじゃ。これからは主が名付けてくれた『白亜』を名乗ることにしたのじゃ。」
続くその言葉に、ギルド内は大騒ぎになった。
「おい、弁慶が倒されただと?」
「このホバート支部最強《AA》ランク冒険者の弁慶が? 嘘だろ?」
「あいつ、何者なんだ?」
「あいつが弁慶ちゃんの誓いを台無しにした悪党か?」
「そう言えば、弁慶のヤツ、甲冑はどうした?」
「俺の弁慶ちゃんに酷い事しやがったのはあいつか?」
「弁慶ちゃんの甲冑をひん剥いて手籠めにしたらしいぜ」
「ああ、いかにも人でなしってツラだぜっ」
白亜、お前、冒険者達に愛されてるよな。
それに引き換え、俺の評価はストップ安だよ。
「弁慶ちゃん、この人に酷い事されてない? 正直に言っていいのよ。冒険者ギルドは弁慶ちゃんの味方よ」
アイシャさんからの評価もストップ安。
「勘違いするでない! 妾とこのお方は正々堂々と立ち合い、そのうえでの妾の負けじゃ。それどころか、負けて自害しようとした妾を止めて、従者にして下さったのじゃ」
負けて自害しようとした?
従者にしてくれないから自害しようとしたんじゃなかったっけ?
勝手に過去を捻じ曲げないで欲しい。
「弁慶ちゃんを従者にして、何かいかがわしいことをするんじゃ…………」
アイシャさんは疑いの目を緩めない。
「妾は別にそれでも構わぬ。なにせ、このお方は勇し————ギャフン!」
俺は[アクセル]で素早く白亜の後ろに回ると、その頭にチョップをお見舞いした。
「痛いのじゃ、主!」
「お前が余計な事言いそうになったから」
「弁慶ちゃんに暴力は許しません!」
アイシャさんが白亜を庇うように俺の前に立ち塞がった。
ここはもうダメだ。
別の町の冒険者ギルドに行こう。
と、退散すべく後ずさった俺の肩を掴むゴツイ感触が・・・
ゆっくりと振り向くと、そこには武装弁慶同様、2m50cmくらいの規格外にガタイのいいおっさんが俺の肩を掴んでいた。スキンヘッドで顔は傷だらけな上、捲った袖から見える腕には入れ墨だよ。その筋の人?
「あ、支部長」
アイシャさんがおっさんに話し掛ける。
「うちの弁慶が世話になったそうじゃないか。ちょ~っと、俺の部屋で話そうか」
おっさんが俺を見下ろして言った。にこやかな笑顔だったが、目が笑っていなかった。
「や、もう、俺、今日は帰るから。後日、改めて出直すってことで、どう?」
「何を言ってるのかしら。これから事情聴取の時間よ」
アイシャさんも笑顔だがやはり目が笑っていなかった。
俺は両脇をやはりガタイのいい黒いサングラスを掛け黒いスーツを着た職員に抱えられると問答無用で最上階の支部長室に連れていかれるのだった。
まるで、メン・イン・■ラックのエージェントに連行されるグレイみたいに。




