126 エンデスリアクター
その頃。
レーゲンスブルグ城の北西城郭攻略を担当するのは、マローダー大将率いるミケランジェリ陸軍第18師団麾下の第52装甲突撃旅団。
ミスリル合金製の白い装甲外装を身に着けた装甲突撃兵達は、北西城郭前面に展開する近衛騎士団を[ファイアガトリング]で削り取ると、残りをハルバートによる白兵戦で殲滅。
[エクスプロージョン(中)]で城門を破壊して城郭内部に雪崩れ込んだ。
城郭内部は大規模な敵の侵攻を妨げるように狭く複雑な通路が張り巡らされていた。
エントランスの先には3mの正方形断面の7本のメイン通路。
通路からエントランスに向けて魔道兵が攻撃魔法を放ってきた。
抵抗する敵を[エクスプロージョン(小)]で沈黙させた第52装甲突撃旅団は、7隊に分かれて進む。
敵は魔道兵と帯剣歩兵を主体とする要塞守備隊。
7本のメイン通路に繋がる幾本もの連絡通路に隠れた魔道兵による攻撃魔法と不意に現れる帯剣歩兵の剣戟が装甲突撃兵達を襲う。
「怯むな! やつらの攻撃魔法は装甲外装を貫けない! 帯剣歩兵だけに集中しろ!」
先頭でハルバートを振り回すマローダーが檄を飛ばす。
「ぐああっ!」
敵魔道兵がマローダーの傍らに居る装甲突撃兵に向けて放った1発の[アイシクルブリッド]の氷弾。それは装甲外装の薄くなった首の関節部分を貫通し、装甲突撃兵を絶命させた。
「くそっ! 狙撃か! 装甲外装の弱点を突いてきやがる!」
マローダーも狙撃されたが、彼は飛んで来た氷弾をハルバートで叩き落とした。
だが、そんな芸当は誰にでもできる訳ではない。
若手の装甲突撃兵が何人も狙撃の餌食になった。
「埒が明かんな」
被害が看過できなくなったマローダーが旅団麾下の第221連隊の連隊長に命じた。
「おい! エックハルト! あれを使え! 他の通路の連中にもそう伝えろ!」
命じられたエックハルト大佐が他の通路に伝令を送ると、ポケットから取り出した直径5cmの黒い球体を数10m先で抵抗する敵の足元に放り投げた。
その時、メイン通路の奥から現れたのはミスリル合金製の黒い装甲外装を身に着けた敵の装甲擲弾兵の部隊。
ヒルデスハイム麾下の第3装甲擲弾兵大隊である。
敵の増援に攻撃側が不利になるかと思われた。
が、そうはならなかった。
先頭を切って駆け付けてきた装甲擲弾兵が足元に転がって来た黒い球体に気付いた。
更に彼は目にした。
左横の連絡通路から顔を出した魔道兵が敵に[アイシクルブリッド]を放とうとする姿を。
「おいっ! 止めろ! 今、攻撃魔法を使ったら――――」
慌てて制止する声は魔道兵には届かなかった。
魔道兵が[アイシクルブリッド]を放った瞬間――――
眩い光が広がり、敵要塞守備隊と装甲擲弾兵部隊を巻き込んだ猛烈な爆発が起こった。
「「「「「ぎゃあああああああああああああっ……」」」」」
吹き付ける爆風に背を向けたマローダーを始めとする装甲突撃兵達。
他の通路からも同様の爆発音が轟き、やがて静寂が訪れた。
「このフロアの敵兵は一掃できたようだな。第222連隊は地下1階の制圧に向かえ。と第223連隊は城郭楼を押さえろ。第221連隊はそうだな、第573大隊以外はこのフロアの確保だ。第573大隊とエックハルトは俺と共に北東城郭に繋がる通路の敵を掃討する。ついて来い。」
マローダーが麾下の部隊に指示を出していく。
「城郭内には既に反魔力粒子が充満している。くれぐれも魔法は使うなよ。死にたくなかったらな」
バラバラになった敵兵の死体を眺めながら、マローダーはそれだけ告げると北東城郭に繋がる通路に向かった。
エックハルトが敵に向けて投げた直径5cmの黒い球体。
その名も『エンデスリアクター』。
発明者で魔族領の錬金術師であるゼクセル・エンデの名から命名された。
装置の目的は魔族や魔導士に魔法の行使を思い止まらせること。
その目的を実現する為の原理は次のとおりだ。
この装置は、衝撃を受けると装置内部に仕込まれた透明・無臭な非物質の反魔力粒子を周囲に放出する。装置から放出されて空気中に漂う反魔力粒子は、外部に向けて行使する攻撃魔法や防御魔法に指向性を示す。そして、魔法を行使する術者の魔力の流れを遡り術者体内の魔力に辿り着く。辿り着いた反魔力粒子は、術者の体内魔力を増幅しつつ対消滅させ、それにより生じた莫大なエネルギーにより爆発現象を起こすというものだ。
爆発現象は周囲を巻き込むだけでなく、術者自身をも跡形もなく爆散させる。
従って、『エンデスリアクター』が作動した場所では魔法の行使を控える必要がある。
魔法行使自体が周囲を巻き込んだ自爆テロ行為になってしまうからだ。
ただ、反応するのはあくまで外部に向けて行使された魔法であり、身体強化等の術者内部に行使される魔法には反応しない。
本来、この装置は魔法の軍事利用を阻止する目的で発明されたものだったが、実際にはその携帯性も相まって戦場で頻繁に使われることで多くの魔道兵の命を奪い、武器による凄惨な殺戮を助長することとなった。
装置自体は半世紀以上前に発明されたものであるが、今では対魔族・対魔導士用兵器として各国の軍や治安機関の間で広く普及している。特に屋内での制圧戦では欠かせないものであると言えよう。
■
マローダーと麾下の第221連隊は死闘を繰り広げていた。
相手はヒルデスハイム直属の第2装甲擲弾兵大隊。
通路に充満した反魔力粒子により、魔法は行使できない状態。
お互いが血で血を洗う白兵戦の様相。
先頭に立つマローダーのハルバートが唸りを上げ、敵の装甲擲弾兵の左肩に炸裂する。
敵兵はミスリル合金製の黒い装甲外装ごと左肩から右腰までを両断され、血飛沫を上げてただの肉塊となった。
刃を返しながら、右足を軸に反転しな、後ろから斬りつけてきた敵兵を頭から真っ二つにする。
「司令官閣下も容赦ない。敵兵が可哀そうになる」
エックハルトが敵兵をトライデントで串刺しにしながらマローダーを揶揄う。
「そういうおまえは串焼きでも作るつもりか?」
エックハルトの刃先の長いトライデントには3人折り重なるように串刺しになっている。
「食べませんよ。俺は美食家なんでね」
「美食家だあ? 糞不味い糧食をお代わりする悪食の言えたことか?」
マローダーがハルバートを振って周囲の敵兵の首を纏めて刎ねる。
「美食家ですよ。まあ、美味しく頂くのは美女に限りますがね」
「それは『食べる』じゃないだろう?」
「そうですね。『味わう』が正しいですかね。」
エックハルトがマローダーの背後から迫る敵兵をトライデントで壁止めにする。
「まあ、なんでもいいが、腰だけは悪くするなよ」
「へえへえ、わかってますよ」
「任務外で腰を痛めて戦線離脱なんてしてみろ。俺がありがたい二つ名を広げてやる。『ブレイクスプリングのエックハルト』ってな。かっこいい二つ名だろう?」
「な~んか、悪意を感じますね。戦線離脱しないように頑張るとしましょう」
などと悪態を吐き合っているうちに周りの敵兵は全てハルバートとトライデントの錆となっていた。
「通路の敵はあらかた片付きましたね」
「ああ、あと少しで北東城郭だ」
そう言いながら顔を顰めるマローダー。
「気になることでも?」
「あるさ。これまでの北西城郭での戦い、ヒルデスハイム麾下の装甲擲弾兵大隊が2つ繰り出して来ていたな?」
「ええ、たぶん、第2と第3ですね」
「残る第1は? ヒルデスハイムはどこに行った?」
訊かれたエックハルトが消去法で考える。
「偵察兵によると南西城郭は斎賀白亜閣下とクレハ・ミューラー殿の2名で制圧したようです」
「たった2名でか!? 信じられん!」
「まあ、閣下は勇者の妹君ですからな。ミューラー殿も剣の使い手だそうで。」
「ふむ」
「南東城郭は総司令官閣下が単独で陥としたようです」
「まあ、勇者だからな。さもありなんだ」
「そして、我々で北西城郭を制圧しつつあります」
「残るは北東城郭か…………」
「北東城郭にはライゼル大将率いるメロージ陸軍第2空挺師団が向かいました。」
聞捨てならないことを訊いたという顔をするマローダー。
「ちょっと待て! ライゼルの爺さんが率いる第2空挺師団は今どのくらい残っている?」
「700くらいですかね」
「だめじゃないか!」
「北東城郭は防備が手薄だからそれくらいでも足りるでしょう」
それを訊いたマローダーがエックハルトの両肩を押さえて否定する。
「そうじゃない! ライゼルの爺さんの目的は何だ!?」
「要塞司令官ヒルデスハイムの討伐でしたっけ?」
「そうだ! 防備の手薄な場所を攻撃すればヒルデスハイムが駆け付ける! そう考えての北東城郭の攻略だ!」
「そうですね」
「だが、ヒルデスハイムを倒すには普通の兵700じゃ足りない!」
「まさか。たった一人ですよ?」
「足りないんだ!」
エックハルトの肩の装甲外装がメキメキと音を発する。
ミスリル合金製の装甲にマローダーの指が食い込む音だ。
「『流血大河のヒルデスハイム』。ヤツ相手に一般兵では敵わない。全盛期ならいざ知らず、今のライゼル爺さんには荷が重いはずだ」
「でも、総司令官閣下の采配ですよ?」
「総司令官閣下は俺が駆け付けることを想定している。総司令官閣下自らもな」
そしてエックハルトに兵を取り纏めさせ、
「北東城郭へ急ぐぞ! 総司令官閣下より先にな!」
ハルバートを肩に担いだマローダーはそう檄を飛ばすと陣頭に立って駆け出すのだった。
◆ ◆ ◆
同じ頃。
―――――――――――――――――――――――――――
俺は北東城郭へ向かう地下連絡通路で次から次へと襲ってくる敵兵にうんざりしていた。
俺は敵の魔道兵が通路の陰から攻撃魔法を放ってくるかと思っていた。
そうすれば、こっちも対抗魔法で応戦するだけの余裕があったんだけどね。
だが、違った。
黒い装甲外装を身に着けた連中が引っ切り無しにハルバートを振り回して突撃してくるんだよ。
これじゃあ、魔法を行使する隙もありゃしない。
それに武器の選定も間違ってたよ。
俺が手にしているのは白藤。
細身の日本刀で装甲外装は砕けないから、伸縮性はあるが装甲が薄い関節部分を狙って斬るか突くしかない状況。
なで斬りって訳にもいかないんだよね。
「黒たま!」
俺は黒たまを召喚する。
黒たまは顕現すると、通路の床に落ちて黒い水溜まりを敵兵の足元に広げていった。
足元の異変に飛び退く敵兵。
だが、遅い!
数名の敵兵の足が黒い水溜まりに浸り、黒い粘液が伸び上がって敵兵を捕食すると予想したんだが、そうはならなかった。
敵兵は黒い水溜まりに浸った足を拘束されただけ。
いつまで経っても捕食行動が始まらない。
変だ。
俺は黒たまに足止めされている敵兵から距離を取ると、黒たまに向けて「鑑定」を行使してそのステータスを確認する。
『CAUTION!
このエリアに充満する反魔力粒子を取り込んだことにより
体内魔力が中和されつつあります。
残り180秒で体内魔力が欠乏し活動を停止します。
速やかな召喚中止を推奨します』
現れた真っ赤な警告画面に絶句する。
反魔力粒子!?
俺は[強化+++]で感覚を最大限に強化する。
だが、何も感知できなかった。
『反魔力粒子』とやらは視覚・聴覚・嗅覚・皮膚感覚のどれにも感知できないものらしい。
物質や現象ではないということか。
でも、黒たまを[鑑定]した結果の警告画面には『反魔力粒子』とあった。
なら、『反魔力粒子』に対して[鑑定]を行使したらどうだろう?
「鑑定!」
目を閉じて[鑑定]を行使する。
目を開けて行使したら、目にしたものを無意識に鑑定してしまうからね。
戦場で目を閉じていられるのは黒たまが通路に広がる敵兵の足を床に縫い付けてくれているからだ。
鑑定が終わったのが解ったので目を開けてのステータス画面を確認する。
『反魔力粒子
エンデスリアクターから放出された透明・無臭な非物質粒子。
この粒子は、外部に向けて行使する攻撃魔法や防御魔法に指向性を
示し、行使者の魔力の流れを遡り行使者体内の魔力に辿り着く。
辿り着いた反魔力粒子は、行使者体内の魔力を増幅しつつ対消滅
させ、それにより生じた莫大なエネルギーにより行使者自体を
起爆源とする爆発現象を引き起こす。
従って、この粒子が充満している空間では魔法の行使を控える
必要がある。
但し、反応するのはあくまで外部に向けて行使された魔法であり、
身体強化等の術者内部に行使される魔法には反応しない』
結構凶悪だな、これ。
だから、連中、魔法で攻撃して来なかったのか。
ちなみに[鑑定]も[強化]も俺自身の能力を引き上げる対内魔法だからセーフ。
それにしても『エンデスリアクター』って何だ?
[探索]を行使してみる。
すると、なんと!
お目当てのものは俺の足元に転がっていた。
直径5cmの黒い球体だな。
とりあえず拾い上げて[鑑定]。
『エンデスリアクター
発明者で魔族領の錬金術師であるゼクセル・エンデの名から
命名された。
装置の目的は魔族や魔導士に魔法の行使を思い止まらせること。
この装置は、衝撃を受けると装置内部に仕込まれた透明・無臭な
非物質の反魔力粒子を周囲に放出する。装置から放出されて空気
中に漂う反魔力粒子は、外部に向けて行使する攻撃魔法や防御魔
法…………』
途中からは反魔力粒子の説明だったので省略っと。
で、これどうやって止めるんだ?
よく見ると、球体表面の一角が緑色に光っていた。
光っている横には小さなボッチ。
このボッチがOFFスイッチかな?
取り敢えずボッチを押してみる。
緑色の光が消えた。
家電製品なんかも大概はランプが消えたら電源OFFだ。
こいつも作動停止したはずだ。
という訳でエンデスリアクターを[無限収納]に放り込む。
面白い装置ゲット~!
おおっと忘れてた。
「黒たま、待機!」
急いで黒たまの召喚を解除する。
黒たまが異界に消えた。
エンデスリアクターは回収したが、放出された反魔力粒子は通路に充満したままだ。
黒たまに敵の相手をさせて楽しようとしたんだが無理だった。
働けってか?
仕方ないなあ。
そうしないと痛い目見そうだし。
黒たまに足止めされていた敵兵が押し寄せて来た。
俺は白藤を鞘に収め、代わりに[無限収納]からトマホークを取り出す。
〖混沌の沼〗ダンジョン46階層で巨大ロボから回収し、47階層で縮小化したアレだ。
巨大ロボから回収した武器は色々あったが、厚い装甲外装を砕けるのは、トマホーク、ハルバート、モーニングスター、それとウォーハンマーだ。
しかし、これらの中で人間が使えるサイズに縮小化したのはトマホークのみ。
という訳で選択の余地なく右手に握ったトマホーク。
それを左腰の横の位置に据え、右足を前に身体全体を低くして力を溜める。
俺は敵兵に向けて[円舞一式]を放つべく無心の境地で抜刀の構えを取るのだった。




