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122 負け戦だから逃げる算段をしていた

少し時間は巻き戻る。


夜明けと共に東の空が明るさを増し、レーゲンスブルグ要塞の周囲からも闇が晴れていく。


城壁にあちこちに設置された監視塔。

そこから周辺監視を行っていた観測班の兵士達の目に昨日までは無かったものが認められた。

盆地の中心に浮遊する要塞を取り巻く丘陵地帯に規則的に配置された大砲群。


更に南西の丘陵地帯から飛び上がった何者かが遥か上空まで舞い上がり、そこに滞空したのだった。


だが、要塞に立て籠もるベルゼビュート軍の誰もが安心していた。


『要塞上空に展開されている強固な防御結界があるから大丈夫だ』



その彼らが目にしたものは――――

要塞上空に現れた超大型の円形の赤い魔法陣だった。


「要塞の真上に巨大な魔方陣が!」


城の中央城郭の領主執務室に飛び込んできた副官の報告を受けたヒルデスハイムがテラスから空を見上げる。


「なんだ、あれは!?」


ヒルデスハイムが驚きの声を上げるのを待っていたかのように、要塞上空に張られた防御結界が可視化され、ガラスに罅が入るように罅割れを起こし、そこから崩れるように崩壊していく。


「馬鹿な…………」


領都開闢(かいびゃく)の折、ベルゼビュートの盟友アスタロトが多重に展開した防御結界。

2600年に渡り破られることのなかった強固な結界が今崩れ去ろうとしている。


(何だこれは!? 俺は今、何を見せられている!?)


目を見開いて防御結界の崩壊を目の当たりにしたヒルデスハイムは唯々驚愕するばかり。



やがて、結界は崩れ去り、要塞上空は無防備になった。

我に返ったヒルデスハイムが南西上空で滞空する男を見ながら副官に尋ねる。


「あの者は誰だ?」


[ロングセンス]で男を視認した副官がそれに答える。


「制服と階級章からするとガヤルド陸軍上級大将のようです。かなり若そうに見えます。」


(若い上級大将だと? ガヤルド軍にそんなヤツは居ないはずなんだが…………)


考え込むヒルデスハイム。

だが、時はヒルデスハイムに考え込む時間を与えなかった。

滞空する男が、手にしている杖を突然上から下に振るった。

次の瞬間、要塞上空を埋め尽くすように顕現した金属製の槍が真下に降り注いだ。


降り注ぐ槍が、防御結界を破壊した男を排除するべく広場から飛び立つ準備をしていた竜騎兵部隊に襲い掛かる。

数多(あまた)の槍に刺し貫かれた竜騎兵部隊は飛び立つ前に壊滅した。


城壁の魔道砲兵や市街地に駐屯する部隊も例外ではなかった。

そして、ここレーゲンスブルグ城も。


「危険です! 中にお入りください!」


ヒルデスハイムには副官の警告が耳に入らなかった。

至近に槍が落ちてもテラスから動かなかった。

槍は尽きることなく要塞上空に再顕現し要塞に降り注ぎ続けた。

まるで、槍の集中豪雨の如く。


5分以上続いた槍の豪雨は、男が杖を横に振ると同時に治まった。


それを待っていたかのように南北から要塞上空に飛来した正統魔族軍の竜騎兵。

ワイバーンがその足で掴んでいた爆弾を放して要塞に投下する。

空爆の始まりだった。

落とされた爆弾が城塞に、市街地に降り注ぎ、領都を廃墟に変えていく。


竜騎兵の空爆は4次に渡って繰り返された。



竜騎兵が去ると、今度は丘陵地帯からの砲撃が始まり、榴散弾がベルゼビュート軍に損害を与えていく。

ベルゼビュート軍の城壁砲台が次々に破壊されていく。


見るに堪えない状況と悪化する戦局にヒルデスハイムは執務室を出て、南東城郭にある作戦指令室に向かう。小走りに副官が付き従う。


レーゲンスブルグ城は高い石垣に囲まれた敷地に建つ平城である。

領主執務室のある中央城郭の他に石垣の南西、南東、北東、北西の各角地に周辺城郭がある。

中央城郭と周辺城郭はX字状の地上と地下の2層の通路で繋がれ、隣接する周辺城郭間も石垣に沿うように地上と地下の2層の通路で繋がれている。

上から俯瞰(ふかん)すると、正方形の中に×印が入ったように見える城だ。



ヒルデスハイムが被害を受けていない地下通路を使って作戦指令室に入ると、何人かの将校が要塞司令官の入室に気付いて敬礼した。だが、ほとんどの幕僚はそれどころではなかった。

各部隊からの伝令が引っ切り無しに出入りしている。


「北砲台全門沈黙しました!」

「北北東と北北西でカバーしろ!」

「南の推進ノズル損傷率70%!」

「南砲台の魔道砲ビームで榴散弾を撃ち落とせ!」

「西砲台、応射していますが、届きません!」

「魔道兵に砲台全面に防御結界を展開させろ!」

「東砲台、連絡路が瓦礫で塞がれて交代の砲兵が辿り着けません!」

「瓦礫撤去に工兵隊を向かわせろ!」


まさに修羅場。

ヒルデスハイムが指示を出すまでもなく、幕僚達は懸命に動いていた。


だが、要塞側からの有効な手立ては見い出せない状態。

その間も敵の砲撃は続き、2時間後には要塞城壁に取り付けられたM82魔道砲と4方向の推進ノズルのほぼ全てを破壊され、要塞は丸裸にされたのだった。

浮遊移動要塞は移動できない只の浮遊要塞と化した。


作戦指令室の入り口に接する通路の窓。

手を(こまね)くしかないヒルデスハイムが窓に歩み寄り空を眺める。

相変わらず空には超巨大な赤い魔法陣が展開している。

よく見ると、魔方陣の中心部にさっきの男が滞空していた。


それを見た時、ヒルデスハイムは嫌な予感を感じ、


「おい! あの男は何とかならんのか!?」


滞空する男を指し示しながら先務参謀に食って掛かる。

だが、先務参謀の回答は無常だった。


「滞空高度が高過ぎて、攻撃魔法も矢も銃弾も届きません!」

「竜騎兵は出せないのか!?」

「竜騎兵部隊は敵の最初の攻撃で1兵残らず壊滅しています!」

「では、航空兵力は――――」

「我が軍の航空兵力は既に喪失しております!」


それを訊いたヒルデスハイムは苦虫を噛み潰したような表情になり、


「つまり、あの男に手を出す術を封じられた……ということだな。」


歯軋(はぎし)りするしかなかった。



その時だった。

要塞全体に微弱な地震のような振動が伝わり、僅かに沈み込んだように感じられ、すぐさまそれに応じるようにその沈み込みを元に戻すような浮遊感が感じられた。


(なんだろう?)


作戦指令室の誰もが思った。

それは要塞内のベルゼビュート軍の兵士達も同じだった。



また、要塞全体がガクンとひと揺れした。

揺れが収まった要塞がゆっくりと高度を下げていく。

よく見ると、さっきの男が滞空しながら要塞に両手を翳していた。


「要塞、降下します!」


(あの男がやったというのか!?)


「どういうことですか!? なぜ、要塞が降下しているのですか!?」


作戦指令室に続く廊下に現れたのはアスタロト軍の将軍服を着た初老の男、アイギス・シュリーフェンだった。


「あの男の仕業だ」


ヒルデスハイムが顎で要塞降下の原因が滞空する男であることを示す。


「何を馬鹿な事を言っているのですか!? 341本の超大型拡散偏向ノズルの浮力をあんな男一人で抑え込めるはずがないではありませんか!?」

「だが、実際、あの男からは膨大な魔力のオーラが感じられる

「そんなはずはない! これはあなた方ベルゼビュート軍が何らかのヘマをしたに違いありません!」


それを訊いたヒルデスハイムが激高する。


「シュリーフェン!! きさま、我が軍を愚弄するかっ!」


怒りに任せてシュリーフェンに詰問する。


「それにこの非常時にきさまはどこに行っていた!?」

「それは…………」


シュリーフェンが勢いを失って口籠る。

『負け戦だから逃げる算段をしていた』などと言えるはずがなかった。


実際、シュリーフェンは言い訳できないくらい追い詰められていた。



―――――――――――――――――――――――――――


敵の攻撃が始まった頃、シュリーフェンは要塞から脱出する為に身辺整理を行っていた。

重要書類の焼却やマジックバッグへの身の回り品の収納などだ。

軍事顧問に宛がわれた部屋の中で彼は脱出準備を急いだ。


その時だった。


突然[映像念話]が発動し、部屋の壁に映像が映し出された。


「やあ、久しぶりだね、シュリーフェン君」


[映像念話]に映し出されたのは、肩まで伸びた巻き毛の金髪に碧眼、長耳、色白の20歳くらいの色男。シュリーフェンの主、アスタロトだった。

アスタロトは手摺りが屈曲した椅子に座り、爪の手入れをしていた。


「お久しぶりでございます、閣下」


脱出準備を放り出して、映像の前に(うやうや)しく(ひざまず)いて忠誠を示すシュリーフェン。


「この度はお忙しいところ、遠方に(つか)わされたわし如き老害の前に麗しきお姿をお見せ頂き、恐悦至極――――」

「お世辞はいいよ。時間の無駄だ」

「はっ。これはご失礼をば」


そんなシュリーフェンをアスタロトは上から目線で見下ろしながら、


「実務の話をしよう。私子飼いの観測員から今入った情報なんだけどね」


そこで一旦区切る。


「レーゲンスブルグ要塞が陥落の危機に陥っているそうじゃないか?」

「はっ、ヒルデスハイムが動かなかった結果、そのような事態に――――」

「まあ、それはわかるんだけどね」


シュリーフェンの後ろに目を配るアスタロト。


「要塞が陥落するかもしれないって時に、君は逃げ帰る準備をしているのかい?」


言い当てられたシュリーフェンの額から汗が噴き出す。

視線も(そぞ)ろだ。


「ねえ、シュリーフェン君?」

「はっ!」

「君さあ、敵に一泡吹かせてやるという気概はないのかい?」


アスタロトは右肘を乗せた手摺りに(もた)れ掛かりながら言った。


「言い直そう。『君を軍事顧問として派遣した私の顔に泥を塗るつもりか?』と訊いているんだよ」


冷たい色を帯びた言葉。

シュリーフェンを見下ろす視線も冷ややかになる。


「いえ、そのようなつもりは…………」


シュリーフェンはそれだけ発するのが精一杯だった。


「では、それを証明して見せたまえ」


アスタロトはそれだけ言うと[映像念話]を切った。


(この負け戦に閣下はお怒りだ。

 このまま逃げ帰った暁に待っているのは厳しい処断だろう。

 何とかしなければ!)


シュリーフェンは足早に作戦指令室に向かうのだった。



―――――――――――――――――――――――――――


「どうした。何かあるなら、ここで述べてみよ」


ヒルデスハイムがシュリーフェンに詰め寄る。



その時、


ズシ―――――ン!


という音と振動と共に要塞の降下が止まった。

というか、要塞が浮揚する前の場所に収まった。

只、気を付けなければ体感できないくらいの微振動がまだ続いている。

要塞の反重力と滞空する男の加える重力が(せめ)ぎ合っているいる証拠だった。


(全自動のPID制御で要塞を浮揚させていたが、マニュアル制御で揚力を高めれば、まだ要塞の再浮上は可能だ)


そう考えたシュリ-フェンが、


「わしがコントロールルームに行き、直接揚力制御を行わせて頂くがよろしいか?」

「わかった。要塞の制御は貴殿に任せる」


ヒリデスハイムの了解を得たシュリーフェンが南西城郭地下2階のコントロールルームに向かった。


「よろしいのですか?」

「要塞制御は全てあの男に任せている」


心配する副官を横目で見ながら、


「それにだ。誰か付いて行ってあの軍事顧問殿の手助けができるか?」

「できませんね」

「そう言うことだ」


その時、南西に配置した部隊から伝令が作戦指令室に駆け込んできた。


「南西方面、破られました! 領都南西区画の部隊が敵に圧迫されています!」

「他の区画から部隊を回せ!」


他の区画から次々に伝令が駆け込んでくる。


「北部区画、敵の榴散弾にて被害甚大!」

「西区画、空爆で身動きとれません!」

「東区画、師団司令部が榴散弾の直撃を受けて師団長以下司令部全員の死亡を確認! 作戦会議中だったらしく大隊長以上の士官全員も同様に死亡を確認! 只今、遺体回収作業を行っています! 現在、最高位は中尉です!」

「先任中尉を戦時特例で准将に昇進させて師団を纏めさせろ! 纏めさせた師団は近隣の師団に編入させる! そう伝えろ!」


そんな中、城の各城郭屋上に配した物見から念話連絡が入る。


『北東城郭に敵兵が侵入! メロージ軍です!』

『北西城郭に敵兵が侵入! ミケランジェリ軍です!』


それを訊いたヒルデスハイムが厳命する。


「北西城郭には第2、第3装甲擲弾兵大隊を向かわせろ! 相手はマローダーだ! 気を抜くな! 北東城郭には第1装甲擲弾兵大隊を向かわせろ! 俺もすぐに追いつく!」


作戦指令室から中央城郭の執務室に戻ったヒルデスハイムは、強化ミスリル合金製の6本腕に対応した専用の装甲擲弾兵鎧を身に着けながら独り言ちた。


「『槍無双のライゼル』が出てきたか。待っていろ、老いぼれめ。俺が引導を渡してやる!」



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