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127 流血大河

マローダーの悪い予測は当たっていた。


北東城郭楼真下の広いエントランスホールではメロージ軍第2空挺師団とヒルデスハイム麾下の第1装甲擲弾兵大隊が死闘を繰り広げていた。


銀色の軽装甲外装の空挺軽歩兵と黒い重装甲外装の装甲擲弾兵の激突。

お互いのトマホークがぶつかる度に火花が散る。


第2空挺師団は実質大隊規模の700名。

対する第1装甲擲弾兵大隊は500名。

人数だけならメロージ軍有利。


ただ、降下を前提とする空挺軽歩兵は身軽で動きが速いがそのぶん軽装甲。

一方の装甲擲弾兵は本格的な白兵戦に特化した重装甲。

本来ならメロージ軍側が一方的に数を減らしていくはずだが、そうはならなかった。


ライゼル大将が先頭に立って敵を討ち減らしているからだ。


『槍無双のライゼル』

彼の手にする槍は自在に伸縮するアーティファクトだ。


ライゼルが放つ鋭い突きが伸び、間合いの外の装甲擲弾兵の首を貫く。

振り回した槍が周囲の敵兵の首を刎ねていく。

目前で回転させた槍が左右から振り下ろされる敵兵のトマホークを弾き返す。


一人で千人を倒すと言われるライゼルの槍技に周囲の敵兵が怯み包囲の輪を広げていく。


「退け! 俺が相手をする!」


周囲の装甲擲弾兵を押し退けてライゼルの前に現れたのは『流血大河のヒルデスハイム』。


黒い装甲外装に身を包んだ6本の腕のそれぞれに柄の長いトマホークが握られていた。

ヒルデスハイムの後ろには何十人もの空挺軽歩兵の無残に切り刻まれた死体が転がり、死体から流れ出した(おびただ)しい血が川のよう流れ広がっていた。


「閣下! お下がり下さい!」


ライゼルを守ろうとヒルデスハイムの左右から4人の空挺軽歩兵がトマホークを振り翳して襲い掛かる。

だが、彼等のトマホークはヒルデスハイムの装甲外装に触れることすら敵わなかった。

ヒルデスハイムの6本のトマホークが一瞬ブレたように見えた。

次の瞬間、ヒルデスハイムの左右に、細かく切り刻まれた肉塊が血の海の中に散乱した。

ノールックでのトマホークの音速を越える連撃だった。


気色ばんだ空挺軽歩兵がヒルデスハイムを取り囲む。


「おまえたち!! 手を出すんじゃない!!」


ライゼルの一喝が鳴り響いた。


「ですが――――」

「おまえたちが束になって掛かったとしてもヤツは倒せん!」


部下を下がらせたライゼルがヒルデスハイムを睨みつける。


(じじい)! 殺されにやってきたか!?」


ライゼルを見下ろすヒルデスハイムが(あざけ)るように言った。


「わしは最期のご奉公のつもりでここまで来た」

「ふん。覚悟だけは立派なようだな」


そこでヒルデスハイムはあることに気付く。


「ああ、そうそう。これだけは言っておかなくてはな。おまえのところのローレルだったか? ヤツに謀略を勧めたのはアスタロト軍のシュリーフェンだ。俺じゃない」


それを訊いたライゼルはただ一言だけ


「そうか」


ヒルデスハイムが目を見開いて尋ねる。


「それだけか?」

「ローレルの行いもそれに気付かなかったわしに責任がある。その結果、無駄に兵を死なせることになったのもわしの責任だ」


諦観したような答え。


「ふん。頑固な(じじい)だ」


呆れたようにそう吐き捨てたヒルデスハイムがトマホークを構える。


「なら、責任を取って、ここで死ね!」


それが戦闘開始の合図だった。


ヒルデスハイムのトマホークがライゼルの頭上左右、左斜め上、右斜め上、左横、右横から同時に襲い掛かる。

その斬撃を柄の中央を軸に高速で回転させた槍で弾き返すライゼル。


一歩前に踏み出したライゼルがヒルデスハイムの左中腕の肘関節を槍で突く。

が、槍が撥ね返される。


「俺の身体は身体強化によって鋼の如く堅い。そんな槍は通らん!」


ヒルデスハイムの間合いに入ったライゼルの右側面から轟音を発しながらトマホークの一閃。

それを槍の柄で受け止めるライゼル。

が、勢いが殺せずに真横に吹き飛ばされた。


空中で一回転して着地したライゼルに向かって突進したヒルデスハイムの容赦ないトマホークの連撃。

それを紙一重で避けながら超速で槍を突き出すライゼル。

突き出された槍はヒルデスハイムの目前で急にギュンと伸びてその胸を直撃し、ヒルデスハイムの身体を後方に突き飛ばした。

壁に激突する寸前で踏みとどまったヒルデスハイムが床を蹴ってライゼルに再突撃する。

砕けた石床がその蹴りの強さを物語っていた。


ライゼルとヒルデスハイムの戦いは中々決着がつかなかった。

ベルゼビュート軍の装甲擲弾兵もメロージ軍の空挺軽歩兵も戦いの手を休めて二人の帰趨を見守っていた。



実のところ、ライゼルは完調ではなかった。

数日前まで毒を盛られて床に臥せっていたのだ。

技は巧みだったがスタミナがついて来なかった。


息が上がって次第に対応に遅れが出始めたライゼルの身体のあちこちをヒルデスハイムのトマホークの刃が掠め、次第に切創を増やしていく。


そして遂に頭上からのトマホークの斬撃を横に避けた拍子に、さっきヒルデスハイムが蹴って砕いた石床に(つまず)いてバランスを崩した。

そこにヒルデスハイムのトマホークの横薙ぎ。


だれもがライゼルの死を確信した――――その時、

縦に振り下ろされたハルバートがトマホークの斬撃を受け止めた。




「間に合ったようだな。大丈夫か? 爺さん?」


ハルバートの主はマローダー。

北東城壁に続く通路の敵兵を薙ぎ払ってここまで駆けて来た。


「すまんな」


マローダーにそれだけ返し、姿勢を正してヒルデスハイムに向き直るライゼル。


「爺さんだけじゃ荷が重いと思って大急ぎで応援に駆けつけて来た。余計なお世話だったか?」

「いや、助太刀に感謝する。わし一人では倒せそうにないからな」


一方のヒルデスハイムはマローダーをマジマジと見て尋ねた。


「おまえ『(くれない)の襲撃者』マローダーか?」

「ああ、そうだが?」

「何で空軍将校がここに居る?」

「さあな。うちの頭が俺を派遣軍の軍団長に指名しやがったから仕方なくここに来たのさ。ご指摘の通り、俺は空軍大将だよ。だが、何故か配下は皆陸軍だ。なあ、おかしいと思うだろう?」


まるで敵に対するものとは違うマローダーの気さくな物言いに毒気を抜かれそうになるヒルデスハイム。


サミュエル・マローダー、38歳。

白い装甲外装を身に着けているが、兜は被らず頭にはミケランジェリ空軍の臙脂色(えんじいろ)(つば)無し略帽。

一目で鬼人族と解る、額の真ん中から生えた一本角が特徴的である。

略帽からは赤い癖毛が覗いていた。

赤いワイバーンに騎乗し、柄の長いハルバートの一撃で敵の竜騎兵をワイバーンもろとも両断する。

その名前、騎乗するワイバーン、その髪の色から付いた二つ名は『(くれない)の襲撃者』。


「その場違いな男が命を捨てに来たということか」

「捨てるつもりはないんだが」


臨戦態勢のヒルデスハイムに応じるようにマローダーもハルバートを構える。


「分担で行くぞ、爺さん!」

「おう!」


戦闘が再開される。

右からマローダーのハルバート、左からライゼルの槍がヒルデスハイムに襲い掛かる。

が、ヒルデスハイムはその左右からの攻撃を2本の腕に持つトマホークで防ぎ止める。

残りの腕のトマホークのカウンターの横薙ぎが猛速で二人に迫る。

すんでのところで(かわ)した二人。


「6本も腕を生やしやがって反則だろ! こっちは2本しか腕がないんだぞ!」


マローダーが毒づく。


「ふん。負け犬の遠吠えか?」

「ぬかせ!」


マローダーの一撃がヒルデスハイムの右肩の装甲外装の一部を砕く。

が、装甲外装の下の身体は無傷。


「効かんなあ」


右肩をコキコキと回しながら余裕のヒルデスハイム。


「ヤツは身体強化している! 打撃も剣戟も通らないぞ!」

「だとしても! 今更退けるか!」


ライゼルの指摘にもマローダーは怯まない。

ハルバートを打ち振るって次々とヒルデスハイムの右肩周辺の装甲外装を砕いていく。

そして、剥き出しになった生身の右肩の一点に超速でハルバートを連続して叩きつける。


「落ちろ! 落ちろ! 落ちろ! 落ちろ! 落ちろ――――っ!」


やがて、ヒルデスハイムの右肩から生えている腕が切断された。


「ぐおおおおおおおおっ!」


左腕で右肩を押さえたヒルデスハイムが痛みで叫び声を上げた。


「爺さん! 左肩の装甲外装を砕いて、その下の身体の1点に攻撃を集中させろ! そうすればもう1本はいける!」

「相分かった!」

「小官も加勢します!」


マローダーが牽制する間に、今度はライゼルの連続する突きの猛攻。

そこにエックハルトのトライデントの突きが加わる。

ヒルデスハイムの左肩の装甲外装が砕け散り、左肩が露わになる。

素の左肩の関節目掛けて、神速の突きを繰り返し、遂に左腕を切り離すことに成功する。

「があああああああっ!」


両肩から生える腕を失ったヒルデスハイムが仁王立ちになる。


「やるじゃねえか、爺さん! エックハルト!」


残る腕は4本。

この調子で行けばヒルデスハイムを無力化できる。

マローダーもライゼルもそう思った。


「舐めた真似をしてくれるじゃないか」


そう(つぶや)いたヒルデスハイムがムンッと力を入れた。

次の瞬間、内側からの圧力に身に纏った装甲外装が砕け散り、ヒルデスハイムの身体が一回り大きくなった。伸縮性の黒いランニングとスパッツを身に纏うヒルデスハイムの肩の腕が再生していく。


「嘘だろ?」


マローダーがヒルデスハイムの変化を唖然としながら凝視する。

横に来たエックハルトは口をアングリと開けていた。


「この姿を見るのは初めてか? そうだろうな。この姿を見て生きて帰ったヤツはいない」


身体を(ほぐ)しながら語るヒルデスハイム。


「100年ぶりに本気になったんだ。死ぬ覚悟はできているな?」


恐怖に動転した空挺軽歩兵が叫び声を上げた。


「うわあああああああああっ!」

「止めろ! 手を出すんじゃない!」


マローダーの制止空しくその空挺軽歩兵は、敵うはずもないのにヒルデスハイムにトマホークで襲い掛かった。

だが、トマホークがヒルデスハイムに触れることはなかった。

ヒルデスハイムが軽く振り抜いた腕。

張り飛ばされた空挺軽歩兵は猛スピードで壁に激突して、


ビシャッ!


形を残さず壁の染みになった。


ヒルデスハイムは超速で兵士達の間を駆け回ると、敵味方見境なく腕で張り飛ばし、トマホークで斬り飛ばし続ける。

北東城郭楼真下の広いエントランスホールは阿鼻叫喚の地獄絵図。


マローダーはハルバートで、ライゼルは槍の柄で、エックハルトはトライデントで、それぞれ防ぎ止めようとしたが、勢いが殺し切れずに床に転がる。

三人とも全身打撲で身動きができない状態。


それでも彼らはまだマシな方だった。

残るミケランジェリ軍の装甲突撃兵も、メロージ軍の空挺軽歩兵も、ベルゼビュート軍の装甲擲弾兵も全員肉塊と化していた。床には幾筋も血の川が流れ、合流し、大河となって排水溝に流れ込んでいた。

まさに『流血の大河』。


「くそおっ! これまでか!」

「いてててて。どうしましょうね?」

「済まんな、二人とも。わしのくだらない矜持に付き合わせてしまって」

「うるせえよ、爺さん。今考え中だ!」

「司令官閣下。何か忘れているような…………」

「俺もそれを思い出そうとしているところだよ!」


床に転がりながら言葉を交わす三人の元にヒルデスハイムがゆっくり近づいてくる。


「お祈りの時間は済んだか?」

「俺は俺にしか祈らねえよ! ほっとけ!」


問い掛けに悪態で返すマローダーを切り刻むべくヒルデスハイムはトマホークを振り上げた、まさにその時。

ヒルデスハイムは背後から声を掛けられたのだった。


「あれ~? ここはお祭り会場かな? 楽しそうだから俺も混ぜてくれよ」




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