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128 あんたの連撃がスロー再生に見えるよ

[円舞一式]で通路の敵を片付けつつ北東城郭を目指す。

倒しても倒しても湧いてくる敵兵にうんざりな俺は、只々殺戮マシーンに徹する。

高校生の多感な心は棚に仕舞っておいた。



そうこうしているうちに、通路の先、北東城郭エントランスホールが見えた。

ここまで鼻を覆いたくなるくらい密度の濃い血の臭いが漂ってきている。


次第に見えて来るエントランスホールの中――――

6本腕のバーサーカーが敵味方見境なく殺戮を繰り広げているのがチラッと見えた。

トマホークで装甲外装を砕く音や人の断末魔の悲鳴が漏れ訊こえてくる。


エントランスホールまであと5m。

それまで訊こえてきた音が止んだ。


こりゃ、もうダメかもしれないな。

ライゼルさんの救援、結局間に合わなかったよ。


エントランスホールまであと2m。

中から話し声が訊こえてくる。


「お祈りの時間は済んだか?」

「俺は俺にしか祈らねえよ! ほっとけ!」


聞き覚えの無い声と………マローダー将軍の声だ!

マローダー将軍、先に駆け付けていたのか。


俺がエントランスホールに踏み込んだ時、目の前のバーサーカーが倒れているマローダー将軍に向かってトマホークを振り上げていた。


取り敢えず声を掛ければバーサーカーが動きを止める? はず!


「あれ~? ここはお祭り会場かな? 楽しそうだから俺も混ぜてくれよ」


俺が笑顔で声を掛けると、狙いどおりバーサーカーが振り上げたトマホークを降ろして振り返って俺を見た。


「ああ。お祭りじゃなくて血祭り? なんちゃって?」


倒れてこっちを見ている三人が無言で視線を向けて来る。

視線が語るのは『空気読め!』。

ブラックジョークのつもりだったが、思いっ切り滑ってしまったようだ。


「なんですか? あの人。状況わかってるんですか?」

「まあ、そう言ってやるな。総司令官閣下は満身創痍の我々の心を(ほぐ)してくれてるんだ。」

「センスの欠片もありませんね。心(ほぐ)されるどころか心完全氷結しちゃいましたよ。あれKYですよね。絶対KYですよね」

「…………」


そこの人!

言葉の暴力でズバズバ刺すのは止めてくれ!

発した俺自身、『何でこんなこと言っちゃったかな』って思ってるんだから!

反省してるんだからさ!

それにライゼルさんも黙ってないで何か言ってよ!

無言は(こた)えるんだよ!

これじゃあ、俺、バカみたいじゃないか!


「実際、バカみたいですもんね」


俺、声に出してた?

だとしても、その返し、酷くない?

ねえ。『手心』って言葉、知ってる?

容赦ない返しに、穴が有ったら入りたい気分だよ。



「お呼びじゃない? お呼びじゃない? こりゃまた失礼致しました」


半世紀以上前の(ひとし)さんのセリフを吐きながら後ろ頭に手をやって去ろうとする俺。


「待て待て待て待て~い!!」


マローダー将軍に呼び止められてしまった。


「俺達を助けに来たんだろう!?」


あ、そうだった。

あまりの恥ずかしさに本来の目的を忘れるところだったよ。

ナイスフォロー! マローダー将軍!


胡乱(うろん)な目をして俺を睨みつける6本腕のバーサーカー。

6本腕に足2本。

合計8本あるな。

蜘蛛なのかな?

俺は蜘蛛男(俺の中ではそれで確定!)に(あざけ)るような笑顔を向けてやった。


「あ~~~、そこの筋肉質の蜘蛛男君。相手をしてあげるから掛かって来なさい」



◆ ◆ ◆


エントランスホールに姿を現したイツキの空気読めないジョークに命の危機も忘れて呆れ果てるマローダー達三人。


「あ~~~、そこの筋肉質の蜘蛛男君。相手をしてあげるから掛かって来なさい」


イツキの煽るような台詞にヒルデスハイムの顔が怒りに染まる。

腕や肩の筋肉がピキピキと弾けるような音を立てた。


「俺のことを蜘蛛男と言ったのか!!? 人間!!」

「そうだね。だって、俺、あんたの名前知らないもん」


飄々と答えるイツキをハラハラと見守るマローダー達。


(相手は『流血大河のヒルデスハイム』だぞ! 何でそんなに余裕ぶっこいてられるんだ!? 怖くないのか!?)


「いいだろう。本来なら人間如きに名乗る名など無いのだが、その度胸に免じて教えてやろう」


ヒルデスハイムはイツキに向き直ると名乗りを上げた。


「俺の名はオットー・フォン・ヒルデスハイム。ここレーゲンスブルグ要塞の司令官だ。ベルゼビュート様亡き後、領主代理代行補佐でもある」

「『領主代理代行補佐』? 王や皇帝が社長だとすると、領主は事業部長になるから、代理は部長で、代行が次長で、補佐は課長ってことで…………」


ヒルデスハイムの名乗りを訊いたイツキが顎に手をやってブツブツ独り言を呟く。

やがて、合点がいったように顔を上げて返したイツキの言葉は酷いものだった。


「な~んだ、あんた、課長さんか。中間管理職じゃん。全然偉くないじゃん」

「『かちょう』『ちゅうかんかんりしょく』が何かはわからんが、『全然偉くない』の意味だけはわかるぞ」

「何がわかったの?」

「俺を愚弄(ぐろう)しているってことがな!!」


言うが早いか、ヒルデスハイムのトマホークがブ―ンという音を立ててイツキを襲う。

それをヒョイっと避けたイツキが宥めに掛かる。


「まあまあ落ち着きなよ。『()いては事を仕損じる』って(ことわざ)もあるよ。どのみち、あんたは仕損じちゃうんだけどね」

「ぬかせ! 俺も名乗ったんだ! キサマも名乗れ!」


ヒルデスハイムは、6本の腕に持つトマホークの絶え間ない連撃をイツキに浴びせ掛けた。


「そんなに攻撃されたら落ち着いて名乗れないじゃん」


そう言いつつもヒョイヒョイと身軽に避けるイツキ。

避ける合間にポケットから出した喉飴の袋から喉飴を一粒摘まんで口に含むくらいには余裕だ。


「俺はねえ~。斎賀五月(さいがいつき)っていうんだよ~。五公主会議で総司令官なんか押し付けられちゃった哀れな冒険者なんだよ~」


口に含んだ喉飴を吐き出さないように喋る間延びした名乗り。

だが、それを訊いたヒルデスハイムの手が止まった。


「キサマが人族の勇者・サイガイツキか!? なぜ、魔属領の内乱に介入した!?」

「冒険者ギルドがね。ガヤルド女魔公爵からの指名依頼を受注しちゃったんだよ」

「冒険者ギルドの指名依頼だと!?」

「そう指名依頼。ギルドの支部長に『ちょっと行って()じ伏せて来るだけの簡単なお仕事』って言われてここまで来ちゃったんだけどね」

「・・・・・・」

「実際は、気は遣うわ、タイムリミット付けられるわ、魔力消費は激しいわ、で散々だよ。な~にが『簡単なお仕事』だよ。過剰労働だよ。労働基準法違反だよ」


文句を言うイツキ。


「だが、丁度良い。我々ベルゼビュート配下一同、キサマには恨みがあるからな」

「何の恨み? 思い当たらないなあ」


真面目に覚えが無い素振りを見せるイツキに、こみ上げる怒りを抑えながらヒルデスハイムは確認する。


「303号ダンジョンに覚えは?」

「何それ? どこのダンジョン?」

「アナトリア王国の城塞都市ホバート近郊のダンジョンだが?」

「それ〖混沌の沼〗ダンジョンのこと?」

「そうだ。その最下層にダンジョン管理者が居なかったか?」

「ああ、いたね。確かベルゼビュートとか云うドSの猟奇犯罪者が」

「言いたいことは色々あるが、そのお方が我々の主だ」


合点がいったという顔をするイツキ。


「それは申し訳ないことをしたね。でもさ。あれはあいつが悪いよ」


理由を述べるイツキ以外の誰もが、急に場の空気が冷えたように感じた。


「だって、あいつ、俺の妹を2度も殺そうとしたんだぜ」


イツキが光の消えた瞳でヒルデスハイムを見据える。


「だから、こうしてやった」


感情の失われた声を発しながら左手で首を刎ねるような仕草をするイツキ。


状況を見守るライゼルは思う。


(ベルゼビュートは勇者のアンタッチャブルに手を出して討滅されたのだな)



「そうか。なら、キサマも死ね!」


貴族は、最も重い罪に対する罰として自殺を強要される。

いわゆる『自死(じし)(たまわ)る』というやつだ。

これに対して平民に対する最も重い罰は石打ちの刑。

魔物や魔獣は容赦なく首を刎ねられる。


イツキがベルゼビュートを貴族扱いせず、魔物のように首を刎ねて殺したことに激高したヒルデスハイムが超速で襲い掛かる。

誰もが『流血大河』の再現を予想した。


だが、ヒルデスハイムのほぼ同時に繰り出される6本のトマホークをイツキはたった1本のトマホークで受け流している。

真向から受けるのではなく受け流している。

その立ち位置をほとんど変えずにだ。

しかも、イツキは装甲外装を纏っておらず、将軍服のまま。

それなのにヒルデスハイムの刃が掠りもしない。



「俺は夢でも見てるんですかね?」


エックハルトが起き上がって床に胡坐をかいてマローダーに尋ねる。


「それは俺が訊きたいくらいだ。俺達3人掛かりでも苦戦した相手だぞ。そんなヤツの連撃が掠りもしないなんてありえるのか?」

「信じられんことだが、わしにはイツキ殿がまだ本気を見せていないように思えるんだが」


マローダーが寝転がったまま装甲外装の隙間から取り出したタバコに火をつける。

ライゼルも起き上がって床に胡坐をかいた。



一方のイツキとヒルデスハイム。


「つまんないなあ、あんた」


そう言ったイツキの姿が消えた。


「俺にはあんたの連撃がスロー再生に見えるよ」


再び姿を現したイツキはヒルデスハイムの左肩に後ろ向きに腰掛けていた。


「!」


イツキを振り落とすべく体を振ろうとしたヒルデスハイム。

だが、イツキの姿はもう左肩には無く――――


「何やってるのかな? 肩凝り? 歳は取りたくないもんだね」


ヒルデスハイムの右背後に現れたイツキがヒルデスハイムの右耳に囁く。


振り向き様にトマホークを横薙ぎにしたがイツキの姿はそこには無く――――

代わりに感じたのは、頭の上に何かが止まったような感覚。


「や~~、絶景絶景」


ヒルデスハイムの頭の上にイツキが立っていた。


そして、ヒョイとヒルデスハイムの前に舞い降りるイツキ。



「転移ですかね?」

「いや、あれは高速移動だ。速過ぎて俺達の目には転移したようにしか見えないがな」


エックハルトの疑問にタバコを(くゆ)らせるマローダーが答える。


「人族にあんな高速移動なんてできるものなんですかね?」

「わからん。わからんが今目にしているのは現実だ」


マローダーはそう答えるしかなかった。



「ねえ、いい加減()めない? そろそろ飽きてきたんだけど」

「飽きただと!?」

「飽きるさ。だって、あんた、俺に本当の姿を見せていないだろう?」


ヒルデスハイムの前に立つイツキは掠り傷一つ負っていない。



イツキの台詞を訊いたヒルデスハイムは、


「解っていたのか? いいだろう」


自らの体に更に力を籠める。


「キサマがどれだけ強者であろうが、真の姿に変化(へんげ)した俺には勝てん!」


ヒルデスハイムの身体が更に一回り大きくなる。

その筋肉の発する音がピキピキからパキパキに変わる。

そしてその身体に載る頭の左右に顔が現れる。

『流血大河』の第二形態。


「この姿になるのは魔王様の前でのお披露目以来だ」


身の丈は5mに達し、腕の太さも1mを越える、三面6本腕の筋肉巨人。


その姿を見たイツキが感心したように呟いた。


「へえ。あんたの正体はアスラだったのか」







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